エピソード7 『星に願いを』



護兄は『無病息災』
譲兄は『一家団欒』
僕は『平穏無事』

母さんの監視の下短冊に願い事を書く。
不思議と四文字熟語になってしまうのは兄弟だから?

因みに父さんのは『有言実行』
母さんは『悠々自適』

考えれば一家全員四文字熟語だ。新しい家族を除いては。

「んーっと」
難しい顔をし未唯は無地の短冊目の前にして。
一人悩んでいる。

最初に書いた『おやつを増やして』は、『未唯ちゃんが良い子にすれば増やせるんだから却下v』と。
母さんに笑顔で却下されていた。
その他には『悪霊退散(アンジェリカさんとエルエルの事かな?)』
『もっと強くなる(これは僕が却下した)』
『電波を送れるようになる(中間試験の時の譲兄の言葉を真に受けて。護兄に却下されていた)』etc。
「さーいー!!」
涙目で僕を見上げる未唯。
僕に訴えても駄目なものは駄目。
僕はテーブルに座らされた未唯の頭をよしよしと撫でた。
「七夕って言うのは、織姫様と彦星が年に一回会える日なんだ。二人は恋人同士でずっと一緒に居たいんだけど諸事情があって年に一回しか会えない。その日に願い事をすれば織姫と彦星が叶えてくれる……というお祭り」
男の僕に、ロマンチックな昔話の詳細な内容なんか求めてもらっちゃ困る。
女の子ならそれなりに『キャーv』ってな部分もあるだろうけど。
僕にはさっぱりだ。
「だから自分がこうなったら良いな、とか。皆がこんな風になったら良いな。っていうお願いを書くんだよ」

二階の僕の部屋からも見える立派な笹。

毎年でかすぎる笹を立て飾り付けて、七夕を迎える京極院家。
小さい頃は楽しかったけど大きくなるにつれ恥ずかしくなる。
子供なら家の大きな笹〜。
なんて自慢だけど。
良い歳してこんな大きな笹はいらないよ……母さんに面と向かって文句を言える強者(つわもの)はこの家に居ないけど。
短冊だって見られるんだから、ついつい無難な言葉を選んでしまう。

「魔力増幅? 通常比120%増し」
僕を見上げて期待に満ちた瞳を輝かせる未唯。
通常比なんてどこのCMの文句を真似てるんだか。はぁ。
「これ以上力が増えても大変なだけだろ? アンジェリカさんにも狙われるし、誰かの大切なものを壊しちゃうかもしれないし」
僕は未唯の向かいに座って首を横に振った。
「大切って?」
「じゃあ僕の杖が壊れたら未唯はどう思う?」

舌が上手く回らないから呪文なんて使えない。
所詮は頭に描くイメージの世界。
僕は最近やっと出せるようになった杖をテーブルに出す。
未唯と調べた魔法使い協会HPに載っていた初心者向けの魔法。
遅ればせながら僕も地道に魔法使いとしての勉強を始めていた。

未唯は真剣な顔で杖を見た後僕へ答える。

「困る。彩が困るし未唯も困る。それに悲しい」
「そう、大切なものだからね」
僕ペースで未唯と向き合えばいいんだ。
そんな簡単な結論にようやく辿り着いた7月。

相変わらず部活はサボってばかりだけど、それなりに充実した毎日を僕は送っていた。





そして迎える七夕の日。
夕方には家族全員で何故か外食予定。
未唯が家族になった記念に日本の風習を堪能する一年にするそうだ。
当然発案者は母さん。

男共には拒否権なんてなくて。

僕は学園まで迎えに来ると言い張った未唯と、海央学園の中等部裏門内側。
丁度校庭の端っこで待ち合わせをしていた。

「お待ちなさい!」
人待ち顔の未唯に絡む人物といえばただ一人。
長い金髪なびかせてアンジェリカさんがエルエルを従えたまま未唯へ絡んでいた。
未唯は大分迷惑そうな顔でアンジェリカさんとエルエルを見ている。
「今度は何の悪巧み? さあ、白状しなさい」
何を企まなきゃならないんだよ、だから!
毎度の事ながらテンションがやたら高いアンジェリカさんの勢いに驚きつつ、僕は足早に未唯の元へ歩み寄った。
「言いがかりだよ、アンジェリカさん。これから家族と外食する予定でさ。未唯は迎えに来てくれただけだよ」
駄目元で事情を説明するも。
「誤魔化さないで」

ぴしゃり。

一言で終了。で、僕が考えたのは当然『敵前逃亡』

小説やマンガじゃないんだから戦ってどうこうなる訳でもない。
拳を交えて相互理解……なんて絶対無理。
やったら逆に恨まれそうだ、アンジェリカさんに。

空を見て飛んで逃げればなんて考える。
駄目だ。

エルエルも天使だから空は飛べる。
飛んでも追いかけてこられたらアウトだし。

「未唯、地面の中へ逃げられる?」
幸いココは海央の校庭。
ガス管とか電気の線とかは埋まってるかもしれない。
あんまり危ないものはないだろう。
僕は何もない地面だけをイメージして未唯へ伝える。

「危ないものがない地面」
未唯は幼い仕草でうなずいて地面へ指先を向けた。

ドン。

中等部校舎が揺れる振動と共に。

「うわぁ――――」
落とし穴(しかも長くて深いヤツ)へ落ちて行く僕の姿。
……地面に逃げようとは伝えたけどさ。
意思の伝達って難しい。
「掴まって、彩」
未唯が羽ばたきながら僕を追って穴へ飛び込む。
落下する僕へ追いつき手を差し出した。
僕は迷わず未唯の手を掴む。
未唯は速度を落としゆっくりと穴の底へ下っていく。

「とーちゃくっv」
褒めて・褒めて。言わんばかりに尾尻が揺れる。
未唯は嬉しそうに僕に抱きつきご褒美をねだる。
この間の笹飾りの時にアイスを奢る約束をした。
きっとアイスを示(さ)してご褒美なんだろう。
「アーイースーvv」
僕の脳裏に浮かんだアイスのイメージに心ときめかせている未唯。

当たりみたいだ。
なんとなく最近未唯の行動が読めるようになった自分に感動。
努力って実るんだ!!
なんてアンジェリカさん達を忘れてじんわりする僕に。

「ちょっと!! 男として恥ずかしいと思わないの?」
穴を覗き込むアンジェリカさんが赤面して怒鳴ってきた。
恥ずかしい?どれが?
未唯と僕は穴の底でお互いに抱き合ったまま、アンジェリカさんを見上げる。
「さいってーよ、貴方!! エルエル、この穴を埋めて」

はい――!?
埋める!? 生き埋め!?

アンジェリカさんは杖先を僕達へ向けてエルエルに命令する。
僕は大口開けて驚いた。

「何を怒ってるのかさっぱり分からないよ! 理由のない八つ当たりならこっちにも考えがあるぞ」
何故か怒っているアンジェリカさんへ僕は怒鳴り返した。

理由があるなら聞く。
僕だって魔法使い協会の規定に則って未唯と生活してるわけじゃないから。
ただアンジェリカさん個人的な怒りなら理由を説明して欲しい。
訳分からない八つ当たりならノーサンキューだ。
僕だって己の身を護る権利は在る。未唯の存在を認める義務もある。

「無自覚だから最低なのよ」
何を自覚してないといけないと???
ごめん、全然分からない。
頭から湯気を噴きそうな勢いで怒るアンジェリカさんの顔は真っ赤。
不思議とその隣のエルエルが申し訳なさそうな顔をしていた。

「エルエルッ!」
「御意」
アンジェリカさんが誤記も荒く叫んだ。
すんごく申し訳なさそうな顔のままエルエルが指先を僕達へ向ける。
僕は慌てながらも案外冷静で。

「未唯、エルエルの穴埋めを防がなくても良いけど、蓋を出来ない? 僕達が生き埋めにならないように」

アイス〜vv
意識がすでにご褒美へ飛んでしまっている未唯へ語りかける。

僕は穴に蓋をするイメージを未唯へ伝えた。
未唯はエルエルの指先をジーッと見詰め首を縦に振る。
未唯が両手のひらを頭上に掲げたのと。
エルエルが大量の土を出したのはほぼ同時。

僕の視界は真っ暗。眼鏡がズレ落ちなかったのは幸いだ。思い直して、
「未唯、明かりつけられる?」
家の電気を思い浮かべれば大量の豆電球が直ぐ横で点灯した。

なぜ豆電球???
僕が伝えるイメージと、未唯の魔力行使能力(つまりは知識)が一致したものを魔法で呼び出せるから……豆電球レベルが今の僕等の能力と言ったところか。

気を取り直して僕は頭のを見上げた。
頭上二メートル位の位置に蓋。きっと蓋の上は土だ。

「穴の上にあんじぇりかが乗ってて、土を固めてる。両足でグリグリ踏んで」
蓋の上を透視した未唯が僕へ丁寧に教えてくれる。
……なんかすっごく恨まれてるっていうか、憎まれてるっていうか?
「なんだろう」
未唯だけへの恨みもあるのかな?
最近は僕にも絡んできたりしてて、なんだか謎だ。
女の子の心理は分からない。ミステリーだ。
「よく分かんない」
未唯だって女の子なのにアンジェリカさんの複雑思考を理解できないみたいだ。
少し考え込んだ後ギブアップ。
まー、あの熱い性格を理解するのって未唯には無理かも。
「さて……」
人二人が普通に座っている位の円形の穴。
僕は地面へ座り天井の蓋を眺めた。
「とんだ七夕だね」
梅雨の明けきらない七月頭にしては珍しく。

今日は晴天、雲ひとつない快晴。
星を眺めるには最高の夜となる筈。

外に居られればね。

「空見えない〜!! お願いはどうなるの!?」
不安そうに僕をじーっと見詰める未唯。
僕は苦笑する。なんだか小さい頃の僕を見てるみたいだ。
曇り空の七夕の日にこんな感じで母さんに訊いてたっけ。
「短冊にお願い書いてあるだろ? それを見てくれるから大丈夫だよ」
七夕の仕組みが気に入ったのかな?
未唯はしきりに『天の川のかかる空』を気にしている。
悲しそうな未唯に僕は気休めを言った。
「違うの。お星様に3回早口でお願いすると叶うの!」
譲兄か? そんな話の出所は。

それは流れ星だって。

僕は突っ込む気力すら失せて「ああ……そう」なんて生返事を返した。

「とーっても大切なお願い。彩と一緒に居られますように、ってお願いするのと。彩が早く仲直りできますように、ってお願いするの」
胸の前で両手を組んでお祈りの真似。
未唯は真剣そのものの顔で僕へ口を開く。

僕と一緒にはいいけど、仲直り?

「せーちゃんも言ってた。向こうに悪気はないからって。彩の良い友達になれるって。だから仲直りして欲しいの。未唯は元気な彩を見ている方が幸せだから」
星鏡君と霜月君とは、お互いにきちんと話し合ってないからね。
向こうもこっちもなんか遠慮しちゃって話す機会がない。

違うな。

お互いにお互いのプライドが邪魔してるだけなんだろうな〜、きっと。
女の子のプライドとは少し違うけど、男にも複雑なプライドってのが存在するのだ。

未唯の集中力に左右されたのか豆電球が不規則に点滅を開始する。
僕は顔を真っ赤にして口元に手を当てた。
無意識だろうけど……未唯。
なんか凄く恥ずかしい台詞をさらっと言ってない?
しかもいつの間にせーちゃんと話したんだろう?

「彩が楽しいと未唯も楽しい。胸の辺りがポカポカするの。彩が笑ってくれると、未唯はとってもドキドキするの。
お母さんに話したら『まあ、お祖母ちゃんになるのも早いかしら』って言われちゃった……? 彩?」
僕は意識を半分飛ばしかける。
お祖母ちゃんって……お祖母ちゃんって!!

母さんの言葉は本気か冗談か。
どっちにしても思惑見え見えで僕としては怖い。
未唯は僕が固まったのを良いことに僕に身体を摺り寄せて(さっきから僕達は抱き合ったままだ)幸せそうに表情を緩ませている。
幼子が母親にするみたいに。
ふ、複雑すぎる!!! 男としては喜ぶべき?
これって保護者としての僕が幸せだと嬉しい。
ってなニュアンスでも受け止められるんだけど!?

「はぁ……」
未唯に悟られないように小さくため息。
未唯の告白に驚いてる場合じゃなくて、今気にしなければならないのは。
「どうやって上まで戻ろっか」
現実に直面した難題を片付けることだった。
「蓋の上には封印がしてあるの。あんじぇりかが念入りにしていったの」
僕が上を見たのでつられて上を見上げる未唯。

そっか……ご丁寧に封印までしていったのかアンジェリカさん。
おっといけない。
時間までに帰らないと! 母さんにまで封印されちゃ敵わないからね。

「封印の範囲は広い?」
僕が尋ねれば未唯は首を横に振った。
「んじゃ、試しに穴掘りでもしていきますか」

力の有効利用。

アンジェリカさんをどうこうしたい訳でもなし。
僕はただ普通のありきたりな毎日が欲しいだけ。
最初は劇的な日常にも憧れはしたけど。
実際体験してみると普通が一番なんだな〜、切実に感じるわけで。

未唯の力にしても、上手く厄介ごとから逃げられる範囲に使えればそれで良し。
僕の中の僕が定める基準。
せーちゃんの言っていた『土台作り』ってやつ。

僕が出せるようになった杖を手に出し、土をコンコンって叩く。

「らじゃー」
呑気に言う僕に、やっぱり呑気に未唯が答える。
「危ないものを避けて地上への穴を掘ろう」
僕の頭に浮かべる電気や水道・ガス・ケーブルの類のイメージ。
未唯へ伝えて僕らは杖で土を叩いて消し、梯子を作って立てかけて。
の繰り返しを地道に開始した。





「まだかなぁ〜?」
もう何回目になるのか。
梯子を継ぎ足し宙に浮く未唯が呟く。
早く外に出て『星に願いを』したいみたいだ。

おっとりした気質の未唯にしては珍しく急いでいる。

「どうだろう?」
僕は梯子に手をかけたまま下を見た。

真っ暗闇で何も見えない。
だいぶ地上に近づいているとは思うんだけど……どれくらい落ちたかなんて咄嗟の事だったし。
測る余裕なんてなかったからなぁ。
僕は突きすぎて腕が痛かったけど自分の為にも急がなくちゃいけない。
何回振ったか分からない杖先を頭上の土へ向けて振りかざした。

普通だったら地盤が崩壊して土が降ってくるけど流石最強使い魔の未唯と僕。
土を無意識に魔力で持ち上げてるみたいで、生き埋めになるのは免れている。

突然頭上の方から土が崩れ、光が溢れ出す。

「はえ……?」
未唯の間抜けた声が僕の耳に届く。それから……。
「京極院! 大丈夫か!?」
切羽詰った霜月君の呼び声と。
「大丈夫!? 京極院君……怪我とかはない?」
同じ様に僕を心配する星鏡君の声だった。
真っ暗闇に目が慣れていたから、突然の光に目がおいつかない。
眩しさに僕は何度も瞬きを繰り返した。
「大丈夫だよ〜」
僕の気持ちを代弁して未唯が答える。

頭上から流れ込む外の空気。
はー、新鮮な酸素って有難い! 僕は思いつつ未唯へ手を差し伸べた。

「とっびまーすー」
未唯は僕の手を掴むと一気に地上へ舞い上がる。

海央学園中等部の校庭隅っこ。

ぽっかり開いた結構大きめな穴と。
スコップ片手に泥まみれになった霜月君と星鏡君の姿があった。
僕は驚きに目を丸くして二人を見る。

「……もしかして二人共……自力で穴掘ってたの?」
だってさ? 不思議としか思えないじゃないか。

アンジェリカさんを悔しがらせる位の力を持ってる(筈の)二人が何故自力で?
アンジェリカさんの封印を解いて、詰め込んだ土を除去すればもっと早かったし、疲れなかったんじゃない?

僕の素朴な疑問に二人は照れたように小さく笑う。

「うん。まあ……力を使えば簡単だと思うよ。だけど僕は『友達』の京極院君を自分の力で助けたいって思ったから。特殊な力は親からの遺伝。僕自身の本当の力じゃない」
星鏡君が汗まみれになったズボンの泥を払いつつ呟く。
「星鏡ほど爽やかな理由じゃねーけどな。ま、似たようなモンか」
スコップを投げ出してぶっきら棒に喋った霜月君。
「ええっと。彩と一緒に居られますように! 彩と一緒に居られますように! 彩と一緒に居られますように! ……それから……」
未唯は夕焼け空に向かい、念仏でも唱えるみたいな調子で願いを口にしてる。
しかも早口言葉で。だからその知識は何処で仕入れてきたんだって!

僕は未唯の願い事早口言葉バージョンを聴きながら。
不謹慎にも噴き出した。
目の前の霜月君と星鏡君の格好も十二分に笑えたから。
申し訳ないと思いつつ遠慮なく笑った。

「ごめ……でも……助けてくれてありがとう」
笑いの合間に僕は二人へお礼を言った。

はー、死ぬ!! 未唯はまだごにょごにょ口の中で早口言葉を続けている。

そんな未唯を驚いたように見詰める霜月君。

そういえば霜月君が未唯と会うのって初めてだっけ。
星鏡君はニコニコ笑って「可愛らしいお願いだね」なんて余裕の態度。

僕が二人の力を拒否したから二人は力を使わずに僕に関わろうとしたんだな。
考える僕に未唯は小さくうなずき返す。
二人の気持ち(その時に強く表れる感情なら未唯でも読み取れる)を感じ取れてるみたいだ。

力あるなしに関係なく。誰にだって『心』はある。
まあ、それなりに互いの事情は違っても。
協力できるのはイイコトだと思っとこ。

「お前さ、笑いすぎ」
言いながらもホッとした顔で苦笑する霜月君。
「うん、ごめん」
謝りながらも僕は笑い続けた。

近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心に巻き起こるファンタジーもどきの騒動は、今日も巻き起こっていた。


母さんとの約束は守れたのか? ……聞かないでおいてくれると嬉しい。



力があっても頼っては駄目。信頼を勝ち得るためには己の力だけで相手を助けましょう〜(くさっ)みたいな感じが出ていれば幸いvブラウザバックプリーズ