『魅魔の宝玉3』




何より嬉しかったのは。

「傷を負ったものは退避! 早く逃げろ」
大剣を振るいながら的確な指示を出すラムダに。
「気をしっかり持つんだ。早く向こうへ」
傷を負った兵士を助けて、救護の兵士に身柄を引き渡すレイドの落ち着き払った対応。

「大丈夫か? イリアス」
隣で並んで剣を振るうトウヤがぼんやりするイリアスへ声をかける。

「あ、ああ、すまない。嬉しくて……ね」
小さく笑うイリアスに、トウヤは会得顔で笑い返す。

聞けばラムダ・レイドの後輩だというイリアス。
才能ある騎士で、二人の抜けた穴を団長として団を支えていたそうだ。

 嬉しいよな。街を想う気持ちが一緒だって分って。

最前線で戦うハヤト・ジンガ・ローカス・セシルを他所にほのぼの。
短時間で妙に馴染み合っているトウヤとイリアスだ。

「てか! そこで和んでる場合じゃないでしょ〜!!!」

 ゴガァ。

振りかざした爪で悪魔兵を斬り付け、エルカが怒鳴る。
丁度エルカの近くに居たクラレットとエドスが耳を押さえてしゃがみ込んだ。

「イリアス様、今は戦いに専念してください」
弓を引き絞るサイサリスにまで注意され、トウヤとイリアスはしょんぼりした。

「幾ら彼等が城主様を護っているからといって、油断は禁物です」
付け加えまでされて、イリアスは眉根を寄せる。

不謹慎だが本当に嬉しかったのだ。
城の一大事・街の非常事態だけれど。
何もかもが捨てたモノではなかったのだと。

 サイサリスは堅実的だからな。

 ふぅ。

イリアスは気持ちを切り替えて剣を握りなおす。
そこへ、何度も遭遇したことのある小さな子供がノンビリ歩いてやって来た。

「盛況だな、ここは」
敵味方入り乱れての城門前の攻防戦。
一人がマッタリモード。
危機感薄い の一言にエルカが口を開きかけ、クラレットとエドスに睨まれ慌てて口を噤む。

!? 何処に行ってたんだ?」
トウヤが のマイペースぶりに目を丸くした。

カノンとの接触後、なだれ込むように城門前まで押しかけたトウヤ達。
が居なかった事に今始めて気づく。

「企業秘密だ」
不敵に笑って が頭を振る。
「……きぎょうひみつ?」
聞き慣れない単語にイリアスの動きが止まった。

慌ててスタウトがイリアスと悪魔兵との間に滑り込み攻撃を受け止める。

「後で説明するよ、イリアス」
だから戦いに専念しよう。

暗に告げるトウヤにイリアスは会釈で合図。
前線でバノッサの召喚術と剣撃に絶えるハヤト達の応援へ向かった。

「遅かったな、
実は の不在は承知していた。

があの時に明かした真実の一端と、己達に寄せてもらった信頼。
裏切るつもりなど毛頭無い。

負傷兵の非難をあらかた終えたラムダが大股で へ近づく。
さり気なさを装い、スタウト・ペルゴも の傍らを固めた。

「助力を得られる者に活を入れてきた」
穏やかな顔つきで戦闘状況を確認し、 はラムダを見ずに応じる。

ギブソン・ミモザの召喚術発動の光が断続的に城壁を照らした。

「今のトウヤとハヤトではバノッサを倒せない。確実に」
トウヤ・ハヤトが必死の形相でバノッサへ踊りかかる。
しかしバノッサが召喚した新たな悪魔兵が二人の行く手を阻む。

の断言に男三人が息を呑んだ。

「どのように解釈すれば宜しいのですか?」
いち早く落ち着きを取り戻したペルゴが、極力声のトーンを落として問いかける。
の真意を知る為に。

「聞いたままだ。バノッサの闇は、いや? 魅魔の宝玉の力がそれだけ偉大なだけだ」
は淡々とペルゴへ返答を返す。
「するってーと、何か? 俺達はお陀仏って?」
皮肉気に口元を持ち上げるスタウトに、 は首を横に振る仕草で答えた。
「僕がかような薄情に見えるならば。特別にスタウトだけあの世に送ろうか?」
棘のある のお伺いにスタウトは顔を顰め、両手をクロスしてバツの字を作る。

とスタウトの遣り取りにラムダとペルゴが失笑した。

「迎えが来そうなのだ」
顎先でトウヤとハヤトを示し、 は三人だけに言った。

「知っての通り、あの二人には誓約を自由自在に行える不思議な力がある。魔力とは無縁の生活を送っていた二人に溢れる魔力。
原因は置いておいて、あの二人を呼ぶ第三者が現れそうだ」

者と呼べるかどうかは にも不明。

でも確たる証も無いので伏せておく。
どちらにせよ彼等もトウヤ・ハヤト達と共に呼ばれるのだから。

 サイジェントを覆うバノッサの心の闇。
 闇があればそれを祓う光もまた集う。
 表裏一体の二つは切っても切り離せない。

 バノッサの闇が濃さを増せばトウヤとハヤトの放つ光が際立つ。
 光を目指し、この世界に居る『最も高位』な存在が動く。
 一つ欠けておるが。

 バノッサの攻撃、少々我が防いでおくか。
 あの呼びかけにはぐれる者がおっては気の毒だからな。

バノッサの精神力が乱れ、悪魔兵も数が減る。
追い詰められたかに見えるバノッサが、肩を揺らして狂ったように笑う。
壊れたCDのように耳障りな、バノッサの嘲笑が城門前に響いた。

「頼んだぞ?」
タイミングを計っていた がラムダへ告げ、走り出す。
バノッサの周囲漂う魔力が収束を始めた。

「ああ」
の背中にラムダの確かな答が届く。

は片手を上げ身のこなし鮮やかに戦場を駆け抜けた。

のんびり? 後方組みとは違い、最前線若者組は大苦戦。
突然笑い出したバノッサに全員が怯む。

「いけない、魔力がバノッサに集まっていく」
顔を強張らせたギブソンが身構える。

魔力など殆ど残っていない。
回復魔法が僅かに使える程度だ。

「皆、下がって!」
ミモザも魔力の消費が激しい。
途切れそうな集中力を必死に高め、トウヤ達に避難を促す。

叫ぶミモザにクラレット・カシスもバノッサに集まる魔力を認め顔色を変える。

「遅せぇんだよっ!」
憎しみに歪んだバノッサの手から放たれる漆黒の闇。

襲い来るであろう激しい衝撃波に全員が顔を庇うように腕を交差させた。
が、数十秒立っても衝撃は感じられない。

「え……?」
セシルが文字通り絶句して。
声を失ったかのように、口を閉じたり開いたりした。

「悪いな、バノッサ。曲がりなりにも彼等は僕の家族なのだ。おめおめと傷つけさせるわけにはいかぬ」
片手をバノッサの方へ翳した が静かに口を開く。

小さな身体から淡い蒼い光を発する の姿がなんとも神秘的な光景に見えた。

は手のひらに受け止めた闇を瞬く間に祓ってしまう。
顔色一つ変えない にバノッサが眼光を鋭くした。

「手前ぇ」
宝玉を掲げ、バノッサが前へ一歩踏み出す。
「案ずるな。勝負は一先ずお預けになるだけだ、何れバノッサが座りし城主の席に。必ずやこ奴等を向かわせると約束しよう」
手のひらから溢れ出る鮮血をそのままに、 は矢張り顔色一つ変えない。
もう片方の手をトウヤ達に向け小さく笑う。

「名も無き汝に我が家族を預ける。乱暴に扱うことなきようにな?」

蒼い光が厚く垂れ込める灰色の雲を貫き、太陽とは違う眩い光を呼び込む。
城門前を焼き尽くす純白の光に悪魔兵達は次々に姿を消していった。

「さあ、行って来るがいい。我は汝達を信頼しておる故に、リプレママや皆と一緒に汝達の帰りを待っておるぞ」
が手のひらから放出する蒼い光は。
次にトウヤ達を取り囲み、闇を払拭。
白い光と同調するように呼応を繰り返す。

!? どういう意味だよっ!」
ハヤトが慌てて に駆け寄ろうとして、ラムダに止められる。

同じように、トウヤはスタウトに止められ。

他のメンバーもセシルとペルゴ、サイサリスによって進路を阻まれていた。

「直ぐに分る」
光に霞む視界が の姿を消していく。
感じる浮遊感にトウヤとハヤトが再度叫ぶ。

「「 ッ!!!」」
手を伸ばした瞬間、二人の視界から の姿は消え。
自分達が何処かへ運ばれる感覚だけが指先に残ったのだった。



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 こうして誓約者への道を歩き始める二人。子育てが終わった主人公は居残り。ブラウザバックプリーズ