『楽園へ続く鍵』
相変わらずの酒臭さに嘆息する と、無言で窓を開けに走るハヤト。
バノッサが帰ってしまい今度はトウヤとパッフェルが同伴。
メイメイの店は変化が無く相変わらず酒臭が満ち溢れる一種のミステリーゾーンのまま。
「にゃはははっは♪ どうしちゃったのかな??」
「うむ、我もサイジェントへ帰ることになってな? 世話になった礼を持ってきた」
小さな子供の姿の が持つには不釣合いな豪華な酒瓶。
しかもシルターン製の値の張るお高い『銘柄』である。
ドン。
メイメイの座るテーブル前に置いた
に、メイメイは両手を組み合わせて目にハートマークを浮かべた。
「うそ!? これをメイメイさんに!?」
眼鏡を外し酒瓶のラベルをしげしげと眺めたメイメイは、彼女にらしくなくとても驚いた顔で を見据える。
自分なりの感謝の気持ちプレゼント(酒)は、思ったよりメイメイに喜んでもらえたらしい。
はニッコリ笑って酒瓶を指で弾いた。
余談だが酒の値段はマグナ達が普段持ってくる清酒龍殺しの数十倍である。
「メイメイさん大感激!!! あ〜、
様様!!! お願いだからもうちょっとゼラムに留まって!! エクスもそろそろ来るかもしれないし〜」
下心丸見えで に縋りつくメイメイ。
呆気に取られるトウヤと、メイメイの自分に正直な態度に苦笑するパッフェルと。
相変わらずの『のんべえ』丸出しのメイメイに頭を振ってため息つくハヤト。
ギャラリーを他所にメイメイは半ば本気で
へ縋りついていた。
「ゼラムも賑やかで華やかで、見所は多いがな。我の帰る家はサイジェントにある。時折は遊びに参る故、許せ」
がメイメイを宥めるが逆効果のようで。
「いや〜、メイメイさんの一生のお願いよぉ〜」
メイメイは余計力強く
にしがみ付き、拘束を解く気配が無い。
「つーか、これだけ酒飲んで正気を保てるメイメイが凄い」
注意しないと気がつかない。
メイメイの座る椅子の下に転がる真新しそうな空の酒瓶。
計六本を数えてハヤトは奇妙な感動を覚えた。
年頃のハヤトも酒に興味がないとは言わないが、以前ガゼルに勧められ苦い経験をしたことがある。
酒に強くないらしい自分を理解しているだけにメイメイの酒豪ぶりには憧れさえ抱いてしまう。
「初めて見るけど……本当に凄いね。急性アルコール中毒とか、シルターンの人には関係ないのかな?」
トウヤといえば生真面目&好奇心が前面に出て、体のつくりが違うのか。
それとも異世界の仕組みが地球とは違うからなのか。
真剣に思案して、微妙に的外れな相槌を打つ。
ハヤトとトウヤの平和な会話を背後で聞きながらパッフェルは目を細めた。
「サイジェントに帰ったらシオンとアカネに訊いてみようぜ」
「ははは、そうだね」
ハヤトが迷案を思いつき、トウヤも否定する事無く頷く。
利用されて危うく魔王にさせられそうになったというのに。
喉元過ぎればナンとやらか?
考えるパッフェルにハヤトが振り返る。
「あ〜、密偵さんからすれば呑気な事言ってるよな。俺等」
バツが悪そうにハヤトに言われ、パッフェルは咄嗟に何時もの愛想笑いを浮かべた。
「良いんだよ、誤魔化さなくても。 と比較されたら、確かに俺達は甘ちゃんに分類されるだろうし。
それより を助けてくれて有難う、
を理解してくれて有難う」
異界出身のエルゴの王。
トウヤが真摯にパッフェルへ頭を下げる。
種族も何もかも違うのにバノッサ達セルボルトの者とは違った意味の兄。
トウヤから感じられるのは妹を助けてもらった人物へ頭を下げる兄。
「そうだよな。本当有難う。俺からも」
トウヤに倣ってハヤトもパッフェルへ頭を下げた。
「と、とんでもないですよ〜。わたしなんか……」
慌てて二人に頭を上げて貰いながら、パッフェルが幾分元気のないトーンで呟いた。
「
って慈愛に満ちてるようだけど、実は結構違うよな。嫌いな連中にはトコトン意地悪なんだぜ。地が皮肉屋ってのを差し引いてもさ」
ハヤトは不器用にウインクしてみせて、パッフェルをさり気なく気遣う。
この雰囲気は
にそっくりでパッフェルは目を見張る。
「未だイムランとは嫌味の応酬だからね、キールも気苦労が耐えなくて。あの様子じゃいつか執務室は壊れるな」
喉奥で笑いを噛み殺し、メイメイを引き剥がそうと孤軍奮闘する を眺めるトウヤ。
その様子もなんだか にダブって見えた。
何度も瞬きをするパッフェルを他所に、メイメイと の攻防は決着がつく。
鼻息も荒く、助けなかったトウヤとハヤトに文句を言い始める に。
そんな妹を宥める兄二人。
「……意外?」
立ち尽くすパッフェルの横にメイメイが立った。
「はぁ……なんだか、意外ですねぇ。想像していたものと違っていたので」
パッフェルにしてみれば、トウヤとハヤトの『普通の態度』が一番意外だった。
重責を担っている者には見えないあの調子。
逆にこちらが拍子抜けする位彼等は普通である。
「知らないものね。あの時はあの二人を助ける為に頑張ってたのよ、あの子は」
全ての糸を手繰り、片がついた今だから言える言葉。
「え!? そうなんですか??」
メイメイの説明にパッフェルは文字通り仰け反って驚いた。
凛々しく戦場を駆け抜けていた彼女の目的をあの時は知らなかったから、余計かもしれないが。
「結構容赦なかったでしょ」
メイメイの問いにパッフェルは眉を八の字に曲げる。
「あははは、容赦なかったですねぇ。色々」
出切れば二度とあんな形で対峙したくない。
本音でパッフェルはメイメイへ応じた。
「大丈夫よ、鍵はもうあの子の手の中にあるわ。あの子なら捻じ曲げてでも、蹴倒してでも彼等を救うでしょう。どっちかっていうと、あの子が嵐の目になりそうだけど」
「……頼もしいですね」
万感の想いを込めてパッフェルはメイメイへ返事を返す。
その翌日、もう一本の酒瓶を置き土産に神様はサイジェントへ帰って行った。
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