『静かなる凶鬼2』




工場地区で話し込んでいるトウヤ達から逃れ、 はもう一度北スラムへ足を運んでいた。
南スラムも十二分に貧しさを漂わせているが、北スラムはそれ以上かもしれない。

「…… さん」
小石が転がる音がして、物陰からカノンが姿を見せた。
「どうして、どうして来たんですか?」
眉根を寄せて を見遣るカノンに は目を細める。
「少し良いか? カノンとバノッサの運命に関わる事だ」
崩れかけた廃屋の壁。
陰に回りこみ、 は座った。カノンを手招きすれば、カノンは の手招きに従う。

「ボク達に関わる事ですか?」
首を捻るカノンに は何度か瞬きをしてから切り出す。

「汝らに死相が出ている」と。
の言葉を聴いたカノンは大きく口を開いたまま固まった。
生真面目な顔の に、冗談かとは問えない。

「僕はこう見えても名も無き世界の神なのだ。ヒトや、ヒトの血を引く者の死相位は容易に視る事が出来る」
の台詞にカノンが激しく動揺した。
小さく震えて怯えた顔で を見る。
「……ボクが何者か、知っているんですね」
震える声で。
確信を持ってカノンは へ言葉を紡ぐ。

「知っているというか、分かっただけだ。安心しろ。カノンの事は誰にも言っておらん。言うつもりもない。生まれに順位をつけるなど無意味な行為、少なくとも僕はしない」

生まれや血筋。
拘るのはヒトに代表される生き物達。
種族にとって、より優位な遺伝子を残す為に本能に刻み込まれた。
抗えない欲求。
種としての生存欲求が分らない訳ではないが、神としての にすれば意味を成す事象ではない。

「!?」
は穏やかに微笑んだ。
突然 を取り巻く空気が変化して、カノンは絶句。

淡い、淡い青い光が から溢れ出し の姿を溶かしていく。
カノンと同じくらいの身長。
足元まで届く深い深い青い髪。
同じく蒼い瞳を彩る睫も青く。
透き通るような滑らかな肌と、 の周囲を舞う青い光の塊達。

 リィン……。

ガラス同士がぶつかり合って奏でるような音が、ドコからともなくして。
カノンの耳に飛び込んだ。

「本来の姿を取ると、諸々の事情で魔力の濃度を高めてしまうのだ。余り長時間は曝せないが、論より証拠。分ってくれたか?」
少年の姿をとっていた時より桃色に色づく唇が動く。

カノンは慌てて首を縦に振った。
何度も振りすぎて の笑いを買ってしまうほどに。

「カノン。汝とバノッサの傷を、我に移す魔法を掛ける。文句なら受け付けぬぞ。死の運命を捻じ曲げる行為は、恐らくこの世界の意思の不評を買う。
我はこの世界の神ではない故、一時的に汝らを不死にするしかできなんだ」

音が に伝える事実。
バノッサとクラレット・カシスを繋ぐ音が聴こえる。
だから は敢えてこの二人を助けると決めたのだ。

「つまり、ボクとバノッサさんが死ぬのは決まっていて。その運命そのものを回避できないから、 さんが僕達に魔法を掛けて不死にする。という事ですか?」

の説明を聞いて、カノンが混乱する頭を宥め。
懸命にカノンは考えを纏める。

「うむ。不死であるが痛みは感じる。痛みに関しては耐えろ、としか言いようがないがな? 承知してはくれぬか?」

困った顔で笑う
数時間前に見た無表情の少年とは違う、表情豊かな神。
美しい姿を持つ変わった神様。

「でも……」

驚き五割・戸惑い三割・喜び二割。
ない交ぜになってカノンは言いよどむ。

がここまで親切にしてくれる理由が分らない。
カノンだって孤児としてスラムで暮らしてきた。
甘い話には自然と腰が引けてしまう。

「誰かを助けるのに理由が必要なら、そうだな。いずれ汝達は『家族』を見つけるのだ。我の知る者の家族となるのだ。良いものだぞ、家族は。
血の繋がりの家族とも違うかも知れぬが、我はああいう家族の形も良いものだと思う」

そっとカノンを抱き締め、 はカノンが欲する『理由』を口にした。

「尤も、本来の我の仕事は別だ。我の世界。即ち名も無き世界より、無理矢理にヒトを攫っていく輩の正体を突き止める事だ。
よって全てが終わるまではこちらに留まる故、この事は他言無用に頼むぞ」

もう一つの理由を偽らずにカノンへ明かして、 はカノンに擦り寄った。

「分りました。お互いに内緒という事で」
カノンは不思議と妹を持った兄のような気分になって、 を抱き締め返す。

触れ合う部分から流れ出す『魔力』は心地よい。
カノンと は暫くの間互いにただただ抱き合う。
幼い子供達が失った温かさを満たすように。

「ふふふふ、我には同世代の存在が居らぬ。カノンはなんだか歳の近い兄弟のようだな」
「そうですね」
少し身体を離して互いに額をつけ笑い合う。
名残惜しそうに はカノンから腕を外し、溢れ出る己の力を封印した。

「勿体無い、凄く綺麗なのに」
黒髪・黒瞳に戻った
子供の姿に戻った を見てカノンが残念そうに言った。

「すまない。あの姿で居続けるには、僕の仕事が解決済みである事が前提なのでな」
カノンに謝りながら は空へ目線を向ける。
 
 この世界に来て始めて姿を現したが……この世界の膜のなんと脆いことか。
 あるべき筈の四本の柱、うち一つが見当たらないではないか。

がひとりごちていると、今度はカノンが喋り始めた。

「……バノッサさんは父親が召喚師。だったらしいです。詳しくは僕も聞いてません。でもバノッサさんは本当なら、召喚師として裕福な暮らしをしていた筈なんです」

召喚師の特殊性とその身分の高さ。
金の派閥とのイザコザを経験した には理解できる。
は黙って首を縦に振った。

「でもバノッサさんと母親を、召喚師だった父親は捨てた。バノッサさんに素質がなかったから……母親共々、小さいバノッサさんを捨てたそうです。
だからバノッサさんはトウヤさん達が羨ましいんです。妬ましいんです。突然世界に呼ばれた『はぐれ』なのに、簡単に召喚術を使えるあの人達が」

カノンが言い終わるか、終わらないかのうちに誰かの怒鳴り声が聞こえる。

「「……?」」
壁の陰に隠れているカノンと は首を傾げあう。
「おい、俺の縄張りでコソコソ何やってやがる!」
ドスの利いたバノッサの声。
「僕が無断でカノンに会いに来たから、トウヤ達が迎えに来たのかもしれない」
すっかり無視してしまった。
申し訳なく思い が言えばカノンは苦笑した。
「いえ。 さんのあの姿を見れたんですから、話を聞けたから。仕方ないです」
「……そうか」
は笑ってカノンの額に人差し指をつける。
「バノッサに僕は近づけぬ。だからカノンもこうして、人差し指をバノッサの額につけておいてくれ」
の指先から溢れ出す青い美しい光。
カノンは黙って口角を持ち上げた。

「では、行くぞ」
ハヤトらしい人物の喧嘩腰の声がバノッサの声とぶつかり合う。
そろそろ潮時。
カノンを促して は立ち上がる。
「カノン。バノッサの生い立ち、トウヤとハヤトに説明していいか?」
騒ぎ声の方向へ足を向けたまま、 が背後のカノンへ尋ねた。
カノンは眉間に皺を寄せて考え込む仕草。

「ボクは……」

居場所をバノッサに与えられて。
与えて。
支えあって生きてきた。フラットのヒトからすれば少し変かも知れないけれど。
心無い大人達から居場所を奪われた子供同士、懸命に生きてきた。
が本来の姿を見せてくれた礼として喋ったつもりで。
その話を問題の二人にされるというのは気が引ける。

「一方的に喧嘩を売られているのだ。理由くらいは知っておいても問題ないだろう? 言いふらさぬように僕が監視するから」
上半身だけ捻って後方へ向け、口にチャックをする動作。
の言葉と動作にカノンは表情を崩し黙って瞬きを一回だけした。

「ならば行くか。今後、度々衝突するかもしれぬが、手加減は無用だ。良いな?」

 どごぉん。

誰かが召喚術を放った音がする。
音に慌てて走り出し、 がカノンと並んで駆けながら本日最後の釘を刺す。

「はい」
自分の額に人差し指を当ててカノンが屈託なく笑った。

この後、 を捜しに来たハヤト・ガゼル・トウヤ・クラレット・カシスと合流した

バノッサの言いがかりでカノンも参加した戦いへと発展したが無事退ける。
カノンと が交わした約束が、後に大いなる奇跡を呼び起こすとは。
カノン自身も想像がつかいのであった。



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 最初の得役はカノン君。実は2へのちょっとした前フリだったりして(笑)ブラウザバックプリーズ