喉から手が出るほど

少女は柔和な顔立ちの少年を一瞥して、小首を傾げる。
「それが望み?」
疑問系で尋ねているが、口調は断定系。
少年は泣き出しそうな顔で笑った。
「はい……」
小さな声だったが少年はしっかりと少女に返事をする。

木の葉の里を離れて遠き異国の地。
少女が想像もつかない異国から現れた抜け忍の少年は、不遇にもめげずその心根を表すように温和な性格をしていた。

「そう」
白と呼んだ少年の瞳を覗き込み。
少女はあっさりと了承した。

「ナルトさん、お願いします」

耳に飛び込むのは波の音。
目さえ閉じえれば海の真ん中のゆりかごに揺らされているような。
錯覚さえ覚える穏やかな光景。
砂浜で互いに見詰め合うナルトと白。

「当然でしょう? これは契約だもの。白が望むなら確かめましょう。貴方自身の命を懸けて。貴方がこの世の誰からも必要とされていないのか、必要とされているのか。確かめましょう」

ナルトは白へ応じた。
白は綻ぶように微笑み小さく首を縦に振る。

「交換条件はただ一つ。もし白の存在理由が確かめられたら、貴方は私の。再不斬と共にその身柄を貰い受ける」
無感情のまま言い切ったナルトの言葉に、白は戸惑った。
「え? 僕達を……ですか?」
敵である、しかも他里の抜け忍である自分と彼を『貰う』等とは正気の沙汰とは思えない。
そもそも貰ってどうするのだ。

「不満があるなら今のうちに言っておいて」
「不満はないですけど……、良いのですか? ナルトさん」
平然と話しを進めるナルトに白は困った顔になる。
「私の手のひらで踊る里如きが私の手の内を調べる等、百年早いわ」

まったく説明になっていない。
元から白に全てを理解させるつもりは小指の先ほども考えていないのだ。
ナルトは潮風に乱れる己の髪を押さえ、白には理解不能の説明の言葉を吐き出す。

「はぁ」
毒気を抜かれた調子で白は相槌を打つ。

確かにナルトは強くて計り知れない秘密を抱えた少女だ。
しかし里さえ手のひらで転がしているなんて。
白には想像もつかない。

「白は心配しないで大丈夫。遠慮なくかかってらっしゃい。死人が出てもね」

これは正統な取引であり、契約なのだ。

慈愛に満ちた眼差しを白へ向け、眉を潜めた白にナルトは内心ほくそ笑む。


昨晩。
気配を殺した白が奇襲をかけてきた。
殺気だっていた様子でもなく、暗殺むきの気配を纏ってナルトだけを狙い攻撃した。

『愚かだな』

優秀な死体処理班といえどもナルトに傷をつけるのは至難の業である。
両手足、クナイで木に貼り付けられた白は死を覚悟した。
圧倒的な力の差。
動き、スピード、戦略。
どれもこれも桁違い。

無表情のまま自分を見つめるナルトの瞳。
青空を映しとったような澄んだ色。
覚悟を決めた白の耳元で囁く。

『力を持って力を制すのは愚の極み。己が器を知れ』

痺れる頭の中に直接響くナルトの声。
危険だと白が感じた時には既に遅く。
幻術に囚われた自分を知る事になる。

 何故?

白の混乱は収まらない。
再不斬を助け出した時には彼女は『ただの下忍』であった。
実力を隠している様子もない。
担当上忍のコピー忍者カカシでさえ。
彼女が何かを隠しているなんて、見抜けている気配は無かった。

ただ白の頭に警鐘を鳴らしたのは自身の持つ血継限界。
ナルトを見た瞬間、全身の血が沸き立つような戦慄を覚えた。
危険だ、彼女は危険だと。
理性が理解するよりも早く本能が悟っていたのだ。

『己の存在許容か』
捕らえた白を殺すでもなく。
容赦も遠慮もなく白の精神を探りつくした後、ナルトは小さく感想を漏らす。

同情心といった感情は欠片さえない。
事実を事実として口にした。
そんな調子の呟きである。
次に、ナルトは自分で瀕死寸前にまで追い込んだ白の身体を治療し出す。
白自身も驚き開いた口が塞がらなかった。

『お前は命を懸けるか?』
高く上った月と潮風。漂う血の匂い。
全てを凌駕する圧倒的な威圧感。
放ってナルトは呆然と座り込んだ白を見下ろす。

『己の存在許容を証明すべく、自身の命を懸ける覚悟はあるか?』
空色の瞳を見上げ白は糸の切れた人形のように。
大人しく首を縦に振ったのだった。


「こちらの都合もある。私情は挟むな。己の忍としての全てを掲げかかって来なさい。でなければこの契約は無効よ」
念押しすれば、白はおずおずとナルトの意向に従う態度を見せる。

 白とサスケの血継限界は私の導きで共鳴しあうわ。
 サスケはそろそろ目覚めて貰わないと。

 悲劇の一族、うちは。
 その最たる象徴、写輪眼。

 目覚めたならカカシはサスケの扱いを考慮するもの。

ナルトの脳内では決定事項。
カカシはああいう脆さと強さを持った生徒を見捨てておけるほど、愚かではないはず。
だからこそ自分の底抜けに明るい演技が生きてくるというものだ。
この場にいない兄も賛同してくれている。

白はナルトの手のひらで転がされている自分の運命を思って。
苦笑いした。

不意打ちをかけようとした己の行動を読み、タイミング良く迎え撃ち。
そして半殺し寸前で何故か敵を助けた物好き。
いや、全て彼女の思惑通りなのかもしれない。
自分の行動も。彼女の言葉も。

薄っすら微笑を湛える彼女は。
先ほどまでの太陽のような少女とは別印象。
これこそが彼女の本来の姿。
残忍な殺戮者の顔で思うがままに運命すら操る王者なのだ。

「分かりました」

同じ闇なら自分も知っている。

白は張り詰めていた身体の緊張を解き、心の底からの笑顔を浮かべた。
そんな白を見てナルトはクスクス声を漏らす。

昨日の段階でナルトに勝てないと悟っている白。
こんな調子で二人は傍から見れば世間話をしているような雰囲気で。
実は強力な結界を張って密談中。
互いに簡単な打ち合わせを行い、有意義な時を過ごしたのであった。


「喉元から手が出るくらい欲しい、自己存在の許容、ね」
白の気配がすっかり消えた砂浜。
一人佇んでナルトは波間に消える貝殻を見下ろした。
《だからこそ人は強く脆く、美しく醜悪なのだ》
ナルトの肩先に止まった小鳥が淡々と言う。
「そんなものなの? 別に興味ないけど」
《お前はお前らしくあれば良い。伸びやかに自由であれば良いのだ》
「ふふふ。兄様、甘やかし過ぎ。平気だよ、私は」

 サザザザザァ。

砂に埋もれるように消えた貝殻を見つめ、愉しそうにナルトは哂った。


白は個人的に好きです。あのギャップが(笑)ブラウザバックプリーズ