『戦乱の紡ぎ手1』



街の唯一の広場。
繰り広げられるのは行列。

「……ほぅ」

ヒト・ヒト・ヒト。

腕組みして高みの見物を決め込む と、呆然と立ち尽くすハヤト。
秀麗な眉を顰めて眼前の光景を見下ろすトウヤ。

「納税の行列か。払えぬ者は強制労働とは、中々あくどい。この街の領主は不愉快な政を行うのだな」
事態の重大性をよく理解しているトウヤへ、 が皮肉気に話題を切り出す。

兵士を拝み倒す女性の悲痛な叫びが広場に響き渡る。
成す術も無く兵士に連れて行かれる女性。
傍観者の 達に出来ることはなく。
泣き叫ぶ女性を見送るだけ。

「信じられないよ」

地球のどこかでは起こり得ることかもしれないけれど。
少なくともトウヤの身の回りでは起こり得ない非現実。
ブラウン管越しに見ていた悲劇がまさに目の前にある。

悔しそうにトウヤが へ相槌を打った。

「だが現実だ。我らの分はエドスが払ってくれた。無論、数日前に狩った毛皮を売却し、件の訓練兼実益で得た多少の金も役立ててもらったぞ」

一様に暗い顔をして納税を行っていく街の人々。
眺めて は淡々と言葉を返す。

「くそっ。なんだってこんな」
言葉にならない苛立ち悔しさ。
混ざった声音でハヤトが握った拳を震わせる。

「ヒトは神には成れぬ。神もまたヒトには成れぬ。助けてやりたいが政治体質が根本的に変化しない限りは無理だな。
一握りを救い自己満足に浸るのも可能だが、その他大勢を救うには力量不足だ。分らぬハヤトではないだろう?」

怖いくらい冷静な の言葉にハヤトは下唇を噛み締めた。

理路整然とした の発言は的を得ていて、腹立たしいが正論である。
小学生の なのに、どうしてこう政治やその周辺に詳しいのか。
ハヤトは今更ながらに、政治等に無関心で生きてきた自分自身にも腹が立った。

「一人当たりの税率が高いし、それに子供も税金の対象なんて酷いな。免除する政策もないし、強制労働なんて基本的人権を無視してるよ。
この街にそういう法律があるならね」

青ざめた顔で、それでも怒りが篭った調子で。
トウヤは口早にサイジェントの納税法の欠陥を指摘する。

「助けたい……召喚術を使えばって思うけど。早計なんだよな、きっと」
続けて言ってトウヤは自嘲気味に笑う。

「分っているのなら、大人しくしているのだな。例えこの広場の人々を救えても、来年も同じような光景が展開されるだけだ。
まぁ……尤も、この機会を利用しようとする輩が居たようだが?」

が顎先で納税者に向かって演説を始めた赤毛の男を示す。

赤毛の男に煽られて? 発言を始める片目の男に、金髪の髪の女。
更に坊主頭の胡散臭そうな男。
ざわめく人々と、人々を落ち着かせようとする騎士見習いの少女・サイサリス。

「……レイド、どう思う?」
人並みを避け、 が立つ広場隅まで戻ってきたレイドに が真剣な顔で問う。
レイドはなんともいえない顔でゆっくり首を横に振った。

「ああいった反乱分子は多少は居るんだ。彼等の言葉は正論だ。しかし分が悪い。
相手は領主ではなく召喚師であるマーン三兄弟だからな。術(すべ)の無い反乱は鎮圧されて終わる、恐らく」
痛ましい目つきで騒動を見遣るレイド。
は鼻先で笑って踵を返した。

「金の亡者・金の派閥の名に相応しい税の取立てだな。……愚かだ。税など支払った意識を持たせず払わせるに限る。消費税のように」
広場に背を向けた の発言にトウヤが驚き、ハヤトは妙に感心。
レイドは何がなんだか分らず口を開けて固まる。

「ハヤト・トウヤ。僕達が出来ることは少ないけれど、利用されそうになっている赤毛の男は救えるぞ? ついてこい」
有無を言わさない の声音に動かされ、ハヤトとトウヤがノロノロと動き出す。

「レイド、汝はどうする? 救える数は限られているが、指を咥えて見ているだけなら馬鹿でも出来るぞ」

振り返りレイドを真っ直ぐに射抜く漆黒の瞳。
揶揄されてレイドはカッと頬を羞恥に赤く染めた。

どこまで先を読んで、どこまで思慮深く、どこまで大人なのだろう。
この異界の子供は。
恐れさえ抱きながらレイドは一回だけ頷いてみせた。

「あの流れからいって、工場地域だな。トウヤ、召喚獣を操れるか? 出来るならフラットに居るクラレットとカシスを呼んで来てもらえ」
心持ち小走りに移動しながら がトウヤに指示を出す。
「手持ちは……ミョージンだけど驚かれないかな……」
赤いサモナイト石を取り出してトウヤが苦笑した。
自信のなさそうなトウヤの背中を思いっ切り叩いてハヤトが元気付ける。
「やるっきゃねーだろ、トウヤ!」
無駄に親指立てて爽やかに笑うハヤト。

能天気なハヤトの思考に脱力しつつトウヤはミョージンを召喚。
フラット方向へ向かわせた。

を筆頭にハヤト・レイド・トウヤの順で工場地区へ急ぐ。
四人が工場地区へ到達した時には、城の兵士達に囲まれている赤毛の男とその仲間。
赤毛の男に賛同した街の住人達が居た。

「くそっ……」
赤毛の男が憎しみの篭った瞳で、上質の衣装を身に着けたガタイの良い男を睨む。
「あぁ〜ん? 反逆者が最後の足掻きか?」
ドスの利いた声で服装だけは品の良い男が赤毛の男を睨み返した。

「レイド、あの品のあるようなないような。微妙な男は何者だ?」
物陰から様子を伺い、 が背後のレイドに声をかける。

「彼は花見の時に会った、イムランの弟でキムランだ。この街の憲兵隊長をしている」
が覗く上から頭だけ出し、服装だけは品の良い男・キムランの説明。
形の良い顎に手を当てて は数秒間だけ思案し、ニヤリと意地の悪い目つきでキムランを一瞥した。

「召喚師、だな? ならば話は早い」

 援護を頼む。

言い捨てて は走り出す。
大人達の足元を移動し、囲まれた赤毛の男の真横へ到達。
すっと立ち上がり赤毛の男を見上げた。

「ローカスとやら、だったな? 広場で堂々と名乗るなど愚かだが、その心意気は買ってやる。街を変えたいと願うお前の心だけは、な」
「なっ……」

腰の位置に頭があるくらいの小さな子供。
子供らしくない態度と台詞に、赤毛の男。
ローカスは瞬間的に絶句する。

は無表情のまま手にした未契約のサモナイト石を空へ投げ放った。
それを合図にトウヤとハヤトがタマスを召喚。

「うわっ」
目の前が何も見えない状況に、兵士達が動きをかく乱され始める。

短剣を構えてキムランへ踊りかかる
対格差からいって圧倒的に不利だ。
気がついたらローカスの身体も自然と動いていた。

「このガキィ!!!」
降って降りつつ短剣をキムランへ突き立てる と、己の刀で短剣を防ぐキムラン。
キムランは外見の体躯通り腕力がある。
軽い の身体は構えた短剣ごと吹き飛ばされた。

「くっ」

 どすっ。

鈍い音がして の背中が工場の壁に激突する。
肺が圧迫されてうめき声を洩らした へ殺到する兵士達。
後頭部を強打した は顔を顰めながら短剣を構え直した。

「「 !!」」
トウヤとハヤトが揃って の名を呼ぶ。

兵士の一人がタマスで目暗ましされ、その間にハヤトが を囲む兵士の一人へ剣を振り下ろす。

「破っ」
は魔力を込めた一撃で左右の兵士を痺れさせ、包囲網を脱出。
数メートル先ではキムランとローカス・レイドが戦いを繰り広げていた。

「……この人数を助けるのは無理だ。直ぐに兵士達の援軍が来るだろう。その前にキムランを倒し逃げるぞ」
背中を庇うように猫背になった の考えに、トウヤとハヤトが無言で頷きあう。

「い出よっ!!」

の乱入で騒然となる工場地域の狭い通路。
剣がぶつかる音に混じり馴染んだ少女の声が高らかに響いた。

クラレットの掲げた杖先から出現するのはサプレスの召喚獣・ブラックラック。
放たれるブラックラックの沈黙攻撃にキムランが怯む。

「出てきなさいっ」
タイミング良く重ねてカシスが召喚魔法を発動。
メイトルパの召喚獣・ラミアが現れ兵士の足元を石化。
キムランを孤立無援状態へと追い込む。

「時間が無い! ハヤト・レイド・ローカスッ! キムランを気絶させろ。今後を考えてくれぐれも殺すなっ」

クラレットとカシスを護るように二人の前に滑り込み、兵士達を威嚇しながら。
は前方で剣を交える三人へ怒鳴る。
工場地域の城側には新たな兵の姿が。
どうやら応援部隊が到着しつつあるようだ。

「分ってる!!」
怒鳴り返して、ハヤトが大剣でキムランの召喚術によって出現したスパイクを斬った。



Created by DreamEditor
 ファンタジー&ドス担当のキムランと、巻き込まれ型が典型的。ローカス登場〜。
 杖って武器2からでした(大汗)ちょっと嘘表記。ブラウザバックプリーズ