エピソード6 『流儀は違えど心は一つ!?』



未唯と語り明かした次の日の朝早く。
1階部分、玄関へと通じる廊下の中央部分の壁で。
完全に徹夜した僕は、眠気に負けそうになりながら電話をかけた。

今時にしては珍しい音声だけの電話。テレビ電話じゃない、アナログ版。
調子ハズレのコールが五回。六回目でお目当ての相手が出た。

《久しぶり、彩》
電話の向こうには懐かしい相手。
僕が『もしもし』と言わなくても。僕だと分かって電話に出る事の出来る人物。
何年ぶりかの電話なのに事情を察してくれる心優しき能力者。

「久しぶり。急に電話してご免。そっちの時間は平気?」
日本と向こうの時間差を考えて僕は尋ねた。

《うん、平気。それより躓いた? 友達関係とか》
クスクス電話口で笑いながら、僕の今を見透かした言葉。
六分の五は異星人の血を引くあの子になら朝飯前。
僕がどんな気持ちでどんな顔で電話しているかを『知る』事位。

「深層心理までは読まれてないって分かってても。心臓に悪いよ」

あの子。

せーちゃんは特殊能力者。

ありとあらゆる事象。
何でも見通せる神眼みたいな能力を持っていて、コントロール出来なかった時代は大変らしかった。
尤も一族の人達が、せーちゃんの能力を普段は封印していて全ての力を使えないようにしている。
せーちゃんの為。
僕達の為に。
何でもかんでも見えてしまったらせーちゃんだって気が狂う。

紙一重の能力。抱えてもなお笑顔だったせーちゃん。
改めて凄いな。と僕は再認識した。

《ごめん、ごめん。困惑した彩の姿が見えるから、つい》
尚もクスクス笑うせーちゃん。

はぁ。
せーちゃんを取り巻く環境は決して優しくないのに。
どーしてこうも緊張感がないかな?
呑気に電話向こうで笑うせーちゃんに僕は脱力した。

うーむ。

この気楽さを欲しいと思うよ。心の底から。

「こうして考えると偉大だよね、せーちゃんは」
少し人と違う容姿を持っていたせーちゃん。
でも一本気で曲がった事は嫌い。
少し悪戯好きが玉に瑕。位で他は僕とあんまり変わりがなかった。
同い年の友達に見えた。
そういう風に見えたのは、きっとせーちゃんが努力してたから。

やっと今になって分かった。6年目の真実?なんちゃって。

《そう? 偶然だよ。この能力を理解した上で、ありのままに受け入れてくれる友達が居たからねー。ラッキーだっただけかもよ》

「ふーん。僕はあんまり違和感無かったよ? 今も話した感じは昔と変わらないし」

《気がつかないだけで生物は日々進化するもんさ》

「僕も?」
思わず僕はせーちゃんに突っ込んだ。
能力者のせーちゃんに『進化してる』って言ってもらえたら嬉しいかもしれない。
なんて下心を持って。

《勿論。背も伸びたじゃん。顔も大人びてきた。声変わりはまだみたいだけど、直ぐに変わるかもね。それに体つきもゴツクなってきたし、少しやつれてる》

「……最後の『やつれてる』は進化じゃないよ」

《バレた?》
受話器の向こうで大爆笑しているせーちゃんの笑い声。
・・・頼むから、こういう状況下で人をからかうの止めてよね。

《良い意味では進化。対人関係で悩めるほど自己と他者を認識できるってのはね。ただ誰にでも良い顔してると疲れるよ。譲みたいに》

「え? 譲兄が?」
好き嫌いの激しい譲兄が『誰にでも良い顔?』
感覚的発言で周囲を混乱させる譲兄が?
それだったら何時でも爽やか護兄の方が当て嵌る。

《もう少し時間がたてば分かるよ、彩にも》

「そかな?」

《そう。案外近くにいる人間の不安とか悩みとか。分かってるつもりで意外に分かってない場合もある。近くに居ればいるほど見えなくなるもんだからね》

うー。せーちゃんは時々哲学的だ。
少しせーちゃんを遠くに感じる瞬間。

《距離と心の距離は関係ないよ。彩とはずっと友達だって思ってる。
たとえ年賀状だけのやり取りだけでも。
今はお互いに相容れないかもしれない。だけどずーっと疎遠になっているだけじゃない。
いずれは道が交わり、また離れて交わって。
人生のうちで何度かは互いに接点を持ったりする。
そんな距離でも互いに友達だって思っていれば、それで友達。
人それぞれでしょ、『友達』の定義は》

言い切るせーちゃんの声。
顔は見えないのになんだかその表情は想像がつくなぁ。
難しい理屈なんて僕には分からない。だけどせーちゃんの言葉は少しだけ分かった気がした。

「僕が友達だって思えればいいだけの話? なんだよね。ただ……世の中ギブアンドテイクの部分もあるし。なーんか損得だけで生きていられた方が楽な気がする」
僕に迷惑をかけたと思ってる星鏡君・霜月君。
だから二人は僕の友達として災難から僕を守ってくれようとしている。
未唯は自身の存在の為。

ギブアンドテイクだ。

《それは彩が選びなよ。第三者がどうこう言える立場じゃない。選ぶのは彩自身。自分の人生なんだから好きに選べばいい》
察してせーちゃんが僕へ答える。

「うん。責任重く感じるのは僕がガキだからなんだよね……きっと」

《大人だって責任感じるよ。損得だけで割り切って生きていられるほど大人だって強くない。いずれ分かるって》

「やっぱせーちゃんって」

《たまたま普通の子供とは違う育ち方をしただけ。精神的に大人なわけじゃない。全然子供だよ》

大人だな、と言おうとしたら。僕の先を読んで言葉をせーちゃんは封じた。
少しばかりお互いに沈黙。

まぁ、朝っぱらから交わす話題じゃない。
友達論とか責任とかについてなんてさ。

《出来る事から地道にやれば? まずは彼女の暴走を止めたいなら、彼女を知り、どんな力が使えるのか位把握しときなよ。足場を固める事》
確かに。起きた事件に目を回すばっかりで考えても無かった。

「そーする。僕がどんな『魔使い』なのか、僕自身が知らないのは変だしね」

《そうそう。ネットで検索すれば出る筈。魔法使い協会の公式HPがあるから》

「……」

知らなかった……。
そんな簡単に調べられたりしたんだ。
なんか僕って目先ばっかりに考えがいっちゃって。

駄目駄目じゃん。

《回り道しても正しい答えに到達できれば、無駄じゃないよ》

「はは、気遣いありがとう」
僕は肩を落としてせーちゃんへお礼を言った。

《どう致しまして》

は―――あ。ストレス溜まって輪になった玩具の中を走っているハムスターの気分。
グルグルグル同じトコだけ回っててさ。
だぁ――!!!葛藤してるつもりが葛藤にもなってない。
つくづく詰めが甘い。

中学生が『詰め』を気にするのもなんだか……なぁ〜。

「もう一度最初からやり直してみるよ。未唯の事、友達の事。結果がどうなるか予想もつかないけど」
見てるつもりで何も知らなかった。
知らないを理由に逃げていた。
現実はきちんと目の前にあったのに。

子供だから。
普通だから。
逃げていた。

逃げる事さえ選べないくせに、中途半端に逃げていた。

《ほどほどにね》

「ご忠告感謝」

《じゃあ、最後に。こっちも報告。もし                                                                            と》

「それ、本気?」
僕は眉間に皴を寄せて電話を睨んだ。
本当なら怒鳴って怒ってもいい筈だけど、不思議と怒りは湧いてこない。
心に波が立って波紋を呼ぶ。そんな感じに。

もやもやした気分になる。

《本気》
せーちゃんは何時でも率直だ。嘘をつかない。
相手を傷つけると分かっていても、必要ならば嘘をつかない。
事実をありのまま告げる。

それがせーちゃんの僕に対する友達としての誠意。伝わってくる。

「……」

《分かってる。こんな言い方が卑怯なのは。でも選ぶ権利は彩にある。だから悩んで逃げて迷って。それでも決めて欲しい、答えを》

僕は答えられなかった。せーちゃんは今の僕に答えを強要するつもりは無く。
《じゃ、またね》と。沈黙した僕へ告げて電話を切った。

「またね……か」
ノロノロ受話器を置いた僕。
ずっと様子を窺っていた未唯は僕の上着をそっと掴んだ。
「大丈夫?」
割れ物に触れるかのようにそっと。
未唯は大きな瞳の中に困惑した僕の顔を映し。小さな声で問いかける。
「んー、大丈夫じゃないけど。大丈夫ってことにしておこうかな」

眠気は襲ってくるわ。
衝撃の発言はあるわ。
今日も運勢は絶不調。
でも見栄張ったっていーじゃん。

僕だって男だ。使い魔だけど相手は女の子。労われなきゃね。

「?」
未唯は顔一杯に? マークを飛ばして首を傾げた。
そんな未唯の様子が可笑しくて、久々に僕は笑った。
未唯に悪いと思いながら腹を抱えて笑った。

「母さん、今日学校サボってもいい?」
欠伸を噛み殺し。僕は未唯と並んで電話のやり取りを聞いていた母さんに尋ねた。
こんなんで学校行っても僕には負担。
眠いし考えなくちゃいけないことだらけ。

今日は子供を休んで疲れをとろう。なんちゃって。

「譲みたいにならないなら、いいわ」
にっこり笑う母さんに。
「そうだよな〜」
何時の間に混じったのかしみじみ呟く護兄。と。
「なんでー!? 俺今回大活躍だったじゃんか!?」
目を剥いて驚く譲兄。なんてこったい!? なんて大袈裟に天を仰いで叫んでたけど。
感謝してます、譲兄にも。
それから「よかったな」なんて僕の頭を軽く小突いて行った護兄にも。
勿論、母さんにも。父さんにも。

未唯にも。

「今日は寝てよう」
僕はひとまず今日の予定をたて部屋へ戻る。
階段へヨロヨロした足取りで向かう僕の背中。
「特別だからね」
念押しする母さんの声が届く。
「分かってる。感謝してます」
振り返りはしなかったけど、僕は付け加えるのを忘れずにきちんと言葉にした。
悪くないスタートだ。再スタートにしては。
重い身体を引きずってベットへ到達した僕は眠りにつく前にそう思った。





「さようなら」
「バイバーイ」
チャイムが鳴って学園の授業も終了。
僕も大急ぎで机の上のPC端末の電源を落とす。
それから鞄に荷物を詰め込んで足早に……。

「ちょっといいか?」
帰ろうとして霜月君に引き止められた。

「手短に頼んで良い?」
数日前。

未唯と二人で調べたネットで見たHP。
魔法使い協会正規の公式HP。

隅から隅まで読んだ僕達が『なぜアンジェリカさんに狙われるのか』とか。
『使い魔ミィーディーが封印され続けていた理由』とか。
一般的な知識を得るに至った。

表向き『魔法使い協会』が公表している事実だから裏はありそうだ。
それに僕は未唯が使う力を『知る』必要もある。
中学生にしては忙しい毎日。

星鏡君と霜月君に悪いとは思ったけど、せーちゃんの忠告どおり自分の土台からなんとかしようと僕は決めていた。
今日も帰って未唯と調べ物をする約束をしている。

ザワザワざわめく教室。

「えーっと……」
僕としてもリアクションに困る現実が目の前に。

霜月君は徐に床に土下座していた。
僕に向かって。
部活へ向かう生徒も立ち止まり、帰宅組の生徒も立ち止まる。

静寂。

「悪かった」
霜月君は言葉少なに謝って頭を下げる。

……嫌がらせじゃなくて、霜月君の気が済まないのは分かるけど!!

王子水掛事件に続き、僕をハブにさせたいのか!?

このクラスで!

ハーフっぽい優男風外見に似合わず潔い態度の霜月君は密かに女子の間で人気がある。
井上君に教えてもらったんだけど、曲がった事が嫌いな一匹狼風の霜月君。
案外素っ気無い態度と乱暴な口調な割に人柄は良い。

よって一部女子生徒からは憧れの対象となっているわけで……。

「し、霜月君」
震える声で霜月君の名前を呼び、僕は無理矢理霜月君を起き上がらせた。

ううう。

記憶の忘却の魔法とかってなかったかな。
この場にいた全員の記憶を消したい!!

僕が他校の生徒に絡まれてるのを助けられなくて気にしてたんだよね?
疑問系だけど有無は言わせない。

僕にだって残りの学園生活がかかってるんだ。
小心者の精一杯の反撃を大人しく受けといてもらおう。
ある意味僕は開き直る。
わざとらしく大きな声で演技も出来ないし、なるべく周囲に聞かせるように声を出す。

動きが止まった生徒達は、怪しいモノを見る目つきで僕を見る。
まー、自分で喋っといてなんだけど今時『絡まれる』もないんだけどね。

「いや……」
不思議そうな霜月君の肩をがっちり掴んで僕は引き攣った顔のまま笑う。
星鏡君は臨機応変。
悪く言えば二面性のある性格をしているけど、霜月君は一匹狼の割に正直なんだ。
僕の見え透いた嘘に困惑している。

ありがとう、心配してくれて。最近は絡まれる事もないよ。霜月君のお陰だね!
僕の目線が伝える事はただ一つ。

『頼むから話を合わせろ』

笑い顔でありながら鬼気迫る瞳の僕に霜月君は何度か瞬き。
察してよ! 僕の学園生活がかかってんだから!!

「京……極院?」
霜月君の問いかけは一切無視。僕は尚も大きな声で喋り倒す。
こうなりゃ自棄だ。
バレバレの嘘かもしれないけど、僕にだって災難から身を護る自衛権はある筈なんだ。
権利は行使しないとね。

これから僕も一人で危ない場所には行かないように気をつけるから。忠告有難う。迷惑かけてごめんね、霜月君
僕が逆に謝れば興味を失くした男子生徒達が教室から離れていく。

クラスメイトの『だらしがねーな、京極院』みたいな視線は感じたけど、それはそれ・これはこれ。

僕が頼りない影の薄い生徒なのは今に始まった事じゃない。気にしてないよ。

「や」
気をつけて帰るから、心配知れくれなくても平気だよ。じゃーね
口を開きかける霜月君を制して僕は極めつけの一言。
女子から霜月君へ賞賛の視線が集中する。……結果オーライ?
僕はなるべく自然に霜月君へ別れを告げ教室から猛ダッシュで逃げ出した。
アンジェリカさんとかに待ち伏せされても困るし。

下駄箱で急かされる様に靴に履き替え、駅まで全力疾走。
いつもより二本後の電車に飛び乗ってから僕は席に座って脱力していた。

「……はぁ……」
心臓がまだドクドクしてる。全力疾走したのと、霜月君の土下座事件に遭遇したから。
それからベタベタな展開と嘘だけど災難を自分でかわせたから。
人生における小さな危険回避に成功。

僕にしてみれば大事件だ。

いつも貧乏くじ引いてたからね……。

「なんだかなぁ」
せーちゃんも。霜月君も。
行動のしかたは違うけど僕を心配してくれてる。
有難いとは思うし僕の考えも説明したい。

ただ、未唯との意思疎通だって儘ならない僕だ。
最初にパートナーの未唯を理解できなきゃ駄目だと思う。

港南台駅に向かう電車。各駅なので一つ一つの駅に停車する。
窓から見える家屋に工業地帯の建物・工場。
眺め僕はもう一人の人物を頭に思い浮かべた。

星鏡君。
星鏡君にも謝らないと。生まれた時に持っていた能力で相手を差別しちゃいけない。
せーちゃんと遊んで理解していたつもりだったのに。

理解するのと行動するのは別物で難しい。

電車に揺られながら僕は呟いた。





その夜。土下座事件は我が家の夕食時の話題となり。
「へぇ〜? あの霜月がねぇ」
譲兄は大爆笑。

整った美男子風・向こうの顔立ちをしている霜月君の評判は、大学生の間でも話題に上っていた。
霜月君は喧嘩が強くて、なんでも難癖つけてきた大学生を叩きのめしたらしい。
凄い評判。

「流儀は違うけど、彩を心配している気持ちは一つなんだな。霜月君もせーも」
護兄は苦笑しながら落ち込む僕を宥めた。
「どーせだったら同じにして」
幸せそうな顔でハンバーグを口にする未唯を横目に僕は主張する。
「おいひ〜!!」
もぐもぐ口を動かして幸せそうに叫ぶ未唯と。
「ああ、幸せ」
未唯との合作ハンバーグを食べてうっとりする母さん。

なんだか照れてハンバーグを食べている父さん。

平和そのものの家庭? みたいな展開の居間。

これはこれで平和なんだろう。

僕は未唯が一生懸命作ったハンバーグを口へ放り込んで結論付けた。

近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心に巻き起こるファンタジーもどきの騒動は、今日も巻き起こって……?
いたりいなかったりしていた。


せーちゃんが喋っている空欄はまんま空欄です(馬鹿)この台詞は最後の方にもう一度出てきます。涼は和也と違い男気満載(笑)ブラウザバックプリーズ