『さまよう拳2』





時は数十分前を遡る。

丁度暇そうだったガゼルをゲットして、カシスはトウヤを伴って意気揚々と歩いていた。

「天気も良いし! 訓練するには最適よねっ」
にっこり笑ってその場でクルリと回る。
カシスの屈託のないコメントに、少々引きながらも律儀に相槌を返すのがトウヤ。

に感化されつつあるカシスにガゼルも顔を引き攣らせた。
訓練と聞けば態は良いが、実態は逆追剥ぎである。

 正直、こんなので良いのかな……とは思うけどね。

トウヤは考える。

でも、 の意見は正しい。

 子供で特技がない俺達が稼ぐ手段は少ない。
 それに小競り合いの原因を作ってしまった以上は、武器や防具の調達。
 及び戦闘の実地訓練は自分で賄うべきだ。

「あんまり深く考えるなよ。まぁ、俺なんか偉そうに言える立場じゃねぇけどな」
暗い顔をするトウヤの肩をポンポンと叩き、ガゼルがさり気ないフォローをいれた。
「うん……そうだな」

 今は深く考えても仕方がない。
 元の世界に帰る方法が見つかるまでの辛抱だ。

考え直してトウヤは笑顔を浮かべる。

「ちょっと〜!! 男二人で友情を暖めない! 仲間外れは駄目だって、 が日々言ってるじゃない」

 めっ。

人差し指でトウヤの目の間を突く仕草。カシスは頬を膨らませてガゼルとトウヤを睨む。
仕草は可愛らしいが、カシスの召喚師としての側面も知るガゼルとトウヤは素直に微笑ましいと思えない。
互いに顔を見合わせて曖昧に笑い合う。

「……もーちょっと気の利いた対応が出来ないわけ!? ……って、あれ???」
待ち合わせ場所の城門前方向へ歩いていると、街の人達が繁華街へ流れていく。

「あっちは繁華街だな」
人々が流れていく方角を見てトウヤが言う。

「何かあるのかな??? ガゼル、何か知らない?」
カシスは本来の街の住人であるガゼルに質問した。

「あぁ? この時期……というか、金の派閥の連中が来てからは、何か、はぜーんぶ取り止めになってんだよ。にしても、結構人が繁華街に流れてるな」
面倒臭そうに答えていたガゼルも、流れていく人々を眺め不思議そうに首を捻る。

「じゃ、行って見よっか! 気になるじゃない」
繁華街を指差してカシスが勝手に歩き出した。
「カ、カシス!? クラレット達との待ち合わせは?」
「大丈夫、大丈夫。いざとなったら召喚獣に頼むし、それにぃ? 拒否したら今日の訓練の難易度が何倍にも跳ね上がる、かもね〜」
目が笑っていない笑顔を浮かべてトウヤの手首を掴んで。
カシスは鼻歌交じりに脅す。

「やっぱお前ら姉妹なのな」

黒い微笑なんかクラレットにそっくりだ。

ガゼルは引きずられて助けを求めるトウヤの視線を無視して一人呟く。
そしてトウヤ一人では気の毒なので、気だるげにカシス・トウヤの後をついて歩いていったのだった。



ハヤトはオプテュスメンバーの剣を弾き返しながらため息。
「で? なんで俺達まで……」

 はぁ〜。

大袈裟にため息をつくと、トウヤが申し訳なさそうにリプシーを呼ぶ。

「ご、ごめん。なんか気がついたら助けに入る結果に」
最前線で喜々として腕を振るっている と赤い服の少年を眺め、トウヤがハヤトに謝る。
トウヤが呼んだ霊界の聖精リプシーがハヤトの腕の傷を癒して消えた。

「えーっと?? ジンガだっけ、あいつ」
ハヤトに突っ込んできたオプテュスメンバーの腹に蹴りをいれ。
ハヤトはガゼルから聞いた赤い服・ジンガという名の少年を見詰める。

とジンガの背後をガゼルが守り、その三人のフォローとしてクラレットが居た。

「うん。格闘家らしい。繁華街で賭け喧嘩? みたいなのを、やるつもりだったらしくてさ。ここら辺は一応オプテュスの縄張りだろ、運良くバノッサが来ちゃってね」

額を押さえたハヤトの代わりに剣を横なぎに払うトウヤ。
の訓練の成果だろうか? トウヤとハヤトは、なんとも呑気に会話を交わしながら喋っている。

「プチデビル召喚!!」
会話を交わすトウヤ・ハヤトの横で、カシスがド派手に召喚術を打ち放った。

「もしかしてバノッサにも賭けをふっかけたのか、あいつ」
額に青筋浮かべて剣を振るうバノッサ。
怒り具合から容易く想像がついてハヤトはわざとらしい笑い声を立てる。
ハハハハ、なんて擬音が当て嵌まりそうな。
「もしかして、だよ」
ガゼルの援護投撃にバノッサが後退。
一人突っ走ろうとするジンガを が殴りつけていた。

頭を抑えてうずくまるジンガに、クラレットが黒い笑みを浮かべて、更にプチデビルの炎をお見舞い。

「あそこ……黒いな」
最後尾近くのトウヤ・ハヤト・カシスの周囲は粗方片付いた。
戦う手を休めてトウヤが遠い目をしてハヤトに耳打ちする。

「ああ、真っ黒黒だな。ジンガ、遊ばれてるぜ? クラレットと に」
同じく遠い目をしてハヤトが小声で応じた。
「ガゼルに悪い事したな、トウヤ」
「そうだね」
召喚事故による召喚組は揃って力無く笑い合い、カシスに不思議がられていた。


一方、最前線。真っ黒いオーラを放つクラレットが次々にイビルファイアを放つ。
対象はバノッサではなく に叱られたジンガへだ。
「ひぃいいいぃぃっ」
血の気の失せた顔でジンガが敏捷性を生かして炎を避ける。
「ジンガとやら。修行にならぬではないか、避けるな」
バノッサを無視して が無表情のままジンガの腕を掴む。
「おれっちは格闘の修行の旅をしてるんだよっ」
ジンガの悲痛な悲鳴が繁華街に響き渡る。
数秒間思案した はジンガの腕を放した。

「ふむ、格闘か。では行け」

 どがすっ。

嫌な効果音を撒き散らし、 がジンガの背中を蹴る。
突然の衝撃に、多少はバランスも崩しながらジンガは二・三歩前進して踏み止まった。

「良い度胸してるじゃねぇか、手前ぇ」
悪人面になっているバノッサが剣先をすかさずジンガへ突きつける。

ジンガは比較的冷静に拳に嵌めた武具で剣を受け止め、バノッサに足払いをかけた。
よろめくバノッサに がトドメのジャンプデコピンを一発。
侮るなかれ、 のデコピンでバノッサは完全にバランスを崩して仰向けに倒れた。

「ぐっ……」
ギリギリ奥歯を噛み締め、心底悔しがるバノッサ。
顔だけ憤怒で真っ赤に染まっている。

「すまないな、バノッサ。この修行小僧の相手をしてもらって」
バノッサの額に手を当てて が何故かバノッサに謝罪。
「……」
射殺しそうな殺気を放ちバノッサは を睨みつける。

は僅かに口角を持ち上げ、リィンバウム風ではない、地球風の癒しの技を使った。
淡い青い光が の手のひらから溢れ出し、傷だらけのバノッサの身体を癒す。

「バノッサ、汝は不器用すぎる。僕は心配だ」
はバノッサにだけ聞こえるように小さめの声で告げた。

 尖った声音はバノッサの気質そのもの。
 和らぐ気配はなく、我か、トウヤ・ハヤトの影響か益々尖る。

 負の心は闇を招く。
 招いた闇はバノッサ自身が思うより、恐ろしいモノかもしれぬ。
 他者を排除してしか己の居場所を確かめられぬとは、つくづく不器用な生き方よ。
 見ていてハラハラするではないか。

バノッサからすれば傍迷惑な神様からの同情。
は、トゲトゲしい雰囲気を崩さないバノッサの頭をよしよしと撫でた。

「けっ、余計なお世話だ。勝手に決め付けるんじゃねぇ」

の技で元気一杯。
寧ろ元気すぎる。

多少の手加減が入った手が、 の手を振り払い。
バノッサは何事もなかったように立ち上がった。

「はぐれ共! この小五月蝿いガキと、拳バカを連れてさっさとどっかへ行きやがれ。目障りだ!!」

少し離れた処で、ノシた手下達を横目にくつろぐトウヤ・ハヤト。
二人へ向かって怒鳴りつけバノッサは一人北スラム方面へと姿を消した。


「そうだよな、バノッサも被害者だよな」
精神的疲労を隠せないバノッサの背中。
見送ってハヤトがポツリと洩らす。

「はははは、かもしれない」
トウヤも心の中で合掌してバノッサを見送る。

「新たな仲間をゲットだぞ、皆の者」
そんな中、 一人だけが、相変わらずのマイペース振りを発揮していたのであった。


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 小さな格闘家・ジンガ君登場〜。バノッサはなんだか可愛いキャラに? ブラウザバックプリーズ