好き嫌いの分かれ目
中忍試験第三の試験・本戦直前。
木の葉病院から行方を暗ませたサスケは、ナルトと過ごしていた。
「九尾は毎日出かけているが、どうしたんだ?」
朝の鍛錬終了後、サスケは首からタオルをかけた状態でナルトへ尋ねる。
ナルトと九尾の隠れ家。
結界が厳重に張られており、過去にこの結界を見破ったのはイタチのみという代物である。
かつて九尾と忍が凌ぎを削った戦場でもあり、この場所に近づく物好きも少ない。
「兄様は私とサスケの代わりに自来也やカカシと一緒に修行中よ。それぞれ私とサスケに影分身して変化した兄様が」
熱い緑茶を急須から湯飲みに注ぎ、ナルトが答える。
「つまりカカシと、その、自来也とかいうヤツは。『狐に化かされている』訳か」
相変わらずユーモアに棘があるな、九尾の奴は。
九尾と戦いたいであろう二人から術を学び取る真似事をするなんて、痛いジョークだ。
サスケはひとりごちて額から滑り落ちた汗をタオルで拭った。
これまでナルトの裏を見てきて気がついたのだが。
ナルトはある一定の基準を持って人を振り分けている。
表向きは懐いているカカシやイルカ。
彼等は嫌いではないようだが、だからといって好きでもないらしい。
同性のサクラやイノ、ヒナタには無関心。
サクラだけは同じ班なので多少は気にかけているようだが、根本的には興味がないようだ。
「人の好き嫌いの基準、気になるの?」
サスケの思考を読んでナルトが意地悪笑みを浮かべる。
内心考えていたことを言い当てられてサスケはタオルを動かす手を止めた。
バレバレのサスケの行動。
ナルトは見てみぬ振りをして湯飲みをサスケに差し出す。
「はい、お茶」
「ああ、サンキュ」
ナルトから出された湯飲みを受け取りサスケは一気に飲み干した。
程よい温度で淹れられた緑茶はコクがあり苦味は少ない。
九尾によって大切に育てられた彼女は、非常に細やかな配慮の出来る優れたくの一だ。
その分りにくく冷酷な気質がなければ。
「大人は基本的に好きじゃないの。だって詮索してくるでしょう? 私が九尾を開放するんじゃないか、生かしておいて良いのかって。
子供は何も知らなくて周囲の評価を鵜呑みにする。その様な単純思考回路は大概五月蝿い者ばかりだもの。一緒に居るだけで騒音被害に遭うわ」
サスケは無言で湯飲みを付き返した。
サスケから湯飲みを受け取りナルトが口火を切る。
「私を評価したい者、利用したい者。下らないわ、私は静かに暮らしたいだけ。評価されて目立つのも嫌いだし、利用されて相手に富と名誉を与えるつもりもない」
言いながらナルトはポットから急須にお湯を流し込む。
「選ぶ権利はあるでしょう? 私にも。自分の傍らに立つ者を選ぶ権利位はね。サスケもそうは思わない?」
同じ珍獣だものね。
笑顔で言い切ってナルトは急須から湯飲みに二番茶を注ぐ。
「珍獣か」
微苦笑してサスケは再度ナルトから湯飲みを受け取った。
「にしては、自来也か? 随分と嫌っているな」
名前だったらサスケも聞いたことがある。
サスケの記憶違いでなければ、自来也というのは伝説の三忍の一人だ。
大蛇丸と同じ伝説の三忍だから一癖も二癖もある性格なのだろう。
きっと。
サスケ、勘だけは徐々に冴えつつある。
「託されたと思っているから」
秀麗な眉を顰めてナルトは不機嫌。
そっぽを向き言葉を吐き捨てた。
「兄様を私に封印した英雄の遺志を託されたと思っていて、私を一人前にしようと。里の未来を託すに相応しい忍にしようとしているから」
むすっとして頬を膨らませる。
ナルトの断定口調にサスケは暫し瞠目した。
ドベで跳ねっ返りの御転婆娘。
ドタバタ忍者とあだ名される程の賑やかさ。
火影に一番縁遠い表のナルト。
彼女に未来を託そうとするなんて。
「チャレンジャーだな」
サスケは正直に意見を述べた。
裏の女王のナルトなら支配者として君臨しそうだが。
表向きの彼女は単純に真っ直ぐでひたむきなだけ。
確かに好感は持てるが火影とは飛躍しすぎである。
「そうも言っていられない。自来也が私に伝授するのは口寄せ。かつて四代目が扱っていた蝦蟇達を呼び出す術を教えている。意味、分るでしょう?」
「……」
そして自分は今頃、カカシから『千鳥』を伝授されている。
サスケは目を見開いて空を睨んだ。
もし何も知らずに小五月蝿い同僚としてナルトを見ていたら。
自分は彼女の実力を見誤っていたかもしれない。
ナルトが本当は強くなかったくの一だったとしても。
「次は恐らく四代目が三年かけて編み出したAランクの忍術。私はまるで四代目の身代わりだ、反吐が出る。私は私であって四代目ではない。
私を通して四代目の面影を追うのは勝手だが理想を押し付けるのは身勝手すぎる。私の人生を決める権利は彼等にはない」
鋭利な刃物。
里の上層部に位置する自来也を、静かに非難するナルトの言葉はとても鋭い刃(やいば)だ。
サスケは心の中でそっとナルトに同意する。
うちは、というだけで過剰な期待と信頼を寄せる取り巻きを思い出して。
「なんと言っても兄様と一緒に舞を舞えない。料理も旅行も散歩も添い寝も。全てが出来なくなってしまうじゃない。それは駄目、絶対に譲れない」
真顔で断言したナルトにサスケは複雑な気持ちで適当に相槌を打つ。
「良い子にしてたら、サスケもちゃぁんと頭数に入れておいてあげる」
よしよし。
幼子にするようにサスケの頭を撫で撫でして、ナルトは唇を合わせるだけの慎ましい口付けをサスケに送る。
益々複雑そうな顔をしたサスケの耳元で「汗を拭っておいで」と囁いて。
ナルトは風呂場を指差した。
「っ……」
カアアア。
サスケだってお年頃の少年。
暗に汗臭いと言われたら恥ずかしいし腹も立つ。
肩を怒らせて風呂場へ去っていくサスケの背中を見送りナルトはクスクス笑った。
本当に可愛い。
躾は、小さい頃からしていないと駄犬に育つから。
育ちきっちゃったあの人達の躾は難しいから嫌。
ナルトの好き嫌いの分かれ目は案外単純だったりする。
真実を知る由もなく焦って汗を流すサスケはある意味幸せなのかもしれない。
兄と一緒に採る食事のメニューを考えながらナルトは暫くクスクス笑っていたのだった。