『誓約の戦士達2』
かつてはオルドレイクに仕えていた剣匠・ウィゼル。
事情を聞いて、老人は質素で小さな墓の前に立っていた。
「魔王の器になった時にはもう、父は死んでいたのでしょう」
クラレットが野に咲く花を手向け父の墓を見下ろす。
全てが終わった時には、オルドレイクは事切れていて。
何時彼が死んだのか結局誰にも分らなかった。
「そうか……」
言葉少なに返答し。
ウィゼルはそれきり黙りこんでしまった。
魔王の召喚儀式場跡。
送還術の作用で粗方吹っ飛んでしまっている。
崩れた岩壁の片隅に、オルドレイクの墓は作られた。
「これからは、わたし達、サイジェントに移り住むつもりです」
カシスがキールとそっぽを向くバノッサに目線を送り、クスリと笑う。
「助けてくれたサイジェントの皆に少しでも恩返しがしたいから。それに、ハヤトが、
がいつでも帰ってこられるように」
家を守りたいんです。
付け加えるカシスにウィゼルが顔を上げた。
「……今回、エルゴの王が二人誕生したのには訳があるんです。わたし達が儀式に使ったサプレスのエルゴが二人に分割して宿っていた。それも原因の一つです。
でも大きいのは以前のエルゴの王が張った結界にあります」
モノ問いそうなウィゼルの視線。
感じてまたクラレットが口を開く。
「一人のエルゴの王。彼が、彼の子孫が居る間は平和かもしれません。ですが平和であっても召喚術は使われ、結界には穴が開きます。
定期的に補修する意味で二人のエルゴの王をエルゴ達は求めました。予備といったら聞こえが悪いんですけど、きっとそのような意味合いを含んでいるのでしょう」
困った風に笑うクラレットにウィゼルは黙って頷く。
「だからといってわたし達は、エルゴの求めに応じているだけではありません。きちんと話し合って考えて。その上で当事者全員が集まって話し合ったんです」
エルゴの王となったトウヤとハヤト。
二人を守護する立場にある 。
この三人に助けられ自分の思いを貫いたクラレット・カシス。
に救われたキール・カノン・バノッサ。
事件の中核を担い、巨大な力を手にしてしまった全員で話し合った。
互いに納得できるまでじっくりと。
「それで、相談したの。トウヤが日本に戻るって言ってくれたんだけど。
ハヤトが、自分が勉強したいからって。知識が足りないし覚悟も足りないからって。一旦元の世界に戻って勉強してくるって言ったの。だからトウヤは当分留守番」
最後までハヤトの帰還を渋っていたトウヤ。
トウヤを全員で説得したのは記憶に新しい。
当時の騒動を思い出し、カシスは無邪気に笑った。
今でもトウヤはハヤトと手紙を遣り取りしながら、ヤキモキする日々を過ごしている。
「 は、ご存知かもしれませんが。人ではありませんでした。あの子は名も無き世界の神様で普段は結界を護っているそうです。
尤も、今回の件でエルゴと、エルゴの王と知り合った事で結界を護る操作は何処でも行えるようになったと。そう言ってました。今は本当の兄・姉の元へ事情を説明しに戻っています」
セルボルト兄妹とエルゴの王二人から『妹』認定を受けた、傍若無人神様。
普段を両方の世界で過ごせるよう、現在は実の兄姉に交渉中である。
クラレットが続いて説明すると、ウィゼルはニヤリと笑った。
「それは良かったの」
言葉は真っ直ぐバノッサへ。
「けっ。五月蝿いのが居なくなって清々したのにな」
憎まれ口を叩くバノッサに、キールが噴き出し。
カシスもお腹を抱えて大爆笑。
「あれでも……一番寂しそうなのが、バノッサ兄様なんですよ」
ウィゼルの耳元で小さく囁いて、クラレットは舌を出す。
「それから、申し訳ありませんでした。折角の申し出を断って」
キールがバノッサに睨まれ、クラレットとカシスの傍に避難。
近づきながら、ウィゼルに頭を下げた。
「いや、構わんよ」
布に包んだ一振りの剣。
サモナイト石で作られた至高の剣。
サモナイトソードを決戦前にトウヤとハヤトに託そうとしたウィゼル。
だが、二人にやんわりと断られてしまっていた。
事情を知っているキールが代理でもう一度謝る。
「力に奢る者は力によって消える。無意識に真理を理解しているのかもしれんのう、新しいエルゴの王達は」
ウィゼルはオルドレイクの子供達全員に言い、布に包んだ剣を墓の手前の土へ埋める。
途中、クラレットもカシスもキールも。
バノッサでさえウィゼルを手伝い、剣を一緒に埋葬した。
「僕達は蒼の派閥からのお咎め、ナシになりました。秘密裏に魔王召喚儀式を防止できた事もあるし、蒼の派閥も騒ぎを大きくしたくないようです」
剣の分だけ膨らんだ土を叩き、キールが静かに切り出す。
「そうそう! ギブソンもミモザも心配してくれたけど。あのグラムスって議長さん、話が分かる人だよね」
勢い良く立ち上がったカシスが姉に話題を振った。
あの後、遅れて到着した蒼の派閥の兵士達が見たのは。
代わり映えの無いサイジェントの日常。
呆気にとられるグラムスをミモザが指差して笑い、ギブソンに窘められていた。
証拠がない。
しかもトウヤとハヤトが表に出る事を嫌った為、事件は無色の派閥の乱とだけ。
公にされてエルゴの王の存在も機密扱いとなる。
「ええ、感謝しなければいけませんね。後は、これまでの諍いを水に流してくれた金の派閥の召喚師達にも」
サイジェントでの悶着は不問。
金の派閥議長直筆のメッセージ。
お墨付きを頂いたフラットのメンバーは安堵したのだった。
「それから騎士の皆も復帰した。新しい街が作られていこうとしています。僕達も微力ながら手伝いをするつもりです」
居場所を作り上げた街の復興に力を注げる。
キールはイムランの補助役としての勤めが決まっていた。
これはキールにとっても喜ばしい申し出で、一も二も無く了承した。
「俺はご免だぜ」
ちなみにバノッサにも騎士団の手助けの依頼が来ていたが、バノッサは頑として首を縦には振らない。
代わりに、破壊してしまった北スラムの街を修理して歩いているという。
バノッサらしい行動に兄妹達はカノンと笑い合ったものだ。
「大丈夫だよぉ、バノッサ兄様には回ってこないから! 書類整理」
カシスはトウヤの補助。
まだまだ知識が足りないというトウヤの家庭教師をしている。
「……違うと思います」
カシスの呑気な発言。
クラレットはため息混じりにさり気なくツッコむ。
クラレットは世界の結界を護る護界召喚師として、エルゴの守護者達との連絡役を引き受けていた。
適材適所。
が見ていてくれたなら、きっとそう言ってくれる。
助けられて信じて貰ったから今度は自分達が用意したい。
を助けられる力と、信じる気持ちを。
「まだ解決しなければならない問題は沢山あるけど。わたし達、協力して頑張っていけるって思う。……あ、あと。お墓参り、有難う御座います」
カシスが大袈裟に頭を下げる。
「いや、わしこそ連れて来て貰って助かったよ」
ウィゼルは片手を上げ、クラレットとキールを止める。
二人も頭を下げようとしていたからだ。
バノッサだけは唇の端を僅かに持ち上げ黙り込んでいる。
「不思議な神様、だな……本当に」
抜けるような蒼い空。
重なるのは不敵な態度と乱暴な行動に出る、心優しき異界の神。
身体を撫でる風が、彼の人物の立てる笑い声のように感じられて。
ウィゼルはそっと瞳を閉じた。
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