『静かなる凶鬼1』




ぐったりしたトウヤと喜々とするジンガ。
奥の見えない黒い笑みを浮かべるクラレット。
三人を背後に侍らせて はバノッサと正面切って向き合っていた。

「……」
を不思議生物と認定したバノッサは、 を無視。
背後のトウヤにガンつけていたりする。

「今日はよく人に遭う日でしたね、ジンガ君」
有無を言わさぬ調子でクラレットがジンガに話しかけた。
一瞬肩を揺らしたジンガだが、クラレットの不気味なオーラには慣れてきたようで口を開く。

「おお、そうだなっ! 城の門の前では騎士? の女の子に注意されてさ〜。商店街では薬屋の店員アカネに会っただろう? 極めつけは繁華街で綺麗な女の人に会ったな。最後は……」

ジンガの目線がバノッサと傍らの柔和な表情の少年へ向けられる。
視線を感じた少年はにっこりと愛想笑いを浮かべた。
つられてジンガも笑顔になる。

「相も変わらず尖った音だ。バノッサ、眉間の皺が増えているぞ?」
身長差がありすぎてバノッサの眉間に の指は届かない。
爪先立ちして はバノッサの眉間を指差す。

「……(無視)」
バノッサは を視野に入れないよう横を向く。

「汝は始めて会う者だな? 僕は 。ご覧の通りフラットに厄介になっている『はぐれ』の一人だ」
バノッサに相手にされないと悟った は、会話の矛先を少年へと変えた。

「ボクはカノンと言います。バノッサさんの義兄弟をさせてもらってるんです」
のほほんとした空気を放出しながらカノンが へ名乗る。

すると盛大にバノッサが舌打ちした。
トウヤは胃の上を押さえ、ジンガは期待に満ちた眼差しをバノッサへ向け。
クラレットは黒いモノを放出しながら笑みを深くする。

「カノンと申すか。良い名だな」
カノンから響くは笛の音。
赤い残像を散らす清らかな鈴の音。
目を閉じカノンの『音』へ耳を傾けながら、 はカノンの名を褒めた。

「そうですか? 初めてですよ……そんな風に言って貰ったの」
無邪気に微笑んでカノンが弾んだ声を上げる。

「僕の世界の言葉に『名は態を表す』というものがある。カノンやバノッサには意味がないかもしれないが、個を現す名というモノはとても重要なのだ」
瞼を開いてカノンの赤い瞳を真っ直ぐ見詰めて が説明。

背後ではジンガの「へぇ」なんて感嘆の声が上がっていた。

「話題は変えるが、カノン。この間はトウヤ達が世話になったそうだな」

荒野の召喚儀式跡に出掛けた、トウヤ・ハヤト・クラレット・カシスの四人。
跡を尾行したオプテュスのメンバーに襲われたのは記憶に新しい。

襲われた経緯は一部始終をクラレットから聞いている。
の含みある物言いにカノンは困った顔になった。

「ええっと……お互いに怪我が酷くなくて良かったですね」
目を左右に泳がせ、カノンがしどろもどろに返事を返す。

これ迄の諍いの殆どはオプテュスが一方的に吹っかけた喧嘩だ。
カノンの態度からして、自分の方に非があると理解しているらしい。

「こっちは人数が少ないのに、沢山手下を集めて襲ってきたんですよ」
狼狩組だったジンガにクラレットが耳打ちする。
「多勢に無勢か? ちょっと卑怯だよなぁ」
口をへの字に曲げてジンガが小さく唸る。
「まぁ、でも。通りがかりの剣士に助けられたし」
取り成すようにトウヤが小声で発言して。
「通りがかりという部分が十二分に怪しいですけどね。あの場所を通り掛る物好きなど、早々居ないでしょう。目的が気になります」
クラレットの反論に遣り込められる。

「トウヤのアニキ、結局はどうだったんだよ?」
ブツブツ呟き始めたクラレットの目を盗み、ジンガがトウヤの耳元で囁く。

「ははは……人数的にはこっちが不利だったんだけど。途中からクラレットとハヤトがキれちゃってさ。大暴走だよ」
胃の痛みに顔を顰めてトウヤが矢張り小声でジンガに囁き返す。

「そっちも修行になったかな〜。狼を狩った後は、森の置くのはぐれ召喚獣退治までしてきたんだぜ、おれっち達。だから、アニキ達よりは修行できたと思ってたんだけどな」
心底残念そうにジンガが言えば、トウヤは曖昧に笑って会話を終わらせた。
背後の会話全てを聞き取り、 は大きく息を吐き出す。

 短気は損気だと。
 誰かクラレットとハヤトに教えてやれば良いものを。

の仕草に動揺するカノンと我関せずを貫くバノッサ。
揺れるカノンの瞳に は首を横に振った。

「責めに来たわけではない。ただバノッサとカノンと会話をしたいだけだ……バノッサにその気がないのは分かっているが、僕は汝達を理解したい」

カノンは の不思議な気配を訝しく思いながら、その本心であろう言葉を聞いている。

 不思議な人だと……思う。バノッサを怖がらない。
 異界に召喚された身なのに、こちらが驚くくらい馴染んでいる。
 喋り口は独特だけれど、とても温かい空気を持った人。
 でも凍り始めた彼の心は逆に反応してしまう。

軽く頭を左右に振ってカノンは表情を引き締めた。

「その気持ちは嬉しいですけど、ここは僕達オプテュスの縄張りです。非礼なのは十二分にわかってますが、今日は帰ってください」
深々とお辞儀をして に頭を下げる。

は何かを言いかけるが、素早くトウヤに口を押さえられ襟首を掴まれた。

「分かったよ、カノン。バノッサ、時間をとらせて悪かった」
引き攣る顔で懸命に笑顔を形作り、トウヤは数メートル後退する。

手足をバタつかせてもがく を呆然と眺めるカノンと。
横目で の状態を見るバノッサ。

「!!!! ふぉーふぁ」
「駄目だ。折角カノンが治めてくれたんだから、帰るよ」
必死に何かを訴える に厳しい顔でトウヤが言い切る。
「クラレット、召喚術の準備をしない。ジンガ、密かに気を練るのも駄目だよ。さあ、今日は帰るんだ」
珍しく強気なトウヤの態度にクラレットもジンガも大人しく後に続く。
「もが……」
数分間はたっぷりもがいた も、二人の姿が見えなくなれば諦めた様子で大人しくなった。

工場の裏手まで戻ってきてから、トウヤは慎重に をの口を塞いでいた手を外す。

「駄目だよ。 は話したかったかもしれないけど、カノンは引いて欲しかったんだから。分らない じゃないだろう?」
恨みがましい の視線を受け止めて、トウヤが首を横に振る。

「しかし」
口先を尖らせて。
珍しく が不満という感情を顔に出した。
滅多に見ない の表情にジンガが目を丸くする。

なりにバノッサとカノンが気になってるのは分るよ。俺も気になってるし」
の頭を撫でてトウヤが小さく笑う。
「あそこまで恨まれる心当たりがあるのですか?」
トウヤと の遣り取りを無言で見守っていたクラレットが、漸く会話に割り込む。

「心当たりっていうのかな……最初は毛色の違う俺達に対する牽制とか。威嚇みたいなものだったんだと思う。フラットとオプテュスは仲が悪いからね」

事あるごとに小競り合いを繰り返すフラットとオプテュス。
今ほど沢山ではないが、過去にもこうした諍いはあったとレイドが教えてくれた。
トウヤなりに状況を見て、周囲の人間の話を聞き、自身で見た現実を踏まえて出した結論である。

「仲はすこぶる悪いようですね」
ガゼルの悪態を思い出しながらクラレットが頷いた。

「俺達がフラットで世話になっている事と、それから個人的な理由で。バノッサは俺達を嫌悪してる。
バノッサの苛立ちは俺とハヤトにだけ真っ直ぐ向かっているから……俺達に共通する何かが、バノッサを刺激しているのかもしれない」

日々に流されているようでも、きちんと自分で出来る範囲の推察はする。
トウヤの観察眼にクラレットとジンガが同時に唸った。

「おう、分る気がするぜ。アニキ達への怒りってゆーのか、そーゆうのはあるかもなぁ。おれっちは相手にされてないけどさ」

賭け喧嘩を申し出た時にジンガが感じた感想である。
無視されて居合わせたトウヤ達と一緒に戦って。
でもやっぱりバノッサの眼中に自分はなかった。

「言われてみれば。トウヤとハヤトを一番に睨みますし……」

荒野で出会っても、街で出会っても。
フラットのメンバーを見かけた時に、真っ先にその二人を睨み因縁をつける。
バノッサの行動を思い起こしてクラレットがため息をついた。

「彼の本心がどこにあるかは分りませんが……あら?  の姿がありませんけど?」
言いかけてクラレットが口に手を当てる。

トウヤ達が話しに夢中になっている間。
の姿が何時の間にか消えていた。




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 このドリのキーパーソン!? カノン登場〜。ブラウザバックプリーズ