『戦乱の紡ぎ手2』




暴徒と化した一部の領民を追って、いよいよ追い詰めたサイサリスは眉を顰めた。
「あの子は……」
弓兵であるサイサリスの高い視力が黒髪の子供の姿を見つける。
「どうした? サイサリス」
部下に的確な指示を出し終えたサイサリスの上司。
であり、現騎士団の団長であるイリアスが訝しそうにサイサリスを見下ろした。
「いえ」
短くイリアスに応え、混乱する細い路地での攻防を観察しながら。
サイサリスは首を捻った。

一週間ほど前になろうか。
それよりももっと以前だったろうか。
皮肉気に瞳を光らせ城門を見上げていた黒髪の子供に遭遇したのは。


『城に用があるなら裏手の騎士団詰め所へ申し出るように』

あの時サイサリスは黒髪の少年へ言った。
少年はなんと応えただろうか?

『騎士に領主か。騎士団の汝に一つ尋ねたい。騎士団や領主は何の為に存在するのか? 人々の笑顔を奪うためか? 無駄に多く税金を徴収するためか?』

大概表情に乏しいと称されるサイサリスだが、あの無表情から繰り出された強烈な嫌味には瞠目した。

『領主や民を守る為に騎士団はある。外部の犯罪者から街を守る為に』

そう、答えた筈だ。
サイサリスの脳裏に蘇る少年の漆黒の瞳。
奥に瞬いていた不思議と力強い輝き。

『領民を守る為の騎士団とは大層ご立派だ。だが忘れるな。汝らは家柄の上に胡坐を掻いているのみ。
実際に領民に見放されようものなら……自身で機織をせねば成らぬ。この意味分らぬ騎士団では在るまい?』

裕福ではない身なりの子供の口撃にサイサリスは面食らい。
二の句がつげずに呆然と少年の背中を見送った。
その少年が数メートル先で戦っている。

 義賊の仲間?

納税者達を惑わした義賊を追ってきて遭遇したのだから、可能性は高い。
なのにサイサリスの胸の奥で『何かが違う』と。
頻りに訴えかけるモノがある。

先頭に立って突っ込んでいったキムランが仰向けに倒れた。

義賊の援軍らしい黒髪の少年とその仲間はキムランを無視。
激昂するもう一人へ集まっていく。

「俺は……っ」

赤毛の男。
ローカスと名乗った義賊が叫んでサイサリス達兵士を睨む。
満身創痍もいい所。
なのに一人で兵士達へ。
捕らえられていく領民達へ突っ込んでいこうとして。

 ごがぁ。

件の黒髪の少年に短剣の柄で後頭部を強打され。
呆気なく倒された。

「ええい!! 弱者が弱者を救おう等とは百年早い!!! フランス革命並みの革命を起こしてからにせぬかぁああぁぁぁぁ!!!」

 どげしっ。

更にローカスの背中に強烈な蹴りを入れて少年が叫ぶ。

、フランス革命はちょっと血生臭いよ。せめてイギリスの無血革命くらいの方が平和的じゃないか?」
という名の少年の背後で、 を宥める年上の少年。

ふらんす、だとか、いぎりす、だとか意味不明な単語を連発する。

「この状況で呑気にボケてるなよ…… もトウヤも。世界史の講釈なら、後でコイツにしてやればいーだろ」
首もとのフワフワ毛皮の上着を弄り、二人に呆れるもう一人の少年。
ため息混じりにローカスを顎先で示す。

「わたしも是非窺いたいですわ。革命の歴史」
長髪の召喚師の少女が底の知れない笑みを浮かべて会話に割り込み。
笑顔だけで兵士達を威嚇した。
「とりあえず、こいつだけでも連れて帰ろうぜ? こいつと一緒に居た連中の情報も欲しいだろ? そろそろヤバイって」
サイサリスへ一瞬だけ目線を送り、首周りがフワフワ毛皮の少年が提案。

それに応じてトウヤという名の少年がレイドと。
あの、レイドと協力してローカスを抱えて路地向こうへ消えていった。

そんな中、 だけは長髪の少女に耳打ちしてから。
事もあろうに兵士達へと近づいてくる。

兵士達はどよめき、物問いそうな顔つきでサイサリスとイリアスを振り返った。

「構わない。通してやってくれ」
人懐こい何時もの笑みを浮かべてイリアスが指示を出す。
「イリアス様!?」
「大丈夫だ、サイサリス。ほら、あの子は短剣を知り合いに渡して丸腰だ。敵意は無いと両手まで挙げている。あの状態の子供を疑うほど騎士団は愚かじゃない」
驚き呆れるサイサリスへイリアスが の状態を言い当てる。

改めて を観察したサイサリスは、イリアスの主張が正しいことを確認した。

 いつの間に?
 でも、先ほどまで振るっていた短剣は持っていない。
 両手も挙げて、こちらにゆっくり歩いている。
 成る程、頭は切れる子供のようですね。

兵士達はイリアスの指示に従い、 へ道をあける。
は割れた兵士達の間を縫って堂々とイリアスとサイサリスの元へ来た。

「すまぬな。騒ぎを起こすつもりではなかったのだが、キムランにケチをつけられ。ついつい逆上してしまった。これはあのローカスの分の税だ」
膨らんだポケットに目線を落として が口を開く。

「後納となるが、これで治めてはくれぬか? ローカスを扇動した他の者の素性も分らぬ。
この状況でローカスを捕らえるのは得策ではない。泳がせ、真犯人を見つけてからでも遅くは無いだろう」

真顔で言い切った の台詞に周囲が静まり返る。

顎に手を当てて考え込むイリアス。
取りあえずは のポケットに手を差し入れて、金貨の入った袋を取り出すサイサリス。

団長とサイサリスが動かない現在。
兵士達は他の領民達を捕らえ、キムランの救護にあたる。

「君は歳に似合わず、とても頭の回転が速いようだね?」
しゃがみ込み、 に目線を合わせながらイリアスが微笑む。
「しかも恐ろしく冷静で客観的だ」
率直なイリアスの賛辞にも動じない。
は両手を挙げたまま素っ気無い仕草で肩を竦めた。

「現実的な問題を口にしているだけだからな。僕は現実主義者だ。夢見がちな生活を送るほど優雅でもない。悪い話ではないと思うが? それとも僕を捕らえるか?」

僅かに口角を持ち上げて が微笑する。
イリアスは苦笑いして の頭を撫でた。

「いや。フラットに世話になっているんだろう? レイド先輩の庇護者を捕らえて、先輩と揉めたくは無いからね。
金貨も回収した事だ……さあ、全力疾走で走って逃げるんだ。君を捕らえようとした僕とサイサリスの手を逃れて」

は横目でサイサリスの様子を窺うが、サイサリスはイリアスの話を聞かなかった振り。
顔を背けて知らぬ存ぜぬの態度。
態度から察するにイリアスの好きにさせるつもりらしい。
頭の固い少女かと思いきや、融通は利くようだ。

 ふむ。流石は歳若く騎士団に入っただけはある。
 物事の理解は速いな。

一回だけ瞬き。
は徐にイリアスの手を勢い良く払いのける。

「良い団長とその共だな、騎士団が羨ましい」
言い捨てて、振り返りもせずに は駆け出した。

背後ではイリアスの驚いた声とサイサリスの指示。
それに兵士達の騒ぐ声も聞こえたが、 は楽しそうに笑いながら路地を駆け抜けあっという間に姿を消した。

「不思議な子ですね」
誰が。とは言わない。
サイサリスがイリアスに小声で言う。
「凄い子だと思うよ」
応じて、イリアスがサイサリスへこう返す。

団長と付き人のささやかな遣り取りを聞いた兵士の姿はどこにも無かった。


は風を切って走りながらフラットとは逆方向へ足を向ける。
一旦サイジェントの街壁を突破し、外へ出て。
それから外から迂回して南スラム方面からフラットへ戻った。

「これ位しておけば、適度なカモフラージュにはなるだろう。効果は期待しないがな」
一般兵にやたらと狙われるのは不便極まりない。
気休め程度のカモフラージュだが、何もしないで家路に着くよりかは遥かにマシだ。

「お帰りなさーい!  、大暴れだったんだって〜??」
玄関で は早速フィズに捕まる。
「フィズ。僕は暴れてはいない。ローカスという新顔の方が暴れていたぞ?」
フィズに事実を伝えれば、フィズは納得していないような顔で「ふぅん」と相槌を打った。
フィズの背後ではアルバががっかりした顔で踵を返す。

「お帰りなさい、 お兄ちゃん」

 くいくい。

の上着を引っ張ってラミが を見上げる。

「ただいま、ラミ」
このフラットに世話になってから新たに増えた習慣。
ただいまを言いながら、なんだか人間チックになってきた自分に。
頭を左右に振り、 はリプレが待ち構えているであろう広間に重い足取りで向かった。


リプレからのお説教があったのは言わずもがなである。



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 ちょっとオリジナル要素をば(笑)だって〜、イリアス・サイサリスコンビ好きなんだもーん。ブラウザバックプリーズ