『元隊長の底ぢから』




 ホゥホゥ。

夜の帳も降りた森に響き渡る夜行性の野鳥の鳴き声。
カサカサ草を掻き分ける移動する野生動物の気配に、こちらの様子を伺っているような何かの気配。

一切合財の不気味さを無視し、のんびり座り込む の態度にルヴァイドは小さく息を吐き出した。

「どうした? まさか封印の森……いや、聖なる大樹の森でサバイバルとは想像もつかなかったか? サバイバルとは生き残ること、という意味だ」

が律儀に真顔でサバイバルの意味を付け加えて説明する。

「傀儡戦争の仲間となら誰だって心強い。それより 、お前の兄姉が心配しているんじゃないのか?」
この場所を確保するべく、はぐれと戦いあった後とあってルヴァイドも疲労の色を隠せない。
木の幹に背を預け身体の力を抜き に問い返した。

ネスティとアメルの『尊い犠牲』から一年。

原罪を浄化する聖なる大樹から復活した(らしい)ネスティとアメルを祝っての祝宴。
穏やかな宴会になるはずが、何故か敵襲というか人災でメンバー全員が散り散り。
夜の森で一晩過ごす羽目に陥っている。

「ミモザの召喚術とケルマの召喚術にアメルの魔力の暴走……見事に重なったからな。
同行してくれたカシス姉上もトウヤ兄上も夜が空けるまでは迂闊に動かぬだろう。幾ら実力があるといっても夜の森を徘徊するのは危険だ」

大人びた仕草で肩を竦める幼い子供。
闇に溶け込む漆黒の瞳を真正面に、ルヴァイドも同意して唇の端を持ち上げる。

ネスティに問答無用で召喚術を放った女王・ミモザと、カザミネを足止めしようと召喚術を放ったケルマ。それからその二つを中和しようと魔力を開放したアメル。

三者のトリプル召喚術が聖なる大樹の観察小屋をぶっ壊し、空間すらも歪ませ、全員が森の何処かへ飛ばされる事態を巻き起こした。

これがつい数時間前の話。

「………早いものだ、もう一年になるか」
木々の間から垣間見える星星の煌きは一年前の、レルムの村へ侵攻しようとしていた時と変わりが無い。
呟いたルヴァイドに は目を細める。

「悔やんでも命は戻ってはこぬ」
は自嘲的なルヴァイドの感情を敏感に嗅ぎ取り手痛く言葉を返す。

「分かっている。こうして正義らしきものを掲げて生きていても、俺の手が綺麗になるわけでもない。罪は罪として背負っていくつもりだ」
ルヴァイドは迷いの無い声音で言いきり、心持ち背筋を伸ばした。

「イオスはかなり に素直に気持ちを伝えていたが、あの時の俺は一歩引いていたな。この場を借りて改めて礼を言う。 、ありがとう」
一年前にゼラムのギブソン・ミモザ邸で見た顔よりも。
更に男前になったルヴァイドが微笑を湛え に感謝の気持ちを伝える。

「我だけが凄かった訳ではない。汝は副官や部下に恵まれておったのだ」

の胸を護る勾玉や、肌身離さず持ち歩くメモリーディスク。
が暗に告げればルヴァイドは僅かに辛そうな顔をするものの、穏やかな表情に戻り邪魔な横の髪を払った。

「ああ、そうらしい」
どこか遠くを見詰めるルヴァイドの瞳には温かい何かが宿っている。

「それよりも最近の『巡りの大樹騎士団』は活躍目覚しいではないか? シャムロックも騎士団の顔として自覚も芽生えてきたようだしな」
ともすれば暗い話題ばかりが持ち上がりそうな空気。
は打ち払うように最近の巡りの大樹騎士団を話題に挙げた。

「騎士という楔に縛られず、家名や家柄に囚われず。誰かを守りたいという気持ちがあれば誰だって騎士になれる。良かったら今度見学に来るか?」
ルヴァイドもルヴァイドで、 の考えを察し自分もそれとなく話題を合わせる。

「良いのか? バノッサ兄上に許可をもらえたら遊びに行くぞ! 汝等が組織した騎士団の実力、どれほどのものか見極めさせてもらう」
ルヴァイドの提案に は瞳を輝かせ、上半身を前へ傾けた。

の喜々とした様子にルヴァイドも表情が綻ぶ。

種族という狭い枠に拘らない、そんな新たな視点を与えてくれた存在だからこそ今の騎士団を見てもらいたい。
また、喜んで欲しい。
互いにそう語りあっていないが、シャムロックもイオスも。
きっと同じ事を考えている筈だ。

しかも、少々怖い保護者達が居ない現在なら大手を振って誘えるというものである。

「手柔らかに頼む。家柄に囚われず集まった将来有望な騎士見習い達ばかり、だからな」

ルヴァイドも認める の戦闘能力。
あれを遺憾なく発揮されたら騎士団見習い達が自信を喪失してしまいそうだ。

ルヴァイドが釘を刺せば は首を竦める。

本来 もルヴァイドも必要がなければ喋らない性質、直ぐに沈黙が二人を包み。
静けさだけがその場を通り抜けていく。


「今だから言えるが……本当ならマグナも騎士団に引き抜きたかったんだ」
月がやや西へ傾いた頃、ルヴァイドが沈黙を破り唐突に告げた。

これはシャムロックでさえも未だ残念がっている。
けれど当時、ネスティを失ったであろうマグナの心情を考慮してルヴァイド達は提案しなかったのだ。
最終決戦で見せた決断力と良い上達した大剣の腕と良い。
騎士に相応しい要素をマグナは持っていた。

「ほう? マグナを?」
は純粋に感心して短く応じる。
枠に囚われない思考を持つシャムロックやルヴァイドの発想は面白い。

「イオスとセットにしておけば互いに敵愾心剥き出して努力するだろう?
俺やシャムロックが見本を示さなくても好敵手とはかくあるべきだと、団員に見本も示せる。一石二鳥、というヤツだ」

切れ者の顔でニヤリと笑ったルヴァイドに、 は虚を突かれ目を丸くした。

「ルヴァイド、汝……」
「これでも元黒の旅団・隊長だからな。伊達や酔狂で軍隊を率いていたわけじゃない」
目を丸くし、外見年齢相応の幼い顔になった の髪を乱しルヴァイドは続ける。

「うむ、矢張り汝は生粋の騎士であり、上に立つ者なのだな。抜け目が無い」
上目遣いにルヴァイドを睨みちょっぴり悔しそうに告げる は、手のかかる妹といって雰囲気。
フォルテやシオン、果てはリューグさえもこの女神を妹のように扱うのに深く理解できる。
改めて感じてルヴァイドは笑いを噛み殺した。

「褒め言葉……として……受け止めておく」
僅かに震える声で応じたルヴァイドに、益々 がムッとした顔になり。
堪えきれずにルヴァイドは声を上げて笑い出す。

「笑いたければ笑え、どうせ我は神らしくない。自覚はあるぞ」
半ば自棄になって言い捨てた の台詞がルヴァイドの更なる笑いを呼び込む。

肩を震わせてらしくない程笑うルヴァイドと完全に不貞腐れる

好対照な騎士と女神を、月が静かに見守っていた。



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 別に持って帰れとかそういう意味ではありません。
 あんないい加減なアンケートに答えて下さった感謝の気持ちを込めてるだけです。

 ルヴァイドさんは主人公をこんな風に見ています。フォルテトと考えた方とか感じ方は近いかな〜と。
 フォルテは根がアレなんでシリアスあんまり似合わないですけどね。ブラウザバックプリーズ