『超えた先の物語2』
案内されたフラットに足を踏み入れた瞬間。
本来の姿を取る
はオレンジ色の塊にしがみつかれた。
「うにゅぅ〜、ますた〜、ますた〜!!! モナティー、寂しかったですのぉおぉお」
ぎゅむー。
抱きついて離れないオレンジ色。
は彼女の頭を優しく撫でて謝罪の言葉を口にしている。
面食らうトリスとマグナ、バルレルを他所にハサハの目が妖しく光った。
「ちょっと! 入り口でつっかえないでよね!!」
ドガッ。
少々耳に痛い音がして、オレンジ色が横へ吹っ飛ばされる。
立派な角を持つ緑の瞳の少女はオレンジ色を見下ろし、鼻息も荒く横を向く。
クスクス笑った に、一瞬バツの悪そうな表情をしてから、フラット内部へマグナ達を案内する。
最初のオレンジ色はメイトルパの召喚獣でレビットのモナティー。
モナティーを蹴飛ばしたのは、同じくメイトルパの召喚獣、メトラルのエルカという。
「はいはい、喧嘩なら外でやってよね」
大人びた口調でエルカとモナティーを諌めるのが、ミニスの大親友だというフィズ。
フラットで暮らす孤児の一人。
フィズの実の妹、ラミはクマのヌイグルミに顔半分を隠しはにかみながらトリスと握手。
「ま〜た、派手に暴れたらしいじゃねぇか。で? ゼラムはどーだったんだよ、
」
を待っていたらしいマグナと同年代の少年。
一見柄の悪そうな空気を持った、短髪の少年・ガゼルは
へ椅子を勧めながら問いかける。
「ギブソンとミモザが同居しておった、あの二人デキると思うか?」
といえば呑気にミモザとギブソンの同居(同棲?)話を早速ガゼルに報告。
「あ〜……あれはあれでお似合いなんじゃねぇの? 互いに足りない部分を補ってそうだからな。色々な意味で」
ガゼルは久しぶりに聞く のボケに乾いた笑みを浮かべ応じた。
さり気なく を観察しても彼女が元気そうだったのは一目瞭然。
話には聞いていたけど、見るまでは安心できずガゼルからもやっと肩の力が抜ける。
「はいはーい!! おれっちの相手になりそうな格闘家はいなかったか? なぁ、
」
広間に滑り込んできたジンガが大声を張り上げ、
の注意を引く。
「ファナンという港町で用心棒をしている格闘家のモーリンなら。ジンガ、汝の相手になるだろう。今度ミニスが連れて遊びに来ると申しておった、その時に頼めば良い」
「本当か!? うわ〜、ワクワクするなっ」
が答え、ジンガが興奮を隠し切れない風にはしゃぐ。
台所からお客用の飲み物を持ってきたエプロン姿の少女・フラット最強のリプレママは小さく笑ってマグナ達へ飲み物を差し出した。
「ご免なさいね、ここは大人数だからいつもこんな感じなの。最初は五月蝿いかもしれないけど、慣れれば大丈夫だと思うの」
同い年くらいなのにリプレが持つ空気は『お母さん』
フラットの台所を切り盛りしてるのは伊達じゃないらしい。
「こっちこそ無理言ってすみません。本当に有難う、リプレさん」
貫禄さえ感じられるリプレの気遣いに感謝して、マグナとトリスは飲み物のコップへ手を伸ばした。
その間もハサハはラミと睨めっこ? ならぬ、視線を交差させては小さく笑い合って、バルレルは早速ガゼルやジンガと口論を始める。
「おっかえり〜、
。お姉様に挨拶は?」
そこへ部屋から飛び出してきたのだろう。
カシスが両手を広げ何かを へ催促。
裏表のないカシスの行動に
は立ち上がりその腕へ飛び込む。
「ただいま帰りました、カシス姉上」
「うふふうふ〜v お帰りv
」
ぎゅむー、第二弾。
今度は互いに抱き合って楽しそうにしている。
広間の隅っこに辿り着いたモナティーが喚き、またもやエルカに鉄槌を喰らう。
それさえも日常茶飯事なのか、呆れたガゼルのため息と、知らん振りを決め込むカシス。
「お帰りなさい、
」
そこへ底知れぬ笑顔を振りまくセルボルト家長女クラレット参上。
カシスは素早く の拘束を解き、 をクラレットの眼前に押し出す。
この辺りの行動も慣れていて、これもフラットでの日常茶飯事だと窺える。
「クラレット姉上! ただいま帰りました」
は自分からクラレットへ抱きつき、カシスの時と同じくハグ。
羨ましいな。
なんてクレスメントの双子が同じことを考えていれば第三弾。
髪を振り乱したキールがフラットへ戻ってきてクラレットごと
を抱き締める。
「キール兄上……今は仕事の時間では……????」
は兄の登場を嬉しく感じながら、はたと我に返って当然の疑問を口に出した。
サイジェントの情報網を大人気なく駆使して、 の動向を逐一把握するキール。
仕事をしていても
が帰ってきたと情報を掴んだのは天晴れとも云える。
「妹が帰ってきたのに出迎えないなんて、セルボルト家の者らしくないだろう? 仕事はイムランが快く引き受けてくれたよ」
この時、イムランは執務室で額に青筋浮かべ胃薬を飲んでいたりするのだが。
目撃者はおらず、彼は意外に親切だとの不本意な評判が広がる。
「それからようこそ、マグナ・トリス・ハサハ・バルレル。ネスティとアメルはバノッサ兄上の家に居るから後で会いに行くと良い。
も普段はそこに住んでいるからね」
ともすれば蚊帳の外になりそうな、お客様。
マグナ達へしっかり気を遣えるのもキールらしい。
一足先にサイジェントへ来ている二人の居場所を、ちゃんとマグナ達へ伝える。
「我が後で案内しよう。それで良いか?」
クラレット・キールに抱き締められたまま、顔だけをトリスへ向け
が問う。
「うん。
、ありがとう」
口の中の飲み物を飲み込み、トリスが代表して答えた。
その後もジンガは に話を強請り、途中からは打ち解けたマグナやトリスも加わり。
派閥の話やゼラムの話、ファナンの話に。
当たり障りの無い範囲での戦いの話をフィズ・モナティー・エルカ等に語ってみせ、茜色に染まった空の色にさえ気付かないほど。
沢山喋って沢山笑った。
夕暮れ時には気を利かせたカノンがバノッサとネスティ・アメルを連れてきて。
ペルゴが料理を持ち込めば何時もの宴会へ雪崩れ込む。
スタウトがマグナを酔い潰し、断るネスティにも酒を注ぎ上機嫌で騒ぎ。
そんなスタウトに肩を竦めるだけのローカスは、久方振りの との政治談議に花を咲かせ、途中、屋根から侵入したアカネに
を奪われる。
「そんなに焦らなくても
は逃げたりしないわよ」
をしっかり捕まえるアカネに、リプレが口元に手を当て困った顔で笑う。
「そ、そうなんだけどさ〜。つい?」
が居ないサイジェントはなんとなく色あせて見えて。
師匠がいないのも、なんだかんだ云って物足りなくて。
途中まで留守番だったアカネとしては、戻ってきた活気が嬉しくて仕方なくて。
これが幻じゃないと確かめたいのだ。
「「すみませんでした」」
アカネが言い訳をすると何故か揃って頭を下げるのが、ネスティとトリス。
「元はと言えば僕とマグナ・トリスで召喚したから
はゼラムでの事件に巻き込まれたんだ。責任の一旦はあるな」
ネスティは眼鏡の位置を直し、深々と息を吐き出す。
「それでも助かったんだろう? コイツのお節介に」
暫く様子を傍観していたローカスが、過去に経験があるのも手伝って。
やけに同情じみた視線をネスティ達へ送る。
「
さんは勝手にお節介を焼きますから、深く考えないことです。寧ろ、彼女の眼鏡に適って幸運だと考えていた方が気楽ですよ」
そこへ料理を配って歩いていたペルゴが自慢のオムレツを数皿持って会話に加わった。
「本当、あたし凄く幸運だと思います」
アメルは胸に手を当ててペルゴの意見に何度も頷いてみせる。
大真面目に言ったアメルの殊勝な態度が笑いを誘い、
はアカネに腕をつかまれたまま小さく笑った。
「なに、あと一年は騒げるんだ。サイジェントじゃゼラムほど規模は大きくないが、それなりに愉しく暮らせるだろう? 愉しんでいけや」
強かに酒を飲んだスタウトがニヤニヤ笑ってネスティの空のコップに酒を注ぐ。
隙を突かれたネスティは顔面蒼白で、そんなネスティをアメルと
が指差して笑う。
「まふた〜は……ゆずれませ……んのぉ」
「
は……ものじゃない……だろー……」
そこへ微妙に意見の食い違う、モナティーとマグナの言い合い? ならぬ、寝言の応酬。
すっかり酔い潰れてヘロヘロの二人をエドスが黙って運んでくれた。
「なーんとなく、これでやっと元通りって感じよね。まぁ、思わぬオマケを連れてきたのには驚いたけど、
らしいわ」
運ばれるモナティーとマグナを見送り、エルカが
に近づく。
「我らしいか……そうだな、お節介を焼いても迷惑がらない汝等が居たからそうなったのだ。本当にリィンバウムは奥が深い」
部屋の隅でちびちび酒を飲んでいるバノッサと の視線がかち合う。
がジュースの入ったグラスを僅かに掲げれば、バノッサも不敵に微笑み己のグラスを軽く掲げた。
「やっぱり
さんはお兄さんっ子ですよね」
一部始終を目撃していたカノンは大層満足そうに、こう締め括る。
こうして一つの戦いは終わり、ちょっと奇妙な生活がサイジェントで幕をあげたのだった。
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DreamEditor 終わり