『エルゴの呼び声2』




そろそろ、油を売っているわけにもいかなくなってきた。

気まずいが、ガキは一命を取りとめ連中は行方不明。
今はこのガキに関わっていられない。

バノッサは正当な居場所を確保すべく城へ向け身を翻す。

「らしく、ないな」
背を向けたバノッサに が言葉を投げつけた。
バノッサが動きを止める。

「僕の知っているバノッサは、もう少し誇り高かった。胡散臭い連中に頭を下げてまで力を手にするような阿呆でもない」
!?」
キールは の名を呼び、 が吐く暴言一歩手前の言葉を押しとどめようとする。

この二人しか居ない状態でバノッサと戦い合えば、死ぬのはこちらだ。
下手にバノッサを刺激してはいけない。
を抱き締める腕に力を込めて、キールは牽制する。

「スラムに暮らし、スラムの流儀を知っているバノッサが。ノコノコ美味しい話に手を出すなんてあり得ない。
美味しい話には裏がある。利用されて死んでいったスラム連中と自分は違うとでも? まさかそう思っている訳でもあるまい」

スラムに暮らす人々の暮らしは質素だ。
だからこそあり得ない夢を見て利用されて捨てられる人々も少なくない。

共に苦楽を乗り越えたフラットでの経験は、 にとってプラスとなっている。

嘲笑や軽蔑の気持ちは一切無い。
純粋に、バノッサへ力を授けた黒装束集団の胡散臭さと汚さだけを。
はバノッサへ伝える。

「うるせぇよ」
バノッサは短く応じて、足早に城へ入っていく。

今度は もバノッサへ言葉をかけずに黙って見送った。

キールは一人緊張に胸を高鳴らせてバノッサが去って行く様を見送る。
完全にバノッサが城へ消えてから、キールは肩の力を抜いた。

「心臓に……悪い……」
項垂れるキールに は何度か瞬きをする。
「あれで攻撃してくるほどバノッサは愚かではない。まぁ、初対面に近いキールにそれを理解(わ)かれというのは酷だがな」
悠々と応える に、キールは力なく笑い。
大きく息を吐き出した。
「取りあえず場所を変えよう。こんな所に何時までも居たら、攻撃されるからね」
を抱っこしたのはそのままで。
キールは城門前から移動する。

騒然としていた街も静まり返り、高級住宅街も通ったが人気はない。

「静かだな」
周囲を見回して がキールへ話しかける。
「兵士達が非難させたんだろう? 城が乗っ取られたんだ。街にとっては非常事態さ」
想像ではなく断定系のキールの喋り口。
城の前にまでしか行っていないのに、そうなっているのが当然のような物言いだ。

 油断しているのか、我を信用してくれているのか?
 若しくは確定された宿世を変えられぬと考えているのか。
 どちらにせよ、不思議な者よ。

キールの歩く動きに合わせて の身体も揺れる。

「それより……」
「クラレットとカシスは妹だ。認めるなら事情を説明する」
さり気なさを装って妹達の行方を探ろうと、口を開けば がキールの言葉を遮った。

片眉を持ち上げてキールの次の言葉を待つ と。
言葉に詰まって咳払いをするキール。

フラットへの道を辿りながら目線だけで静かな攻防戦を繰り広げる。
折れたのがキールで から視線を逸らし目を伏せた。

「妹……だよ」
小さな声の肯定。

は勝ち誇った笑みを浮かべ力いっぱいキールへしがみつく。
ややバランスを崩したキールがよろけるが、持ち直して歩く。

「トウヤ達はリィンバウムの高位の存在に呼ばれた。場所までは分らぬが、今はその存在と接触しているだろう」
の説明にキールは動く足を止める。

「は……?」
間抜けな相槌を打って立ち止まったキールの頬を は両手で潰す。

整った顔立ちなのに崩れた顔になるキール。
はキールの顔を見て笑った。

「残念ながら、それ以上は分らない。僕はこの世界の神との接触を避けてきたからな。世界の至高の存在とも言えるが、心当たりはないか?」

相互不干渉を決めたクラレットとカシスには聞けず。

己の出自を疑うミモザとギブソンにも尋ねられず。
やっとリィンバウムのあの輝きの正体を知るコトが出来る。
ウキウキしながら問いかける にキールが面食らった。

 相手を知らないで妹達を託さないで欲しいよ……。

眩暈を起こしかけるが両手が塞がっているので、キール、根性で踏み止まる。
両足を踏ん張って立ちキールは項垂れた。

「どうした? キール?」
つむじ近くのキールの髪をつんつん引っ張って、 はキールの注意を引く。

「なんでもない。 が指摘した存在といえば……エルゴ、かな」
リィンバウムを護っていた存在なら、エルゴの王か、世界の意思・エルゴそのものか。
言いかけてキールは絶句した。

「ふむ、えるごか」
パニックを起こすキールを放置。

は青空を見上げ、フィズに読み聞かせてもらったエルゴの王の絵本を思い出す。
異界の侵略を受けていた時に侵略者達を退け、他の世界の召喚獣達と心を通わせた伝説の王。
四界のエルゴの意思を繋ぎ、世界を護った英雄。

 となると、トウヤとハヤトに憑依(つ)いておったのは?
 むぅ、可能性が低いとは言い切れぬな。
 だが確証がない。
 キールは何か知っておるだろうか?

は放心するキールの顔を見詰め口先を尖らせる。
地球人が無駄に誘拐紛いの召喚をされる原因が、やっと にも見えてきた。

「キール!! キール!! 戻って来い」
ペチペチとキールの頬を叩き。
それでもキールが戻って来ないので、名も無き世界からハリセンを召喚。
キールの『抱っこ』から抜け出して、彼の後頭部を容赦なく叩く。

 ばっちこーん。

小気味の良い音と共にキールが前のめりに倒れた。

「戻ってこぬか! 仕置きするぞ」
「お仕置きしてから言うのは卑怯だ」
ハリセン片手に踏ん反り返る に、後頭部を押さえ呻きキールが言い返す。

「つい手が滑った。男が細かい事を気にするでない」
しれっと が返事を返せば、キールは涙の滲む目尻を指で押さえた。
「で? 僕は戻ってきたけど?」
クラレットの兄だけあって立ち直りは早い。
己の腰に手を当ててキールは小柄な を見下ろす。

キールは長身なので文字通り見下ろす格好だ。

「一体クラレットとカシスは何をしでかしたのだ? 間違いで名も無き世界の僕らを呼び出す程度の、呑気な儀式ではなかったのだろう?」

見習い召喚師が必死になってトウヤとハヤトに近づく。
幾ら儀式の生き残りだからといって尋常ではない。
事故なのだから、惚けて逃げてしまうことも可能だ。

それをしないのは、しなかったのは『出来なかった』から。

「それはっ」
白いマントの胸元部分をきつく握り締め、キールは言いかけ口を閉ざす。

「召喚失敗に伴う大量の死体。監視をしなければならなかったクラレットとカシスの立場。トウヤとハヤトが見につけた分不相応な力。そして何より」
一旦言葉を切って は寂しそうに笑う。
「キールの悲鳴」
背伸びをし、マントを握り締めるキールの手へ は自分の手を重ねた。
「僕の、悲鳴?」
戸惑うキールに は一度だけ瞬きをする。

「僕にも聴こえていた。クラレットとカシスの助けを求める切羽詰った声が。二人の悲鳴はトウヤもハヤトも聞いていたようだ。
もう一つの声を僕は聴いた……キール、汝が妹達を救いたいと願う悲鳴が。己の無力さを嘆く悲鳴が」

地球の結界の綻びを調査していて見かけたトウヤとハヤト。

幼い姿を利用して近づき、彼等が召喚される際に己も異界へ飛び込んだ。
あの時聴いた声は確かにキールのもので。
彼は悲鳴をあげていた。

「何に怯え、苦しみ、悩み、悶える? 一人で耐える? 孤高を貫くのは高尚だが、状況が状況だけに尊敬できぬぞ」

絶望の淵に沈むキールの音へ果たして己の言葉が届くか。
否、届かせてみせる。
が咎める視線を送ればキールは口元を歪めた。

「……まだ……僕の口から全てを話すことは出来ない。訊きたいなら……当事者である妹達から訊いてくれ。兄としてそれだけは護らせて欲しい」

自分の手に重なった の手を、もう片方の手で握り締め。
キールは苦しみながら、それでも毅然とした口調で言い切る。

黙って肩を竦める にキールは の手を離し「見送りはここまでにするよ」と言った。


フラットに帰るとリプレが動揺していて、 は宥めるのに骨を折る。
そんな にとって幸いだったのは、夕方になって彼等が無事帰ってきた事だった。



Created by DreamEditor
 バノッサさんは格好よいのよって話と、キールさんと漫才が出来るのよ。って話。ブラウザバックプリーズ