『かるちゃぁ・しょっく』
一瞬の浮遊感の後、襲い繰る急降下。
「「きゃ〜♪」」
両隣に座るハヤトと は楽しそうにユニゾンして、万歳。
ネスティは散々シェイクされた体が軋み、悲鳴をあげるのを感じながら嗚咽感に耐える。
これだったら修行と称して街外の草原で荒くれ者を相手した方が数段マシだ。
「!?」
斜め四十五度に傾く自分の体と加速を増す『じぇっと・こーすたー』
が言っていた『異界の文化は奥が深い』の言葉の意味を初めて理解し、噛み締め、ネスティは絶叫する事も出来ずただただその拷問に耐えていたのだった。
ニコニコ笑うハヤトと に、何度目になるのか。
数えていたらキリのないため息を吐き出しネスティは脱力した。
「つまり……異界の者から見た、名も無き世界を味わって欲しいと。そのような趣旨で僕をココに召喚した。そういう訳なんだな?」
諦めきったネスティにしては自棄的な口調で呟き、見慣れぬ室内をもう一度見渡す。
サイジェントのフラットでトウヤと本を片手にリィンバウムの召喚術について互いの情報交換を行っていた最中、ネスティの体が光に包まれ、そして召喚された。
事もあろうに、名も無き世界に、である。
「そんなとこ! だってネスは融機人なんだろ? 一応ロレイラル出身だから、こっちに召喚し易いかな〜ってさ。それに理由もちゃんとあるんだぜ」
秋特有の澄んだ空気が流れ込む、地球での の住まい。
無駄に広いその居間のソファー。座ったハヤトは笑みを深めて人差し指を左右に振る。
「マグナとトリスは良くも悪くも目立つ。騒がしい。だってあの双子を連れて行くなら護衛召喚獣も一緒じゃないと不公平だろ?
しかもアメルちゃんだけのけ者に出来ないしさ。だったら俺と歳が近いネス一人を呼んだ方が、不公平感が少ないじゃないか」
ハヤトの理由に益々身体の力が抜けてきて、ネスティはソファーに沈み込む。
「………」
人懐こい笑みを湛えるハヤトに悪気は無い。
しかもハヤトの考えに便乗して地球に戻ってきている にも悪気は………無いだろう。
異界の品や風景を見ても冷静に対処できる人材として自分を選んだだけなのだから。
ここまで考えてネスティは、自分が扱いやすい人形のように感じられてしまい更に滅入った。
「っていうのは建前。マグナ達なら何処だって騒げるけどさ、ネスはそうもいかないだろうなって考えてさ。兄弟子だし、精神年齢老けてるし」
一人早合点して落ち込むネスティを他所に、ハヤトが小さく舌を出し本当のところを暴露。
ネスティは考えもしなかったハヤトの台詞に顔を上げる。
「ハヤト兄上、言いすぎだ」
「あ、ワリ。てかさ、まぁ、過ぎてしまった青春を取り戻すべく、その一ページを俺等の世界で作ってみよ〜! 企画なワケ。
準備万端だし折角だから一日思いっきりハメを外して楽しもうぜ!」
呆然とするネスティの態度に、 が肘でハヤトを突き兄の暴言を咎める。
ハヤトは愛想笑いを浮かべながらネスティの返事を聞かず、某有名テーマパークの一日フリーパスを取り出せて見せたのだった。
これを名も無き世界の住人、いや、日本人の子供なら大多数は経験済みだという。
じぇっと・こーすたー。
山に見立てた場所に作られたものや、真っ暗闇の中を走るもの。
果ては水の上を進むものなど様々である。
立て続けに五回近く乗せられ、ネスティの三半規管は完全に狂っていた。
「いや〜、楽しかったなv
」
組んだ両手を空へ伸ばし大きく伸びをして身体を解すハヤト。
「うむ。久々に楽しめた……ネスティ、大丈夫か?」
ハヤトの隣を小学生の姿で歩き応じる 。
二人の背後をフラフラおぼつかない足取りで着いていくネスティ。
異界の兄妹に振り回されたネスティは返事を返す元気もなかった。
ネスティを振り回そうと誓って張り切ったハヤトと は顔を見合わせ、近くのベンチまで移動。
グッタリしたネスティを座らせた。
「た……逞しいんだな、君達の世界の住人は」
からミネラルウォーターのペットボトルを受け取り、ネスティは呻くように言った。
家族連れに友達連れ、この場所で働く職員。
だれもが笑顔を浮かべそこに暗い影は無い。
極めつけはあの『じぇっと・こーすたー』で誰もが楽しんで乗っているではないか。
はぐれ召喚獣であったエルゴの王が強い理由はココか?
なんてネスティはズレた解釈を組み立てていた。
「そうでもない。戦争自体は世界に点在するが、この国に戦は無いからな。日常的に人と戦わねばならぬ汝の世界の方が、余程生き難い。逞しいのは汝等の方だと思う」
は皮肉な笑みを浮かべ眼前を通り過ぎる人々をぼんやり眺める。
ハヤトは足りない飲み物補給と、ポップコーンゲットに出かけていてココには居ない。
「ハヤト兄上も、トウヤ兄上も。最初から誰かを傷つける事を許容していたわけではない。
自分の住む場所を確保する為に、知らない世界で生きていく為に必要だったからだ。かなりの精神的抑圧を受けておったと思うぞ」
ハヤトが秋らしい衣装としてネスティに与えたハイネックのシャツにジーンズとスニーカー。
アクセントにゆったり目のカーディガンを被せた日本風? ネスティ。
髪の色は目立つものの服装では目立たない。
横目でネスティの様子を伺いながら
は付け加える。
「場所も立場も生まれも違う。だが僕と似たようなモノか」
漸く一息つけたネスティが身体から緊張を解き、ポツリと漏らす。
「特殊な立場だからネスが心配性になるのは無理ないけどさ。折角の人生なんだし、そこんとこ楽しんだ者勝ちだと俺は思うんだよな〜、ほれポップコーン」
賑やかなテーマパーク。
夢とか希望とかで人を楽しくさせるその場に似つかわしくない重い話題である。
ネスティと が難しい顔で語り合っていれば、二人の座るベンチの上から降ってくるハヤトの陽気な声。
すっと差し出されたのは新しい飲み物と、ポップコーンだ。
「有難う、兄上」
はハヤトの出現に驚かず、ファンシーな柄の入ったプラスチック製のポップコーン容器を受け取る。
香ばしいポップコーンの匂いに表情を緩ませ、早速手づかみ。
小さな口一杯にポップコーンを頬張り始める。
「すまない」
ネスティもハヤトに断ってからペットボトルを受け取り、それからポップコーンの容器を受け取った。
「難しく考えるのは止め止め! 必要な時だけ真面目に考えてればそれで良いんだよ。四六時中張り詰めてるとシンドイだろ」
ネスティの眉間の皺を突きハヤトが呆れた顔で言う。
「義務感で生きてちゃ駄目だ、もっと楽しみ見つけないと。何でも良いんだよ、トウヤの釣だってその一環だし」
ハヤトの尤もらしい言い分に
が腕組みをしてうんうん頷いている。
「だからこうやってネスの『楽しい』を見つけるきっかけになればと思い。敢えてこちら側に招待したのだ。汝が気兼ねなく羽を伸ばせるように」
更に駄目押しのように
が口を開く。
「………そうだな……。悪い癖で直したいとは思っているんだが。どうも僕は物事を深刻に受け止め悪い方向へ考えてしまう。
もう少し状況を楽しむ余裕が必要かもしれない」
ハヤトと
なりの気遣いに胸がジーンとなって、ネスティは気持ちを率直に伝えた。
「だろ〜? ネスティも楽しまないと。ダンス以外にも何かないと詰まんないよな〜」
「では何処から回ろうか? 我は久方振りにこのアトラクションに」
片や妙な結論に達した異界の兄妹コンビ。
困惑するネスティに構っちゃいない。
ガイドブック片手に額を付き合わせ、まだ何かに乗るつもり。
「は?」
間抜けた相槌を打ったネスティは目を点にした。
「あははは、アレは面白かもね。お化け屋敷だし、ネスは初体験じゃねぇ?」
の指差したアトラクションにハヤトが屈託なく笑っている。
「いや、ちょ……」
違う。そうじゃない。
主張しかけたネスティを引っ張り、 が歩き出す。
そのままハヤトと の遊びに付き合わされ、得体の知れない屋敷やら、川下りやら、夜のカーニバル? らしきものを堪能。
ネスティはボロボロになってチームフラットへ帰還したのだが。
「ご免な? 二人ともネスティに良かれと思ってやったんだよ……半分は」
文句を言おうにも、もう一人のエルゴの王・トウヤに謝罪されては何もいえないネスティだった。
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