可愛い子には旅を 6


ぶつかり合う水飛沫と、混ざり合う殺意。
傍観しながらナルトはため息混じりに二つの影を見詰め、傍らの死にぞこないに目線を落とす。

サスケの逃避行はものの数十分と持たず、兄である九尾の背後からの蹴りによって終焉を迎えた。

現在二人は「ナルトは俺・我のものだ」との子供じみた主張を掲げ交戦中である。

実際、子供の喧嘩以下の理由によって拳を交える物好き二人をナルト本人は欠伸交じりに眺め、現在に至る。

「悔しい? でもこの程度の実力しかないんだもの。諦めなさい」
ナルトは唇で弧を描いた。

岩の上に無造作に寝転がされている君麻呂。
口から吐き零した大量の血が、君麻呂の白い肌を一層白くさせている。
ゼイゼイと荒い呼吸を繰り返し、虫の息の君麻呂を目の前にナルトは軽薄に哂った。
君麻呂の自尊心や力に対する自信を打ち砕くように。

丁度同じタイミングで、サスケの足とナルト(九尾)の足がぶつかり合い、鈍い地響きのような音が周囲に響く。

「御前は正式にオの字から貰い受けることに決まったの。拒否権はないわ?
どうせ御前は忘れ去られてしまう過去の亡霊。私の治療なしには生き延びられない」
呪印のバージョンアップによりサスケの運動能力も格段に上がった。

ナルト(九尾)の襟首を掴み上げ宙吊りにし、腹へ容赦なく拳をめり込ませる。
ナルト(九尾)は僅かに眉間に皺を寄せるがチャクラが乱れていないので表向きの演技だろう。

「殺せっ!!」
死ぬ寸前。
我愛羅という少年と戦って死ぬ寸前に、謎の暗部によって君麻呂は助け出されていた。

赤い丸薬を口に押し込まれ僅かに意識を保つ君麻呂は声を絞り出す。

生涯主は大蛇丸だけと決めた。
自分を理解しているのは大蛇丸だけだと信じた。
戦いこそが己の舞台だと疑わなかった。

この女は自分を形成する大きな柱を崩す。
壊そうとしている。

本能的に察知して君麻呂は殺せとうわ言の様に繰り返した。

「分っているでしょう? 殺すも殺さないも私の自由。御前の自由など何一つない」
ナルトは兄と下僕の戦いを観戦しながら君麻呂の要求を棄却した。

口に溜まった血を吐き捨てるサスケに、肋骨を数本折られて尚悠然と哂うナルト(九尾)
高い治癒能力を持つナルト(九尾)が下僕の力を計っただけなのだ。

数発に一度の攻撃をその身に受けながらサスケがどれ程の力を得たか調べる。
サスケには分るまい。
ナルト(九尾)は完全に面白がっているのだ。
獰猛な虎が子猫の精一杯の威嚇を愉快がる様に。

「二人ともご苦労様。お陰で楽しめたわ。サスケも疑惑をかけられず、若気の至りという扱いで音へ里抜けできそう」
綱手の渋い顔と自来也の苛立った顔が目に浮かぶ。
ナルトは足先で湖の水を弾きクスクスと心底楽しそうに笑った。

愚かな伝説の三忍。
互いに正義だと主張する中身のなんとも間抜けな事か。
結局は自分の考えが正しいと証明したいだけのクズの集まりだ。

あの里は生温かく温(ぬる)いからこそ価値がある。
だからこそ自分と兄の存在を隠すにはうってつけの場所なのだ。

だから守ってきた。

これからもその価値が失われない限り自分は兄と木の葉を護る。
小さな箱庭を誇りに思う忍達と共に。

ナルトの背後へ極力気配を絶って待機していた二人の暗部・白と再不斬は一瞬だけ硬直した。
例え五影にだって気取られないだろうこの気配を感じ取るナルトの実力に恐怖して。

「前風影のご子息、我愛羅と木の葉の忍、リー。両名には君麻呂が死亡したと確認する証人になって貰いました。
ご子息の方は貴女に対する借りを返すと」
白は幻術でリーの記憶を操作し、我愛羅に関しては本人に了承を得たとナルトへ報告した。

幻術に関してはまだ素人の域を脱していない白でも、相手は下忍のリーだ。
短時間の記憶操作ならこなせる白である。

「そう。ならばそのように取り計らいなさい。他の愉快な下忍達は無事?」
我愛羅の記憶封じは不要。
暗に告げてナルトは一応の『仲間』の安否を問う。
明日の夕飯の献立を考える風な、ごく自然な態度で。
心を乱しているだとか、安否を気遣っている雰囲気は微塵もない。

「一応な」
仮面の下から再不斬がナルトの問いに答えた。

千鳥とナルト(九尾)の螺旋丸が激しく衝突し合う。
威力的に劣るのはサスケの千鳥。

 バッシャーン。

サスケが湖面に叩きつけられ水中深く潜っていく。
ナルト(九尾)は水面に立ったまま、サスケが酸欠で飛び出してくるのを待ち構える。

滝になっている木の葉の、火の国の国境。
両脇に鎮座する誰かの石彫りが所々砕けているのはご愛嬌だ。

「ふふふふ。そう、それは良かったわ。簡単に壊れてしまったら後が大変だもの。
あの子達には良い忍びになって貰って、いずれ木の葉を支えて貰わなくては。私と兄様の静かな生活を護る為に」

水中から飛び出してきたサスケが写輪眼を全開にして、ナルト(九尾)の蹴りを交わす。
が、ナルト(九尾)が纏うチャクラの衣が触手のように伸び、サスケの足首を掴み手近な岩へと叩きつける。

「良質な忍を育てるには時間が掛かりますからね」
吼えるナルト(九尾)に身体を変質させるサスケ。
戦いを静観しながら白は相も変わらず律儀にナルトへ言葉を返す。

「自分達こそが木の葉を、世界を回す。信じたいのなら信じれば良いわ。夢を見るのは誰もが持つ自由。
せいぜい兄様と私の掌で踊れば良い」
抑揚のないナルトの台詞。
彼女の本心が詰まった発言に君麻呂は大蛇丸に感じたものとは違う闇を見出す。

深い、深い闇ながら静かで柔らかい。
粘着質で燃えるような全てを絡め取る大蛇丸とは違う、闇。

負の感情を含まない彼女は全てを凌駕し、圧倒する何かを発している。

逃げられない、彼女が自分を必要としなくなるまでは。

頭の片隅で君麻呂は本能的に殆ど全てを悟った。

「サスケは時々招いて上げないと駄目かしら? ああ見えて拗ねるとずーっとあの調子だから。兄様より厄介だわ」
ずぶ濡れ、半分血塗れ。
木の葉の額当てには真一文字に傷が入る。
恨めしい目線でナルトを見詰めるサスケは『捨てられる直前の子犬』だ。

下僕二号の『捨てないで』目線を受け流しナルトはひとりごちる。

なんともマイペースなナルトの台詞に白と再不斬はついていけなかったし。
当然、ナルトの本性を理解できていない君麻呂には完全に取り残されていた。

「サスケ。今は音へ行きなさい。二年半は大丈夫。
その間、オの字は新しい身体へ魂を移すことは出来ない。音には三代目も存命中よ。学ぶ価値はある」
呪印状態2。
姿を変質させたサスケにナルトは有無を言わさぬ態度で告げる。
肩で息をしてナルト(九尾)を睨みつけていたサスケは漸く意識をナルトへ向けた。

「ナルト……俺は」
ナルトに言われても、力をつけても。
九尾には敵わない。
まして兄にだって現段階では敵うかどうか分らない。

落ち着いてきた頭を回転させサスケは考え、口篭る。
本当にここでナルトと別れなければならないのかと。

「まだ暁の動きは活発化していない。けれどもし、暁が私の生活を荒らすつもりなら容赦はしない。
その時に備え強く成りなさい。成れないのなら私がサスケを殺す」
ナルトはサスケの反論を封じ続けて言った。

「私が認めた男がそんなに弱かったなんて、私の自尊心が許さない。
それともサスケ、私に恥をかかせるの? 私が見込んだ男がその程度だったと」
無邪気に笑って嫌味を込めるナルトに逆らえるサスケではない。

認める以前の問題だろ?
再不斬が密かに内心だけで優しくツッコミを入れるも、サスケには届く筈も無く。


 見込んだ男=彼氏!?


等と言った単純明快な図式が出来上がっているに違いない。

途端に脂下がるサスケの後頭部をナルト(九尾)が殴ろうと拳を振り上げるも、ナルトに目線だけで止められ渋々下がる。

「正に飴鞭ですね……お見事です」
意気揚々と音へ向けて出かけて行ったサスケが消えてから。
白が誰に言うとはなしにポツリと呟くのだった。


                                      完

 そんなこんなでサスケは音へ旅立っていきました。代わりに君麻呂が仲間入り? です(笑)
 この設定だと違和感無く第二部も出来そうで笑えます。

 第二部は余り考えていませんけれど。
 この設定(白・再不斬・君麻呂存命設定)で読みたいと仰って下さる優しい方。
 がいらっしゃったら嬉しいです。

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