『無知と無智は紙一重』




やっと普通が戻ってきたサイジェントの北スラム早朝。

そこでは北スラムの主、バノッサさんとその妹・ さんが剣の稽古を始めるところから一日が始まります。

鋭い剣戟の音と、ぶつかり合う刃が奏でる金属音。
どちらも手を抜いてはいません。

長剣を構えるバノッサさんと短剣を構える さんの顔は真剣そのもの。

互いに何度か相手の懐に入りながら紙一重でかわされる。
ニ三本切り落とされるバノッサさんの白い髪と、重さを感じさせない長い さんの蒼い髪が左右に揺れ動きます。

あ、お二人を見ているのは誰かって?
はい、僕はカノンと言ってバノッサさんの義弟を勤めさせていただいてます(笑顔)
そろそろお二人を朝食の席に連れ戻さなくちゃいけませんね。

さん、バノッサさん、朝ご飯ですよ〜」
僕が台所の窓から顔を出して呼べばお二人の朝の鍛錬は終わりです。

バノッサはさん腰に下げた鞘に剣を収め、 さんも腰から下げた皮製の鞘に短剣を収めます。
適度な温度の濡れタオルで身体を軽く清めてから、お二人は居間へやって来ます。

バノッサさんの家は意外に感じるでしょうが質素です。

広めの居間に客間がニつ、台所が一つと、僕・バノッサさん・ さんの部屋が一つずつ。
フラットの規模が大きすぎるから余計手狭に感じられる小さな家です。

今朝の朝食は僕が作ったスープとパン、ホカホカオムレツ。
それから さんが剥いた果物ですよ。

え? 羨ましい?

ご招待してあげたいですけど、 さんとの一時は早々お譲りしませんよ(黒笑)。



「「「頂きます」」」
椅子に座り僕達三人はお辞儀をして朝ご飯を食べ始めました。

「兄上、今日はキムランの花園へ手入れに行きたいのだが……」
朝ご飯の時間は さんの一日の行動を大まかにバノッサさんへ説明する時間でもあります。

バノッサさんの許可を貰わないと『危なっかしい(サイジェント&ゼラム組認識一致)』 さんは外へ出れないんです。

仕方ないですよね、なんせ さんですから。

「ああ、リプレさんに送るカネルの花を株分けするんですよね」
食事の手を止め僕は手を叩きました。

厳つい体躯と顔に似合わないファンタジーとドスが同居する( さん談)マーン兄弟次男・キムランさん。
彼と はガーデニング仲間としての親交が深いんです。

バノッサさんはスープをスプーンで掬った姿で思案顔になりました。

「………」
思案顔のバノッサさんの視界、居間の窓越しに蒼色の物体X(マグナの頭)がちらつきます。(この段階で僕はまだその物体の存在に気付いていませんでした)
無言のままバノッサさんはスプーンを口へ押し込み小さく息を吐き出しました。

「悪いがそれは明日にずらせ。今日は家の周りの花壇の清掃にしろ」
有無を言わさないバノッサさん。

でも本当はバノッサさんはとても懐の深い方です。

さんがキムランさんとガーデニングをしていても厭な顔なんて一つもしません。
そんなバノッサさんが さんの外出許可を不許可にするなんて……ですね……。

さんは元より、僕も怪訝そうにバノッサさんの険しい顔を眺めます。

顔を顰めたバノッサさんが さんに気取られないよう僕に合図を送りました。

珍しいバノッサさんの命令が何故下されたのか、僕は心の底から納得です。
居間の窓にチョコチョコ見え隠れする物体X(マグナ)、良い度胸ですね〜

本当に

「カノン?」
クフクフ笑う僕を不思議そうに見詰める さんの瞳は、とても深い蒼に包まれて今日も美しさは抜群です。
あ、でもなんだか不安そうな顔をしてますね。

「大丈夫ですよ、 さん。花壇の手入れで思い出したんです。害虫駆除の事を」

バノッサさんの手を煩わせるまでもないです。

最近こういった争いごともなく、平穏無事でしたが さんは誰彼構わず『拾って』きますからねぇ。
さんの優しさを勘違いする輩も少なくないのが現状です。

バノッサさんと僕、クラレットさんにキールさん。
時々面白がって助けてくれるスタウトさんに、不運にも巻き込まれるローカスさん。
主にこのメンバーで さんの身辺警護をしています。
さんの神としての能力を不逞の輩に悪用させるわけにはいきませんから(爽笑顔

「食器が片付かないので先に食事を済ませましょうね」
キョトンとしている さんの柔らかい頬へそっと手を当てて促せば、釈然としない風であっても さんは食事を摂り始めます。

信頼関係があるからこそ、今は黙って僕の判断に任せてくれる さん。
そうです、僕等一家の信頼は何よりも固いんですよ。

それにしても他所様(僕等の家)の周りをウロチョロするなんて目障り……い、いえ、熱心な方です。
マグナさんも。

朝食に使用した食器は各自各々流しに運びます。
主に洗うのは僕ですけど、 さんやバノッサさんも手伝ってくれるんですよ。

「害虫駆除は程々にしておけ」
僕が食器を洗っているとバノッサさんが自分の食器を持って姿を現します。
さんに分からない小さな声で僕に指示を出すと、バノッサさんは自室へ戻っていきました。

読み途中の本の続きでも読むんだと思います。

一年前の教訓から、無知は身を護る上で致命的な欠点だと悟ったバノッサさんと僕。

キールさんとクラレットさん、カシスさんの協力を得て様々な知識を習得していきました。

あ、話は逸れましたが、今日は僕に任せてくれるんでしょうか?

うわ〜、愉しみですね!!
久々の害虫退治に腕がなります♪

「カノン? どの花壇を手入れするか相談したいのだが?」
鼻歌交じりに僕が食器を洗っていると、 さんが台所へ通じるドアから顔だけ覗かせて僕に喋りかけてきます。

そうですね……これから蒼天の節(夏)に移行していきますから、その時期に咲く花が良いですね。

「蒼天の節も近いですから、その時に咲く花にしましょう。だとしたら適度に陽のあたる玄関の両脇を手入れしておきませんか?」
「うむ、そうだな」
僕の提案に さんは素直に頷きます。

本人曰く『自然体』だそうですが、僕やバノッサさんから言わせれば『可愛い』なんです……。

無自覚に可愛い さんは無防備に素直なので僕とバノッサさんの心配はつきません。

でも、そういう心配も楽しいものです。
あの殺伐とした闇の縁に立っていた一年前から比べれば、遥かに。

「僕は食器を片付けたら先に表に出ていますから、 さんは道具を屋根裏部屋から運んで下さい。
足りないものはリストを作っておいて、後でフラットに借りに行きましょう。僕と一緒なら出歩いてもバノッサさんには叱られませんよ」

ニッコリ笑って僕が付け加えれば、 さんもつられて笑って屋根裏へ上がっていきました。

相変わらず素敵な笑顔です、 さん。

さて、これからが本番ですね。

僕は濡れた手をタオルで拭ってから愛用の薪割り斧を片手に家の外へ出ます。

気配を消して近づけば、変態……いえ、熱い視線を僕等の家に注ぐマグナさんが。

程よく生え出した低木の茂みに隠れたつもりでも、頭、見えてますよ?
マグナさん……。

「マグナさん、お早う御座います。新手のかくれんぼですか? 楽しそうですね」
僕が声をかければマグナさんは飛び上がって、それから顔を真っ青にして僕を凝視しました。

なんだか小刻みに震えてもいる様です。
どうしたんだろう、マグナさん。

「カ、カ、カ、カ、カ、カ、カノン!?」
「厭だな、そんなに驚いて頂かなくても大丈夫ですよ」
僕は顔の筋肉を動かし笑顔を形作る。
瞳は勿論笑ってないですよ?

「あ、いや、ちょっと、散歩途中に通り掛ってさ……えっと、挨拶でも……」
うろたえるマグナさんを他所に僕は笑みを崩さず、手にした斧を投げました。
斧はマグナさんの頬をかすめ背後の廃屋へ飛んで行きます。

「見え透いた嘘って、バノッサさんは嫌いなんです。ご存知ですよね? マグナさん」

僕、細身の外見から勘違いされがちなんですが、一応鬼神の血を引いてるんです。
ですから力持ちなんですよ〜♪

僕は遠慮なく石畳に拳を打ち込みました。
バキャ、なんて音がしてマグナさんの足元の石畳が凹みます。

「僕らは静かな生活を取り戻せて、平凡な生活を堪能中(家族水入らずで生活中)なんです。察しの良いマグナさんですから、この意味わかりますよね?」

気安く さんに馴れ馴れしい行動を起こさないで欲しいですね?

その泳いだ目と、疚しい気持ちが沢山篭った挙動不審な身体のジェスチャー。

見逃す僕ではありませんよ?

僕の忠告にマグナさんは涙目になって首を横に振ります。
往生際、悪いですね。

この際なので本格的に事情を説明(カノン的脅し)しようかどうしようか。
逡巡していると、家から見かねたバノッサさんがこちらへ歩いてくるではありませんか。

あはは……僕、結構本気でマグナさんに殺気だってたかもしれないです。
修行が足りませんね……。

「腹も括れないヒヨッコが、気安くうちのに関わるんじゃねぇ」

無表情のバノッサさんがトドメを刺せば、マグナさんは涙目のまま脱兎の如く、ええ、本当に兎みたいにとても早く逃げて行きました。

伊達でメルギトスを倒したんじゃなかったんですね、マグナさん

「カノン、持ってきた……バノッサ兄上?」
そこへ玄関に さんが出てきました。

僕と、部屋に引っ込んだはずのバノッサさんが居るのです。
とても不思議そうな顔をしています。

「偶には土いじりってのも悪くない。無智にはなりたくねぇからな」
肩を竦めるバノッサさんの素っ気無い返事に、 さんの顔は輝きます。

なんだかんだ言ってお兄さん子の さん。
嬉しそうにバノッサさんへ抱きつきました。

「確かに無知と無智、紙一重の行動ですね……」
僕はバノッサさんの最後の言葉の意味を理解して、マグナさんが消えた方角へ顔を向けました。


その夜、マグナさんの絶叫がフラット屋根上から轟き渡ったそうです。
ですがその件に関してフラットの住人及びバルレル君・ハサハちゃんは頑として口を割りません。
ただ、クラレットさんとアメルさんが、とてもすっきりした顔をしていたのが印象的でした。



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 1からお世話になりつくしたとーすい様に捧げます。しつこいようですが持ち帰れという意味ではありません。
 お題はカノン&バノッサ&主人公。三人称だと面白くないので、カノンの一人称にしてみました。
 結構黒い? でしょうか(大汗)
 最後バノッサさんがカノンを止めたのは、あれ以上ほっぽっておくと、カノンが暴走しそうだったからです。
 マグナ、正に生命の危機!! メルギトスと戦っていた方が余程精神的には楽だったでしょう。

 他多くのカノンスキー&バノッサスキー様達にも感謝を込めて。ブラウザバックプリーズ