『お見送りの儀式』
戦勝終結から早一日。
セルボルト兄妹達は、サイジェントへ戻ると云う。
「もっとゆっくりしていくかと思ったのに」
残念そうなミニスにカシスとクラレットは両手を合わせて「ごめんなさい」と謝る。
サイジェントでの責務を全てイムランや騎士団へ押し付けてきた。
よってこれ以上の物見遊山は時間的に無理なのである。
「話には聞いてたけど、面白い兄さん姉さんだな」
レナードが毛色の全て違うセルボルト兄妹を眺め、率直な感想を漏らす。
ケイナもケイナで同じ考えなのか、難しい顔をしてバノッサを筆頭とする五兄妹を見つめていた。
「わたし達兄妹は全員母親が違いますから。無色の派閥の乱を起こした父は、真剣に世界を作り替えようとしていて……その為に才能のある子供がほしかったんです」
クラレットはレナードとケイナに近づき口を開いた。
ミニスの相手は妹のカシスへ押し付けてある。
二人の笑い声がギブソン・ミモザ邸の庭に響く。
「あ……」
悪い事を訊いた。
そんな顔になるケイナに、クラレットは内心、記憶は無くてもこのヒトは確かにカイナの『姉』なんだ、と。
頭の片隅で感じ慌てて首を左右に振る。
「違います、誤解しないで下さい。それは過去の話で今は違いますから」
クラレットの即座の否定にケイナとレナードは安堵した顔になった。
リィンバウムの住人ではない彼等にそんな顔をされると、なんだかくすぐったい。
クラレットははにかみ笑い更に言葉を続ける。
「特に長男のバノッサ兄様は、一年前まで血の繋がった兄弟だとは分からなかったんです。最初から敵だったので……。
でも生きていれば蟠りは必ず乗り越えられます。だってわたし達は家族なんだもの。血の濃さなんて関係ないんです、きっと」
ミニスが恐る恐るバノッサに近づきなにやら話しかけている。
その背後から現れたルウは興味津々にバノッサを観察。
対するバノッサは仏頂面ながらも、相手がしたいまま。
きちんとミニスの言葉にも返答を返していた。
ぎこちないながらも、きちんと相手を思い遣るバノッサからは想像もつかない。
彼が敵だったなんて。
ケイナは考えて、誰かの目線を感じる。
にこやかに笑うタレ目の青年・セルボルト家の次男キールと が、小声で談笑しながらこちらを見ていた。
ケイナが目線で合図を送れば、
はキールとバノッサ、ミニスにルウを引連れてやってくる。
「疑問でもあるのか? ケイナ、レナード」
さり気にバノッサの隣を陣取った
が二人の顔を交互に見上げた。
「そうさな……、
ご自慢のバノッサ兄上が敵だったってのは本当か?」
刑事の勘。
遠まわしな表現はきっとこの兄妹の不評を呼ぶだけで、分が悪い。
レナードは直感を信じそのままストレートに質問する。
隣でケイナが身動ぎし、正面のミニスの顔が恐怖の二文字を映し出し固まった。
「本当だ」
意外にも答を口にしたのはバノッサ当人。
不快そうな様子は一欠けらも見せず、淡々とレナードの疑問に応じる。
「今更繕ったりはしねぇよ、俺がしてきた事は全て正しかった訳じゃないからな。その他に何かあるか?」
バノッサは擦り寄る を片手で支え、尚も発言するからミニスは心臓を抑え。
クラレットの背後に隠れてしまう。
バノッサの以前の気質を知らないルウとレナード、ケイナは思案して口を開く。
「ずーっと不思議だったの。貴方は確かに人間なのに、人間以上の魔力と力があると感じる。嫌じゃなかったら教えて欲しいんだけど」
ルウがしげしげとバノッサを眺めながら自らが感じた違和感を言葉に出す。
何処から見ても人間なのに、滲み出る気配が人間じゃない。
だからといって憑依されている訳でもなさそうで。
ルウの疑問は深まるばかりだった。
クラレットの背後に隠れながら、ミニスはルウの大胆さに心の中だけで盛大な拍手を送る。
「それはバノッサ兄上が特異体質だからだよ。悪魔に憑依されても自我を保てて、更にその悪魔の魔力を奪い取れる能力を持ってるんだ。
悪魔キラーでもあり、尤も悪魔に近い人間でもある。僕達の兄上には変わりないけどね」
キールが他愛も無い日常を喋る調子で説明すれば、悲鳴をあげて何かが去っていく。
「あらら〜、マグナってば怖くなっちゃったみたいね」
額に手を当てて目に影を落とし、何かの正体を確かめたカシスがユルーイ口振りで呟いた。
はクスクス笑ってクラレットと意味深に頷き合う。
「無闇に使ったりはしねぇよ。人間相手には無効の能力だ」
バノッサは腰に手を当て呆れ返った声音で言い、白けた目つきでマグナが走り去った先を眺める。
それからマグナが居ると分かっていて敢えて説明したキールへ咎める目線をバノッサは送った。
キールは僅かに眉を顰め兄へ無言の謝罪を返す。
「いきなり弟妹が居るって分かって、家族が増えたでしょう? 大変じゃなかった?」
自分も似たような境遇。
ケイナが思い切ってバノッサへ尋ねてみる。
唐突な質問にバノッサは一瞬鋭い目つきになったが、直ぐに感情をポーカーフェイスに隠し。
数十秒間だけ沈黙した。
「一人で生きて行ける、そう思っていた時期もある。実際やろうと思えば今でも俺は独りで生きていけるさ。だが独断で動けば弊害が出る……案外、こいつ等は無茶するからな。
見張りが一人居ると居ないとでは違うだろう? それに悪くない、家族が居て騒げる環境があるというのもな」
少しばかり表情を緩め、弟と妹達を見遣ったバノッサの顔は正に『兄』
「目に見える距離だけが家族の証じゃねぇさ、要は気の持ちようだろ」
バノッサの『無茶』発言にカシスが真っ先に反論し、背後からバノッサにしがみつき羽交い絞めにしている。
それを許容しつつ言い切ったバノッサ。
ケイナは、バノッサの答えに胸の痞えが消えた感じがした。
ヒュゥ。
口笛を吹きレナードは不器用にバノッサの髪を乱す。
ヒィ、なんてミニスが悲鳴をあげたがそれはスルー。
「立派な長男だな、お前さんは。頑張って一番厄介な末妹のたずなを握っておけ。出来るのはお前さんだけだろうさ」
目線を へずらせば、当人は不服そうに頬を膨らませる。
レナードの行動を黙って受け止めたバノッサは、レナードへ不敵に笑い返したのだった。
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