『魅魔の宝玉2』




悲壮感漂うカノンとの戦闘。
収束する様を眺め、足早に城へ駆け出すトウヤとハヤトを見送ってから。
はカノンの傍らに立ち癒しの呪いを唱えた。

さん」
傷だらけの衣服を気にしながらカノンが立ち上がる。
「バノッサは選んでしまったようだな」
煙が立ち昇る城へ顔を向け、 が言葉少なく返答を返す。

戦闘の残骸。
壊れた家や壁や武器を見下ろし、カノンは顔色を暗くした。

「ボクは無力でした。バノッサさんを止められなかったんです。召喚術を、力を求めるバノッサさんを」
心底悔しそうに言葉を紡ぐカノン。
肩を震わせたカノンに は目を細める。

「それは間違っておるぞ、カノン」
崩れた道に降り注いだ瓦礫。
一つに飛び乗って はカノンの頭を撫でた。
「バノッサが欲しいのは召喚術でも力でもない。本人無自覚という部分がバノッサらしいが、あ奴が欲しておるのは居場所だ」
の言葉にカノンが目を丸くする。

「居場所!? バノッサさんが欲しい物が……居場所??」

バノッサは常に孤高だった。

口は悪いし態度もでかいが。
基本的に根が悪い人間ではない。

屈折した劣等感さえ除けば優しい人だ。
辛さをカノンに洩らしたことさえない。
その彼が欲しい物が『居場所』とは?

 でもバノッサさんは一度もそんな事……。

親指の爪を噛むカノンに、 は城を指差す。

「本当に欲しいのは城ではない。バノッサが欲しいのは己の存在を許容してくれる場所。
トウヤとハヤトがフラットに受け入れてもらったように。受け入れられて貰える温かい場所が欲しいのだ」
城の方からは激しい爆音が断続的に響く。
誰かが召喚魔法を使っているらしく、魔力が収束していく気配も感じた。

「だからこそ、妬ましく、憎らしかったのだろう? トウヤとハヤトが」

外聞も無く力を求めるほどには。

付け加えた にカノンは爪先へ目線を落とす。

一番近くに居た自分は何一つ理解しておらず。
遠くから見ていた神が全てを知る。
矢張り世界はそのような仕組みなのかと。
ついつい自分を卑下してしまう。

「やっぱり…… さんは凄いな。ボクなんかとは大違いだ。神様には敵わない」
ましてや己は完全な『ヒト』でもない。
シルターンの鬼神とのハーフである。
格の違いを感じてカノンは打ちひしがれた。

 分っておらぬな、カノンもバノッサも。
 不器用一直線ではないか。

 我も大概お人好しだが、この二人は輪をかけてお人好しだ。
 まずはカノンに気をしっかりと保ってもらわねば。

 回避不能の死を乗り越える為にな。

一人凹むカノンの横顔に は考えを纏め上げた。

「早合点は損気だぞ? 何故バノッサが居場所に拘るのか、知っておっての発言か? 
身近に居れば居るほど、時折、相手の気持ちが見えなくなるものよ」

 頃合だ。

考えて はカノンを伴い、城へ移動を始める。
カノンもバノッサの安否を確認する為に城へ向かうつもりなので、二人は連れ立って歩く。

「自分自身のための居場所でもあり。常にバノッサの居場所であり続けたカノン、汝の為の居場所が欲しいのだ。だからこそああまでムキになる」
濃度を増すマナ(魔力)バノッサ・トウヤ&ハヤトとは違う種類の力。
第三者の介入に首を傾げ はカノンへ優しく諭した。
「バノッサさんの居場所……ボクが、ですか?」
自分を指差しうろたえる。
カノンの仕草に は無言で微笑み肯定した。
「ボクの居場所はバノッサさんの傍で、バノッサさんの居場所はボクの傍」
一人言いながら何処となく嬉しそうにカノンが表情を緩める。

「義兄弟って枠に収まってはいたんですけど。本当に家族なのか? 一緒に居ていいのかって正直不安だったこともあります。
でもボクは さんの考えを信じたい。いいえ、僕が信じなくちゃいけない。バノッサさんの為に、ボクの為に」
カノンも基本的に敏い子供だ。
けれど生い立ちが邪魔をして、カノンの聡明さに霧を駆けてしまっている。
カノンが持つ能力に蓋をしてしまっている。

 そろそろカノンの霧を払わせてもらうぞ。

カノンは悲壮感漂う己の雰囲気を払いのけ。
決意を固めた表情で前を向く。

「ボクも居場所を作ってあげたい。バノッサさんがボクにしてくれたように。 さんがボクを助けてくれたように、バノッサさんを助けたい」

あの黒装束の連中はやっぱり駄目だ。
初対面の時に感じた嫌悪感に確信を抱き、カノンは己の拳を握り締める。

何処まで自分の力で対処できるか分らないが、自分で出来るだけの事はしたいと思った。
運命が確定していたとしても。
バノッサの傾く気持ちに歯止めが掛からなくても。

見返りが欲しいわけじゃない。
ただ、心配だから。
大切な兄貴分だから。
大事なのは傍に居続ける事。
居場所を差し出す事。
諦めない事。

カノンは奥歯を噛み締め決める。

「負けたく、ない! ボクは周りの勝手な理屈に負けたくないです。居場所が欲しいです。
前みたいに……裕福じゃなくても、楽しかった日々を取り戻したい。だから戦います。力ではなく、心で」
やっとカノンが笑みを取り戻す。
最初の頃に見かけた余裕のある緩やかな笑みを。

 うむ。
 その笑顔こそがカノンの本質。
 争いの虚しさを知っているから回避する。
 捨てられた悲しみを背負うからこそ相手を傷つけぬ。
 護る。
 本来汝の心はとても強いのだ。

 ただちょっと……そのクラレットに似た、底の知れぬ笑い声はどうかと思うぞ?

ふふふふ、なんて怪しく笑い出すカノンに口元を引き攣らせて は考えた。

カノンの背後にバノッサが背負うのとは違う黒い物が漂っている。
なんだかクラレットの見せる笑いに似て。
は僅かに身を後方へ引いた。

「嫌だなぁ、コレがボクの素ですよ?」
あからさまには出ていないが、 が怯えた様子がカノンに伝わり。
カノンの笑みが益々深まる。

 そ、そうであったのか???
 シルターンの猛る鬼神の血筋か!?
 ……我は異界の者を侮りすぎているやも知れぬ。

 ミモザといい、リプレママといい……。存外に豪胆な者が多いな。

 むぅうう。

一人深刻な顔で唸る をカノンは慈愛に満ちた眼差しで見守る。

忘れていた。
この存在は神である前に。
不器用で、すこし間の抜けた、とてもとても心配性な性格をしているのだ。

この世界では神だとか鬼だとか天使だとか悪魔だとか。
魔獣だろうが関係ない。
共に戦える、共に暮らせる。
同じ想いを共有しているのなら。

 そう考えると放っておけないな〜、 さん。
 危なっかしいから。

行動も言動も危ない。
しかもあの本当の姿を見たら、良からぬ考えを抱く不埒者が現れないとも限らない。

 大丈夫、ボクが護りますからね。

の励ましによって微妙に思考のベクトルを変えたカノン。
励ましは功を奏したとも言えるし、そうでないとも言える。
知らぬは神様当人だけ。

「ま、まぁ、兎に角だな?」
カノンからの生暖かい眼差しに咳払いをし。
何故か気持ちが急いて話題を変える

「死の体感は免れぬが、死そのものは回避可能だ。良いか? カノン、くれぐれも忘れるな。バノッサだけではない。我とて汝を友人として、異界の友として大切に想っている。
一人ではないのだ。それだけは忘れるでない」

この角を曲がれば城門が見える。
手前で立ち止まり がカノンへ釘を刺した。

「ええ、分ってます♪」
迷いを振り払ったカノンは満面の笑みでもって へ応じる。
「ボクはあっちから合流予定なので行きます。もしかしたら数日会えないかも知れません。だから さんも気をつけて!」
具体的に指摘すると が怒るので大雑把に注意を促す。
親に捨てられた経験から得た観察眼だけはカノンが誇れるモノ。
の操縦法を無意識に掴んでいるあたり侮れない。

「うむ」
城の裏手に回るカノンへ手を振って。
は仲間が戦う城門前へと急ぐ。

「やっぱり……危なっかしいな」
トコトコ歩いていく の小さな姿を見送り、カノンはひとりごちた。

自分が作った壁さえ無くせば だって只の庇護者。
フラットのメンバーが無意識に、 を庇護者にする理由が初めて分かった気がする。

「早くバノッサさんに目を覚ましてもらわないと。でも黒幕も調べないと駄目かな」

伊達にオプテュスNO2は名乗っていない。
カノンは現実的な問題に対処すべく。
後ろ髪引かれる気分で手筈通りの合流地点。

城の裏手へ歩いていった。

 お、悪寒がする!?
 何故だ! 何故なのだ!?
 現時点で我が一番に恐れるのは、リプレママの説教くらいなものだぞ!
 彼女が居ない場所で何故悪寒が走る!?


カノンが へ感じた兄弟愛(家族愛)だとは気づかずに、鳥肌のたった二の腕を必死に擦る の姿があった。


カノン覚醒?



Created by DreamEditor
 カノン覚醒の巻(笑)捨てられた経験を持つからこそ、強い子だと思います。なんて勝手に解釈。ブラウザバックプリーズ