『女神様のご加護パワー』
「実は告白したいんです」
顔を真っ赤にして告げたシャムロックに、流石のカノンの笑顔も瞬時に凍りつく。
バノッサに至っては目つきが普段の三割り増しで悪くなっている。
キョトンとした の顔に、シャムロックは自分の失言を悟り慌ててこう訂正した「告白したい女性が居るので、相談に乗って欲しいんです」と。
ネスティ&アメルが聖なる大樹から復活した、あの日から数週間後のサイジェントでの出来事だ。
生命の危機を本能的に感じ取ったシャムロックが真っ青になる中、
だけは小首を傾げて不思議そうに当人へ目をやる。
「相談に乗りたいのは山々だが、我は神だ。世情の中でも恋愛には人一倍疎いぞ?」
そのような話題ならシャムロックの故知、フォルテが適任だろう。
頭の片隅でこう考え
は何度も瞬きをした。
「え? あ、すみません。違うんです……ご存知でしょうが武道大会がゼラムで行われます。
これまでは私的な活動に限定されていた、巡りの大樹を聖王国に認定してもらう為にも……俺は大会には出るつもりです」
背筋を心持ち正したシャムロックが詳しい事情を語り出す。
「ですが大会にその知り合いの女性が観戦しに来るんです。恥ずかしながら……ずっと、妹のような女性だと俺は彼女を思っていました。
しつこいようですが、大会に優勝したものは望むものを『なんでも』与えられる決まりです。それで、その……」
そこまで一気に言い切り、シャムロックはばつが悪そうに大きな身体を小さく丸める。
「若しかして? 優勝者が望めば、シャムロックさんが妹のように感じていた女性と結婚できる。とかじゃないですよね?」
時代錯誤な。
というより、名家の騎士であったシャムロックの知り合いなら、その女性は間違いなく貴族。
貴族の女性を商品扱いだなんて聖王国もとうとう血迷ったか?
努めて軽い口調でカノンが尋ねれば、大当たり。
地雷を踏んだらしい。
項垂れるシャムロックに呆れるカノンとバノッサ、ニンマリ笑う 。
それぞれ見事に反応が分かれたのだった。
事情を簡単に説明すればセシルはニッコリ笑って二つ返事で了承してくれる。
基本的にお人好しがわんさかいるサイジェントの騎士団。
困っているシャムロックの頼みを無碍に断るわけがない。
「元トライドラの隊長と手合わせできるなんて感激です」
人懐こい笑みを浮かべイリアスがシャムロックと握手した。
握手というか、イリアスが一方的に手を上下に振り、シャムロックはイリアスのマイペースに些か引き気味である。
「イリアス様。シャムロック様は現在自由騎士団『巡りの大樹』の団長を勤められていらっしゃいます。元トライドラという呼称はどうかと……」
アバウトな人認識をするイリアスのフォローを入れるサイサリス。
二人の相変わらずな凸凹コンビを眺めるのも楽しい。
がニコニコ笑っていれば、庶務を終えたラムダが愛用の大剣を片手に訓練場へやって来た。
「
、面白い話を持ってきたそうだな。今度は何をしでかすつもりだ?」
唇の端を持ち上げて笑うラムダに
は眉根を寄せ、頬を膨らます。
「ラムダ、そんな風に
を苛めないの。巡りの大樹の団長、シャムロックさんが困ってるんですって。わたし達で力になれるかもしれないの」
ラムダと婚約を交わしたセシルがやんわり とラムダの間に割って入る。
無色の派閥の乱の時は幾分きつかった彼女の性格も、ここ二年で大分丸くなっていた。
セシルが経緯を説明すればラムダはしげしげとシャムロックを眺め、それから
を眺めた。
「訓練し慣れているルヴァイドとイオスを相手にするより、イリアスを相手にした方が遥かに有益だ。成る程な、それから後はどうする?」
軍事顧問を務めるラムダ、久しぶりの手合わせと聞いて表情が明るい。
「はいラムダ様。 の指導の元シャムロック様には一層の鍛錬をして頂きます。僭越ながら付け加えますと……。
大会には変装したレイド様とハヤト様が参加してくださる事になっているそうです」
ラムダの視線を受けたサイサリスが卒なく彼の疑問に応じる。
「そこまでして貰って恐縮です」
正直に有難いと思ってシャムロックは頭を下げた。
「シャムロック……傀儡の時には余りこう話す機会はなかったが、汝も我の仲間だ。
無論マグナ達にとっても汝のかけがえのない仲間だ。立派な目標を持つ汝の助けになりたいと我が考えるのも当然であろう?」
フォルテの手前か本来の性格か、騎士としての心構えか。
どれが問題だったかは分らないが、二年前のシャムロックは筆舌にし難い位に四角四面な性格をしていた。
融通が利かない状況に流される、そのクセ騎士としての立場は重んじる。
マグナ達には命を助けられた手前それなりに接していたものの、何処か線を引き遠慮していたシャムロック。
「我と汝は仲間であろう?」
もう一度 が言うと、サイサリスが小さな声で「それは脅しです」なんて。
相変わらず一人冷静に
へ突っ込んでいる。
「……あの当時の印象が強すぎて、俺自身が本心から納得できてない部分はあるけど。
は俺の仲間、かな」
堅苦しい言葉遣いから一人称が『俺』になったシャムロック、実はこれが本来の一人称だという。
弱々しいシャムロックの返答に
は不服そうに口先を尖らせる。
「我々は騎士団の伝統を重んじては居ますが、それが全てではないとも知っています。だから堅苦しい事は止めましょう。同じ女神様に叱られた者同士、ということで」
槍を横なぎに払ってイリアスは爽やかに笑った。
シャムロックも叱られたというか、渇を入れられた経験はあるのでイリアスの言葉に力いっぱい頷いてしまう。
「ふっ……そうだな」
「そうね」
少し遠い目をして呟くラムダに、口元に手を当てて笑うセシル。
和やかな空気の中、シャムロックはイリアス相手に剣を振るい、機嫌の良かったラムダにまで相手を務めてもらい。
数日間、 やイリアスやセシル、ラムダ、といった強者と剣を交え戦いに備えたのだった。
そしてシャムロックがゼラムへ出発する日。
サイジェントの出入り口の門前で、
達はシャムロックの見送りに来ていた。
「気休めだが、これを授けておこう」
は言うなり徐に姿の封印を解く。
しかも普段は広げない羽を全て広げて一段と蒼い。
シャムロックが驚いて後退する間も与えずその剣を奪い取り、何か呟きながら剣に呪いを施した。
手際の良すぎる の行動にサイサリスは苦笑い。
最初からこうやってシャムロックの緊張を解く為に武器に祝福を与えるつもりだったのだ、 は。
ならば最初にしてあげれば良いのに。
勿論、最初にそれをしないのはシャムロックに真剣さを求めているから、なのも理解している。
それでも苦笑なのは、 の大人気なさに対してのものだ。
自称神様と言われてしまうのは、きっとこんな風に意地悪する子供みたいな の性格が災いしているのだろうと。
そう思えてしまうほどである。
繰り返し感謝の言葉を口にしてサイジェントを去って行くシャムロック。
彼の背中をイリアス&サイサリスと見送り は小さく笑っている。
笑い方が怪しい。
「何か裏がありますね?」
の策士の笑みを横目に、確信を持ってサイサリスが問いかけた。
「実はな? フォルテにも似たような事を頼まれたのだ……ケイナは呆れておったが、気休めになろうかと我がフォルテの剣に祝福を与えておいた」
シャムロックに先んじる事一週間前。
ケイナとやって来たフォルテは似たような話を に持ちかけて、身体を鍛えていった。
誰にも内緒だというので、
はシャムロックにもこの話を教えてはいない。
「確かフォルテは素性を明かさず出場すると申しておった。上手くいけば互いに決勝の場であたるやもしれん。シャムロックがフォルテの変装に気付かぬとは思うがな」
クツクツ喉奥で哂う はしてやったりという表情である。
シャムロックを応援しているのだか、妨害しようとしているのだか。
あるいは両方か。
美少女的な外見に反比例するその笑い方を何とかして欲しい、サイサリスは痛感した。
「まったく……貴女という方は……」
サイサリスは心底呆れ返った声音で呻き額に手を当てた。
「良いではないか? 障害がある恋は燃えるらしいからな? 我もハヤト兄上とレイドの応援に赴くし問題はない。
当然汝等も行くのだろう? ラムダが留守を預かってくれるそうではないか」
「そうだ、サイサリス。我々は見学だけだが有意義な観戦になりそうじゃないか」
悪びれもせず答えた
に便乗してイリアスまで悪気もなく笑っている。
「イリアス様まで……」
頭を抱えた気持ちになってサイサリスが肩を落とすと、 とイリアスは綺麗にハモってこうサイサリスを励ます。
「「状況を楽しむ事もまた大切だ」」なんて。
そんな能天気二人に対し「きっかけをつくったのは です」と指摘したくても、余計疲れそうなのでサイサリスは口を噤むのだった。
女神様のご加護パワーか、持って生まれた星巡りか、果ては培った実力が災いしたのか。
決勝では
の予言? 通りに仮面のフォルテと戦うシャムロックの姿があったそうだ。
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