『追憶の荒野2』




森の奥。
比較的森の中心から手前に位置する開けた場所。

「だりゃぁあぁぁ」
ジンガの拳が狼の横顔を吹き飛ばす。

「キャウン」
悲鳴をあげて狼の身体は数メートル吹っ飛んだ。

「やぁっ」
スウォンの放つ弓矢がレイドに近づく狼を牽制。

間を縫ってガゼルが狼の眉間に投具を突き立てる。
ハヤト達四人が抜けて多少は苦しい戦いも、ジンガの打撃とスウォンの弓でなんとか賄い、狼との戦いは続けられていた。

「あの毛色の違うのがガレフという、狼の頭だな」
青い毛並みの狼とは違う赤茶色の毛皮。
一際血に飢えた眼光で唸り声を立てる狼。
一瞥し は傍らのスウォンに確かめる。

「そうです」
弓矢を放ちながらスウォンが へ答えた。

「ふむ……」
ガレフの俊敏な動きを観察し、 は小さく唸る。
その間もちゃんと聖精のリプシーを召喚しガゼルやレイド・ジンガの傷を癒していた。

 確かに凶暴そうだが……あの血走った眼といい、流れてくる不協和音といい。
 獣らしからぬ気配を感じる。
 素早い動きと強烈な一撃。
 レイドで受け止めるのが精一杯と見た。
 ならば我が直々に動いて仕留めた方が早いな。

考えを纏めるのに数秒。
スウォンが瞬きする間に、 は走り出していた。

さん!!!」
前線に躍り出る にスウォンが思わず叫ぶ。
「!?  、いくら君でも無茶だ!」
スウォンやガゼルを護るように戦っていたレイドも声を荒げる。

「グルルルゥルゥウウ……」
唾液塗れの牙をむき出しにしてガレフが を威嚇。
は短剣を横に構え、静かにガレフの瞳を見据えた。

 ……!?
 既に本来あるべき音がない。そうか……ガレフ、汝は。

眉間に皺を作った はガレフの牙を驚くべき速度で避け、首に短剣を深々と突き刺し自身は直ぐにガレフから離れる。

「スウォン!! 汝の弓矢で止めをさせ」
首から血を流し、のたうちまわるガレフを指差し が大声を出す。
「……! はい」
の大胆な行動に呆然としていたスウォンだが、我に返って弓を引き絞る。
狙い定めたスウォンの矢はガレフの脇腹を貫いた。


フラットの広間。
「それで? それで??」
瞳を輝かせたアルバが に話の続きを強請る。

夕食後の自由時間。
はアルバにせがまれて森での狼狩の顛末を話して聞かせていた。
しかし は残りをジンガとスウォンに任せ、一人さっさと自室に舞い戻る。

「「……」」
トウヤとハヤト。
が、それぞれ浮かない顔でベッドに腰掛ける。

 クラレットとカシスの様子も落ち着かなかった。
 我が余計なお節介を焼ける筋合いではないのだが。
 ……こうも目の前で落ち込まれると、目障りだな

 しかもトウヤが相当疲れてきている。
 無理もない。
 順応性が高い単純ハヤトと違い、色々と考えておるようだ。
 張り詰め続けるのは辛いであろう。

はぼんやりしているハヤトとトウヤに近づき。
遠慮なくトウヤの頭を叩いた。

「なっ……」
驚きに目を見張るトウヤ。
頭を襲う鈍い痛み。

「冷静であろうとするトウヤの考えは間違っては居ない。しかしな? 冷静さと己の本心を殺すのとでは意味が違う。間違えるな」

怒りの篭った の声。
何度も瞬きを繰り返しトウヤは の台詞を脳内で反芻した。

「ハヤトの甘い考えをフォローしようとするのは構わぬ。現実を現実と受け入れられる器もたいしたものだと思う。だが間違えるな。トウヤは一人ではない」

もう一度。
今度は具体的な言葉を使って は口を開き、トウヤを再度驚かせる。

「……頭を冷やして来い。僕はハヤトに話しがある」

同年代の子供より大人びた考えを持つトウヤ。
無邪気なハヤトの考えをしばしば『甘い』と見なしていた。

はしっかり見抜いていて、もう一度考えてこいと。
そろそろ現実と向き合えと暗に叱ってくる。

 駄目だな、俺。常に落ち着いていたつもりでも。
 誰にも……幼馴染のハヤトにさえ、心を許せていなかった。
 召喚事故を運命だと諦めたばかりなのに。
 事故でこんな事態に巻き込まれて憤っている自分も居る。
 矛盾してる……結論を出したつもりだったのに。

小さな外見からは想像もつかない の強力。
痛む頭を宥めトウヤは立ち上がった。

「少し、頭を冷やしてくる」
突然の展開にまったくついていけないハヤト。
キョトンとしているハヤトに笑顔を向けてから。
トウヤは静かに自室を出て行った。

「????」
取り残された片方。ハヤトには何がなんだかサッパリである。
「トウヤにはトウヤなりの葛藤があるということだ」
はハヤトの隣、ベッドの上に座って呟いた。

「夕飯の時からハヤト達はどこか変だったな。……聞いたのか? クラレットとカシスに。あの時、召喚された時の声の主はあの二人ではなかったのか、と」

トウヤに変化球は有効でも、ハヤトには無効。
どちらかというと、ストレートに問いかけた方がハヤトには通じる。

「うん、聞いてみた」
膝の上においた手を握り締めてハヤトは正直に答えた。
「二人に聞いてみた。ある程度は答えてくれたけど……二人には言えない秘密もあるらしくてさ」
荒野で、話を切り出したのはトウヤ。

ずっとずっと考えて、疑問に思っていた点を纏めて整理してからの質問。
真剣に問いかけたトウヤに、クラレットもカシスも。
二人とも真剣に応じてくれた。
彼女達が答えられる精一杯の範囲で。

あの表情を見てハヤトは決めたのだ。

いつか彼女達が本当を答えてくれるまで、待つと。
彼女達のひたむきさを信じると。
彼女を信じた自分を信じると。

「俺は無理に聞きだす必要はないって思ったから、それ以上は聞かなかった」
話せないのなら仕方ない。
ハヤトの竹を割ったような性格が出した結論。
はハヤトの横顔を盗み見て目尻を下げた。

 ハヤトの無自覚の覚悟か。
 自身は理解しておらぬが、クラレットとカシスに裏切られようと彼女達を信じると。
 決めたハヤトの決意は固く、潔い。

 己が事故によって召喚された存在だとしても、仲間を信じる。
 助ける。
 これだけの覚悟があれば、ハヤトは大丈夫かもしれぬな。

ありのままを、儘に受け入れる神の己とは違う覚悟。
ハヤトの決意を好ましく感じながら、 はハヤトに寄り掛かった。

「それがハヤトの決意なら、後は貫けば良い。僕が口を挟むことじゃないからな。ただ、トウヤは少し疲れている。人と距離を置くタイプのトウヤには厳しい状況下も知れない」
「それは……どうかな?」
の体温を右半分に感じながらハヤトが反論する。

と違って俺はトウヤと結構つるんでた。幼馴染として、親友として。だから分るんだ。疲れてるのは考えすぎてるからさ。
トウヤは俺から比べたら冷静だし、大人だし、頭もいい。だから客観的なタイプだって皆思うだろう? でも、違うんだ」

不器用な自分。
器用そうに見えて不器用なトウヤ。
なんだかんだ言っても似たもの同士な自分達。
静かに喋りながらハヤトはクスクスと笑った。

「トウヤは先読みがきくタイプってゆーのかな。その場凌ぎの俺とは違って。きちんと考えて羽目を外さないけど……そう見えるけどな。
羽目を外す俺を羨ましいって言うんだぜ? トウヤの奴」

リィンバウムに。
サイジェントに来てから、時折ハヤトを羨ましそうに見詰めるトウヤ。
視線に気がつかないハヤトではない。

「あれでも俺や のフォロー役に回ろうと必死なんだ。分るから、だから俺は羽目を外す。
トウヤを信じているし、トウヤが正直になれない分、俺が暴れる、騒ぐ、言葉に出す。……こーゆう考え方、変か?」
が恐ろしいほど大人しいので、急に不安を感じてハヤトは言葉を区切る。

「いや、羨ましいな」
怯えたハヤトの口調に は小さな声で正直な感想を述べた。

「ま、家族も同然の付き合いだからな。俺とトウヤは……って! 勿論、ここでは だって俺達の家族だぞ。時々 が怖い感じもするけど、俺にとっては大切な弟だからな」
自分で言って自分で慌てる。
オタオタするハヤトに笑いを噛み殺して は小さく笑う。
「うむ。家族とは、空気のような見えない信頼で結ばれる共同体なのだな」
しみじみ言った の台詞に、今度はハヤトが小さく笑った。


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 補足:ガレフは既に体を乗っ取られ精神的には死んでおる、という解釈で。
 あの後勿論原因のキノコ退治にも行っております狩組みメンバー。ブラウザバックプリーズ