『バノッサの妄執1』



フラットへ戻る道すがら、散々 に叱られ倒され形無しの五人。
そんな五人をフラットで待っていたのは予想外の人物。
「お帰り、クラレット・カシス」
広間で不釣合いに食器の用意をしている長身の男。
装束は召喚師風。
キールは、クラレットとカシスを見るなりにっこり笑った。
「「キールお兄様!?」」
綺麗にハモるクラレットとカシスの驚愕の声。
「誰??」
「さぁ……? 呼び方から考えれば、二人のお兄さんだよね」
初めて見るキールに小首を傾げるハヤトと、のんびり応じるトウヤ。

「役者が揃った所で、和やかに食事とはいかないけれど。事情を全て説明させて欲しい。僕も一端を担う者だから」

 ペルゴの自信作だって。

付け加え、キールは手にしたオムレツの皿を掲げてみせた。





決戦前。
空気など微塵も感じさせないフラットの広間。
談笑しながらの食事が普段通りに展開されていく。

「はっきりさせて、すっきりさせたい」
カシスがまず口を開いた。

「わたしと、お姉様は知っての通りオルドレイクの娘。キールお兄様もそうなの。だけど……わたし達全員母親が違うわ」
誰もが食事を取りながら黙ってカシスの言葉に耳を傾ける。

「より良い才能を持った子供を得るために。お父様は、いえ、オルドレイクは手段を選ばなかった。
わたし達は生まれながらに兄妹でありながら、ライバルでもあったの。必要とされなかった子供は母親諸共捨てられたから」

暗くかげるカシスの瞳。
握り締めたカシスの拳に、クラレットがそっと手を重ね、励ますように微笑みかけた。

「月日が経ち、成長したわたし達は選別され。わたしとお姉様は儀式の責任者に選ばれた。
サプレスのエルゴを媒介として、わたしとお姉様の身体を依代として。魔王を召喚するための儀式の責任者に」

驚いたジンガがパンを取り落とし、ローカスとスタウトが同時に息を吐き出した。

「完全に道具だった。でもどこに逃げればいいのか? そもそも逃げ道なんてあるのか。わたしには分らなかった。きっとお姉様も」

大切に扱われてきたのは有用な道具だから。
冷たい大人達の視線。思い出してカシスは身震いする。

「諦めていたんだけど、でも! きっと無意識に……わたし、助けを求めていたんだと思うの。魔王に身体を捧げるなんて出来ない、誰か助けてって」

完璧な儀式になる筈だった。
父親が望んだ通りの結末が待っている筈だった。
けれど掛け違えたボタンの一つが全てを狂わせて行く。

「それはわたしも同じでした。カシスと儀式の準備を進めながら、心の片隅で。ずっとずっと助けを求めていた。助けなんてある訳がないのに」

妹の震える肩を抱き締め、クラレットも静かな落ち着いた様子で喋り出す。

「助けて欲しかった……でも無理だとも分っていた。けれど、あの時。儀式の時に、わたし達の無意識の願望が同調したのでしょう。
わたしとカシスが『助けて』と悲鳴をあげた時に。不安定な精神では魔王は召喚できません。結果、儀式は失敗しました。多大なる被害を齎して」

トウヤとハヤト、 へ目線を走らせクラレットが淡々と言葉を紡ぐ。

「僕は儀式に参加はしていなかったけど、概要は知っていた。父の手足となって動いていた僕は。妹達が生贄にされるのを黙ってみているしかなかった……黙って……」

歳不相応に疲弊した表情を浮かべ、キールがクラレットとカシスへ目を向ける。

「ううん……あの場所じゃどう頑張ったって無理だったもん。お兄様が心配していてくれたって分かっただけでも嬉しい」

カシスは潤んだ目元を素早く拭って、努めて明るい声音でキールへ応じた。
気丈なカシスの態度にキールが笑みを浮かべ、感激屋のエドス・モナティーが互いに手を取り合って感動を分かち合っている。

「わたし達の失敗のせいで、異界へ召喚されたのがトウヤとハヤト。二人がもし魔王ならば利用できる。オルドレイクはそう考えました」
カシスの肩を抱いた状態でクラレットは話を元に戻す。
「儀式の責任者でもあったわたし達は、監視もかねてトウヤとハヤトへ近づきました。二人が……二人の得た力の正体を見極める為に」
事実を客観的に話すクラレットも辛そうに口元を歪めた。

突如荒野に現れた二人の姉妹。
トウヤとハヤトに近づきながら壁がある。
原因が分かったフラットのメンバーは互いに目配せをした。

「でもね! でもっ! これだけは信じて。二人の事情を知って、この世界と無関係だって分かった瞬間。
わたしとお姉様は二人を必ず元の世界へ返してあげようって。本心で思っていたの。巻き込みたくなかったし、巻き込めないって思ったから」

震える声を張り上げてカシスが懸命に言葉を押し出す。

「妹達が潜入してから、父は代価品を捜していた。君達が魔王なら利用できる。しかしクラレットとカシスの報告を聞く範囲では、そのような兆候がない。だから」

キールは一旦ここで言葉を切り、険しい顔のギブソンとミモザへ顔を向ける。

「大胆にも父は蒼の派閥へ配下を忍び込ませ、魅魔の宝玉を盗み出した。反対に利用すれば悪魔を召喚できる力を使う為にね。
どうあっても父は、彼は魔王を召喚しようとしている。世界を破壊し新たな世界を創造するべく」
強張るキールの顔。

「物好きだな。世界を破壊して新しい世界を作る、相当な手間と労力を必要とする作業だ。そんな事をして世界を変革し、あの禿親父には何の得がある?」

姉妹が隠していた秘密と、過ごしてきた幼少期。
衝撃の内容に誰もが胸を痛めたり、考えたりする中。

だけはペースを崩さない。
相変わらずの毒舌を振るい、キールへ問いかける。

「分らない……彼は真剣に狂ってる。世界を変えて、自分の支配下に治めたいんじゃないかな? 彼の野望は果てがないんだよ」
そして暗く恐ろしいんだ。
最後まで言わずにキールが喋った。
はキールの表情を観察していたが、視線をカシスへ変える。

「娘のわたしでさえ理解できないわ。無色の派閥自体、世界の破壊を目的としている部分があるから」
真摯に。
も大切な仲間だからちゃんと答えたい。

気持ちを込めて、今度はカシスが へ答える。
最後に の視線がクラレットへ。

「自分が正しいと。力さえあればある程度は捻じ伏せられると信じている男です。彼はもしかしたら可哀想な人かもしれない」
自分の胸に手を置いてクラレットは小さく囁くように言葉を発した。

「わたしも……多少はそう考えていました。力があればある程度は動かせる、と。理屈さえ完全なら、理論が正しいなら、世界は思い通りに動かせると」
クラレットが本音を吐露する。

キールは控えめな妹の大胆な行為に気遣わしげな顔をした。
けれどクラレットは力強く微笑み返す。

「だから、 がわたし達を詮索しないから。代わりに自分を詮索しないで欲しいって言った時。申し出に応じました」
がニヤリと唇の端を持ち上げる。
目を点にして固まるカシス・トウヤ・ハヤト。

「うわぁ〜、策士も策士。やっぱ は一番敵に回したくな〜い!!!」
大人しく事態を見守っていたアカネが耐え切れず叫ぶ。
アカネの叫びは全員の気持ちを代弁していた。

から感じる魔力、正直に言います。トウヤとハヤトより上です。誓約者となった二人よりも上なんです。
この意味、分りますか? 直感的にあの時のわたしは巨大な の存在を恐れ、 に従う事で自分と妹の保身を図ったんです」

クラレットが喋る内容には対応真っ二つ。
納得する者と、言葉がピンとこない者。

「だけど…… は全部分っていて猶予期間を与えてくれただけだった。わたしとカシスが抱える隠し事を、わたし達が喋れるようになるまでの時間を。ただ待っていてくれた」

あったのは大きな優しさだけ。
我侭で癇癪持ちの、とてもとても強い不思議な存在。

召喚師見習いのクラレットにだって分っていた。
それなのに危なっかしい行動ばかりとって、周囲をハラハラさせる。

「褒めても何もでないぞ」
クラレットの告白をどう解釈したのか、 はボケたコメント返し。


「そういう意味でクラレットは言ったんじゃないよ……な?」
「そうだよねぇ、違うよね」
「あー、ああ見えて肝心な部分でボケるから。 は」
「あれも一種の才能だよ、多分」
キール→カシス→ハヤト→トウヤ。席が近いので小声でコソコソ。
当のクラレットはニコニコと何時もの(黒い)笑みを復活させている。


「本当、神様みたいに頼もしい弟、ですものね♪」
心底楽しそうに言い切ったクラレットに、 でさえ突っ込み返せなかった。


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 クラレット様、名実ともに黒キャラ確定です(笑)ブラウザバックプリーズ