エピソード9 『二千年前の秘密に迫れ!』



夏休みの図書館。何をする場所かっていわれれば。
「涼しーよな」
なんて空調の利いた図書館の隅で昼寝……じゃなくて。

「違うよ、趣旨が」
僕は思わず発言の主へツッコんだ。
発言の主、涼は大きな欠伸を一つ。
面倒臭そうに手にした分厚い本を捲り出す。
「そうそう。友情篤い涼がそんなにだらけちゃ駄目でしょ」
向かいの席に座った和也が心にも無い発言を口にして。
「気色悪いぞ、和也が言うと」
なんて涼は少々怯えて二の腕を擦っている。鳥肌でも立ったんだろう。
「和也も涼で遊んでないで、きちんと協力してよ」
僕が呆れて呟けば和也は小さく笑った。

僕の隣では未唯が真剣な顔つきで絵本を読んでいる。
さっきまではシンデレラ。今は白雪姫? かな。
女の子だけあってこういう手の話は大いに興味をそそられるらしい。
飽きやすい未唯にしては集中して読んでいる。

良い傾向だと思っておこう。自分の分担分の本を開いて僕は一人心地に思った。

「彩にしては行動が早いね。もう少し様子を見るのかと思った」
『魔法使い協会の歴史3』を捲る手を止め、和也が僕を見る。
「時と場合によるよ」
僕は『使い魔大辞典1801年度版』を捲り顔を上げずに答えた。

今の僕達に出来る事。そうそう多くはない。
和也も涼も特殊能力所持者だけど『正義の魔法使い協会』については詳しくない。
属していないから当たり前だ。
アンジェリカさんに直接聞くっていう手もあるけど。

ビンタは嫌だな。この間は二回もされたしね……家に帰ってからが大変だった。
兄さん達には散々からかわられて。
母さんはなんだか……。いや、止めよう。アレを思い出すのは。

「根本的問題を僕等が見落としていただけだからね。
どうして未唯が封印されたのか? んでもって、エルエルやアンジェリカさんの先祖はどういう経緯で未唯を封印したのか?
そこら辺を知らないでるのって、やっぱり不利だし」
ミィーディーの項目を指で辿りつつ僕は和也へ答えた。
「へえ? 色々考えた?」
僕はどっちかっていうと嵐が通り過ぎるのを待つ、消極的タイプ。

黙って耐えていれば問題は過ぎ去ってしまうもの。
そう思ってる。
和也や涼みたいな行動派ではない。
だから今回僕が積極的な行動に出たのを和也は不思議に思っているみたいだ。
声の調子が少しだけ探るようなニュアンスを含んでいる。

「ううん。主に護兄と井上君の助言から出た答え」
本の文字をPC端末へスキャンして落としつつ、僕は素直に口に出せていた。

僕個人的感情からすれば。

絶対に頼りたくない相手NO.1が兄さん達。ってゆーか家族にはあんまり頼りたくないかな。
母さんや父さんも頭が良くて結構器用なタイプ。
なんでもそこそこは出来る。

本当に僕だけが落ちこぼれ。
己の惨めさを実感させられるから家族に頼るのは気が進まない。
極力避けて通ってきた。僕としては。
周囲からすれば十二分に甘えきってるだろうとか。
言われるんだろうけどね……。

せーちゃんとの『約束』もあるし。
アンジェリカさんの『捨て台詞』もあるし。
重い腰を起こして僕は頭の回転の速い二人の人物へ助言を求めた。

勿論筆頭は『京極院ツインズ・頭脳担当の護兄』
未唯の事や魔法使い協会の事も多少は知っているし。
不思議な事に、護兄は今みたいなトラブルを解決する方法を良く知っている。

『伝手(つて)がある』そう言った護兄は大人びて見えた。

5歳も離れていたら十分に大人に見えるんだけど。なんだかそう感じた。

次に僕が頼ったのは『歩く情報マニア・宰相こと井上記者』
魔法使い協会について詳しいわけじゃないけど、人物の詳細データを取る手腕が凄い。
結構公平に相手を見ていたりしてバランス感覚にも脱帽する。
中1でそこまで出来たら凄いよね、本当。

だから普通に『封印されていたお化けがこの世に出てきて問題になっている』どう対処したらいいか。
と僕なりに誤魔化して尋ねてみた。

井上君には『京極院の抱える問題が解決したら話して聞かせる』のを条件に。
いろいろ助言をもらったんだ。
ニュースソース的に面白かったらネタにでもするんだろう。
井上君らしい条件だ。

そんなこんなで僕は助言を頭に入れた上で、手伝い二人を駆り出して図書館へと足を運んだ。
手伝ってくれるのは勿論和也と涼の二人だけどね。

「未唯の情報なら大分集まったな。
えーっと? 『魔法使い世界に勃発した魔力崩壊事件第一次〜第五次』の発端が未唯の暴走。
多くの使い魔や天使が屠られている。
魔法使い達の協力で地形こそ変わらなかったものの、名門魔法使いの家系五家が滅びた」
自分のPC端末を操作して涼が文面を要約して読み上げる。
「でもさ、それも少し微妙だよ。使い魔は主の為に働くんだよね? だったら当時の未唯ちゃんの主にも問題があったんじゃないかな?」
涼の説明に和也は自分の疑問を喋った。
「う……ん。和也の言う通りってしたいのは山々なんだけどさ。アンジェリカさんが言ってたじゃん。
未唯は強い使い魔だから主の精神に影響を及ぼすって。だから主も精神的におかしくなっちゃうのかも!」
自分で語ってて我ながら怖くなる。

もしかしたら。

僕は自分じゃなくなっちゃう!?
アンジェリカさんが決め付けたみたいに『宇宙征服』とか企んじゃうのかな〜。
それはイヤなんだけど。僕としては。

「けどよ、俺の目には彩がオカシクなってるようには見えないぞ」
「うんうん。いつもの彩だよね。小市民的反応がバッチリさまになってる」
涼→和也の順に温かい(?)励ましの言葉。
ムカつくけど確かにそれが僕の特徴なので苦笑いを浮かべるに留める。
「具体的にその辺りも調べてみなきゃ駄目だね。使い魔が主へ及ぼす精神的影響。どっかに載ってなかったっけ?」
和也はいち早く気持ちを切り替え今出た話題を調べるべく、新たに本を取りに行った。

 ブブブブブ。

和也がテーブルに置きっぱなしにした携帯電話が振動する。
僕と涼は顔を見合わせた。

「これって『仕事』とかなのかな?」
僕には馴染みのない世界。馴染みがあっても困るけどね。涼に尋ねる。
「俺が知るかよ」
涼が肩を竦めて答えた。まるで興味がないみたいに。本当に興味がないのかもしれない。
「なんか、涼って和也には冷淡ってゆーか避けてる?」
末っ子の洞察力って馬鹿にならないんだよ。

兄さん達とかその友達とか観察していて、人間関係とか垣間見ちゃったりするからね。
涼は弟がいるって言ってたけど円満というか普通らしいし。
和也は両親と兄とは別居してるって言ってた。
小さい頃から兄さん達にからかわれてきた僕としては。
相手の感情を読めることが重要だったりする。結構見抜けたりするんだよね〜。

「……彩ってさぁ? 変なところで鋭いな」
僕の予想は当たったみたいで涼は複雑な顔をした。
「まぁね」
僕は笑顔で応じる。褒めてるつもりじゃないだろうけど、今回は褒め言葉として受け取っておこう。
和也の携帯は暫く振動しては止まる。を何度も繰り返す。
「……和也を呼んでくる」
僕は立ち上がり本棚へ移動。

陣取っていたテーブルから五列後ろ。

本棚前で例の癖を発揮して固まっている和也を発見した。

「和也!!」
思わず大きな声で和也を呼べば、他の利用者の人は迷惑顔。

や、やば。

ここが図書館だって一瞬忘れてた。
僕は恥ずかしさに顔を赤くして和也に近づく。

「和也! 和也!」
小声で和也を呼んだんだけど無反応。

おーい! こっちに帰ってこーい!

耳元で叫べば効果ありそう……でも、もう一度大きな声を出せる度胸が僕にはない。
埒が明かない。ってのはこういうコトだよね。
僕はテーブルにいったん戻って和也の携帯を手に、もう一度和也の立ち尽くす場所へ向かった。

「ほら」
ぼんやりしている和也の手に携帯を握らせる。
「え? あ……ああぁ!?」
呆けた顔の和也が自分の手に握らされた携帯へ目線を落とす。
そして意味が良く分からない悲鳴のような呟きを漏らし。

顔色を悪くした和也は慌てて図書館から脱出した。

追いかける僕と、僕に気づいた未唯・涼の三人も和也の後を追う。
図書館から出たところで僕らが目撃したのは。


「あーあぁ。和也のヤツ、仕事の予定をすっかり忘れてたみてーだな」
巨大な氷の竜。中華街とかで見かける和風の竜が和也を攻撃していた。
「おっき―――!!」
未唯も丸い瞳を更に丸くして。

驚いた顔で竜を見上げ歓声を上げた。

竜自体に驚いてるわけじゃなくて大きさに驚いてんだね。
最近やっと未唯のツボを理解しつつある僕。
うんうん、日々地道に進歩だ。
周囲の概観がすっかり灰色一色。
不可思議な空間で行われる和也への攻撃。
僕は驚きに言葉もなかった。けど……。

「師匠!! 誤解だって!! これは人助けの一環で……」
半ば絶叫して竜へ弁解する和也の姿はなんだか新鮮だ。

いつもほやーっとしてて、あんな風に慌てたり焦ったりするなんて想像しないからね。
竜の方は問答無用みたいな感じで大きな口を開いて和也を威嚇。

「あいつの師匠って凄腕で容赦ないんだよ。和也はまだその世界じゃ新米でな、与えられた仕事はきちんとしないと。あーやって師匠から雷が落ちるんだぜ」
事情を知る涼が僕と未唯へ言った。
「大変だね〜、和也も。仕事と勉強の両立なんて芸能人みたい」
バリヤーみたいなモノを張って竜の攻撃に耐える和也。
傍観しつつ僕は正直な感想を口に出した。
「芸能人ならまだ報われるだろ。金は入るし、ちやほやされるし。アレは人に目立たないように活動する類だからな……感謝されても、その功績は日の目を見ない」
助けに行くのかと思ったら涼もこっち側に残って僕に更なる補足説明。
「涼は助けに行かないの?どうみても和也ピンチだけど」
足元を氷漬けにされた和也。
身動き取れずに正に大ピンチ。
僕は遠くから見守り隣の涼へ訊く。
涼は眉を顰めて僕を見た。
「彩が行けばいいだろ? 気になるならな。俺は御免だぜ……あの連中に係わるのは」
苦い思い出? 涼は心底嫌そうな顔つきで和也へ視線を移す。
「涼が無理なら僕にはもっと無理じゃん。未唯の力をきちんと扱えないし。あと、事情も知らないのに師弟関係に割って入ったらマズイ気もする」
凄腕師匠さんから見ての職務怠慢なら。
相互理解って事で和也がきちんと話せばいい。
無理しないでとも言ったし、さっきからメール入ってたのに無視したのは和也。
因果応報信賞必罰。これって基本でしょ。
「あ、凍った」
氷の竜の口から出された冷気みたいなのの風で、和也の身体が氷に包まれた。
未唯が見たまんまを言葉にする。
「うわ〜冷たそう。あ、お師匠さんの使いは帰るみたいだね」
氷の竜はその巨体を翻し空高く飛び去ってしまう。氷漬けの和也を放置して。

僕は飛び去る竜を見守り呟く。
完全に竜が姿を消してから、僕はため息をつく涼へ笑いかけた。

「なーんかさ、ああいうの見てると和也も普通に中1なんだねぇ。って思える。涼もそう思わない?」
熱中すると大事な用事を忘れちゃったり。
大人に怒られていたり。
いつもマイペースを崩さない和也がコロコロ表情を変えるのを見ていると。
やっぱ和也だって子供なんじゃん。
とか考えて安堵する僕が居る。

「ん……まぁ……なんてゆーかな」
涼は返答に詰まって言葉を濁した。
あ、やっぱ涼には苦い思い出があるんだな。
僕が確信して未唯を見れば未唯は黙ったまま首を縦に振った。
そして僕と未唯は顔を見合わせたまま声を出さずに笑いあう。

涼にも苦手なものはあるんだね、当たり前か。

「行こうか、未唯」
涼は難しい顔のまま腕組みをして沈黙してしまった。
とりあえず人命救助が先。
一人考え込む涼を他所に僕は未唯へ手を差し出す。
「はーいv」
未唯には僕の気持ちが伝わっているから問題ない。
僕の手をとり楽しそうにニコニコ笑顔だ。

僕らは灰色の不思議な景色の中、氷漬けになった和也のそばまで近寄る。

「すっごいガチガチ。どういう原理なんだろ」
綺麗に(?)カチコチに凍る和也。その周囲を一周して僕は首を捻った。
「彩! コンコンって音がするよ〜」
氷をノックの要領でコンコン叩き未唯は氷の出来栄えに感心した。
数分間一頻り僕らは氷を観察してから作業を開始する。
「行くよ、未唯」
僕は取り出した杖を構えて未唯へ合図。
「らじゃー」
そんな僕へ元気に返事をする未唯は両手のひらを氷へ押し当てる。

相変わらず正式な呪文を覚えていない僕は頭に強く『イメージ』
この強固な氷がドロドロに溶けて中の和也が無事に救出される場面を思い浮かべた。

「いっきまーす!」
掛け声とともに未唯は手から熱を放出。

和也を取り巻く氷の溶け具合からして熱を放出してると分かる。
へぇ……あんな風に氷溶かせるなら雪山で遭難した時とか生き残れそう。
僕は呑気に未唯が今使っている力の使い道を検討した。
塊は氷から水へ変化して道路に流れ出す。

数十分かけて僕と未唯は和也の氷を溶かすことに成功した。

「うわっ! やったよ、未唯」
「うんv彩、やったね」
びしょ濡れの和也を無事救出。
僕達は抱き合って互いに喜びを分かち合う。

初めてだよね、未唯と僕とで人助けが出来たの!!
歓声を上げる僕と未唯を見て、それから和也君は引き攣った顔の涼を睨んだ。

「涼の友情の厚さはよーく見せてもらったよ」
和也は本気でキレかけ寸前。

目がマジだ。マジ。
顔は笑顔でも目が全然笑ってない。
笑顔で静かにキレられると結構怖いな。
僕に向けられた怒りじゃないけど思わず身が竦んだ。

「んだよ! 俺は他所様の事情に、深く首を突っ込まないタイプなんだよ」
数歩後退して涼は弁解した。
あ、やっぱりあの和也の顔は怖いんだ。
というか生命の危機でも感じてるかも。
和也が不思議な紙切れをポケットから取り出している。
「和也、携帯鳴ってるけど」
僕は一応友情に篤いので和也の胸ポケでブルブル震える携帯を指差した。
「え? あ、ヤバッ」
こっちも驚くくらいに普通に戻った和也は携帯をチェック。
電話じゃなくてメールだったらしい。
「ごめん! 仕事が入った」
素早くチェックしてから和也は僕へこう言った。
「そうみたいだね。後は三人で調べてみるから気をつけてね」
家の家業なんだから仕方ない。
僕には分からない世界だけど、礼儀作法はすっごく厳しそうだ。
さっきの師匠さんっていう人の手荒い『雷』を見て痛感。
僕はありきたりな言葉で和也を送り出す。
「和也ばいばーい!」
走り出した和也の背中に未唯が元気に手を振った。

数分もしないうちに和也の姿は見えなくなる。
原理は分かってないけど、不思議な力を使ってるんだって。前に涼が教えてくれたっけ。
和也が力を使えば色を取り戻す世界。
灰色からいつもの見慣れた色彩の世界へ戻る周囲の風景。
耳には車の通り過ぎる音や人が会話する声なんかが飛び込んできた。

「あ、大丈夫? 腰抜かしてない?」
危うく忘れかけてしまいそうだった。
歩道に座り込み放心している涼を振り返り、僕は声をかける。
涼は魂の抜けきったみたいな顔で怪しく笑う。・・・大丈夫かな?
「寿命が縮まった」
涼がぼそぼそ小さな声で答える。僕と未唯は同時に首を傾げた。
「「どうして?」」
ハモって尋ねる僕達に涼は大きく息を吐き出す。
それからゆっくりした動作で立ち上がった。
「ある意味天然だよな、お前ら」
ポンポン。僕と未唯の肩を叩いて涼は図書館へ戻る。
「天然かな?」
僕は傍らの未唯へ目線を送った。
「えー? 天然じゃなくて人工でしょ」
微妙に的外れに答えを返す未唯。
こういう部分は絶対に譲兄の影響だよね。
一体どんな知識を植えつけられているのか……想像するだけで恐ろしい。
「そっちの天然じゃないよ」
慣れって怖いかも。

僕は動じずに未唯へ突っ込んで、でも仲良く未唯と手を繋いで図書館へ戻った。

真面目に調べる涼に触発されて僕も色々資料を漁る。
途中、和也からお詫びメールが入ったりしたけど、気が付けば一日はあっという間に終了。
もう三十分ほどで図書館も閉館という時間になっていた。


「あ、そうそう。一つ訊いてもいい?」
僕と涼とで出した本を棚へ戻す作業。
図書館の本だから元の場所に戻さないとね。

気になっていた話題を涼へ訊こう! 涼は本を仕舞う手を休めて僕を見た。

「夏休みの宿題、どの辺りまで終わった? 僕、あんまり進んでなくてさ」
ドサ。涼は手に持っていた本を床へ落とす。
「だ、大丈夫?」
僕が慌てて床から本を拾い上げた。
分厚い本に傷はない。
よかった〜!
図書館の本なんだから大切に扱わないと!

「彩が未唯の主でよかったよ。お前って大器晩成型だな」
「? そうなんだ?」
涼がどうしてそんな風に言ったのか分からなかったけど、取り合えず僕は相槌を打った。


近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心に巻き起こるファンタジーもどきの騒動は、今日も巻き起こっていた。


和也&涼と普通に友達ができる彩はある意味強い子です(笑)未唯とのセットでもスキ。ボケとツッコミだから。原因究明といっても中一が探れる範囲。直ぐに謎解きなんかできませんよ(笑)これから色々明かされるでしょう。とりあえずはできる範囲で頑張る彩の夏休みのある一日。ってな感じで。ブラウザバックプリーズ