『守るべきもの1』




誰もがこれほど怒り猛るミモザを見たことがなかった。
「どういう事なの!? 答えて、ギブソン!!」
普段なら理知的に悪戯っぽく輝く眼鏡の奥の瞳。
怒りに燃える彼女の瞳を直視するのは至難の業。
ミモザの視線に威圧されて俯いたギブソンを誰も咎められないだろう。

 矢張り敵に回したくない存在だな、ミモザは。

ギブソンの手配に怒り心頭。
ミモザの怒気はフラットの広間を包み込んでいる。

「確かにオルドレイクの思想は危険よ? 魔王召喚だって誓約者の力をもってしても、どこまで戦えるか分らない。未知数だわ。
宝玉だって最悪の使われ方をしている……だからって、だからって……トウヤ・ハヤト・クラレット・カシスを派閥に引き渡すなんて。どうしてそんな事」

ミモザの声が震えた。

「卑怯だといわれても、これ以上わたし達で判断するのは危険だと。そう考えたから派閥へ連絡を取ったんだ」

苦渋に満ちるギブソンの声音が苦しい彼の胸の裡を如実に表わす。

派閥の封印していた召喚具から、魔王が呼び出されようとしている。
この事実を黙って見逃せるほどギブソンだって豪胆ではない。
まして、伝説のエルゴの王。誓約者の後継者が現れたのだ。

加えて召喚具泥棒の親玉の子供も居る。
事態は急を要していた。

ギブソンの連絡を受けた蒼の派閥は動き出している。
ミモザが名指しした四人の身柄引き渡しと交換に、魔王召喚儀式の阻止と協力を申し出てきたのだ。
実質、四人の身売りである。

ミモザは悔しさに身体を震わせテーブルを叩く。
そんなミモザに広間に集まった全員が何も言えずにいた。

「蒼の派閥の支援の名の元、身売り、か」
広間の端。
誰にも聞えないように が零す。
偶然 の言葉を拾ったリプレが眉を顰める。

「すまない、聞えてしまったか?」
リプレと目が合って、 は謝った。
「ええ、バッチリ」
呆れた顔でリプレが に小声で答える。

緊張感漂う広間において、逆に緊張感の欠片もない
同じ世界から召喚された人物が身売りされるのに。
悠長に事態を静観するなんて、流石にリプレも の正気を疑う。

 お兄さん、みたいに想っているんでしょう?
 トウヤとハヤトを。
 だったらなんで助けようとしないの?
 ギブソンに怒らないの?
 ミモザはあんなに怒っているのに。

大概フラットのメンバーもお人好しだが、輪をかけて 達はお人好しだった。
しかも仲良し。他者を思いやる気持ちを持った優しい少年達。
だからこんなに仲間が、 やトウヤ・ハヤトを慕う仲間が集っているのに。

  だけは何も言わない。
 どうして?
 大切な人が連れて行かれるかもしれないのに。
 普通でいられるの?

普段と変わらなさ過ぎる にリプレは憤る。
憤慨するリプレの視線を感じ、 はリプレを手でジェスチャーした。
屈んで欲しい、と。

「もぅ……」
リプレは少し怒った顔で の指示通り屈む。

「ギブソンの短慮にはそれなりに怒っている。が、ここで喚いても仕方ない」
リプレの耳元に口を寄せ は囁く。

「僕が当事者じゃないからだ。近しい者ではあるが、最終的に本人ではない。だから従うしかないではないか? トウヤ達がギブソンの意見をどう捉えるのか」

の出す意見は概ね正しい。
今喋っている内容だって、尤もな意見だ。
けれどリプレは納得できない。

欲しいのは の御託では、理屈ではない。

「でもっ」
の本心が聞きたくて、ついついリプレは声を荒げてしまう。
身を乗り出しかけるリプレの肩を手で押さえ、 は続きを早口に喋った。

「口惜しいがこればかりは、本人が決める事。しかしトウヤ達が決めた後にどう動くか。僕はまだ決めていない」
語り終わった に放心するリプレ。

「それって……」

 自分が気に入らなかったらケチつけるって事でしょう?
 本人がどう言うかによっては。

考えてリプレは息を吐き出した。

「はいそうですか、と引いてやれるほど。僕は大人ではなかったらしい」
ニッコリ笑って付け加えれば、リプレに頬を抓まれる。
「無駄にドキドキさせないの! ただでさえ、皆があんなにピリピリしてるのに」
ギュッ。指先に力を込めれば、痛みに涙を浮かべた が必死に手を横に振っていた。

「……集団のブレイン、つまり頭脳は常に冷静でなければ為らないのだ」
リプレに抓まれた頬が痛い。
開放された己の頬を擦って がしたり顔で言う。
「何気取ってるの!」
が、これは余計な一言だったらしく。
リプレにもう片方の頬を抓まれてしまった だった。

口先を尖らせる と幾分すっきりした様子のリプレ。
二人の前では議論に明け暮れるメンバー達。
部屋に篭ってしまったトウヤ達はまだ出てこない。

 本人不在の話し合いなど無駄だ。
 どうせお人好しのあの二人の事。
 出す答えは一つしかあるまい。
 らしいと言えば、らしい答をな。

が暫くぼんやりしていると、遅まきながら広間へやってくる主役達。
決心を固めた顔でギブソンへ言った「俺達はギブソンと行くよ」と。
次の瞬間どよめく広間。
「もう決めたんだ」
困った顔で笑うトウヤとハヤトに、誰も、ミモザさえも何も言えなかった。




翌日。

「なんだよ〜、 の奴! 生水には気をつけろだとか、ちゃんと礼儀正しくとか。子供が夏休みにお祖母ちゃん家へ行くんじゃないんだぞ!!」
抜けるような青空へ拳を振り上げ、ハヤトが盛大に拗ねる。

「確かに……清々しさ全開で見送られちゃったもんねぇ……」
てっきり止めるかと思った が。
意表をついてにこやかに見送ってくれた。
驚いた。
驚愕した。
カシスも朝の光景を思い出しながらしみじみ呟く。

「はははは……」
トウヤとしても、ハヤトにかけるフォローの言葉がない。
笑って誤魔化している。
「……」
一人、クラレットだけが暗い表情で俯き加減に歩く。

最初にギブソンと接触した地点。
ギブソンを含めた五人はサイジェント街外れにまでやって来た。
そこでハヤト達は、蒼の派閥の議長に出会う。
「ほう、君達がギブソンの言っていた……」
名を、グラムスという壮年の男性。

鋭い雰囲気と隙のない立ち姿。漂う威厳は本物。
トウヤとハヤトは背筋を伸ばし。
クラレットとカシスは口を結ぶ。

「はい、グラムス議長」
五人を代表してギブソンが口を開く。
グラムスは数十秒、四人の子供を観察していた。

「ところでギブソン、ミモザはどうした?」
四人へ目を向けながらギブソンへグラムスが問う。

「ミモザは」
一瞬ギブソンは言い淀む。

あの後ミモザはギブソンに猛反発し、派閥の決定にも憤慨し。
派閥を抜けると宣言した。

ああ見えてかなーり頑固な同僚・ミモザ。
口下手ギブソンが一晩で彼女を説得できる筈もなく。
袂を別ってしまった。

顔色は変わっていない。
でも困っている。
ギブソンの体から出る空気に、カシスとハヤトがニヤニヤ笑い。
トウヤに無言で窘められた。

「ミモザは蒼の派閥の受け入れ準備を……残ってしています」
必死に考えた言い訳がコレ。

震えるハヤトとカシス。
トウヤは緊張感のない二人に匙を投げた。
『為るようになるさタイプ』の二人に何を言っても無駄だと。

「そうか。ならばミモザは残るのだな」
四人から目を離しグラムスがギブソンを見る。

「はい」
ぎこちなく、だがギブソンは頷く。

これで会話は途切れ、四人を取り囲むように一行は歩き出す。
途中ギブソンは思いつめた顔で四人に謝ったりして。
ギブソンなりに理性と本音の間で激しく感情が動いているようだ。

「あっ……」
ここで漸くクラレットが声を発した。

「どうしたの? お姉様」
呆然とする姉にカシスが驚いて近づく。

「わたし達も確かに身柄を確保されるに足りる存在です。でも……ギブソンから見たら、 だって十分に身柄確保の対象になるんじゃないかって。今気がついて」

朝から感じていた違和感の正体。
クラレットが小さな声で指摘する。

「「「あっ」」」
クラレットに言われて始めて気づく。
三人は声を揃えて短く叫んだ。




Created by DreamEditor
 この話はゲームでプレイしていてもじ〜んときますよね? ブラウザバックプリーズ