『メスクルの眠り1』




夕暮れ時の茜色。
夕日に照らされて燃え上がる色に染まる雲。
地平線へ姿を消す太陽を は静かに見詰める。
それから一様に暗い顔をするフラットのメンバー達を一喝した。

「馬鹿者が!」
の一言に広間に居る全員が を注目する。
「馬鹿者って……」
半分部外者のアカネが目を丸くした。

「確かに正規のルートでは高すぎて薬は買えない。薬も無い。だが店長のシオンを脅した結果、材料さえ持ち込めば作ってくれると。
そこまで譲歩を引き出したではないか。店員のアカネも同行してくれる。支度をしろ」

堂々とシオンを脅したと明言する に、ハヤトとジンガが思わず拍手。
手を叩いていると、ローカス・スウォン・リプレに睨まれる。

「実質、 がリーダーみたいな、そうじゃないような感じなんだよ」
トウヤの説明にアカネは「へぇ〜」と、少々間の抜けた相槌を返したのだった。





時は数日前にまで遡る。

風邪の症状を訴えるラミ。
フラットのメンバーもラミは『風邪』だと思って普通の看病をした。
数日もすれば治る筈の風邪。
しかしラミの看病をしていたフィズ・アルバも次々に似たような症状を引き起こし寝込む。
寝込み、熱を出し、熱が引いても。

子供達は眠り続けていた。

「メスクルの眠り、とは?」

原因を探っていた にレイドが告げる。

子供達の病名は『メスクルの眠り』だと。
広間に顔を付き合わせるトウヤ・ハヤト・クラレット・カシス。

「聞いたことがあるわ。眠り続けて死んでしまうって病気なんだけど、治療法が無い訳じゃないの。薬さえあれば治る病気よ」
レイドの言葉を引き継いでカシスが とトウヤ・ハヤトへ説明した。
「ガゼルにエドスとジンガ、それからスウォンにも手伝ってもらって薬を探してる」
今度はレイドがカシスからの言葉を受けて、現在の状況を異界三人組へ再度説明する。

「俺達も捜そうか?」
子供部屋のほうへ目を向けながらハヤトがレイドに問いかける。
ハヤトの申し出にレイドは表情を曇らせるだけで俯いてしまった。

「もし。爆発的に流行している病なら、薬は誰が買い占めると思う?」
ハヤトに言葉を返せないレイドに代わり。
が平坦な声音でハヤトに問題を投げかける。

の発した言葉の意味を考え、ある一点に気がつかされたハヤトは口を真一文字に引き結んだ。

「税金の徴収光景を見ていれば、分りそうな事であろう? そのような事態が起こりうるかもしれん。レイドは心配しているのだ」
落ち着かないレイドの態度。未だ帰らぬガゼル達。
「先手は打つべきだな。出掛けるぞ、カシス・ガウム・モナティー」
「はいですのっ! ますたーv」
「きゅう〜♪」
「えっ!? わたしぃ????」
広間の様子を物陰から窺っていたモナティーがガウムと飛び出し、 の前で尾尻を振る。
何故かメンバーに含まれたカシスは訳が分らず目を白黒させたのだった。





現在。
アカネの案内で薄暗い夜道を歩くフラットのメンバー達。

「あの の迫力は凄かったよ」
言葉少なにシオンvs の状況を説明するカシス。
青ざめた顔でアカネと頷き合う。

あくまでシオンvs に見えたのはカシスの主観であって。
幾分感情を顕にしてシオンと薬の買取交渉をした のオーラが凄まじかっただけだ。

「師匠はあんまり怒ってなかったけどね……感情的になった に驚いてた」
あかなべへ怒鳴り込んできた とシオンの会話の一部始終。
聞いてしまったのが運の尽き。
アカネも思い出して鳥肌のたった二の腕を擦る。

にだって感情はあるさ。表現が不器用だけどね」
恐怖体験を語り合うカシスとアカネにトウヤが割って入る。

トウヤの一言に、カシスとアカネは首を竦めた。

最初は事故に巻き込まれた者同士。
地球に住んでいた者同士。
なんとなく、 と親しくしようとしていたトウヤ。
けれど時間を多く共有すればするにつれ、 の裏表の少ない? 遠慮のない言動を好ましく思う。

考え方は人それぞれだから、自分の意見は主張する。

の行動は周囲が思っているほど見えないものではない。
単純すぎるから、理解しにくいのだ。

「助けたい、だけだしね」
ガウムを頭に載せ、モナティーと談笑しながら歩く
揺れるガウムを見詰めトウヤは小さく笑って呟く。

「フィズやラミ・アルバは の大切な遊び友達だ。最初の頃、 は精神年齢が高い子供だったから、あの子達と馴染めるか分らなくて。俺は馴染めないって思ってた。
だけど は楽しそうに遊ぶ。アルバと海賊ごっこをしたり、フィズと勉強したり。ラミと絵本を読んだり。スウォンを囲んでハルモニウムを習ったり。 は一緒に暮らす家族を純粋に助けたいだけなんだよ」

何かを言いたげなハヤトの目線を察知して、トウヤが先に口に出す。

って時々凄く分りやすいよな、行動がさ」
腕組みしてしたり顔のハヤト。
「そうなの!? なーんか不思議な感じがするけど。しかもうちの師匠と対等に渡り合うなんて尋常じゃないよ」
ハヤトの発言にアカネが仰け反って驚く。
「確かにあの威圧感とか偉そうな態度とかは変だけど。でも らしいんだよね」
納得するカシスの口振りに、アカネもそうなのかぁと思いながら歩いた先。

本来ならば誰も居ないはずのその場所には城の兵士達が居た。

「えっ!? どうして??? 何時もなら誰も居ないのに」
兵士達から距離を取り立ち止まってアカネは頻りに疑問符を飛ばす。
「この場所は騎士団が保護しています。立ち去りなさい」
弓を構えたサイサリスが鏃の先を へ向けた。

「メスクルの眠りを治療する為に材料を取りに来た。通してはもらえないのか?」
サイサリスの退去勧告をさり気に無視。
はイリアスへ言葉を投げる。

「薬は街の住人に配る事になっている。だから安心して欲しい」
イリアスが真顔で へ喋るも、 は呆れ果てた様子で鼻を鳴らす。

それから徐に背後を振り返り、騎士団の存在を無視してフラット会議を開始した。

「イリアスの心意気は本当だろうが、背後が気に入らない」
の発言にレイドとローカス・トウヤが頷く。

「騎士団を動かせるのは領主かイムランです。どっちにしろ、イムランの息がかかっているなら薬は手に入りませんね。貧しいスラムの住民に薬を配るとは思えませんから」
クラレットの的確な指摘にアカネとカシスが今度は頷く。

「こういう場合は行くっきゃねーだろ?」
ニヤッと笑い、腰に下げた投具を取り出すガゼルに、ジンガが拳を作って応じる。

「但し。敵は騎士団のバックであって騎士団ではない。イリアスという団長は、中々話の分る青年だ。サイサリスも幼いながらしっかりしているしな」
各々武器を手にした面々。
メンバーを前に がしっかり釘を刺す。

「一般兵を適度に蹴散らしつつ、イリアスを撃破。イリアスに重傷を負わせない事」
「どうして?」
ガゼルと同じく投具を手にしたアカネが挙手した。

「分らないか? レイドに教わったのだが、騎士団は部隊長を中心に展開する団体だ。
つまり一般兵を下がらせ騎士団を退却させるには、部隊長であるイリアスを狙う必要がある。軽傷を負わせれば治療の為に退却する筈だ、イリアスならば。
違うか? レイド」

「いや、 の言う通りだ。イリアスはそういう奴だよ」
とかなんとか。
騎士団の後輩をフォローしつつ、自分も剣の柄に手を掛けているレイド。
の行動に徐々に感化? されつつある。

「では決まりだ。これだけの人数が居れば陽動作戦も取れるな。トウヤ・クラレット・アカネ・スウォン・ローカス・レイド。イリアスを狙ってくれ。
残りは僕と一緒に目立って、サイサリスと雑魚を引き付ける」

やけに気合の入った が右手を差し出す。

の手の上にトウヤが手を重ね、次にハヤトが。
原理を理解したクラレット・カシスが続き。最終的には全員の手が重なる。

「よしっ! 行くぞ」
の掛け声とともにメンバーは役割を果たすべく散る。
「なんかさぁ〜、 、楽しそうだね」
と別れた後、アカネがトウヤに尋ねた。
「ああ。騎士団の背後にいるマーン三兄弟への間接的嫌がらせだよ。 の行動なんてすぐ彼等の耳に届くんだろうし」
トウヤはアカネへ、手短にマーン三兄弟との因縁を手短に語ってみせた。
手短といっても摘み食い事件やら納税事件にモナティー事件とバラエティーには富んでいる。

「そうなんだぁ……」
疑問を解決したアカネは、しみじみとトウヤへ相槌を打ったのだった。




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