『メスクルの眠り2』




闇に紛れて松明を次々に狙い撃ちするガゼル。
ガウムも小柄さを生かし、草の間を縫って移動。
ガゼルを手本に松明を倒していく。

「う、うわあああぁ」
暗闇の中、及び腰になった兵士が転倒して情けない悲鳴をあげる。

杖で足払いをかけたカシスは、同じ作業をするモナティーとクスクス笑い合う。
目的は兵士を倒すことではない。
撹乱し規律ある行動を乱すのみ。
その間に団長であるイリアスをトウヤやアカネ達が追い払う筈だ。

「ぎゃっ」
斜め右ではガウムに巻き付かれたらしい兵士が叫んで、草地に倒れこむ音がする。

暗闇の中兵士達があげる叫び声を聞きながら、サイサリスは目を細めた。

まただ、と思う。

あの不思議な空気を持つ という少年のペースに嵌められている。
団員達の動きも乱されて、己も弓でフラットのメンバーを威嚇するのに精一杯だ。

「ふむ。矢張り現騎士団の中では汝が一番客観的で現実的だな」
不意に。
真横に聞こえる の声。
サイサリスは心臓が飛び出すかと。
感じ驚き、弓矢を構えたまま数十秒はたっぷりと固まってしまう。

暗闇の中目を凝らせば が悪戯の成功した子供のように屈託なく笑っていた。

、貴方は……」

 本当に何者なんだ。

サイサリスは口を動かそうとして止める。
は笑いながら己の唇に人差し指を立て、開いた片手でサイサリスを手招きした。
しゃがみ込んだ と、何故かつられて一緒にしゃがみ込むサイサリス。

「互いの掲げる正義が違うのだ。事を荒立てるつもりはないし、汝の仕える団長が上手く取り計らってくれるだろう。心配するな」

草むらを動く敵味方の気配。
争いの真っ只中に座り込む自分。

そして、生真面目にサイサリスの不安を解消しようとする

予想もつかない展開と状況に、サイサリスはただただ流されていく。

「信じる、信じないは別で。後に街の為になる故……騎士団に支給されるという特別な石を少しだけ貰えないだろうか?」
はサイサリスの胸部分についている騎士団のバッチを指差した。

「騎士団のバッチを?」
自分の胸に取り付けたバッチを見下ろし、サイサリスは小首を傾げる。

「うむ。験を担いでのバッチだろうが、その石は魔力を蓄えることが出来る。いざという時の為に僕の魔力を溜めておきたい」
自信たっぷりに は石について喋った。
「汝は僕の存在を疑っている。本当に見た目通りの子供なのか? 少なくとも、見た目通りの子供でないのは確かだ。証拠を見せるか?」
真っ直ぐにサイサリスを見詰める漆黒の瞳。
見つめ返し、条件反射のようにサイサリスは首を一回だけ縦に下げ上げた。

「分かった」
が短く応える。

同時に とサイサリスの間の空気がグニャリと歪み、周囲と切り離されていく。
不可解な現象にサイサリスは持っていた弓矢を取り落とす。

「本来の姿を全員に曝すわけにはいかぬのだ、許せよ?」
淡い、淡い青い光が から溢れ出し の姿を溶かしていく。

手足が伸び身長も子供の姿から少女のような姿へ。
足元まで届く深い深い青い髪。同じく蒼い瞳を彩る睫も青く。
透き通るような美しい肌。

 リィ……リィンン……。

ガラス同士がぶつかり合って奏でるような音が響き、 の周囲を青い光の塊達が飛び交う。
サイサリスは瞬きも忘れて の姿を呆然と見詰めた。

「サイサリス?」
首を傾けた の動作にあわせて長い髪も揺れる。
幻想的な の姿を惚けて見続けていたサイサリスは慌てて背筋を伸ばした。

「平たく言えば我は神だ。ただ汝等の世界の神でもないし、リィンバウムを取り巻く四つの世界の神でもない。名も無き世界、そう称される世界の界の狭間を守護する神だ」

改めて身分を明かす にサイサリスはため息をつくことで応じた。

傍に立っているだけなのに、何をされたわけでもないのに圧倒される。
肌が震える。
人の手ならざる存在が生み出した麗しい容姿に胸がざわめく。

「汝は魔力がそれなりにあるようだな? 我の魔力に悪酔いさせてしまったか?」
短いサイサリスの前髪を が淡く光る指先で振り払う。
「はっ……」
息苦しいと訴えていた胸が急に楽になる。
新鮮な酸素を肺へ取り入れてサイサリスは何度も深呼吸をした。

 それでも……この泣きたくなる感触だけは、消えませんね。

無意識に心臓に手を当ててサイサリスは心の中だけで思う。

「近頃、我の守護する世界より汝達の世界へ引き込まれる者が多くてな。原因を究明すべく我はココへ来たわけだ。手早く解決したいのは山々なのだが……諸事情が重なっておる。
一つ一つを紐解いていかねば、似たような事件が多発し、我が忙しくなるだけだ」

は疲れきった顔で小さく息を吐き出す。
ため息をつく様も完成された一つの美術品の様で。
サイサリスは再び息を詰めてしまった。

密かにドキドキするサイサリスに気がついていない は、彼女へ事情を細かに説明し始める。

「我にも端くれながら神としての誇りはある。汝等の根本的な領域を侵すつもりは無い。多少の協力は惜しまぬ。
見ての通り我が全てを曝すとマナ(魔力)の値が急激に高まり、歪みを巻き起こす。今は己の意志でコントロール可能だが、今後も出来るとは限らぬ。だから余分な魔力を蓄える石が欲しいのだ」

駄目だろうか? 最後に付け加え、 は説明を終えた。

「随分、無茶苦茶な神様ですね」
サイサリスは声を震わせる。
意味も無く緊張して、柄にも無く足が震えた。

 違う。本当は理由なんて分っている。
 わたしよりも遥かに高貴な人、神を前にして本能が警鐘を鳴らしているだけ。
 怖いわけじゃない……多分、純粋すぎて怖いと思うだけ。
 人が持ち得ない輝きをこの神が持っているから。

必死に頭を動かし、サイサリスは自分の考えを纏めた。
動揺激しいサイサリスを は穏やかに見遣って彼女の第二声を待つ。

「内乱の首謀者を助けるし、なのに彼の分の税を払う。一見矛盾してますが、それが貴方の言う所の正義(信念)なのでしょう。
人々を惑わさないと約束してくれますか? サイジェントの街に災いを齎さないと約束してくれますか?」

言いながらサイサリスはちょっぴり、凹んだ。

相手は神様である。
ちっぽけな、確かにサイジェントという街の騎士団に所属しているが、只の人間に果たして何が出来るのか?
神である目の前の存在が本気を出したら街など一瞬で消し飛ぶ。
そんな存在を相手に『街に手を出すな』と自分は願い出ているのだ。

 分不相応……。

サイサリスの頭に一気に血が上って急激に下がっていく。

「分かった。城を攻撃する真似はしない。フラットの面々とて城を憎んでいるわけでもないからな。街の発展になるならばフラットの者と一緒にある程度は尽力しよう」
はニッコリ笑ってサイサリスの手を握り締める。

「これは?」

サイサリスの手のひらに収まる透明なサモナイト石。
俗に言う『名も無き世界』から召喚獣を召喚する際に用いるサモナイト石だ。
無誓約サモナイト石の感触を確かめ、サイサリスは へ尋ねる。

「汝の願い通り我は汝の大切なものを傷つけはしない。我の宣言を言霊に換え石に刻む。石よ、我とこの者との約束を刻み護り、見張れ」
淡い桃色に色づいた の唇が動き、サイサリスの持つサモナイト石が蒼い光を放つ。

ロレイラルの青い光とは微妙に異なる蒼。
光が収まるとサイサリスの見たことの無い文字がサモナイト石に刻まれていた。

「これが証となる、よいか?」
促されサイサリスは胸につけていた騎士団のバッチを外し、 の手に押し込む。

堅実をモットーとする自分らしくない衝動。
けれど真正面の神様は悪い神様には見えない。
柄にも無く自分の勘を信じようとサイサリスは思った。

「サイサリス、汝に幸運があらんことを」
再び の姿が溶け出し、お馴染みの子供の姿に戻る。
歪みも空気に溶け出して見る間に元の夜の草原へ早変わった。

「サイサリス、撤退するぞ」
我に返ったサイサリスの後方。
顔を顰めたイリアスの姿が。
サイサリスは慌てて の姿を捜すも、あの子供は見当たらない。

でも握り締めたサモナイト石は確かに存在し、サイサリスの胸のバッチは消えていた。

「ですが、イリアス様」
反論しながらサイサリスは微かに笑う。

不思議な世界の風変わりな神様。
神様が言った言葉に嘘は無いと自身で判断したのだ。
だから後は信じるだけ。

「この怪我では警備が出来ない」
サイサリスの顔色を窺うイリアス。

分りやすいイリアスの言い訳に益々笑みを深くして、けれど表向きは渋々とサイサリスは撤退の指示を出した。




Created by DreamEditor
 団員バッチは実際のゲームには存在しませぬ〜。サイサリスゲットな神様。ブラウザバックプリーズ