『エルゴの呼び声1』




トウヤ達をリィンバウムの高位の存在へ託し、 は城門前でバノッサと対峙する。

 流石にこの姿でアレを行ったのは、間違いだったか。

一人、苦々しく笑い は膝を地へ付けた。

バノッサの一撃を受け止めた手のひらから零れ出る血。
止めようにも身体を荒れ狂う魔力の暴走を内側へ押さえ込むので精一杯。
放出しようものなら街ごとドカン、だ。

 我を張るのも大概にせぬと、ここでは命取りにもなるとはな。
 異な体験ばかり出来る所よ。
 飽きぬと言えば、飽きぬが。

 さて……バノッサはどう出る?

眩しい白い光と が発した蒼い光。
重なって邪魔な存在だった奴等が消える。
呆然と見詰めていたバノッサは我を取り戻し、改めて一人残った馬鹿を見た。

「……」
バノッサの目が僅かに見開かれた。

土気色の顔。
紫になった唇が震える。
は小刻みに身体を痙攣させ、地面に膝を付いた格好で動く気配が無い。

 こいつ……。一体どうしたっていうんだ?

バノッサは声に出さず思わず思った。

自分に力を与えた連中は城の中の雑魚を片付けに行っている。

それに、バノッサ自身、気持ちが現実に追いつかない状況下で。
彼等と一緒には居たくなかった。

自分一人と傷ついたガキが一人。

静かになった城門前で二人きり。

バノッサは極力音を立てず へと近づく。

何故近づくのか? トドメを刺したいのか、他の理由があるからなのか。
バノッサ自身には己の本心がこれっぽっちも掴めない。
ただ分るのは、無性にこの小さな子供へ近づいてみたいという自分の欲求だけである。

「駄目だ……バノッサ」
酷く掠れた声で がバノッサの動きを牽制した。

これ以上近づかれると何かの拍子に自分の魔力が暴発し、バノッサを傷つけるかもしれない。
はそれだけが怖かった。

「うるせぇよ、黙ってろ」
歩みを止めずバノッサが横柄に言い切る。
「僕の……魔力が……傷つける」
震えが止まらない身体を叱咤しつつ、 は懸命に口を動かす。

バノッサの手にしている魅魔の宝玉の波動が の持つ魔力を刺激する。
例えバノッサに剣を突きつけられ、殺すと脅されても は一向に怖くない。
怖いのは。

 どいつもこいつも!!
 我が危険だと申せば危険なのだ!!!
 自ら危険に飛び込む物好きばかりが跋扈(ばっこ)するのは何故なのだ?

の視界にもバノッサの靴先が見え、次に感じるのはこちらへ向かって伸びるバノッサの白い指先。

「触る……なっ」
声を張りあげる が流石に今回ばかりは駄目かと諦めかける瞬間。
バノッサの指先が動きを止めた。

「止めた方が良い。この子の身体に溜まった魔力が、君の持つ宝玉と反応して反発を起こす。死んでしまうよ?」
バノッサの指先を止めるように短剣を との間に差し込む。
男は落ち着いた調子でバノッサに説明した。

見知らぬ男の乱入で、バノッサの顔に不機嫌な感情が溢れ出る。

「なんだ、手前ぇ」
へ手を差し出した格好のまま、顔だけを男へ向けバノッサが威圧する。

「僕はキール。見習い召喚師さ」
いつぞや、フラットの様子を監視していた男。
クラレットとカシスの血縁らしい男で、 がナンパしてみた人物でもある。

始めて自分から名前を立場を示し、男は、キールは震える へと自分が手を伸ばした。

「つっ……」
キールの指先が に触れると激しい火花が飛び散る。

激しい痛みにキールが顔を顰め呻き、 は拒絶するように身体を縮込ませた。
眉間に皺を寄せながらキールは嫌がる を無理矢理抱きとめ、触れ合う部分から溢れる火花にくぐもった悲鳴を漏らす。

全身を走る己の魔力の逆流より何より、自分が傷つけている相手の痛みに気持ちが傾いて。
も声なき悲鳴を発し身体を仰け反らせた。

「……僕でさえこの有様だ。威力の強い君の宝玉なら……もっと反発があったんだよ」
ぐったりした を抱きかかえ、自分には聖母プラーマを召喚して傷を癒し。
キールは驚いて固まるバノッサへもう一度説明した。

「だからこの子は、君に近づいて欲しくなかったんだ」
付け加えるキールに抱っこされたまま、 は不安そうな顔でバノッサを見詰める。
自分の怪我云々より心底バノッサを案じる目つきで。

「そうかよ」
素っ気無くキールへ言葉を返し、バノッサは顔を逸らす。
の顔が不思議とカノンに重なって見えた。

らしくもなく、無性に が気になりだした己がいる。

 なんだってんだ……今は、そんなことより。

目障りな連中は取りあえず消えた。
望むものは手に入った。

これから、なのだ。

なのに納得できない自分をバノッサは持て余す。

「僕が魔力を飛ばしたからもう平気さ。と言っても、この子は魔力の反発に耐える為に、体力を使い果たしたみたいだけど」
の背中を軽く叩いてあやしながらキールがバノッサへ笑いかける。

この正体不明の見習い召喚師・キール。
バノッサは訝しく感じたが、相手から殺気は感じないのでこちらも攻撃はしない。

危うく魔力の反発でガキ共々怪我を負う所を止めてもらったのだ。
最低限の礼儀くらいバノッサだって心得ている。

「もう一度アレを呼べるか?」
自分がさっき傷つけた の手のひら。
掴み上げバノッサが真顔でキールに尋ねる。

宝玉は悪魔を呼ぶことは出来ても、天使や女神は呼び出せない。
血は止まっているが、開いた傷口は見ていて痛々しい。
キールはバノッサの申し出に一瞬驚き、目を丸くしたが直ぐに表情を元に戻した。

「構わないよ」
もう一度紫色のサモナイト石へ手を当て、キールが聖母プラーマを召喚する。

今度は を癒し殊更に慈愛に満ちた眼差しをバノッサとキールへ向け、聖母は姿を消す。

「僕達の行為を喜んでいたみたいだ」
初めて見るプラーマの満面の笑顔。
ちょっと驚いたキールは、プラーマの消えた空を眺めなんとはなしにバノッサに言う。

「そう見えるな」
バノッサもなんとなく。
つられる様にキールの呟きに同意。

その間も の手首を掴んだままだ。

身じろぎする に気がつきバノッサは手首から手を離し、本当に何故だか分らないけど。
の髪型を乱暴に乱した。

いや、きっとそれは。
バノッサなりの照れ隠しで、バノッサ自身も薄々は感づいている。
素直に認めたくないだけで。

「有難う、バノッサ、キール」
土気色から血色を良くした が、掠れた声で二人へ感謝の気持ちを伝えた。
キールは口元を緩めて僅かに微笑み、バノッサは憮然とした顔になる。

「どういたしまして」
優雅に に応じて見せるのがキールで。

「成り行きだ」
渋々言い捨てるのがバノッサ。

二人の似ていない、だけどとても似ている返事に は小さく笑った。

今この瞬間感じる二人の音は澄み切っていて綺麗で心地よくて。
の身体を優しく包み込む。

 恐らくはこれが本来の二人の音。
 不器用だけど素朴で優しく温かく力強い、柱のような。
 我が兄上に似ているかもしれん。

キールの肩口に額を預け は表情を緩めた。

「成り行きでも僕を助けてくれた。矢張りバノッサは優しく、どうしようもないお人好しなのだな」
囁く口調で告げた にバノッサは赤面。
キールは の発言が面白かったらしく、噴き出す。

だけが不思議そうに、赤面するバノッサと噴き出したキールへ目線を送った。

「お、お……お、俺がなんでお人好しなんだっ!」
首まで真っ赤にしてバノッサが怒鳴る。

「? 僕を助けてくれたからだ。本来ならば敵である僕を生かしておいて、バノッサに何の得がある? 助ける理由などバノッサには本来あるまい」

事実だけを指摘する の客観的な意見に、バノッサは口を噤む。

の言った通り常の自分なら に止めを刺していた筈だ。
絶対に。

これ以上喋っているといつもと違う自分が出てきてしまいそうで怖かった。
母がいて、彼女がまだ普通だった頃の幼い自分が。

逆にキールは のドライな思考に驚き、舌を巻く。

 クラレットも手紙に書いていたけれど、本当に凄い子だ。
 僕もそう思うよ。

物陰から様子を窺っていたキールの目の前で姿を消した妹達。
手助けをした に接触し、この子供から事情を聞こうとしていたのに。
何故かバノッサと共に馴染んでしまっているキールである。

 いけない。
 どうしてこの子と居ると、優しい気持ちになってくるんだろう。
 捨てた……捨てなければいけない、必要のない気持ちなのに。

一つ深呼吸してキールは解れてしまう気持ちを引き締めた。



Created by DreamEditor
 実は結構書きたかった話。邪魔な保護者ズ(フラット一行)はエルゴに引き取って貰いました(笑)ブラウザバックプリーズ