真の支配者
その日、ナルトは一時間早く目覚ましをセットしていた。
大切な客人が今日は兄と自分に会いにやって来るからである。
身支度を整え、家においてやっているサスケを叩き起こして正装させた。
「……???」
事情をまったく説明されていないサスケは不機嫌ながら、面と向かってナルトに文句を言えないので仏頂面のまま正座。
客間の上座にナルト達が座り、下座に置かれた座布団は一枚。
気配もなく突如として障子に浮かび上がる人影。
ギョッとするのはサスケだけ。
ナルトと九尾は平然と正座している。
《早くせぬか。日が暮れるぞ》
苛立たしい調子で九尾が言えば障子が開く。
「!?」
サスケは正座したまま仰け反って音無き悲鳴を上げた。
忘れもしない一週間とちょっと前。
己に呪印をつけて立ち去った天敵。
大蛇丸その人が一人佇んでいる。
「どうぞ、お座りください」
背筋を伸ばしてナルトが大蛇丸に席を勧める。
軽い会釈をして大蛇丸は座布団へ座った。
数秒もしないうちに暗部装束の白が全員に茶を振る舞い、気配を殺したまま部屋から去っていく。
《用件は先に伝えた通りだ。異論はあるか?》
ナルトが湯飲みに口をつける隣、九尾がまず口火を切った。
「そうねぇ? 私が木の葉に手を出さない事で、私にメリットがあるのか確かめたいわ」
九尾の問いかけに大蛇丸が首を傾げる。
「何もタダで手を引けと言っているわけじゃないわ」
九尾が与えた晴れ着を身に纏い、長い髪を緩やかに結い上げたナルトの。
薄紅を差した唇が動く。
「三代目の身柄と引き換えに」
穏やかに言い切るナルトに身を乗り出す大蛇丸。
逆にもう一度ひっくり返りそうになるサスケ。
動揺すらしない九尾。
「三代目と戦う場面を作り彼を連れ帰ればいい。元々、オの字が里抜けしたのは術の開発を三代目に止められたからでしょう? 本当は三代目と一緒に研究したかったのよね? 人体実験」
耳に到達するナルトの言葉を聞き流したい。
この際聞かなかったことにしよう。
サスケは心の中で涙した。
ナルトの常識の物差しの幅に。
「ええ……三代目は理解してくれなかった……」
ナルトの指摘に哀愁漂わせる大蛇丸。
何かが違う。
明らかに違う。
サスケは考えながらこの面子の前でツッコむ勇気が無い。
「どう? 三代目と一緒に術を開発するの。その代わり木の葉の里は捨てておけば良い」
人身売買?
本人の了承もなしに三代目を身売り。
大胆なナルトの提案に、大蛇丸の心は確かに揺れている。
「ふふふふv 三代目と……先生と一緒に……」
三代目と一緒の場面を想像したのか、目が血走った顔で笑う大蛇丸。
正直怖いし不気味だし出来れば見たくない絵だ。
「ええ。術の研究し放題よ」
《若返りたい放題だな》
恍惚とした大蛇丸。
ぐらつく大蛇丸に誘惑の言葉を畳み掛けるナルトと九尾。
一方、それなりに常識と良識は持ち合わせているサスケは貧血を起こしていた。
い、いいのか???
火影を売るのか??? 売ったらどうなるんだ、この里。
グルグル思考の迷路に嵌ったサスケを他所に会話は進む。
「三代目は生け捕りにして持ち帰ればいい。里の安全を盾に脅せば良いでしょう? なんなら木の葉丸を引き合いに出してもいいんじゃない?」
さらっと。
さり気なくナルトを姉と慕う木の葉丸まで交渉のテーブルに上げるナルト。
木の葉は彼女の温情で平和が保たれている箱庭で、彼女が望みさえすれば里は瞬壊するだろう。
彼女を溺愛する兄の九つの尾によって。
平和と繁栄を謳歌する里の真の支配者。
穏やかで物静かで干渉を嫌う、美しく冷酷な支配者。
存在を知られず里を維持する手腕はいかにも彼女らしい手段でもあるが。
「乗ったわv」
ニタァ。
ホラー映画真っ青の笑顔を浮かべた大蛇丸が弾んだ声で答えた。
「売ったわ」
応じてナルトも王者の貫禄。
嫣然と大蛇丸へ微笑みかける。
《では念書と契約内容をここに。オの字、まかり間違っても木の葉を真に崩したならば、我が直々に音を崩しに赴く。努々忘れるな》
最後にきっちり釘を刺すのが九尾。
いや……そういう問題じゃなくて!!
こいつ等勝手に里を、火影を売った。
気合でこちら側に留まっていたサスケも限界。
一気に気が抜けてあちら側へ行ってしまった。
そんなサスケを一瞥してナルトは真正面で不気味に笑い続ける大蛇丸へ目線を戻す。
「オの字。サスケが望むならそちらにサスケを引き抜いてもかまわない。だが無理に事を起こせばこちらも遠慮はしない。肝に銘じておいて? コレは私のなの」
魂を半分飛ばしているサスケの額に口付け。
得意そうに言い切るナルトに大蛇丸も真顔に戻る。
何か言いたそうに口を開きかけ、一旦閉じてからまた口を開いた大蛇丸の言葉は。
「分かった、肝に銘じておくわ」
了承の意だった。
「ふふふふ、それにしても相変わらず可愛いわv 一回音の里にも遊びにいらっしゃい、ナルト。うちの忍にもそれなりに優秀なのは揃っているのよ?」
ナルトの長い髪に指を絡め、毎度の勧誘を行う大蛇丸に九尾は殺気立つ。
ギロリとねめつけられ、大蛇丸はおどけて肩を竦めた。
「お兄様の了解を貰ったら遊びに来て頂戴。いつでも歓迎するわ」
慈しむ目線をナルトへ送り九尾にもう一度睨まれ。
大蛇丸は来たとき同様、気配を感じさせずに去って行った。
そうだったのか。
衝撃の事実を体験してサスケは達観する。
里が平和を取り戻したのは、里人の努力もあるが恐らくは。
この月の様な女神が気紛れを起こさずひっそりと、里の影に君臨しながら手のひらで里を転がしているからなのだ。
「サスケ? サスケも私の断り無しに消えたら容赦しないからね」
考えるサスケの背後で。
楽しそうにサスケの髪を整えながら、ナルトはサスケにも釘を刺すのだった。