『本当の敵1』




エルゴの加護を受けたトウヤ・ハヤト。
城で沈黙を守るバノッサにリターンマッチだ。

「うむ。僕がした約束が守られるのは良い事だな」
は満足げに一人頷く。

城門前では騎士組(レイド・ラムダ・イリアス・サイサリス)やら。
血の気の多い組(ジンガ・エルカ・ローカス・カザミネ)が奮闘中。
心配するハヤトとトウヤ、カシスにセシルが加わって賑やかに戦闘中である。

「はいですのぉ〜v」
後方支援と銘打った厄介払い。
戦闘力に乏しいモナティーが、最後尾に下がっていて。
の隣をちゃっかりキープ。
呑気に返事を返す。

「……」
珍しく最後尾に下がっているクラレット。
この世の終わりのような顔をして、ぼんやり戦闘を見守っていた。

「時間は捲き戻らぬ。どのように汝が結論を下すか分らぬが、悔い無きようにな」
俯くクラレットに が言葉をかける。
クラレットは弱々しい笑顔を顔に浮かべた。

「でも……許されることではないんです。わたしとカシスが行った事は。外を知らなかった、皆を知らなかった。そんな簡単な理由で許されるほど……単純でもないんです」
蚊の鳴く様な小さな声。
クラレットが自嘲気味に言い返し、下唇を噛み締める。

「だろうな? だが許す、許さないはトウヤとハヤトが決める事。クラレットが勝手に判断できるモノでもないだろう? キールも汝等を案じておったぞ」
は城門前に到着する前からキールの気配を追っていた。
しかし、キールが姿を見せる様子はなく。
静寂と悪意だけが城を包み込む。

 キールはあくまで静観か?
 キールを筆頭とする兄妹を握る糸の繰り手に遠慮か。
 黒装束の連中は間違いなく、兄妹の戒めが送り込んだ手の者。
 バノッサも取り込み、成し得ようとする望みは何だ?
 どうせ碌な望みではないだろうがな。

城の気配にはカイナ・エルジン・エスガルドも反応して顔を顰めていた。

「キールお兄様が!?」
クラレットが顔を へ向け目を丸くする。

父親の配下として動く実の兄。
今回の儀式についても監視についても何も。
二人の身を案じる発言は一つも貰えなかった。
絶望に満ちた空虚な雰囲気だけしか、クラレットは知らない。

「そんな……お兄様が……」
必要最低限しか語る術を持たない兄と己。

カシスとだって、フラットに、サイジェントに来なければ関係は同じ。
ただただ道具としてしか存在できなかった、お互いに。
俄かには信じられずクラレットは呆然と呟く。

 お兄様が、わたしとカシスを心配していた?
 そんなの嘘よ……わたし達が持っていた絆なんて何一つない。

 あるのは優秀な子供としてお父様の役に立てるか、どうか。
 わたし達は兄妹でありながらライバルだった。

鬱蒼と生い茂る木々。
召喚儀式の繰り返しで変形した森の気配。

暗闇。

光一筋差し込まぬあの不気味な屋敷での日々。
ライバル(兄妹)達を蹴倒す毎日。
これ迄の自分の生活を省みてクラレットは瞳を翳らせた。

「あの時。異界に呼ばれた時に僕はキールの声も聞いていた」
悪魔兵の一人がなぎ倒されて、味方から気合の入った声が飛び交う。
戦いを眺めながら はクラレットに喋り始めた。

「助けて、と。クラレットとカシスが叫ぶ声に混じって、妹達を誰か助けてくれと。叫ぶキールの悲鳴が聞えた」

クラレットが息を呑む。
今となっては滑稽だったが、あの時は儀式の成功を収めなければと考えていた。
当然自分達に拒否権はないとも。
なのに間際になって悲鳴をあげる本音は隠しきれず。
儀式は失敗した。

あの時。
遠く離れた場所に居た筈の兄が、自分達を想って悲鳴をあげていたなんて。
クラレットには信じがたい。

「クラレット達がエルゴに呼ばれている間。キールに会って確かめたが、あれは矢張りキールの悲鳴だったぞ。兄妹揃って不器用だな、汝等は」
緩やかに笑う の目先には、必死で戦うトウヤとハヤトの姿。
「キールならば答えてくれると考え、汝等が行った儀式について問うてみたが。見事に逃げられてしまった。当人が話していないのなら、自分は話せないと」
残念そうな表現を使っていても、語る口調は愉快そうで。
のアンバランスな語りにクラレットは反応できなかった。

「僕が感じるような兄妹の絆ではない何か。それで結ばれた汝等には、フラットは眩しく明るく温かすぎるのだな?
だが温もりを求めたいと願って何が悪い? 自由になりたいと願って何が罪だ? 人が持つ本能であろう?」
の指摘にクラレットはギュッと目を瞑る。

クラレットとカシスは巧妙に隠していた。
実際半分はフラットに馴染みながら、もう半分はどうしてもフラットと相容れなくて。
妬ましいと羨む浅ましい気持ちとクラレットは戦ってきた。

今でも。

自分達が過ごしてきた恐ろしい場所が嘘のように感じる、暖かな優しい場所と。
本来の自分はとても汚く狡猾なのだと言い聞かせて。

「聞きたくありません」
の励ましの言葉も今のクラレットには恐怖だ。
恐ろしい凶器だ。
己の手で両耳を塞ぐクラレットに は微苦笑する。

「僕が紡ぐ言葉を聞かぬとも、もうクラレットは知ってしまった。人が持つ本来の温もりを。目を背け続けられるのか? その小さな決心だけで」
一際高い歓声が巻き起こりチームフラットが勝利した。

両手を握り締めてクラレットと の会話を見守っていた(実際殆ど理解していない)モナティーが目を輝かせる。

「やりましたの! 皆さん、勝ちましたの」
その場で何度も飛び上がって喜ぶモナティーの姿に、クラレットは表情を引き締める。

「そんなの分ってます……でも、わたしは」
城へ飛び込む騎士組を先頭に、バノッサが待ち構える城内へ雪崩れ込んでいくトウヤ達。
目だけで追ってクラレットは言い募る。

「責めているのではない。後悔をして欲しくないだけだ、異界の友として」

カシスも社交性に隠されていて分りずらいが、頑固だ。
クラレットもキールも。
相当の頑固者である。

はため息混じりに言い捨てて、一人歩き出した。

「ま、待ってください〜、ますたー」
無邪気に喜んでいたモナティーが慌てて を追いかける。
「モナティーはどう思う?」
人の気配が希薄な城の中。
廊下を歩き が隣のモナティーに声をかけた。
「はえ?」
華美な装飾が施されているのは、金の派閥の趣味か。
元々の城主の趣味か。
金や宝石、鉱石に彩られた天井を見上げていたモナティーは間抜けな相槌を打つ。

「人それぞれに運命は決められていて、逆らえないモノだと思うか?」
の漆黒の瞳がモナティーを捉える。

大好きなマスターの質問に、モナティー必死に考え始めた。
難しいことはあまり考えない。
基本的にリィンバウムは嫌いでもない。
売り飛ばされそうになった所を、助けてもらって家族にしてもらって。
毎日が楽しいから深く考えたことなどなかった。
運命、なんて大それたモノについては。

「うにゅぅ」
シンとした廊下を歩きながらモナティーは息を零す。

ミモザやギブソンのように、難しい言葉を使って答えられなくても。
モナティーの気持ちは に理解してもらいたいと思った。
気持ちが伝わるコトが、どれだけ大切かをモナティーは学んだから。

「モナティー、こちらの世界に呼ばれてから。実は深く考えたことはありません」
モナティーは深呼吸して第一声を放つ。

「運命とか、宿命とか。難しいことは、きちんと分ってませんの」
メイトルパのレビット。
調停者と呼ばれる一族だが、根はおっとりまったり。
争いごとを好まない種族。
モナティーも例に漏れず平和主義者の楽観主義者だった。

「でも、モナティーは思います。
モナティーが前のご主人様に呼ばれてこの世界に来て。
はぐれてしまって、サーカスの団長さんに拾われて。
ガウムと一緒にますたーに助けられました。
全部決められた事だったとしても、モナティーは自分で選びましたの」

サーカス団で働くことも、 に着いていくことも。
モナティーなりに悩んで考えて決めた事。
運命だったと言われても、実際はモナティーが選んだのだ。

「えーっと、ですから。モナティーは運命なのかそうなのか、分りませんけれど。うにゅ? ですから、ですからぁ……」

段々自分でも何を言いたかったのか、あやふやになってしまったようだ。
目を泳がせ一生懸命に言葉を捜すモナティー。
は小さく笑ってモナティーの肩を叩く。

「有難う。参考になった」

流されていく定めでも、濁流に完全に呑まれてしまっているわけではない。
僅かな、見落としそうな隙間でも選ぶ余地は残っている。

誰にでも等しく。
見逃すか、見逃さないかが正に当人次第となるのだが。

 流されるは楽だ。
 しかし逆らう気持ちも皆無ではあるまい。
 これ以上、我であっても干渉できぬな。

クラレットの拒絶を思い出し、 は傍観者に徹しなければならないと。
己の立ち位置を自己認識させる。

「本当ですの!? 参考になりましたのっ?」
の言葉にモナティーがやたらと嬉しそうな奇声を上げた。



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 戦ってる人を他所に主人公はマイペース(笑)ブラウザバックプリーズ