『炎情の剣1』




バノッサの馬鹿笑いにはいい加減うんざりだが、彼とて最初からあのような子供ではなかったに違いない。

揺らめく炎の向こう。
高らかに笑い続けるバノッサの肺活量に感動を覚えながら は隣のスタウトにこう言った。

「あの笑い声を出す肺活量、どうやったら鍛えられると思う?」
四方八方を炎に包まれ絶体絶命。
な、状況下、呑気に敵の肺活量について思案する風変わりな子供にスタウトは絶句する。

「しかも煙が充満し始めているのに……酸素を無駄遣いしおって」
口先を尖らせ話を続ける に再度唖然。
目を丸くするスタウトに は不敵に笑って見せた。

「どのような危機的状況でも、その状況を楽しめるのが一流の戦士の証だ。見た目ほど今は危機的状況でもないがな」
陽炎のように空気が歪む中、 は風上に立つバノッサを見据える。

堂々たる の態度と言動に、どうしてこんなオチになったんだっけなぁ、なんて。
スタウトは少しだけ遠い目をして現実逃避を試みたのだった。





床に正座させられレイドは目を白黒させる。

何故か己の自室に閉じ込められ、廊下側をジンガが見張り内側のドアをガゼルが見張り。
両脇にはトウヤとハヤトが。
背後にはエドスが居て真正面には が居る。

「どうしたんだ? 皆……」
全員が一様に険しい表情を湛える中、レイド本人だけが訳も分らずに正座。

数十秒前に部屋を覗いたアルバが室内の異常な空気に怯え、悲鳴をあげながら広間へ逃げて行った。

「どうした、じゃないだろう。レイド」
背後のエドスが呆れ返って思わず言う。
「ラムダとの関係をきっちり吐け。吐かぬなら強制的に喋らせる」
モナティー作の包帯ぐるぐる巻き。
ちょっぴりホラーな外見をしている が不機嫌な顔でレイドに迫った。

「穏便に」
「黙れトウヤ。これでも僕は最大限の譲歩をした。レイドの気持ちが落ち着くまでは、とも考えていた。だがどうだ?
相手は待ってはくれないのだぞ。忌々しいがイムランの存在はサイジェントに必要不可欠。あれを今失うのは街にとって痛い」

穏やかではない の口調を窘めようとして、トウヤ撃沈。

に手厳しく叱られ引き下がる。
トウヤを怯ませるだけの迫力が、今の にはあった。

「己一人で事を片付けようとするな。確かにレイドは大人だ。だがな? 時には仲間も頼って欲しい。フィズ達まで心配させて、後見人失格だ」

躊躇い無く斬り捨てるラムダの刃に似ている。
の憤りと心配が痛いほど伝わってくる。
レイドは疲れた顔で小さく笑う。

「隠していたつもりは無い。俺が騎士団に居た頃、先輩の騎士だったのがラムダだ」

個人の、自分自身の問題だと思っていたから説明しなかった。
出来ることなら巻き込みたくないのは今も変わりない。
ただ黙っていると が暴走しそうで、それはそれで危険でもある。

「以前。俺とラムダ先輩が騎士団に所属していた時だ。ローカスが起こしたような暴動があってな。
その時俺は騎士団を率いて護るべき領主を護らず、力無き市民の避難を優先させ……咎を受けた」

始めて聞くレイドの身の上話。
ガゼルとエドスが息を呑み、トウヤとハヤトがレイドの横顔をじーっと見詰める。

「それで辞めたのか? 騎士団を」

が話の先を喋らせるべく問いかける。
の質問にレイドは苦笑した。

「いや。実際は情けない話さ。俺はその時にラムダ先輩に庇われて、ラムダ先輩は目に怪我を負った。
挙句の果てに責任を取らされたのはラムダ先輩だった……勝手に動いたのは俺だったのに」
自嘲気味に呟くレイドの声は苦々しい。

「そして俺は憤りを感じ騎士団を去った。ラムダ先輩からも、騎士団からも、俺は逃げ出したんだ」
喋り終えたレイドは大きく息を吐き出し、立ち上がる。

「だが逃げていても何の解決にもならない、鉄道襲撃事件で思い知ったよ。だから話し合ってこようと思う。アキュートと」
思いつめた瞳は変わらず。
口調だけはやけに穏やかで、表向きは『何時もの』レイドらしい態度。

は黙って肩を竦めた。

「じゃあ、行って来るよ」
の無言の了承を得てレイドは立ち上がる。

ガゼルが身体を扉横にどかしレイドへ道を譲った。
そのままレイドは振り返らずに出て行く。

「何処までも不器用な奴め、バレバレだ」
憎まれ口を叩く の頭を撫でて宥めつつ、ハヤトも深々とため息をついた。
壁に背をもたれるガゼルも片方の眉を持ち上げ不快感を顕にする。

「無理せんといいがな」
エドスが気遣わしげに呟き、トウヤがそれに応じた。

や仲間達が見立てた通り。
レイドはその日何事も無かったような顔でフラットへ帰ってきて。
アキュートと和解できたとのたまわった。

危うくキレかけた だが、リプレのフォローやモナティー&アカネの陽気な会話に救われ。
レイドに気づかれること無く平静を保てた。

次の日謀ったように用事を作って姿を消すレイド。

そんなレイドを大人しく野放図にするほど だって馬鹿じゃない。
繁華街にあるというアキュートのアジト。
告発の剣亭へ足を運ぼうとしている最中。

俺様オーラを撒き散らすバノッサと遭遇した。

「なんだ、はぐれのガキの方か」
落胆したバノッサの口振りに は何度か瞬きをする。
「残念だな。トウヤとハヤトは人捜しだ」
この際だからバノッサからも情報を引き出そう。
というよりかは、狙ってフラットのメンバーの前に姿を見せたバノッサの行動も分りやすい。

 誰も彼もが分り易すぎるぞ!
 このままではこの世界の行く末を我が案じてしまうではないか。
 つくづく不器用だな、バノッサも、レイドも、アキュートも、騎士団も。
 要らぬ世話を焼く我も相当な物好きか。

 うむぅ……。

自信に満ち溢れたバノッサの姿にポーカーフェイスを保ち。
は心の中だけで呟きバノッサの反応を待った。

「そういやぁ、街外れの死の沼地。あそこで面白い顔を見たな」

何処までも。
いや何処をとっても偉そうなバノッサの態度。
の反応を窺うように情報を小出しに出してくる。

 分っておる。敬え、奉れ、拝めと申しておるのだろう?
 本当に分かり易いな、バノッサは。
 日本で暮らしておったらオレオレ詐欺に引っかかったり。
 マルチ商法にハマるぞ、確実に。

 はぁ……我の心配は尽きぬな、当分。

自分から飛び込んだのだ。首を突っ込んだのだ。
弱音を吐くつもりは無い。
はきちんとバノッサの顔を見上げて端的に言葉を発する。

「教えて下さい、御願いしますバノッサ様」
言って頭を下げる にバノッサは見てはいけないものを見た顔で、きっちり三歩。
後ろへ下がった。

「ぐっ……」
遠巻きに言うように要求しておいてなんだが。
この不思議生物に素直に出られると、逆に気色悪い。

これまでの数々の屈辱が帳消しになるどころか、新たなトラウマにもなりそうだ。
今更ながらに微かに後悔したバノッサである。

「教えて下さい、御願いしますバノッサ様」
バノッサの白い顔が青くなった。
で声が小さかったのか、等とボケた結論を下し再度同じ言葉を口にして頭を下げる。

「……レイドとアキュートのメンバーが居たぜ」
先ほどの勢いは何処へやら。
落ち着き払った声音でバノッサは告げ、脱兎の如くの素早さで の前から逃げていく。

「理屈は分らぬが、僕の勝ち……か?」
走り去るバノッサの背中が『負けた』と訴えている。
勝負をした覚えは無いのにバノッサに新たな敗北を与えてしまった であった。

「さて連絡するか。今はバノッサの身を案じている場合ではない。先走り思いつめ騎士の仕置きが優先だな。ラムダもレイドも極端すぎる。
イリアス位のボケを持っていても、損は無いと思うのだが」

ブツブツ一人呟く に残念ながら、その思考の方向が間違っていると。
親切に諭してくれる人物は居ない。

「行くか」
同じく繁華街を見張っていたガゼルと合流し、その他のメンバーも掻き集め。
はバノッサに教えられた死の沼地を目指す。

 早く説教せねば。あの中途半端元騎士達に。

なーんて、アキュートの陰謀を食い止めるだとか。
ラムダとレイドを説得するだとか。
穏便な思考は の頭からは払拭されている。

急ぐ と仲間たちのちぐはぐな思惑がそれぞれに交差していた。


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