エピソード4 『迷走』



「ほれほれ、兄ちゃんの愛を感じるんだぞ〜」
うんうん唸る僕の背後で五月蝿い雑音がする。
「譲、彩の気が散るから邪魔するなら一階でテレビ見てくれ」
護兄が模擬問題とにらめっこ中の僕に配慮して、譲兄を排除にかかった。
「電波〜!!」
未唯は譲兄を真似て言った。

譲兄変な知識を与えられた未唯がクネクネ踊りながら、怪しい仕草。
流石の護兄も眉を顰めて未唯を見た。

「駄目だよ、未唯も。譲……お前変な知識を未唯へ教えるなよ? 目に余るようだったら響子さんに言うからな」
「な〜に言ってんだよ護! これは由緒正しき京極院家に伝わる電波送信術だ! これで今回の中間テストはばっちりだぜ。な? 彩?」
両手を僕の頭にかざして己の主張を展開する譲兄。

いつもなら突っ込むところだけど、譲兄の暇つぶしに付き合っていたら人生つまずく。
12年の間に培った学習能力は無駄じゃない。
僕は無視して問題と向き合う。

「電波〜!!」
譲兄の主張に合わせて未唯がもう一度言う。
護兄は呆れてため息をついた。

小学生と中学生の差。それは定期テストがあるか・ないか。
それと部活が本格的であるか・ないか。教科ごとに担当がいる。等等。
二年生になれば単位申請もできて、少し大学に似たような制度になっているけど。
小学生から中学一年生まではずーっと変わらない教育システム。

や、別に教育システムについて愚痴を言いたいんじゃなくて。

中学生になって初めての中間テスト。
最初が肝心とばかりに家庭教師役を買って出てくれた護兄に、暇をもてあます譲兄。
いまいち状況を飲み込めていない未唯。
囲まれて僕はテスト勉強に励んでいた。

僕の部屋。ベットと机。
それから今みたいに誰かが来たときに便利なように丸テーブルが置いてあるだけ。
質素な部屋。

無趣味な僕に相応しい部屋だ……言ってて虚しくなるな、なんか。

「彩、そこ間違ってる」
僕の携帯ノート(ノート型パソコンのような電子ノート。全教科のデータを取れる優れ物だ)の一部分。
数学の公式をペン先で示して護兄が指摘。
僕は傍らに広げた教科書のデータを検索しなおして公式のページを表示する。
「……暇」
僕の頭へ手をかざすのに飽きた譲兄が、心底つまらなそうにぼやいた。
暇なら下でテレビでも見てればいいのに。
思ったけど僕は譲兄の呟きを無視した。
「ねーえ? てすとってなぁに?」
ずーっと尋ねたかったのだろう。
譲兄の興味が僕からそれたのを見計らい、未唯が譲兄へ訊く。
譲兄は少し驚いて目を見張ったけどすぐに笑顔になった。
「勉強の意味は分かるよな?」
僕の机の椅子に座り、譲兄は未唯を見上げる。
「うん。大きくなって外に出ても不便じゃないように、学校で色々教えてもらう。それが勉強。知識を増やす行為」
「そーそー! 未唯ちゃん頭いいねぇ〜」
たどたどしく答えた未唯の頭を譲兄が撫で撫で。未唯は誇らしげに胸を張った。
「でな?その知識量を調べるのがテストだ。だけどテストを舐めちゃいけないぜ? テストは人生を左右するんだ」
調子付いた譲兄がこう言った。未唯は首を傾げる。
「テストの点が良いといい人生が送れる。悪いと人生転落! 寂しい大人になるのさ」
どういう説明だよ! 頭が良くても悪くても豊かな人生は送れるだろ!
ったく未唯に説明するからって話を適当にすな。
密かに僕が怒りを顔に出したら。
「譲の話はまともに受けなくていいから、未唯。あくまでも一例だ、一例」
僕の背中を軽く二三度叩いて護兄が未唯へ言った。
「つまらーん」
椅子に座り愚痴る譲兄。
「だから下でテレビ見てろって」
護兄は手をヒラヒラ振って譲兄を追い出しにかかる。
譲兄はベーっと舌を出して、未唯と一緒に一階へ下りて行った。

「あれでも心配してるんだ。気にするなよ?」
護兄が僕へ耳打ちする。
そんなの分かってるよ。
すぐに悪いほうへ考える僕の性格を知っているから、わざと五月蝿くしてたのもね。
僕は黙って肩を竦める。

静かになった僕の部屋で、僕は僕なりに勉強に励んだ。





迎える初めての中間テスト。

初日。
一時間目は地理。

注意事項を聞いた後、テストは始まる。
僕が何問か問題を解いて一つの問題に躓いていた時。

「こたえは〜『火星』です」


は?

僕が恐る恐る目だけを動かして脇を見れば、机の隣に未唯が立っている。
未唯は指先を回答部分に押し付けて僕へ教える。
……透けて見える未唯の姿からして、気配を消して教室へ侵入しているらしい。

「だ〜か〜ら〜!! 火星、だよ?」
動きが止まった僕に苛立って未唯がもう一度告げる。
僕はテスト用の画面端末に、額を打ち付けた。

ゴン。

鈍い音がするくらい盛大に。

「どうした?」
驚いた担任の先生が僕へ近づく。
周囲にいたクラスメイト達も何事かと僕を見る。
特にアンジェリカさんは未唯に気づいたらしく、恐ろしい顔で僕を睨んでいた。

ふ、不可抗力だよ!!

「……なんでもありません」
(未唯教えなくていいから! これは僕が一人でやらないといけない仕事。だから未唯は家で待っていて)
心で強く思って僕は真っ直ぐ画面とにらめっこ。
額がジンジン痛むけど、この予想外の展開に痛みは吹っ飛んでいた。

「でも……」
困惑した未唯。納得いかない顔で僕へ目線を送る。
僕は前を見たままもう一度未唯へ伝えた。

(帰るんだ、これは命令)
口を真一文字に引き結び、僕は初めての『命令』を未唯へ下したのだった。

胸の中がもやもやして。
気分が沈んでなんだか嫌な気持ちだった。
不快の理由を探る事も出来ずに僕はテストに集中した。


「ちょっと」
案の定。初日のテスト日程が終了した後。
アンジェリカさんに呼び止められた。
見つかる前に逃げようと結構早く教室出てきたんだけど、駄目だったか・・・。
無理矢理裏門の巨木の陰。目立たない場所へ連行される。

「どいうつもり? テストを使い魔使ってカンニングだなんて」
「カンニングはしてないよ」
僕はありのままを答えた。これでアンジェリカさんが納得するとは思えないけどね。
「嘘ね」
やっぱり。

きっぱり僕の主張を否定するアンジェリカさん。
さり気にまた杖なんか手にしちゃっていて……また、呼び出すの?
僕は未唯を呼ぶつもりもないし、今ココでアンジェリカさんと口論する元気もなかった。

「悪の芽は速く摘まなければならないの。やっぱり貴方の魔力は封印するわ。この間は余計な邪魔が入ったけど」
杖先を僕へ向けてアンジェリカさんが宣言。

どうでもいいけど仁王立ちするのはヤメテ欲しい。
裏門の木の陰だけど、アンジェリカさんの声って大きいから。
野次馬根性ある井上君辺り覗いてそう。

……はぁ。早く帰りたいな〜。
真昼間の空。浮かぶ雲。
見上げて僕はため息をつく。

「未唯は僕を助けに来てくれただけだよ」
未唯の名誉のために。僕は初対面のときの未唯の行動を説明した。
「そっちの邪魔じゃないわよ」

アンジェリカさんが怒鳴る。

そっちの邪魔じゃない?
僕が怪訝そうな顔をしたけど、アンジェリカさんが杖先で魔法?
みたいなものを唱えたのが先だった。

「うわっ」

ボフン。

灰色の煙が立ち昇って僕は驚く。
どこから出現したのか、縄が僕の身体にグルグル巻きついていた。
手に持っていた鞄が地面へ落ちる。

「これで逃げられないわよ。覚悟なさい!」
覚悟って……。テンションの高いアンジェリカさんと、朝の一件で気分が沈む一方の僕。
もうどうにでもすればいいじゃん。
投げやりに僕は考えた。

「まったく。仕事熱心なのは認めるけどね?」

ふっ。

身体に巻きついた縄が消滅。身体が軽くなる。
僕が驚いて声の主の名を呼んだ。

「星鏡君!?」
僕は驚いて木の上に立つ星鏡君を見上げる。
星鏡君は苦笑して木の上から地面へ着地。
でも重力を感じさせない不思議な着地だ。

「また貴方ね」
アンジェリカさんが星鏡君を睨む。
「言ったはずだよ? 京極院君は君が望む悪事は働かない。言いがかりもいい加減にしなよ? 一生懸命道を捜している京極院君の邪魔をするなら、僕も遠慮はしない」
アンジェリカさんの杖先を払いのけ、星鏡君は真顔で告げる。

か、かっこよすぎだ。

「そーそー。こっちの落ち度だって説明したじゃねーか」
更に乱入者の声。……って! ええ???

僕を守るようにアンジェリカさんと僕の間に立ちはだかる。
同じクラスの霜月君。

どこから持ってきたのか刀を手にしていた。
彼は入学以来一匹狼みたいに一人でいることが多くて。
ルックスは良いから女子の評判はいいけど。

誰ともつるまないから、クラスでは少し浮いた存在だ。
本人が気にしている素振りがないから目立たないけど。

「えっと霜月君?」
僕は腰が引けてしまう。

悪い人じゃないんだろうけど、なんか雰囲気がとっつき難いんだよね。
星鏡君とは対照的だな、って思ってたから。

あれ? 二人同時に現れたって事は知り合い? まじで??

「能力者に庇ってもらうつもりね? どこまでも卑怯なヤツ」
軽蔑の眼差しを僕へ向けてアンジェリカさんは引き下がった。

三対一じゃどう考えても不利だ。
それくらいの冷静さはアンジェリカさんにもあったらしい。
ひとまず嵐はやり過ごせた感じだ。

「大丈夫だった?」
星鏡君は心配そうに僕へ言う。
「うん……」
僕は言葉少なく答えながら、胸の中のもやもやが一段と広がったのを感じた。
「能力者って言ってたよね。星鏡君も、霜月君も僕みたいに人とは違うわけ?」
二人の顔を交互に見て僕は尋ねる。

「黙っていてごめん。家業があって……うーん。陰陽師みたいな家系で、僕はそこの次男なんだ。確かに不思議な力は使える」
両手を合わせて星鏡君は頭を下げた。
「京極院が具現化させたミィーディーの小瓶を預かっていたのが俺だ。俺は退魔師。星鏡とは……まあ、昔に色々あって」
霜月君がばつが悪そうに自己紹介。

「そうなんだ」

相槌をうつ自分の声が遠くに感じる。
胃の辺りに錘が乗っかったみたいに重くて。
すごく気分が悪い。
お腹の中からナニかが湧き上がる気がする。この気持ち。

「すまない。俺は裏でフォローするつもりだったんだけどな。結果、京極院へ全て押し付ける形になった。本当に、悪かったよ」
真剣に僕へ謝る霜月君。うん、それは分かるけど。
「……二人とも、普通とは違う力を使えるんだ」
僕の言葉に二人は顔を見合わせる。二人の顔を見ていられなくて僕は俯いた。
「そうだよね。だから未唯を見ても驚かないし。逆に僕を助けてくれたりして……。なんだ、そっか」

よくよく考えればもっと早く気づくべきだった。

この二人は『責任』を取っているんだ。
未唯の封印を解いてしまった事。
僕が、アンジェリカさん所属『正義の魔法使い協会』のブラックリストに載ってしまった事。
様々な問題から僕を守ることで。責任を果たそうとしていたんだ。だけど。

僕を認めたのではなくて。
使い魔を具現化する程の魔力を持った僕の『魔力』を認めてくれていただけだったんだ。
兄さん達を褒める誰か達と同じ。
僕を褒めたいわけじゃない。

僕はオマケ。

兄さん達だけを褒めると不公平だから僕も褒める。

なんだ。

いつもと同じパターンじゃないか。

「もういいよ、そんな風にしてくれなくて」
自分でもびっくりするくらい落ち着いた声だった。

「責任感じてるのは分かるけど。いいよ。僕にだって自尊心は在る。
友達の位置で僕を護ろうとして、影で護ろうとして。
僕は右も左も分からない一般市民だ。
心配なのは分かる。
君達みたいに不思議な力を使って、色々やってる世界に住んできた訳じゃないからね」
お情けじゃないだろうけど、きっと似たようなもんだ。

僕が突然巻き込まれた災難。
僕からすれば天変地異みたいな出来事だけど。
この二人にとってはごく当然。日常の延長みたいなものなんだ。
何にも知らないで。僕はぼんやり毎日過ごして。
星鏡君にしても霜月君にしても。僕をフォローしてて。

「馬鹿にするつもりじゃないのは分かる。だけど僕としてはすごく馬鹿にされた気分だよ。何も知らない哀れな中学生。護っててそれなりに満足だった?」
自嘲気味に僕は笑う。

どだいおかしかったんだよ。
僕が星鏡君と仲良くなったのも。
水掛事件は本当に偶然だろう。
きっかけはどうあれ、きっと星鏡君は僕を心配して友達になろうとした筈。

こんな親切……あんまりだ。

二人はいいよ。僕みたいに普通じゃない。
今だって二人がいなかったら。
アンジェリカさんになにされてたか分からない。
でもさ、そんな風に責任とってくれなくてもいいじゃないか。
海央で友達が出来たって喜んでた自分が馬鹿みたいだ。

「僕だって感情はある。女の子みたいに『護ってくれてありがとう』なんて、思う? 悪いけど僕にだって選ぶ権利はあるよ。もう関わらないで欲しい」
僕は地面に落ちた鞄を拾い上げる。
鞄についた土を払い大きく息を吐き出した。

この二人の彩りになるつもりはない。

僕は僕自身で僕の道を選ぶ。
兄さん達だけの彩りだけで十分だ。

「ごめん、もう帰るよ」
何か言いたそうな顔の星鏡君。
険しい顔の霜月君。
言葉を発しない二人を残して僕は裏門から学園を後にした。

自分が情けなくて、悔しくて。
どうやって家まで帰ったか記憶にない。

家に帰ってから「ごめんなさい」と謝る未唯を無視して。

僕は部屋に閉じ篭った。

護兄は少し怒ってたみたいだけど僕だって怒ってる。
冗談じゃない。

お情け頂戴なんて……僕は御免だ。





次の日から僕はさり気なく星鏡君と霜月君を避けた。

二人も僕のトゲトゲした雰囲気を察して……それとも中間テストの真っ最中だったから、かもしれない。

兎に角二人が僕へ話しかけてくる事はなかった。

「ほーんと、馬鹿だよね」
家のベランダから海央の方角を眺め、僕は一人心地に呟いた。

ボーっと汽笛の音。

見上げれば船の形をしたエアバスが空を走る姿。
夜の闇に光る頼りないエアバスの影。
なんだか今の僕みたいでちっぽけで、みっともなく見えた。

近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心にファンタジーもどきの騒動は今日も巻き起こっていた。

彩君の悩み編〜。普通はもっと早くに悩みだすんでしょうけど、彼は一般人だし子供だしノリが悪いので(笑)これが良くも悪くも彩の思考リズム。ブラウザバックプリーズ