『バノッサの妄執3』




石造りの鬱蒼とした建物内部。
足を一歩踏み入れた瞬間、 を襲う激しい痛み。

「!? どうしたの? 
血の気が失せた の顔にミモザが驚いて大きな声を出す。
は黙ってなんでもないと。
仕草をしてミモザを黙らせた。

 身体中を貫く痛みは。そうか。

視界の隅には、ボロ布状態のカノン。
傍らに立ち尽くすバノッサの呆然とした様子と、勝利の笑みを湛えるオルドレイクの血走った瞳。
の数メートル前方でオルドレイクの部下と戦っているハヤト達の姿。
痛みに意識を奪われないよう、細心の注意を払い は壁に寄りかかり静観。

「……ミモザ、応援に行ってやれ」
連戦続けるハヤト達の顔色には疲労が。
が顎でハヤト達を示せば、ミモザは眉根を寄せた。
敵兵が放った一撃に傷を追うギブソンの姿も見える。

「でも「我に構うな。人の友を先ずは心配せよ」
は言いかけるミモザを無理矢理遣り込め、強い口調で追い払いに掛かる。

もう一度だけミモザは案じる視線を送ったが、意を決したようでギブソンの元へと走り去っていった。
残されるのは浅い呼吸を繰り返す だけ。

 絶望に満ちたバノッサの悲鳴が、音が聞える。
 我の耳にも鮮明にな。

 カノンは……うむ、我の加護が聞いておるが痛みに耐えかねて気絶中。
 誰も彼もがカノンが死んだと思っておるなら丁度良い。

徐々に魅魔の宝玉に取り込まれていくバノッサ。
本来バノッサが放つ音が捩れ、異質な何かへと変貌していく。

父の非道を許せないキール・クラレット・カシスの兄妹。
気力を振り絞り、実の父へと召喚術を放つ。

 選んだか。我に出来るのは見守るだけ。
 最終的な選択に我が関わるのは出来なんだ。
 冷たいと思われようが、これが神の定め。
 捻じ曲げられぬ。

自身。
キール達がハヤト達の味方になって嬉しいのか悲しいのか分らない。
結局は親殺しという汚名を着せるのだ。
しかも彼等だってこの騒動の一端を担っていた身分。
一方的に悲劇の役者を演じさせてしまったのではないかと。
胸が痛む。

 しかし……死の定めを回避してくれたのは、それだけは嬉しいやもしれん。
 我をハヤト・トウヤと同等に扱ってくれた異界の友だからな。

がバノッサにかけた加護は顕在。
しかしながら、バノッサが魂を引き摺られているので もつられる様にして体の力を抜かれている。
魅魔の宝玉がバノッサの精神を侵食する速度は の予想範囲外に速く。

カノンは未だ目覚めない。

傷つき、焦りながらも儀式を食い止めようとオルドレイクへ剣を向けるトウヤとハヤト。
二人の姿がぼやけて見えて。

 異界は本当に面妖な世界よ。
 だが為にはなった……油断大……敵。

懸命に意識を保とうとする の身体は崩れ落ちた。


戦い真っ最中。
ラスボス戦! のような、儀式場。
祭壇前でオルドレイクを追い詰めたのは良いものの、カノンは死に、バノッサは精神を壊されて。
儀式に必要な全てが揃おうとしている。

「くっそ〜!!!」
一向に納まらない魔力の噴出。
ハヤトは全身を襲う倦怠感と傷の痛みを堪え、必死に魔力を高める。

隣のトウヤもハヤトと似たり寄ったり。
満身創痍で同じく魔力を集める。
サプレスに繋がりかけている紫色の光。
このままではサプレスから魔王が召喚されてしまう。

「バノッサ!!! バノッサァアァ!!」
エドスが懸命にバノッサの名を呼ぶ。
だが、バノッサは無反応。
事切れたカノンの遺体を見下ろし何らや呟いている。

「いけません! このままでは、貴方の身体が悪魔に乗っ取られてしまいます」
「そうだよ、目を覚まして!」
カイナとエルジンも必死に呼びかける。

「あの手から宝玉を……うわっ」
イリアスが槍を構え、バノッサの手にある宝玉を狙う。
だが、突如現れる悪魔に攻撃され数歩後退した。

バノッサの悲しみから新たに召喚される悪魔兵。
倒しても倒しても際限なく召喚されるソレは性質が悪い。
バランスを崩したイリアスの背後からペルゴが槍を繰り出し、悪魔兵の進撃を止めた。

「駄目、魔力が高まってる」
元々が魔力の高い種族メトラルであるエルカ。
魔力の流れを感じ取って悲鳴をあげた。

「あり得ない! だが負けるわけにもいかない」
ギブソンも魔力の高まりに恐怖を覚えながら、それでも必死に歯を食いしばり。
トウヤとハヤトに回復魔法をかける。

「ちっ! 目を覚ませバノッサ!!!」
「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ〜!!!」
ガゼルとアカネがバノッサへ投具を連続で放つ。
それらはバノッサに到達する前に、悪魔兵によって弾かれた。

ごぉん、と。地鳴りがしたように建物が振動を始める。

「ふふふふ、はははははは!!! 時は満ちた! 良くやった我が息子よ」
両手を天へ広げオルドレイクが笑う。

「な!?」
クラレットも流石に驚き、父親の顔を凝視した。

「良くやった、我が息子バノッサよ。お前が一番役に立ってくれるとは。父は嬉しく思うぞ」
クラレットやカシス・キールに見向きもしない。
オルドレイクはバノッサへ猫撫で声で喋りかける。

漸くバノッサが僅かな反応を見せた。
「父……親……だと?」
上半身は何かに憑依され、変質。
白かった肌も赤く変色し、眼もどこか虚ろ。

徐々に姿形を変えていくバノッサが。
虚ろな目でオルドレイクを見据えた。

「そうだ! お前の父親だ」
力強くオルドレイクが肯定する。
途端にバノッサは獣のような咆哮を発した。

「ウォオオオォォオウォオオオ」
空高く響き、石壁に反射するバノッサの咆哮。
怒りと悲しみと憎しみ、あらゆる負の感情が混ざった絶叫に呼応し、サプレスの魔力は高まる。

「魔力値ガ上昇シテイル、コノママデハ」
サプレスへと道が開く。
ここまで道が開いてしまっては、閉じることさえ出来ない。
エスガルドが苦々しい様子を醸し出し、声を出す。

「駄目なのか? 無駄なのか!?」
悔しそうに床を蹴るレイドのらしくない態度。
同じく悔しそうにオルドレイクを睨む、ジンガとスウォンとエスガルド。

一際高くオルドレイクが嘲笑し、バノッサが呼応して呻き声を上げた瞬間。
ソレは天を貫き紫色の光を打ち払って降臨した。


「え……ええ!?」
魔王の持つ禍々しい空気とは違う。
視界を埋め尽くす、蒼・蒼・蒼。
カシスは周囲を見回し裏返った声で言った。

人間とは思えない、一つの完成された美術品。
彫像のモデルにでもなりそうな、美しい存在。
蒼い光を放ち、髪も瞳も全てが蒼で塗り固められた存在。
足元まで流れる髪が風もないのに揺らめく。

オルドレイクの背後に降り立つソレは、焦点の合わない瞳でぼんやりしていたが。

!」
叫んで弓矢を放ったサイサリスの一声で。
たった、その呼び声で。覚醒した。

「なんだ。ここは我が干渉しても良いと、汝は云うのだな?」
ニンマリ笑ってソレはオルドレイクの背中を力いっぱい蹴倒す。
祭壇前で踏ん反り返っていたオルドレイクは転げ落ちた。

「……無様だな、禿親父」

 ボソリ。

ソレはオルドレイクを挑発する言葉を投げる。

。そこで立っていないで、降りてきて頂戴」
呆然とするフラット組を放置して、セシルがソレを呼び手招き。
セシルの姿を認めたソレは蒼い羽を広げ優雅に祭壇上から舞い降りた。

「君は……」
ソレを指差してキールは惚ける。
言うべき事は沢山あるのに言葉にならない。

「な、なんと!?」
カザミネも神々しいソレの姿に驚き仰け反った。

「まぢ……だったのかな」

そう云えば は自称神だって。
最初に言っていた。
自分は相手にしなかったけれど。

思い出してハヤトは冷や汗をかく。

「そう、なのかもしれない」
ハヤトに同じく嫌な汗を掻きながら、トウヤは短くハヤトへ応じる。


「リィンバウムのエルゴを筆頭とした、各エルゴから了承を得た。まずはバノッサをたたき起こすか」
ソレは凶悪な笑みを浮かべて、放心状態のバノッサを一瞥した。




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 物語りもいよいよ大詰!! 次回で1本編は終了です〜。ブラウザバックプリーズ