『趣味を探そう!?』
ちょっと怖いアメルやクラレットさんの視線はあるけど。
バノッサさんにキールさんも、ついでにトウヤさんも結構怖いんだけど。
あ、カノンも怖い……。
けどさ、俺にしてみればすっごいチャンスだと思ったんだ。
一番厄介な奴(イオス)も居ないし。なのに。
マグナの前でクルクル回る とネスティ。
ドレス用のワンピースを身に着けた は何時にも増して綺麗で、そんな
をリードするネスティへ思わず殺意さえ抱いてしまう。
「上手いねぇ〜、ネス。わたしも何か習ってみようかな?」
キール監修の元、夕暮れのアルク川岸辺で行われるダンスレッスン。
花は落ち、生い茂る緑の葉が輝くアルザックの樹。
葉が重なって落ちる赤い光を浴びて踊る二人は絵になっている。
トリスは膝を抱えて座るマグナを無視して、その向こうのアメルへ話しかけた。
「良い機会かも、あたしも何か習ってみようかな?」
多趣味が揃うサイジェントの新しい知人達。
踊る とネスティを眺め、アメルものほほんと応じる。
踊る相手がマグナやバルレルだったらアメルだって容赦しないのだが、如何せん相手はネスティ。
ヘタレである(トリス&アメル&クラレット&カシス、共通認識)
兄(キール)が居る前で堂々と
を口説くほどチャレンジャーでもないだろう。
「リプレさんの洋裁教室、ガゼルさんのアクセサリー造り、シオンさんのお蕎麦でしょう?
ペルゴさんは料理全般、セシルさんは応急処置、スウォンさんのハルモニウム演奏。
それから……カシスさんの歴史講座に、トウヤさんの釣り。他にも沢山ありそうだよね」
トリスは指折り数えてにっこり笑う。
「う〜ん、出来れば料理の幅を広げたいから、あたしはペルゴさんに料理でも習おうかな。聖なる大樹の傍に戻った時、お爺さんや皆に振舞いたいし」
アメルはアメルなりにちゃんと考えて至って前向きである。
「わたしはハルモニウムかな。皆と会った時に演奏したい!」
萎れていく兄はやっぱり無視。
トリスが自分の目標を掲げれば女の子達の相談は終り。
ネスティも も最後の一礼を終え、キール先生と一緒にマグナ達の座る場所まで戻ってきた。
目を輝かせているトリスとアメル。
対照的に屍化しているマグナ。
キールは見て見ぬフリをしてネスティは首を傾げ、
は何度も瞬きを繰り返した。
「ネスの趣味の話から、折角だからサイジェントに居る間、わたし達も何か習ってみようって話になったの」
ね?
なんて、アメルにだけ同意を求めたトリスに は微笑む。
サイジェントに張り巡らされた巧妙な結界はイムランを脅し了承を得て形成されたもの。
簡単なはぐれ召喚獣除けにもなっていて、文句はないのだが。
結界を張っている理由が『 の本来の姿を時々見たいから』だから恐れ入る。
しかしながらイムラン、キレたセルボルト兄妹が恐ろしいのは分かっているので結界の件は黙認していた。
「そうだね、召喚術以外に何か趣味を持つのは良いことだよ。偏った視野を広げてくれるから。それでトリスとアメルは何をやってみたいのかな?」
妹に出来た同性の(ここ重要)親友。
無碍にするつもりも無く、キールが穏やかに切り出してトリスとアメルを見る。
「あたしは料理を。本格的な料理ってしてみた事が無くて。良い機会だからペルゴさんに教えてもらおうかなって思ってます」
「わたしはハルモニウム。聞いてると安心するし、ハサハも気に入ったみたいだし。ミモザ先輩とギブソン先輩が喧嘩した時演奏してみようかなって」
アメルとトリスが喜々として希望を語った。
「ふふふ、愉しそうだな。それでマグナ、汝は何かに挑戦してみないのか?」
嬉しそうな少女二人に極上の笑顔(本人無自覚)を送り、それから一人だんまりをしているマグナへ は話を振る。
名指しされたマグナは惚けた顔で
を見上げた。
「はえ?」
先程からのマグナの頭の中は『羨ましい羨ましい羨ましい(以下エンドレス)』であり、これまでの会話はまったく耳に入っていない。
「マグナはサイジェントに居る間、ネスのように何か趣味を嗜んでみないのか? 召喚術と剣術の勉強も構わぬが息抜きも必要だぞ」
サイジェント騎士団に剣術を学び、トウヤとカシスに召喚術を習う日々。
マグナのそれなりに充実している毎日を多少は思い遣っての の台詞。
マグナは一気に覚醒した。
「そうだよな! 出来たら色々挑戦して一番肌に合うものがいいかな……それか、釣り。実はゼラムやファナンでも少しやってたんだ」
がばっ。
上半身を起こし の両手を握り締め、マグナが勢いづく。
弟弟子の変わり身の早さにネスティは呆気に取られた。
「トウヤ兄上や、今は帰ってしまっているがハヤト兄上も釣が好きだ。なんなら明日、トウヤ兄上を誘ってこのアルク川でやってみるか?」
はマグナに手を握られながら『そんなに釣が好きなのか、マグナは』なんてボケた事を考えていたりするのだが。
それを見抜けているのは笑っているキールだけである。
「うん、やってみたいかも。
も一緒にやってみないか?」
マグナの頭の中には との時間がエンドレスリピートで再生されていて、肝心な部分には気付いていない。
大胆にも
を誘う。
「見ているだけで良いのなら参加するぞ。我と釣りの相性は悪くてな」
も で、マグナ=親友の趣味探しに一肌脱ごうと笑顔で応じる。
その背後でキールが気の毒そうにマグナを見詰めているとも知らずに……。
翌日。
「……大丈夫? マグナ」
釣り糸を垂れたトウヤが震えるマグナを心配そうに見遣る。
「多分……大丈夫です」
マグナは微塵も大丈夫なように見えずガタガタ震えながら釣り糸を垂れていた。
背後でマグナの釣りを見守るのが、 ・バノッサ・カノン・クラレット・カシス。
特にカノンとクラレットの視線が怖い。
視線で人は殺せるかもしれないとマグナが確信した瞬間でもあった。
「
甘いですよね、マグナさん♪ さんに早々近づけるわけ無いでしょう。
もう一度説明する必要がありますね」
ふふふふふ。
底知れない笑みを浮かべたカノンがボキボキ指を鳴らす。
は で大好きな兄姉達に囲まれ愉しくマグナの釣りを眺めていて、カノンの呟きには気付かない。
寿命を使い果たしたマグナの趣味は、結局、セシルさんの応急処置に納まったのだった。
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