エピソード8 『魅惑のビーチ』



「プールも楽しいね」
笑顔の星鏡君に集中する女の子達の視線。
そんな視線もなんのその。
平然と言い切る星鏡君はグラスのジュースを飲み干した。
隣に居る僕の方がもんのすごく恥ずかしい。
「恥ずかしいヤツ……」
僕と同感なのが霜月君。
呆れた調子でポツリと呟く。

「さーいー」
このメンバーの中で唯一『プール』を真剣に楽しんでいるのは未唯。

浮き輪の上に乗っかって波間にプカプカ浮いている。
海に近い環境をコンセプトに作り上げた屋内プール。
人工の砂浜に人工の波。
空のドームさえなければ海と錯覚を起こしてしまいそうな自然な風景。

僕達は星鏡君の提案で夏休みを利用してこのプールへ遊びに来ていた。

「溺れないように気をつけるんだよ。後溺れさせても駄目だからね」
すっかり保護者気分で僕は未唯へ注意を促す。
未唯は元気に手を振り替えして大きな滑り台の方へ泳ぎ去った。

母さんがウキウキしながら未唯に与えた薄い赤色の水着を着た姿で。

「京極院ってさ」
「彩でいいよ。発音しにくいでしょ? 京極院って」
違和感なく日本語を話している(翻訳機なしで)霜月君。
だけど部分部分で言いにくい言葉があるみたいで、たまに舌が縺れてる。
口を開く霜月君へ僕は尋ねる。
「霜月君には発音しにくいかもね。じゃ、僕も彩って呼んでいい? 僕のことは和也で。星鏡も結構言いにくよね」

なんでお前(京極院)が見抜いてんだよ!?

なんて顔で驚いて固まっている霜月君を他所に星鏡君が身を乗り出す。
結構顔に出るタイプだよね、霜月君って。
雰囲気が近寄りがたいから気がつく人は少ないと思うけど。

「うん。じゃ遠慮なく和也って呼ぶ。……ってことは霜月君も涼って呼んで平気?」

星人ごとに姓を呼ぶか、名前を呼ぶか。
結構習慣が違うし間違えると相手に失礼だったりする。
僕は地球の生粋日本人だし、星鏡君もそう。
霜月君は少しだけ混じってるって聞いたことがあったから確認の意味を込めて尋ねた。

「いいんじゃない?」
固まる霜月君を放置。
僕と星鏡……和也は会話を続行。

視界の先には歓声をあげて滑り台から水中へダイブする未唯の姿。
砂浜にシートをおいて呑気に日光浴中の僕等。
まったくもって絵に描いたような『平和』つくづく。

人生どう転ぶか分からないよね。

ドーム天井で燦々と輝く太陽光ライトの眩しさに目を細め僕は思った。

七夕以来。お互いに意地張って遠慮しあうのが馬鹿馬鹿しくなって。

僕らはまたこの前までとは違った意味での友達になった。

和也は家業の事とか当たり障りのない程度で説明してくれたりして。
でも僕にはチンプンカンプンで。
和也の仕事を知っていても、知らなくても。
和也の性格が変わるわけじゃないからね。
気づけば案外気の持ちようなだけ。

霜月君……涼?の仕事にしてもイマイチ分からなかったし。
別に僕が二人のサポートを出来るわけでもなし。
まったくの異業種(父さんが教えてくれた)だから、お互いの仕事に干渉しあうのは難しいそうだ。

まあ、まだ中学生の僕らが『仕事』だなんてね。
僕には全然分からない感覚。
二人に対しては『なんだかよく分からないけど大変なんだ』位の感想しか返せない。

二人は「京極院らしい感想だ」と笑ってくれた。そっかな?

「彩、あの後正義の魔法使い殿からの挑戦はないの?」
和也はアンジェリカさんのことを『正義の魔法使い殿』って、わざと茶化して呼んでる。
基本的にすっごいフェミニストの和也にしては珍しく。
『相性がとっても悪い』相手みたいだ。
無意識装って教室では極力会話してないし。
面と向かって嫌わないのは流石に王子と呼ばれるだけある。
アンジェリカさんだって、クラスの誰もが気づいてない。

僕と涼を除いては。

「うーん、表立っては。バレバレの尾行ならされてるけどね」
僕は微苦笑した。
「ふーん?」
短く相槌を打った和也は考え込むように口元に手を当てる。

首を捻って心ココに非ず。どっぷり思考の渦へ。

時々和也はこんな風に突然考え出す(実際は彼の力を使って遠くの人と話してるらしい)
最初は驚いたけど、これが和也の癖(習慣)なんだって。
僕も眉間に皴を寄せる癖があるのと同じ。
あの『王子』にもちょっと変わった癖があるって知ると。
和也だって普通の子供なんだな〜と思えてしまう。
遠い存在が実はそうでもないと分かると親近感が湧く。

僕って案外現金なんだ。

「涼? 大丈夫?」
口をパクパクさせている涼に僕は声をかける。
「……彩ってさ。未唯の事とかすっかり妹扱いしてるけどよ、実際どうすんだ?」
深呼吸してから立ち直った涼は、遊ぶ未唯を眺めたまま僕に問いかけた。
「さあ? 分からない」
正直な僕の答えに涼は仰向けに寝転がる。脱力して。
「彩〜!! お前呑気すぎ!」
呆れを通り越した調子で涼が悲鳴を上げる。
「んー、でもさ。僕って本当にただの子供だったし。選択迫られて『正義の為・人類の為・宇宙の平和の為』決断します! なーんて出来ないから。そんな簡単に選べたらそれこそ怖いでしょ」
「確かにな……」
渋々涼は同意した。
「和也や涼みたいに、小さい頃から特殊な面も見て育ってきたわけでもなし。良くも悪くもこれが僕のペースだから。誰かの目を気にして合わせるのって馬鹿らしい。そう思ってるだけ」

久しく忘れていたせーちゃんの存在。
せーちゃんの言葉を真に受けるつもりはない。
ただ褒めて欲しくて良い子しててもストレス溜まるだけ。
それに周りの人間が褒めたいのは兄さん達。
僕の事をオマケだと思ってるなら、ま、そのままでもいいや。

僕は僕だし。

兄さん達は兄さん達。

僕が知らないだけで兄さん達にもそれなりにストレスあるみたいだしね。
それは両隣に居る和也も涼も同じ。
僕が知らないだけでストレス抱えてたりするんだ。

皆結局似たようなもん。
僕だけがちゃちいんじゃない。

誰にでも『ちゃちいみっともない』部分は存在するのだ。

なーんて頭で分かっていても、じゃぁ、寛容になれるかといえばそれは別の話。
相変わらず僕は小市民で小心者で。
和也や涼とつるむようになっても、女子からの刺すような視線に前と変わらず怯えてたりもする。

だって怖いんだよ!! マジで!!

「それに僕は、ファンクラブが出来てもペースを崩さない涼のほうが呑気だと思うよ」

そうなのだ。

王子こと和也には元々ファンクラブがあって。
ゆるいけど『ルール』みたいなのがあるらしい←井上君情報。

で、やっぱり最近になって涼にもファンクラブが出来て。
なんだか水面下で動いているらしい←やっぱり井上君情報。

「実害がないうちは無視しとく。下手に過剰反応すれば相手が喜ぶだけだろ、あーゆうのは」
冷静そのものの涼のお言葉。た、確かに……。
「そんなもんかぁ。僕には縁遠い話だな〜」
僕は涼に言いながら手にしたジュースを飲んだ。
体験が無いものは僕としても理解できないから仕方ない。
「ぜってーその方が幸せだって」
過去に怖い目にでも遭ったのかな?涼はちょっぴり顔を青ざめさせていた。
「相互理解深めているところ悪いんだけど」
こっち側に戻ってきた和也が笑顔を僕達に向ける。
「件(くだん)の、正義の魔法使い殿からの何度目かの挑戦が始まるみたいだよ?」
回りくどい表現を使って僕達の耳にそっと囁く和也の目線の先。

大胆なビキニを身に着けたアンジェリカさん。
彼女が誰かを探している風に、あちらこちらをキョロキョロ見詰めつつ砂浜を歩く姿があった。
「デートかな?」
僕が呑気に呟けば。
「「それは絶対にない」」
真顔で和也と涼に否定されてしまった。……だってモテそうじゃん。
井上君だって人気があるって言ってたんだけどなぁ。
「さあ、勇気を出して行ってみよーか? 彩」
「はぁ?」
ニヤニヤ笑う涼。何処へ行けと?間の抜けた声で僕は疑問を発する。
「王道だよね。戦いが避けられないんだったら……避けないで飛び込んでいくってのも一つの手段だしさ」
和也もなんだか楽しそうだ……嫌な予感がする。
「つまりは僕にアンジェリカさんと話し合って来いと?」
僕が恐る恐る尋ねる。和也と涼はとっても嬉しそうな顔で首を縦に振る。
「遊んでない? この状況で」
「「ちっとも」」
和也と涼の声がハモる。

遊んでんだね、君達。

僕が項垂れている間にアンジェリカさんが僕達の前に到着した。

「あーあ、女性に足を運ばせるなんて駄目だよ」とかなんとか。
和也が僕の背後に隠れて呟いていた。

……好きなだけ言っといて。

「奇遇ね」
狙ったとしか思えないですよ、アンジェリカさん?
誰かを探してたのバレバレだし。
僕は大胆水着姿のアンジェリカさんの全身を思わず凝視した。
遠目じゃイマイチ分からなかったけど大胆だな、ホント。

「何処見てるのよ! 変態!!」

バッチーン。

頬に走る衝撃と痛み。
アンジェリカさんの怒りの篭った平手打ちが、僕の左頬に炸裂した。
い、痛い……。
「何処って……」
珍しいもの見たらそっちに意識が行くだろ、普通。
あのね、僕は聖人様じゃないんだから水着姿の女の子の水着姿、まじまじ見ても仕方ないって!
「気分を害したならごめん。でも嫌だったら水着着なきゃいいじゃん」
上着着るとか。普段着でこっちに来るとか。
方法は色々じゃないか。
それに他の男だってアンジェリカさんに視線送ってるよ! 気づいてる?
「わたしがプールに来ようとそれはわたしの自由でしょ?」
心持ち顔を赤くしてそっぽを向くアンジェリカさん。
いや……そこで胸を張って言い切られても困る。

目のやり場に困るって!!

「あんじぇりかぁっ! 彩になにしてるの?」
アンジェリカに気がついた未唯がプールから恐ろしい勢いで上がり、こちらへ猛然とダッシュ。

は、はやっ。

呼吸一つ乱さないで僕の隣に駆け寄った未唯は僕の腕を掴んで僕の腕を……その未唯の……胸の辺りを……ああああああ! もう、なんなんだよ。

「なにしてようが関係ないでしょ?」
冷ややかに未唯へ言葉を返すアンジェリカさん。
ムッとしてアンジェリカさんを睨む未唯。
見えない火花が二人の間を散っている。

なんで? なんでなんだ??

こーゆう場合は僕がアンジェリカさんと火花を散らすのでは?

「あるもん! あんじぇりかになんか、彩は渡さないんだから」
たどたどしい口調ながら僕の所有権を主張する未唯。
これって……どう考えるべき?
「それはこっちの台詞よ」
負けじと言い返すアンジェリカさん。
もしもーし?だからその発言の真意は何処に!?
ついていけない僕を取り残して、女の子二人火花を散らす。
「イヤ! 彩のお嫁さんになるんだもん。封印なんかされないもん」
未唯はベーッと舌を出してアンジェリカさんを威嚇?した。

その『お嫁』さんになる意識レベルが問題なんだよ。
ほら女の子の初恋は父親っても言うじゃん。
当てはまってるなら僕って未唯の父親代わりになるわけで。
男としてはどーよ?僕。

「京極院!! 貴方、この使い魔に誑かされたの!?」
未唯の言葉を真に受けて驚愕するアンジェリカさん。
……誑かされるってねぇ? そんなに僕って馬鹿に見える?
これでも一応男なんだよ。
「違います」
アンジェリカさんの耳に入らないと分かりつつも、律儀に僕は否定。
頬を膨らませて怒る未唯の頬をツンツン突いた。
「アンジェリカさんが心配してくれてるのは分かる。それに対してはお礼を言うよ、ありがとう」
「なによ……」
珍しくアンジェリカさんが怯む。

うーん、これでも一応はアンジェリカさんの余計なお節介には感謝してるんだよな。
僕が未唯の事とかを真剣に考えるきっかけを作ってくれた(本人からすれば無意識だろう)人だから。
「未唯の事、僕は好きなんだ。そりゃーあの力の強さは僕としても不必要だとは思う。でもそれだけの理由で未唯を排除していいわけがない」
「未唯も彩だーいすきっ!」
シリアスしている僕にハートマークを撒き散らして抱きつく未唯。
だからその愛情表現が問題なんだって。
僕は小さく息を吐き出した。
アンジェリカさんもなんだか複雑そうな顔で僕を見てる。
「普通、ミィーディーレベルの使い魔のパートナーとなれば。使い魔の強力な力に引きずられて自我を乗っ取られがちなの……貴方は本心からそう思うの? その子を好きだって」
疑わしい。
アンジェリカさんの顔に浮かび出る表情。
無理もないか。
知識も訓練も無い一般人の僕が普通に最強の使い魔のパートナーをしているんだから。
「好きだけど?」
大事な家族の一員。

母さんと一緒にご飯をつくって新しい洋服に喜んで。
譲兄とはスポーツで共に汗を流し、護兄からは勉強を教わっている。
父さんには肩叩きとかしてあげて。
父さんが喜んでいた。

不思議と我が家に溶け込んだ未唯っていう存在。
僕は好きだと心の底から思ってる。

僕は首を縦に振った。

「それにこの問題は僕と未唯の問題だと思うんだ。暫くそっとしておいて貰えないかな? 未唯は僕の家族だから」
静かに告げた僕の言葉にアンジェリカさんが俯く。
なんだろう? いつもならもっと怒ってエルエルを呼んでそうなのに??
「アンジェリカさん?」
僕は怪訝そうに彼女の名前を呼ぶ。
アンジェリカさんは身体を小刻みに震わせて……。
「何も……何も知らないから!貴方は軽々しく『家族』なんて口に出来るのよ! 笑わせないで。わたしには果たさなければならない義務がある。唯一彼女の『願い』だから」
顔を上げたアンジェリカさんの瞳に滲む涙。

………え? ええええええ!? な、泣いてるの?
それって僕のせい??
どうしてこうも男は女の涙に弱いのか?

なんて謎はさておき。僕も多聞にもれず大いに焦った。

「ご、ごめん」
条件反射で謝ってしまうのは男の悲しい性。どもりながら謝った僕に。

 バッチーン。

アンジェリカさんから貰う本日二回目の平手打ち。今度は右側だ。

「馬鹿っ! 鈍感っ! 根性なし!!」
や。馬鹿とかなら言われてもそうなのかな〜? って思うよ。

最後の鈍感と根性なしの根拠は何処から!?
中途半端に差し伸べた僕の腕を叩き落とし、アンジェリカさんは踵を返して走り去って行った。

「あーあ。外野だから黙ってたけど、罪作りだね。彩も」
ポン。ボーゼンとする僕の肩を叩いてしみじみ和也が言う。
「和也と違って無自覚ってところが罪だな」
うんうん。僕の横で腕組みして納得してる涼。へ? 罪作り??
「なにが?」
僕は両隣の和也と涼を交互に見て尋ねる。
「夏らしいね、熱気があって」
にこり。
追求を許さない微笑を湛える和也。

こ、怖いよ。

笑顔で友達脅すのちょっと卑怯だって。

「やめとけ。和也に逆らうと命が無いぞ」
冗談とも受け取れないコメントで僕を止める涼。

井上君に降りかかった悲劇(数日間取れなかったバンドエイド)を考えても十分に可能性は高い。
僕は頬を引き攣らせて笑う。

「一体なにがしたかったのかな? 彼女の『願い』……って?」
謎がまた一つ増え。

そして未唯はアンジェリカさんが消えても僕にべったりで。
和也と涼に散々からかわれたのは……はぁ。
井上君が居なかっただけでも幸いだと思うべきなんだろうな。


近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心に巻き起こるファンタジーもどきの騒動は、今日も巻き起こっていた。


夏休みのプール。少しずつ纏まりだした彩・和也・涼でした。ブラウザバックプリーズ