極楽の先

最後に見たのは淡雪。
雪の降りしきる中微笑を湛え事切れている、白の顔。
忍は道具にはなれない。
己を凌駕した相手に送る警告の言葉。
そして、そして。

向かった先は罪人が送られるという地獄であった筈なのに。

「ふふふ、地獄に行くには早過ぎはしないか? 霧隠れの鬼子よ」
己の頭の上で嘲笑する誰かの声。
意識が急速に覚醒に向かう。

「!?」
勢い良く飛び起きた再不斬の視界に飛び込むのは、不安そうに顔を曇らせる白と。
愉快そうに笑っている……。

「小娘?」

そう。
あの写輪眼のカカシの部下。
小五月蝿い小娘本人だった。

再不斬が名前を呼んだ瞬間。
もの凄い圧力が再不斬にかかり同時に首筋に感じるクナイの冷たい感触。

「その名称は生憎好まない。別のモノに変えろ」

身に纏う圧倒的なチャクラの量。
静かに醸し出される殺気は再不斬の知る彼女とは質も意味合いも異なる。
冴え冴えとした蒼い瞳にねめつけられ、柄にも無く恐怖を感じた。

「すみません、再不斬さん。僕が」

「白のせいではない。私がお前達を助けた。つまりは拾ったのだ。
逝くあての無いお前達をな? 命を拾われた礼に私の為に働け。大人しく働いたなら、将来は静かな隠居生活を約束するが?」

言いかける白の言葉を遮って、ナルトが強引に用件を口にする。

混乱する再不斬の反応を面白がっているような揶揄する口調で。
眉間に皺が寄る再不斬に白が顔色を青くした。

「私はうずまき ナルト。十二年前、九尾の狐を封印された器にして、九尾の兄に育てられた忍。
木の葉の里で“私”を知る者は少ない。火影でさえ私を知らぬ。……信じられぬなら試してみるか?」
蒼いナルトの瞳が綺麗な血の色へ染まっていく。
少女特有のふっくらとした唇から零れるのは絶対的な自信。
口角だけを持ち上げ哂うナルトに再不斬は動けなかった。

体調が万全であったとしても、恐らくは。

オロオロする白と悠然と己を見下ろすナルト。

「どうした鬼子よ。鬼子であっても真なる鬼は恐ろしいか」
目を細めたナルト。
相変わらず殺気は真っ直ぐ己に向かっていて、己が申し出を断れば彼女は簡単に己を殺すのだろう。
幾多の修羅場を潜り抜けてきたからこそ分る。

「再不斬さん……」
涙目になる白と表情一つ変えないナルトは好対照。
この絶体絶命の状況で、不意に馬鹿らしくなって再不斬は笑った。

「端(はな)から仕組まれて立って訳か? 俺の運命は。つくづく俺も運がねぇ。本物の鬼神に見初められちまうとはな」

世界の流れを変えられる。
信じて起こした里でのクーデター。
過信していた己の力と運命。
だがどうだ? ここには己を凌駕する恐ろしい鬼神がいる。
命さえ手のひらで転がして全てを手繰る糸を握った美しい鬼神が。

「鬼子風情が叶う相手じゃねぇな。はは、お供させて貰おうか。鬼神の見据える極楽の先とやらをな」

負けるが勝ちだ。
どの道一度は投げ捨てた命。
どう転ぶか分らないが、白がこれだけ短期間で懐いた相手だ。
感じるチャクラほど彼女の本質は冷酷ではないのだろう。

「? 何を楽しみにしているか分らんが、私の望むは静かな生活だ。矮小な人間に手を煩わされない隠居生活。愚か者ほど五月蝿く喚いて耳障りだ。あの騒音は聞くに堪えない」
再不斬の首元からクナイを外しナルトが首を傾げて再不斬へ説明した。
「ナルトさんが将来、静かな生活を手に入れても場所の警護とか。色々人手が必要だって仰ってるんです。それで僕等に仕事を任せたいって」
弾んだ白の声音に笑いかけてやり、再不斬は二度、深呼吸をする。

「で? ここは何処だ?」
今度は慎重に上半身を起こし、再不斬は周囲を見渡した。

質素な造りに見える和風の寝室。
客室の一つで隣には白が寝ていたであろう布団が畳まれている。
鼻を擽る伊草の香りが清々しい。
窓からは穏やかな日差しが差し込む雰囲気の良い部屋。

「木の葉隠れの里。私と兄様の隠れ家。まずはここで体調を整え、私の課す修行をこなして貰おう。
カカシ如きに敗れるようでは駄目だ。まずはカカシ以上を目指し、次に五影レベルを目指して貰う」

淡々と告げるナルトに再不斬は目を見張る。
だが反論はしない。

《成る程、物分りは良い様だな》
ナルトと似たような、しかしながら、身の毛がよだつ恐怖を感じるチャクラ。
頭に直接響く声に再不斬は今度こそ目を丸くした。

《手下、我は九尾。普段はこの姿を取っておる。くれぐれも妹の迷惑にならぬよう、牙を砥げ。よいな》

雀サイズの小鳥に気圧される日が来るなんて。
再不斬の人生予定表には無い。
固まる再不斬にナルトと白はクスクス笑った。

「兄様。余り苛めては駄目。見込みのある手を潰しては駄目よ」
小鳥の尾羽を指先で撫でてナルトが九尾を窘める。
《済まぬ、妹。我の癖だ》
途端に柔らかい口調になってナルトの肩へ飛び乗る九尾。

再不斬は眩暈を起こしかけつつも現実側に踏み止まっていた。
鬼子の名にかけて。

「白、貴方ももう少し強くならなければね。素質はあるのだから頑張りなさい」
「はい」
ナルトの肩で睨みを利かせる九尾とは別に。
白は見慣れているのか、九尾を気にせずナルトと普通に喋っている。

「身体が回復したら自らの眼(まなこ)で確かめるがいい。私が作り上げた木の葉という名の箱庭の平和を。
ふふふ、私が直々に紐の端を握らせたのだから、もう少しだけこの雑然とした現世に残れ。地獄に還るにはまだ早い、鬼子よ」

子供にするように再不斬の頭を撫で。
ナルトはその耳元に小さく囁いた。

「へっ。言われなくても確かめさせて貰うぜ? 鬼神様手ずからの箱庭をな」
手を開いて握り締める。
生きている。
感触を確かめる再不斬。

「ナルトさんに助けられて幸運でした。でも、どうして僕達なんですか? 木の葉には優秀な方が沢山居るでしょう?」
その傍らで無邪気に問いかける白。

「闇を知らぬ人間ほど迷惑なものはない。その点お前達は心得がある。引き際も攻め際も。
何より平穏な日常の稀有さも理解している。阿呆には理解できない」

 そうでしょう? ナルトの目が再不斬に問いかける。
再不斬は軽くうなずいて答えた。

「誰も傷つけず、誰も悲しませないのなら。私達がどのような生き方を選ぼうとそれは自由。優しく甘い牢獄に浸って逝きるつもりはないわ」
流れるような動作でナルトが示す先。
真新しい木の葉の額宛と、暗部装束。

この日、里が感知できない暗部が二人。木の葉に誕生した。


ナルコの仲間(手足)基準はいずれもうちょっと出ます。ブラウザバックプリーズ