『異界の迷子1』



リプレからその話題を聞いた瞬間。
「分かった。僕が代金を用立てる」

有無を言わせぬ口調で は宣言し、驚いた顔のローカスと笑顔のクラレット。
悟った表情のトウヤ&エドスを引連れて早々に出掛けていった。

出向く先はサイジェント郊外。
荒野を抜け召喚獣鉄道線路に程近いマリルの岩棚である。
鉄道線路の近くの街道。
岩陰に隠れ周囲を窺う

「おい、なんで俺が……」
何故ココへ連れてこられたのかさっぱり分らない。
ローカスは へ問いかけようとして、クラレットの無言の笑顔圧力に曝され撃沈。
クラレットの黒い微笑みに少々怯えて二三歩後ずさる。

「すまんな、ローカス。近々サイジェントの街にサーカスがやってくるんだ。うちのチビ共に見せてやりたくてな」
エドスが心底申し訳なさそうな顔をしてローカスへ謝った。
ローカスは眉間に皺を寄せて考え込む。

やがて会得したのか に倣って岩陰へ身を隠す。

「偽善気取りか?」
小声で の耳元へ毒を放つ。

「違う。幼い頃の様々な経験は大人になった時役に立つから、だ。それからフィズ・ラミ・アルバは僕の友達だ。友達に楽しんでもらいたいと思うのは罪か?」

顔は真正面を向いたまま はローカスへ応じる。
真摯な の返事にローカスは暫し瞠目した。

はさ。一回友達とか仲間と認めた人にはとことん甘いよ。損得で動くのはこういう時だけ。落差に驚くかもしれないけど、どっちの だから」
比較的穏健なトウヤのフォローに、ローカスは黙ってため息をつく。

「宿の恩は返す。そこまで俺は恩知らずじゃないからな」
ローカスは、ため息の後に言い訳を口早に言い切った。


フラットに世話になって早二週間。
傷が癒えても、ローカスは大手を振って外を歩くことは出来ない。
全ての責任がローカスにある訳ではないが、ローカスの言葉に誘われて暴動を起こした
街の人々の大半が騎士団によって囚われた。

囚われた彼等の行く先は強制労働である。
原因となったローカスが堂々と昼間のサイジェントを歩くだろうか? 答えは否だ。

元々人懐こいフラットのメンバーに引き止められるうちに、なんだかんだ言ってフラット色に染まりつつあるローカスであったりする。

「スウォンも狩りの合間に手伝うと言ってくれた。今日はフラットでフィズ達の相手をしてくれるそうだ。スウォンの奏でるハルモニウムは心地よい」
ローカスの言い訳を言及することなく は話題を変える。

行動力がある だ。
何もかもが抜かりない。
の手配にクラレットが笑みを深くする。

「わたしもサイジェントに来て始めて聴きましたけど。ハルモニウムの音は温かい感じがしますね」
クラレットの言葉にエドスの相好が崩れる。

足げくフラットにやって来ては子供達と遊ぶスウォン。
素朴な狩人の生活を送るスウォンらしいハルモニウムの優しい音色。
温かく耳障りの良い音色はフラットの全員が気に入っていた。

「ああ。疲れがとれる音色だな」
仕事が休みの時に聴くスウォンのハルモニウム。
脳内にメロディーを呼び起こしながらエドスが何度も首を縦に振る。

「そうだね、あの音色は疲れが取れるよ」
トウヤも穏やかにエドスに同意した。


戦闘訓練やリィンバウムの文字・歴史の学習。
クラレット達から教わる召喚術。
逆にクラレットとカシスに地球の知識を教えたり。

フラットの手伝いや、食料調達の釣りetc。

トウヤ自身も充実した日々を送っている。
決して暇な身分ではないのだ。
だからハヤトとジンガには釣りの仕事を頼んできた、しっかり者のトウヤである。

「ふむ。そろそろ獲物が来たようだぞ? 各自、戦闘準備!」

人の通りの少ない寂しい街道。
マリルの岩棚上に人影を発見。
は内心ほくそ笑む。

の指示に従って各々が武器を抜き放ち息を潜める。
この日、マリルの岩棚には野太い絶叫が朗々と響き渡った、らしい。



ソワソワと落ち着かないハヤトにアルバ。
比較的落ち着いて見えるけれど、興奮は隠せないフィズ。
クマのヌイグルミを抱き締めながら笑顔のラミ。
「……トウヤ・ジンガ、汝らはくれぐれもハメを外さぬようにな?」
ハヤトへの忠告を諦め、 は身支度を整えるトウヤとジンガに囁いた。
「ああ、分かった」
はしゃぐハヤトの笑顔に微苦笑してトウヤが へ答える。
「任せとけって」
自分の胸をトンと叩いてジンガがニヤリと笑う。
「でもいいの?  だって……」
が行かない事を、最後まで気に病んでいるリプレが表情を曇らせた。

「ボ○ショイサーカスなら死ぬほど見てきた。機会は十二分にあるだろう? ならばこの季節に無理していく必要はない」

 気にしないで欲しい。

の暗に含ませた気持ちを受け止めながらも、リプレは口元に手を当てて眉根を寄せる。

「どんなサーカスだったか、ちゃーんと見てくるからなっ!
妙に気合の入ったアルバが握り拳を固めて喋る。
「楽しんでくるから、お土産話期待してね!」
髪を束ねるリボンの位置を直しながら次はフィズが。

「うむ。行きは大丈夫だろうが、帰りの夜道はくれぐれも気をつけるんだぞ?」
これでは誰が保護者か分らない。
尊大な態度で注意を促す に、フィズ・ラミ・アルバは慣れた顔で笑い、首を縦に振る。

「行ってらっしゃい」
リプレの笑顔と の仏頂面に見送られ、サーカス見物組はフラットを後にした。

そして舞い込む諍いの火種。
サーカス見物中に怪我をしたハヤト。
怪我自体は大袈裟なものではないが、怪我の原因に問題があるらしい。

ジンガから一通り話を聞いた は己の手のひらを見下ろした。

ハヤトの頭のたんこぶを見て爆笑中のカシス。
宥めるトウヤの言葉はカシスに届いておらず、カシスの目には涙が溜まっている。

「さ、最高! ハヤトって……ハヤトって……」
テーブルをドンドン叩きカシスは息も絶え絶えだ。
「いけません、カシス。いくら可笑しいからといって、人を指で指してはいけないと教わったでしょう?」
カシスを落ち着かせる気があるのかないのか。
まったく不明なクラレットの注意。

笑いすぎてしゃっくりが出てしまったカシスの背をトントンと叩く。

「痛いようなら……ストラするかい? ハヤトのアニキ」
ジンガは同情たっぷりの視線をハヤトへ送り、両手を頭にかざす仕草をした。
「痛みよりも何よりもさ、あの子が気になるよ」
柄にもなく真剣な顔でハヤトがトウヤを見上げる。
ハヤトの背後に立っていたトウヤは表情を曇らせた。

「ハヤトのタンコブの原因。サーカスで働く召喚獣のモナティーっていう女の子なんだけど。自分の立場とか、色々。分ってるような、分っていないような?
そんな感じだった。ちょっと……不器用みたいでね。でもとても一生懸命だったよ」

ハヤトに謝る団長の隣で小さくなっていたモナティー。
彼女の姿を思い出し、トウヤはハヤトの言葉を具体的に訳して皆へ説明した。

「モナティーを召喚したのはサーカスのどなたかですか? 無理に彼女を使っているならば感心しません。送還してあげるべきです。
もし彼女にリィンバウムに留まる理由があるならば、事情は違ってきますけど」

クラレットがカシスの背中をトントン叩きながらトウヤへ問う。

「違う。別の人に召喚されたんだって、モナティーは言ってた。もう一匹、ガウムという召喚獣とセットでこちらに召喚されたんだけど。主が死んでしまって帰る術を失ったらしい。
そこをサーカス団に拾われたみたいだ。団長さんも拾ったみたいな表現をしていたから」

トウヤは無邪気に微笑み身の上話をしたモナティーの言葉を纏めて伝える。
ここで漸く笑いを引き込めたカシスが深呼吸を繰り返した。

「つまり、モナティーって子は自分が『はぐれ』なのは分ってるんだよね? でも肝心な部分が分ってない。
モナティーは自由よ、色々な意味で。本人がその事実を知っているか、知らないかは別として。召喚獣を拾って勝手に使うなんて、いい趣味ね。団長さんって」

公平に発言し、未だ見ぬモナティーなる召喚獣の肩を持つカシス。

しかし後日。
モナティーのとてつもなくかっ飛んだ行動に、カシスが前言を撤回したのは有名な逸話である。

「こればかりは明日、実際にサーカスの団長を訪ねてみるしかあるまい。 団長がどう考えているかにもよるであろう?」
盛り上がりそうな議論に が水を差す。

モナティーとガウム。

この二人を心配していたフィズ達の様子からして。
どの道明日もう一度サーカスへ足を運ばねばならないだろう。

静かに結論を下し、誰の了承も取らないくせにソレは決定事項。

は一人納得顔で広間にいる者、全員の顔を見渡して悠々と広間から去っていってしまった。



Created by DreamEditor
 いよいよ次はモナティー登場♪ モナ・ガウコンビは大好き。早くエルカのツッコミが欲しい(笑)ブラウザバックプリーズ