エピソード5 『らいん』



中間テストも終了。本当ならテストの間だけ休みだった部活動も始まるけど。

「あら、今日も早いのね」
家へ帰った僕を母さんはいつもの通り出迎える。

僕は文字通り『幽霊部員』をしていた。
元々それが目的で入部する人も多いらしいし。
水巻当番さえ守っていれば部活動としては成立する。

幸い、今は梅雨時。

雨も結構降っていて水遣りの心配はなかった。

「うん」
口を開きかける未唯を目線で牽制して、僕は二階へ上がる。

正直ナニが正しくてナニを基準にすればいいか。
混乱している僕には全てがウザッタク見えた。
未唯の事も。
星鏡君の事も。
霜月君の事も。
アンジェリカさんの事も。

なにより自分自身の事も。

ガラリと態度を変えた僕。
護兄はいち早く察して何度も僕へお説教した。
責任感の強い長男らしい行動。
僕は大人しく説教を聞くことしか出来ない。
護兄みたいに……全てを順調に乗りって来た人種には理解できない悩みだよ。

なんか、情けない。
こんなにちっぽけだったんだ、僕って。もう少し男らしいかと思ってた。

「はぁ」
最近癖になったため息。
無意識について階段を上る。奥の隅。自室へ到着。

部屋にいつの間にか飾られたのか。
紫陽花が一輪。
花好きの母さんが庭から切ってきたのだろうか?
黄緑色だった紫陽花は葉の縁から徐々に色を変える。
子供の時には不思議でしょうがなかった。

「でも理由があるんだよね、植物学的には」
何事にも理由は在る。

僕が『魔力』を持っている理由は分からないけど。
星鏡君が僕と友達になったのも。
アンジェリカさんが僕を狙うのも。
未唯が僕を慕うのも。

「ぜーんぶ、裏があるんだよね」
世の中所詮ギブアンドテイク。ぶっちゃけ下心なしに本音で。
なーんて世の中渡ってたらきっと人間関係はアウトだな。
僕だって本音で熱く語る。なんて無縁だし。そんな友情あるならお目にかかりたいもんだ。

信頼関係も。

「はぁ……」
ブレザーとネクタイを外してベットの上に寝転がる。
不毛だ。
なんかどん底?
学園自体は通うのに支障はない。星鏡君も表向きは普通だし、僕も極力普通にしてる。
勉強は大変だけど概ね問題はない。

元々が目立たない生徒に分類される僕だ。

目立とうとしても手段がない。
幸い目立とう精神はないし、却って目立ちたくなかったから。
この数週間は天国みたいだ。
居ても居なくても害はない。それが僕のポジション。
クラスにおける立ち位置だ。
収まるところに収まりました、ってな感じ。

「『魔力』かぁ……」
手のひらを部屋の明かりへ近づけてみる。
僕が無意識に撒き散らす魔力。
だから未唯は具現化したし。星鏡君達は僕に近づいたし。アンジェリカさんは留学してきたし。

「封印かな」
僕は一人心地に一つの……究極の選択肢を口にする。

魔力の封印。
それなら出来るとアンジェリカさんは言っていた。
未唯自身を封印するんじゃない。
僕の力を封印する方法。
そうすれば少なくとも未唯は具現化できない。
未唯の自由を考えれば良心は咎める。
だけど僕にとってとても魅力的な言葉だ。

魔力さえなければまた『いつもの』毎日に戻れる。平凡な冴えない生徒に戻れるんだ。

「はぁ」
この日何度ついたか分からないため息。

「6回目だぞ〜」
ガラガラガラガラ。

ベランダへ通じる窓が開いて、何故か外から侵入してくる譲兄。
ふつーに家に帰ってくれば?
ベランダ近くに大きな木があってそこを登ってきたんだろう。
クセ毛の髪と上着が少し雨に濡れていた。
「あ、そ」
どこから数えて6回目? この際だから下手な突っ込みはやめておこう。
譲兄と喋る気分じゃない。僕はおざなりに答えた。
「邪魔するぞ〜」
窓を開け放った状態でしかも! スニーカーのままカーペットの上に上がる譲兄。
相変わらず大雑把だな。
僕が顔を顰めたのに気がついて譲兄はスニーカーを脱いだ。
ついでに自動掃除機能のスイッチをオン。

 カーペットをクリーニングします。

機械音声ガイドが作業報告をした。

「ちょっといいか?」
いつもは人の都合を聞かない譲兄が珍しい。
僕の顔色を窺っている。
なんとなく譲兄がしたいことが分かるような気がして、僕は黙ってうなずいた。
譲兄は僕が寝そべるベットの縁へ腰掛ける。

「本当、彩って俺に似てるのな」
しみじみ譲兄が僕へ言った。

「どこらへんが?」
胡散臭そうに譲兄を見れば、頭をはたかれた。
痛い! なんだよ、いきなり。
決まり悪そうに譲兄は頭を掻き掻き、僕に言うわけじゃなく、みたいな感じで喋り出す。

「俺さ、自分で言うのもなんだけど器用なんだよな〜。そこそこスポーツとか出来るし。勉強はまー、普通くらい。別に打倒護とかって訳でもなし」
自慢? 弟相手に自慢?
そーゆーのはファンクラブのお姉さん達にしてあげれば?
「黙って聞け」
僕の顔に出た正直な本音を読み取った譲兄。
すかさず顔面チョップが飛ぶ。流石に僕も両腕を交差させてチョップを避けた。

あぶな……。

「だから飽きるのも早いわけ。夢中になるのも早いんだけど。で、複雑・面倒なものはパスって感じで全部避けてさ」
柄にもなくマジな話だ。
滅多に見ない譲兄のマジな顔。

うわ〜、ついに放任主義の譲兄まで僕にお説教!?

落ちるとこまで落ちたのかな? 僕。

「楽だぜ? 嫌な事を避けて、名物双子『京極院ツインズ』のスポーツ担当。なんて仮面かぶってればな? けどさー、目茶目茶息が詰まる。小・中・高・大だろ? いい加減勘弁してくれよって感じ〜」
言いながら譲兄はベットへ背中から倒れこむ。

ボスッ。

音と振動が寝転がる僕の身体に伝わった。
ありがちな苦労話だよね。悪いけど。
やさぐれ真っ最中の僕。冷たく胸の中で譲兄へ突っ込んだ。

「俺、お前が未唯を見捨てても怒らないぞ」
抑揚のない声で譲兄が言う。僕の身体は強張った。
「同情や薄っぺらい理解を示して言ってんじゃねーぞ? 兄ちゃんは……俺はお前が全部投げ捨てても責めない。本当に逃げたいならそれでいいじゃん。俺と違ってお前は根性あるし」
さっきは似てるって言ってたじゃん! つーかなに言いたいのさ、譲兄。
「あーあ。こういうのって、護が考えればもっと彩に分かりやすく伝えられんだろうな。俺じゃ全然駄目だ。伝わらん」
苛々した譲兄は貧乏揺すり。ベットまで揺らして悶えた。
「なんてーの? 真っ向勝負なんて面倒だし、疲れるだけじゃね? 俺は面倒避けてきた口だけどお前は真っ向勝負だよな、いつもさ。不器用すぎ」
「素直な良い子って周りの評価を信じるなら」
僕が素っ気無く言い返す。要領悪いよ、僕は。
「ちげーよ、バカ。要領の悪さ云々より、お前は真正面から受け止めすぎなんだよ。護みたいに賢くもないし、俺みたいに逃げ足早くねーのに。バカ正直に真っ向勝負だ」
それ褒めてる? 貶してる? 僕はムッとして黙り込んだ。
「嫌な事味わう方が多いのに、真っ直ぐ前だけしか見ねーの。それが彩の長所で短所なんだよ。つまりだな、視野が狭いって。前ばっかみてこれが正しいって感じ? それって彩の傲慢だろ」
「どーせ僕は視野の狭いお子様だよ」
低い声で僕は答えた。
よく分からないよ、譲兄の言いたい事。
「あー、ちょっと違う。俺って飽きやすいから短絡思考なんだよ。これは『こう』なんだって。だから新しく始めたスポーツとかでもすぐ『出来た』と思って止めちまう。決め付けるのが早いんだ。彩、お前と一緒で」
「神様じゃないんだ。公平になれるわけないよ」
「俺が言いたいのは。彩が未唯を見捨てても俺には関係ない。はっきり言って彩がすることだろ? 俺には関係ない。そう思ってる。
ただ、本当に持ってる『力』放棄したいんならきちんと未唯と喋ってからにしろ。未唯を理解してからにしろ。
あの子泣いてたぞ、真夜中に部屋で。なのに昼間は無理矢理笑顔作って。彩、未唯の主よりなにより前に男として最低だぞ女泣かせて」

一息に言い切ってから譲兄は深呼吸した。

「はー。俺らしくなくシリアスしちまった。柄じゃない事すると肩凝るな」
譲兄がベットから起き上がり首を回す。
ゴキゴキという若者らしくない間接の鳴る音。
僕だって驚いてるよ。譲兄でもシリアスできたんだ。

「相手の言い分聞いてからでも遅くない。不本意で巻き込まれたのは分かる。だけど幕引きする権利は彩に在る。だからこそ良く考えろ。悩んで逃げろ。要領悪いからな?」
彩は。悪戯っぽく笑って譲兄は僕の髪をクシャクシャに乱した。
「他人事のクセに」
僕は恨めしくなって譲兄の手を払いのける。口角を持ち上げ譲兄はニヤリと笑う。
「だから教えてやってんだろ。彩はきちんと未唯と話した事あるか? あれも駄目、これも駄目ってばっか。面倒から逃げてる俺みたいじゃん。取り敢えず『駄目』って言って誤魔化してな」
「護兄みたいに上手く説明できない」
喉まででかかる気持ちが上手く纏まらない。
未唯へ伝えられない。
何度説明しかけて止めた事だろう。
僕だって努力はしてみたんだ。一応。
「だったら護に教わりゃいいだろ。頭悪いな、やっぱ」
呆れた顔の譲兄はあっさりそう言った。

……ねぇ? 弟のなけなしのプライド馬鹿にしてない?

確かに護兄は頼りになるけど。

「余計なお世話だよ」
僕はそっぽを向いた。
「いいか? 自分がどこまで走れるかのラインは自分で決めるんだ。だけど思い込んでるだけだったら、それは走ってるとはいわない。歩いているだけだ」
最後に。僕の額を二度三度突いて。
「あー疲れた」
なんて大袈裟に疲れて見せて。
それから譲兄はスニーカー片手に部屋を出て行った。

再び戻る静寂。開けっ放しの窓から聞こえる雨粒の音。重なる未唯の泣く姿。

「良くも悪くも背中を押すんだよね」
譲兄は人の感情に敏感だ。聡い護兄が察するのとはまた違った意味合いで。
空気で感じるっていうのかな。皆が険悪になれば自分からお笑いを取るような。
そんな気遣いをするタイプ。

たまに全然違う事もしでかすけど。でも頼りになる兄さんだ。

僕がうだうだ悩んで。いつもなら護兄に叱られて。渋々行動を起こす。
だけど今回みたいに僕も煮詰まっちゃうと。
さり気なく(譲兄からしたらだ。僕から見たらバレバレだ)話しに来る。
お節介なんだ。

コンコン。

遠慮がちのノックの後。間を置いて二回。

規則正しく コン コン。

「居留守は使わないよ、母さん」

扉の向こうでココアを持って。僕の凹み具合を窺うような母さんのノック。
譲兄に報告でも受けたんだろーね。

つくづく僕って末っ子だと実感する瞬間。
なんだかんだ言って物凄くガキだ。嫌になるくらいガキだ。僕は。
甘やかされて宥めすかされて。


僕が冗談交じりで言えば、扉が開いて母さんが部屋に入ってくる。
お盆には二つのマグカップ。

フワリ。

カップからココアの甘い香りが漂った。

「思春期だから。母さんには話しづらいわよね」
「うん」
カップを渡す母さんからココアのカップを受け取る。
僕は正直に答えた。
「……護といい、譲といい。彩といい。皆頑固なんだから。お父さんも含めて京極院の男達は」
母さんは僕の勉強机の椅子に座る。
「いいわ。どうせ母さんには分からないもの。ただ一つ。せーちゃん、覚えてる?」
昔話?

今もあの子の家族はご近所だけど、昔。
幼稚園の頃近所に住んでいた異星人の血を引く子供。
歳が同じだったから良く遊んだっけ。

「うん。小学校に上がると同時に留学しちゃったね。元気かな」
当時を思い出して僕は呟いた。
「元気よ? たまにメールくれるもの」
母さんは笑いココアを口に含む。甘いココアの香りが一段と鼻につく。
「せーちゃんは、地球人の血を六分の一しか引いてなかった。だから不思議な力が使えて。見せびらかしたりするような子供じゃなかったけど、僻まれたりもしてたね」
遠い目をして過去を懐かしむ母さんの口調。
僕はせーちゃんの顔を思い出していた。
「けどさ、せーちゃんはせーちゃんじゃないか。確かに不思議な力とかは使えたけど。僕からすれば普通の子供だった……」
反論した僕。


うわ。


本末転倒?


後で悔やむから後悔?


過去の僕のほうがどんなに視野が広かったか。
子供だから分かってなかったかもしれない。
なのに、無意識に異星人の友達、せーちゃんと当たり前のように遊んでいた。
せーちゃん、たまに力を使って悪戯してたっけ。
僕も気にしなくて一緒に笑ってた。

「誰にでも心はあるんだよね。人とは姿が違っても、不思議な力は使えても。否定されたら辛いよな……」
一人心地の僕に柔らかく笑う母さん。

はぁーあー。僕って堂々巡り。

未唯の元気のない顔を今度は思い出して、ため息。

母さんは僕のココアカップを回収して無言のまま部屋を後にした。

くそう。

親の作戦に嵌められた気がする。


だからってウダウダするのはもう止めだ。
僕は立ち上がって一階の居間へ駆け下りる。
テレビを見ている未唯と譲兄。
夕飯の準備をする母さん。

「未唯」
僕が名を呼べば、弾かれたように顔を上げて僕を見る未唯。
「ごめん」
僕は頭を下げた。とにかく謝りたくて頭を下げた。
今の僕に出来る精一杯だから。

「未唯もごめんさない」
「未唯は悪くないよ」
言葉ではまだ上手く伝えられないけど。
僕は未唯の手を取って気持ちを伝える。
行動理由を僕に説明して欲しいと。
未唯は幸せそうに笑い僕に抱きついた。

……だから、く、苦しい。

僕がやや酸欠に陥っているところへ。

 ちゅ。

頬に当たる未唯の唇。

「それは駄目――!!」
僕は堪らず叫ぶ。
唖然とする譲兄と目を丸くした母さん。
やっぱり僕は進歩なし変化なし。
人間早々簡単には変われない。

頑固なのは家系でしょ。

「駄目じゃないもん」
小さな変化。未唯はブスッと頬を膨らませて僕を睨む。
きちんと僕の言葉をきいて不満を示す。
僕と未唯の立ち位置が少しずつ変わり始めた証。
「好きな人にはちゅーってするんだもん」
剥きになった未唯は僕にしがみついたまま、再度唇を頬に押し当ててきた。

……なんか子供が母親を盗られまいと躍起になってるドラマの一シーンが目に浮かぶんですけど。

気のせいじゃないな……。

「熱々なのかしら?」
「うんにゃ。あれはやーっとスキンシップを始めたってトコだよ」
首を傾げる母さんに譲兄が解説していた。

ほとっけ。

僕は子供らしく舌を出して譲兄へアッカンベー。
譲兄は親指で首を切る仕草をした。『売られた喧嘩は買うぞ。オラ』みたいな感じで。
勿論僕はそのジェスチャーを見なかった事にする。

「頬にちゅーは外国の話。日本じゃあんまりしないんだよ」
僕は僕の言葉で。未唯へ伝えればいい。
護兄じゃあるまいし、そんな器用な真似できないから。
僕のペースで進めばいい。焦っても仕方ない。

これが僕なんだから。
未唯へ諭しても未唯は不満顔。

「だって……彩はやっとアタシと話してくれたから。まだ話したいから。だから、離れちゃ駄目なの。話すの」
「たとえば何を?」
「いかに効率よく敵を倒すかv」
敵!? つまりはアンジェリカさん? なんで話がそういう方向に行くんだよ!!

もっと普通に生活の事とか疑問とか。
今まで未唯がどう過ごしてきたかとか。
そういうのを話すんじゃないのか!?
相互理解ってそーゆうのじゃないの?

「もっと駄目じゃ――――!!!!」

僕が頭をかきむしって絶叫したのは当然でしょ。




ここは一つ。語り明かすしかあるまい。
僕だってやるときゃやる……男だと思いたい。

決意を固めた僕と、いまいち空気を察していない未唯。
語り明かしたのはいいけど話はトコトン食い違う。
苦悩する僕を慰めてくれたのは意外にも父さんで、黙って夜中に差し入れしてくれた。

「コミュニケーションは難しい。人種の壁なんてなくても、女と男の間には深い狭い溝がある。大変だな」
言いながら差し出されたコンビニの袋。
中には缶のココアとサンドイッチ。

まったく……うちの親って子供を落ち着かせるにはココアだって思ってない?

ココアなら午後にも飲んだよ。思うけど、有難いものは有難い。
僕は「ありがとう」の言葉を添えて遠慮なく差し入れを受け取った。

近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心に巻き起こるファンタジーもどきの騒動は、今スタートラインにたったばかり。

本当の意味で。


お悩み解決編〜。兄弟って素敵ですね(謎)が根底テーマ。家族とも空に唄えばみたいに!語り明かして欲しい。(寝不足で倒れるよ・苦笑)ブラウザバックプリーズ