『蒼の派閥1』




バノッサが突如手にした召喚術。
クラレットとカシスは硬い表情のまま、事態の重さをフラットのメンバーへ語っている。

 トウヤとハヤトが容易く誓約を結んでいるせいで、難しく考える者は少なかったが。

 元々は召喚師達が異界と交流をし、半ば命を懸けて召喚対象の真名を探る。
 だからこそ一族の中でしか召喚獣の真名は明かされず、庶民には普及せぬ。

召喚術に馴染み、知識はまだまだだがそれなりに勉強しているガゼル。
トウヤとハヤトと共にクラレット・カシス姉妹へ疑問点をぶつけていた。

 バノッサは望んだ力を手に入れた。
 力の種類がどうあれ、な。
 歪みかかった魂が益々歪み、もう我の元に音すら届かぬ。
 カノンの心が悲鳴をあげる音のみサイジェント中に響き渡っておる。

トウヤとハヤトがクラレット達と対策を考える中、 は一人中庭へ出る。
中庭ではスウォンと子供達、モナティーとガウムがハルモニウムの音色を奏でていた。
「お早う、 さん」
スウォンが演奏をやめ へ挨拶する。
「おはよう、スウォン」
は片手を上げてスウォンへ演奏の続きを催促。
スウォンは微笑を湛えハルモニウムの演奏を再開した。
草の上に座りぼんやり空を眺める。

 アキュートとの和解が済んだ今、次に考えるはバノッサの件だ。
 召喚術のノウハウを入手した経緯が分かれば良いのだが。
 まったく、マルチに引っかかった被害者も同然よ。

青い空を流れる雲。
穏やかで心地よい風は異界のモノながら肌に優しい。

おにいちゃん」

 クイクイ。

の上着の裾を掴んでラミが注意を引く。
目線だけで が何事かと問いかければ、ラミの指差した方角に見慣れぬ男の姿が。
窺うようにフラットを見ている。
「さっきから、ずっと見てるの」
「そうか」
短く答え は立ち上がる。
スウォンへ子供達とモナティーを頼むと言い置き、自身は男が佇むスラムの物陰へ向かった。


男は躊躇いを見せ始めた妹達に正直驚きを隠せない。
確証がつかめていないのもある。

だが本当にそれだけだろうか?

「父上は待ってはくれない」
目を伏せて男は悲しそうに呟いた。

「クラレットとカシスの血縁者か?」
物思いに耽る男へ発せられる言葉。

弾かれたように顔を上げ周囲を見回すと、小さな子供が一人。
整った顔立ちなのに人形のように無表情。
己を見上げている。

「……」
どう答えていいのか分らない。
妹達だって全てを彼等に語ったわけでもないだろう。
男は逡巡して口を閉ざした。

沈黙は彼の長きに渡る友。
幼い頃からそう振舞うことで生き延びてきた男の処世術である。

「答えたくないのならば良い。詮索はせぬ……が、羨ましそうな視線をフラットへ送るのは止めて貰えぬか? 子供達が不安がる」
続けて放たれる子供の第二声は男の予想外の台詞。
目を見張った男に、子供は微苦笑をたたえて男の瞳を指差した。
「僕はフラットに世話になっている という。目は口ほどにモノを言うと申すが、汝の瞳は羨望に満ちた眼差しをフラットへ送っている。あそこは本当に『温かい』からな」
という子供の言葉の意味は分る。
自然と男の眉間に皺が寄った。

男が緩やかに表情を変える様を、 はスラムの壁に凭れ悠然と眺める。

 絶望に満ちた眼差しと諦めに満ちた音。
 クラレットとカシスからも響く音。
 我の周りには問題児ばかりが揃う。
 兄上達の嫌がらせであろうか?

職場放棄中の は少し心配になって周囲の気配を探る。
しかし、兄や姉のマナ(魔力)は感じ取れなかった。

「少し離れて話さぬか? 監視をしに来たわけでもあるまい?」
兄や姉の気配がないことに少し安堵し、少し不安になりながら。
は現実に対処すべく男を逆ナンしてみた。

突拍子もない の申し出に男は目をパチクリさせて固まる。

「悲嘆にくれて腐っておるなら僕の散歩に付き合え。時間くらいはあるだろう?」
問答無用で長身の男の手首を掴み は歩き出す。
「いや、僕はちょっと……」
慌てる男の第一声は思ったよりも澄んでいる。

遠まわしの拒絶を無視して、 は男をオープンテラスのある広場前のカフェに誘った。

ウエイトレスが持ってきた紅茶のティーカップを優雅な所作で持ち上げ、 は己の紅茶と睨めっこする男へ視線を送る。

「田舎モノ丸出しだぞ? 仮にも召喚師ともあろうものが、優雅にお茶もできぬのか」
半ば本気で呆れる に男は自嘲気味に笑う。
「君が思っているほど優雅でもないんだよ」
覚束ない指先でティーカップを取り上げ、男は紅茶を冷ましながら飲む。
猫舌らしい。
「それはすまない。嫌味で言ったのではないのだ。僕のイメージだと、召喚師というのはどうも雲の上という印象が強くてな」
唇の端を持ち上げた の、召喚師に対する柔らかい皮肉に男が失笑する。
「だが汝には不躾な発言をした。本当にすまない」
次の瞬間にしおらしく謝る の言質。

男は のペースに流されつつあった。

子供の外見と固い喋り口。
アンバランスな子供。
外見上は子供に見える存在と表現する方が正しい。
妹達がこの存在をどう感じているかは分らないが、男は子供を人の子だとは思えなかった。

「いや、構わないよ?」
腹の探り合いには慣れている。
蹴落とすことで生きながらえてきたこの命。
男は簡単に尾尻は出さないつもりだ。

「かつてリィンバウムは異界の者からの侵略を受けていた。そしてエルゴの王と呼ばれる青年がリィンバウムに結界を張る。元々は侵略者を送り返す送還術の発展系が召喚術。僕の認識は間違っているか?」

はトウヤやハヤトを筆頭とした、庇護者を護りつつ。
異界についてもしっかり勉強していた。

特に勉強していたのは結界の成り立ちと召喚術の関連性。
自身が地球の結界を張る神でもある。
学ぶべきところはキッチリ抑えていた。

男が『誰に聞いたんだ?』等と言いたそうな顔で を凝視する。

「クラレットとカシスの召喚術講義にて習った」
素性は明かしていないのに、 少年の中では己はあの二人の血縁決定。
平然と二人の名前を声に出す の大胆さに男は内心だけで妬ましく思った。

籠の中の鳥の自分達兄妹とは違う、自由な空気を持ったこの少年を。

「君の認識は間違えていない」
紅茶を口に含み男は答える。

「常々疑問なのだが、僕等は名も無き世界から事故で招かれた。他の四つの世界への道なら兎も角、名も無き世界への道は早々何度も開けるものなのか?
だとしたら僕等の様に事故でリィンバウムに招かれる者も多少は居るのか?」

自身この世界では、はぐれ扱いだ。
他にもモナティーを筆頭に、はぐれになら何度か遭遇してきている。

だが彼等は全て四つの世界いずれかの『はぐれ』で、己のように地球から来たという人物には出会っていない。

 それにな。
 召喚事故の要因には心当たりがある。

 トウヤとハヤトが漠然と抱えていた将来への不安。
 変わらない日常への恐怖。
 無意識に助けを求める、トウヤとハヤトの気持ちが。
 クラレットとカシスの救いを求める声に重なった。

 重なったからこそ我等はリィンバウムへとやって来たのだ。

 唯一分からぬのが媒体だな。
 儀式内容にもよるであろうが……。

 命を落としかねない儀式を取り仕切ったとなれば、良からぬ企みだと思わざるえない。

誰よりも冷静に。
努めてきた だからこそ考え付く先の答えは闇ばかり。

 闇を払うか呑まれるかはトウヤ達次第。
 我は見ているだけしか出来ぬ。
 名ばかりの神とはこの事だな。

 無様なものだ、我ながら。

一方男は の鋭い指摘に今度こそ驚愕していた。
妹達が説明している範囲の情報だけでココまでの結論を出せるとは。
何食わぬ顔で紅茶を飲みながら、鼓動を早める心臓の動きは止められない。

「答えられれば良いんだろうけど、僕はまだ見習いだからね」

 声が震えていないだろうか?
 顔色は青くないだろうか?

冷や冷やしながら男が言い訳を口にする。

「僕こそすまない。忘れてくれ」
は紅茶で口潤す男へ言葉少なく謝った。

 我は少々勝手に行動しすぎているのかも知れぬ。
 トウヤとハヤトを庇護するという名目の元、危険から彼等と遠ざけるだけで。
 解決にも何もなっておらぬわ。

 見守るだけが全てではあるまい。

今もこうしてフラットを護るべく単独行動。
その都度叱られる だが、そろそろコソコソ動くのは止めようかと考える。

 そうだな、信じたいと。
 我はトウヤとハヤトを。
 クラレットもカシスも。
 異界で出おうた全ての者を信じたいのかもしれん。

異界での生活は確実に の意識に変化を齎している。
緩やかで穏やかな変化。

やがて紅茶も飲み終わり、男は逃げるように の前から去って行く。
カフェテラスに残されぼんやりしていた

今度はナンパされた。


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 やーっとやーっとご登場です。え? 男じゃ分からないって?? バレバレですよねぇ(苦笑)ブラウザバックプリーズ