『嵐と炎と氷』




ゼラムの雑然とした夜とは趣が違うサイジェントの夜。
街に一つしかない繁華街だけに煌々と明かりが灯り後は概ね真っ暗だ。

夜風を切って空を闊歩しつつバルレルは本来の身体を思い切り伸ばす。

サイジェントにやって来てまだ五日だが、この街も中々どうして面白い。
一年間は退屈せずにすみそうだ、等と腹裡で考えながら飛んでいると蒼と白が視界に飛び込んできた。
しかもこちらに向かって蒼が手を振っている。

「ちっ」

無視できない。

バルレルは盛大に舌打ちして蒼が手を振るその場所へ降下していった。
繁華街外れのその場所へと。

「ほ〜、しっかし悪魔ってのは凄い姿を持ってるんだなぁ」

繁華街外れ、バルレルを呼び寄せた蒼、本来の姿をとる が住む北スラム寄りのその広場に座るのは。

バルレルを呼んだ当人の と、その兄バノッサ、そしてこの第一声を放ったスタウトである。

感心して? というより物珍しさが先に立つスタウトの物言いにバルレルは眉間の皺を深めた。

「サイジェントに召喚されたあの魔王とはまた違う雰囲気だろ」
スタウトはバルレルの不機嫌なんてなんのその。
無視して酒の入ったグラスを傾け へ話を振る。

「あれは中レベルの魔王だそうだぞ? バルレルも後数百年すれば立派な大魔王だ」
は自分用の果物ジュースを飲み込んでから、やや的外れな返答を返す。

これじゃ埒が明かないとばかりスタウトがバノッサに顔を向けた。

「俺が取り込んだサイジェントの魔王よりはレベルは高い。尤も俺が取り込められないレベルじゃないがな。面倒事は抱えたくねぇんだよ」
黙ってスタウトと同じ酒を舐めるように静かに嗜んでいたバノッサが重い口を開く。

「どういう意味だ? ニンゲン」
「氷の魔王というのは知ってるか? 多分、手前ぇ位の力を持った悪魔だった筈だ」
バルレルの疑問に応じずバノッサがある悪魔の特徴をバルレルへ尋ねる。

「ああ、あのいけ好かないアイツか。最近姿を見てなかったが、あいつがどうかしたのか? まさかサイジェントに居たとか言うんじゃないだろうな」

最近のサプレスにて姿は見たというか気配はあったというか。
兎も角、氷を司る事を得意とした冷血漢、あの冷たい鉄壁の無表情を最近拝んでいなかった。

バルレルは頭に過ぎった顔見知りの面を脳裏に浮かべ鼻の頭に皺を寄せる。

「そのまさか、だ」
は唇の端だけ持ち上げ哂う。

「去年の冬、行き成りサイジェントに現れた……いや、イムランを快く思ってない連中の嫌がらせから召喚された悪魔だったんだけどよ。
サイジェントの普段の冬が極寒の冬になっちまってな〜、危うく街ごと氷漬けになるトコだったんだぜ」

つまみが刺さったフォークを振り回し、ニヤニヤ笑いながらスタウトが喋り出す。

「そしたら春先にゃ炎の魔王とか名乗るヤツが現れてな。氷の魔王の気配が残っていたらしくてよ。春らしくない暑さで街は危うく窯にもなるトコだったんだぜ」

喋り方の割に危機感を感じた様子は微塵も感じられない。
スタウトはフォークを振り回し続けながら続けて言った。

「………」
バルレルは第三の眼も含め、目を細め顎に手を当てて思案顔。

炎の魔王(自称)、正確には煉獄と炎の魔公子、彼が幾分青ざめた様子でサプレスの一角で大人しくしていたのは記憶に新しい。
バルレルが丁度トリスに召喚される前だ。
誰が尋ねようともリィンバウムで遭遇した出来事には一切沈黙を守った煉獄の魔公子、今にして思えば怪しい。

「兄上が見せしめとして氷と炎の力を半分ずつ奪い、我がサプレスへと還した。
サプレスでどのように騒がれておるか心配しておったのだが。バルレルが知らぬなら兄上の存在もバレてはおらぬのだろう。安心だ」

悪魔からすれば天敵に等しい能力。

バノッサの憑依してきた悪魔の能力&魔力を奪うという特異体質。
静かな暮らしを望むバノッサは昔と違い、この能力を使って目立つ真似は極力避けていた。

「はは、違いねぇや。一々兄ちゃん目当ての大悪魔が押しかけてきたんじゃぁな。 だって兄ちゃんにベタベタ出来ないよな」

スタウトは大口開けてフォークの先のつまみを口内へ放り込み。
咀嚼してから日頃のベタベタ兄妹(サイジェント組仲間内公認)っぷりを揶揄する。

「必要な触れ合いだとクラレット姉上には褒められたぞ、スタウト!」
大真面目に反論する の愛くるしい姿は別として。
普段はかなり無口らしいバノッサからは強大な圧力を感じない。

いや、傀儡戦争の時の戦いぶりを見ていれば禿げ頭のニンゲンが冗談半分に言った事も本当なのかもしれない。

バノッサと の顔を交互に眺めつつバルレルはもう一度目を細め、空を見上げる。

深く考えるまでもない……酔っ払い禿げニンゲンの主張は正しいのだ。

「矢鱈と力があれば丸く収まるもんじゃねぇ。種族は違うが、悪魔の手前ぇにだって経験があるだろうが。
雑魚の力を大量に持ってても無駄だ、しかも自分のこの能力を触れ回るのはもっと無意味で無駄な行為だ」

空を見上げていたバルレルにバノッサが淡々と、必要な言葉だけを投げつける。

「悪りぃな、バルレル。深く追求しないでやってくれ、兄ちゃんはフツーの暮らしというのをお望みだからな」
バシバシとバノッサの背を叩き、ある種、命知らずな行動をかましつつスタウトが再度ニヤニヤと笑う。
まるでバルレルの反応を愉しんでいるように。

「スタウト」
バノッサに代わり が咎める口振りでやけに絡むスタウトを嗜める。

「下手に揉め事が起きる前の忠告ってヤツさ。こっちだけが兄ちゃんの力を知ってるのは公平じゃないだろ?」
不器用に片目を瞑って見せたスタウトに呆れた顔をする と、顔色を変えないバノッサ。

やがて話題は他に移り陽気に喋るスタウトに が悪ノリしバノッサに釘を刺され。
なんて調子でバルレルが居るのに彼等は常と変化をみせず日常を愉しむ。


「…………けっ」
普通無誓約の悪魔を見たなら、人間は怯えるか敵意を向けるか大抵どちらかだ。

それさえもせず逆に酒の肴扱いされ、態良くあしらわれた感がするのは否めない。
バルレルはプイっとそっぽを向き徐に空へ舞い上がる。

「スタウト……バルレルを挑発するでない。心根の良い悪魔ではあるが、実力はそれなりにあるのだぞ?」
豆粒大になったバルレルが月を背後にサイジェントの空を舞う。
その様を見上げ が口火を切った。

「そりゃ悪かった。俺は代弁しただけ、なんだけどな」
対して悪びれもせずスタウトが応じる。

無色の派閥の乱、までのバノッサと現在のバノッサ。

決定的に違うのはその思慮深さだろう。

クラレットやキールの暴走を幾度となく止めてきた苦労の耐えない新生セルボルト家長男。

多くを語らずバルレルに注意を促そうとしていたのを先取りして、スタウトはわざとバルレルに絡んだのだった。
の手前、事を荒立てたくないと考えていたバノッサの代わりに。

「?? 何を代弁したのだ?」
生物の感情の機微に敏くとも限定的な好意には疎い である。

スタウトの意図する部分が伝わるわけもない。
小首を傾げ疑問符を顔一杯に浮かべた。

「大人の秘密だな」
「我は神だぞ」
余裕綽々で言い切ったスタウトにすかさず が言い返す。

「おっ、そーゆう時だけ身分を持ち出すのはオウボウじゃねぇのか?

 揚げ足取った!!

したり顔で切り替えしたスタウトに は何もいえない。


言葉に詰まる妹の子供じみた表情を見下ろしバノッサは無言で酒を口に含む。
「馬鹿じゃねぇだろう? コレに目をつけるくらいだからな」

 カラン。

グラスを傾け氷を鳴らし、バノッサは夜空に浮かぶバルレルへ小さな声で言ったのであった。



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 オペラ様に捧げます。くどいですが、持ち帰れという意味ではありません、あしからず。

 お題は、バノッサさんの特異体質を知ったバルレルの反応。で、主人公を絡めて、なのですが……。
 お題に添えてましたかね(大汗)外してる気も……。
 スタウトが好きなのでバノッサ&主人公とバルレルの間に入ってもらいました。

 主人公は案外ボケ属性なのでイザって時役に立たないし、バノッサさんって余り喋らないので話が進まないんですよ。
 誰か居ないと。白羽の矢はスタウトに!! バノッサさんとスタウトは飲み仲間です(笑)

 バルレルは賢いので、無理矢理とか、真正面切って主人公にアタックとかっていうタイプではありません。
 寿命に関しては一番有利なので気長にいくんだと思います。

 またバルレルスキーの方にも感謝の気持ちを込めて。ブラウザバックプリーズ