エピソード3 『正義が来たりて旗を振る』



情報源は『宰相』こと井上君から。

星鏡君と行動を共にするうちに僕もワンセット扱いで語られるようになった。
一ヶ月もすれば目立つ顔ぶれとは嫌でもお知り合い。
星鏡君経由で。

中間テストも近づいたその日は。放課後の部室に井上君が顔を見せた事から始まった。

「どもー! 新聞部井上です」
「井上君、どうしたの?」
僕が紅茶を淹れながら井上君を振り返る。星鏡君は当番の水遣りで、外に居る。
「星鏡君なら外だけど」
部室の窓から見える花壇。水播きする星鏡君を示し僕は説明した。
「違う、違う。珍しいニュースが入ったからさ」
井上君は手を左右に振る。
偶に井上君はこの部室を休憩室代わりに使う。

星鏡君は物好きだねって放置。

僕としても井上君は面白い付き合いやすい人物なので、別に彼が居ても困ることは無い。

「サンキュ」
僕が予備のカップで紅茶を井上君へ振舞う。
井上君は片手を挙げ前後に振ってから席に着いた。
「季節外れに交換留学生!学園長が渋るのに無理矢理だったらしい。しかも外からで女の子なんだぜ?」
紅茶を一気飲みしてから井上君が口を開く。
外というのは地球外って意味だ。大方火星か月か近辺のコロニーから来るんだろう。

「ふーん。どこから?」
僕は自分の紅茶カップ片手に席へつく。
「それが極秘で。俺の好奇心をいたく刺激するんだよな〜」
そこまで調べられるなら十分じゃぁ? 僕は思うけど井上君は悔しがる。
「同じ中一の女子でさ。なんでも捜し人がいるって話。面白そうだろ?」
成る程ね。
僕は苦笑して花壇の星鏡君を見た。
井上君もにやりと笑って星鏡君を見る。
「確率的には高いかもね」
星鏡君は良くも悪くも評判が高い。

周囲が騒ぐけど本人は迷惑そうだし。
僕みたいな取り柄の無い男子生徒が言うのもなんだけど。

案外普通だと思うけどな、星鏡君。
そりゃ王子とあだ名がつくだけあって優しいは優しいけどね。

「だろ?」
井上君が眼鏡をかけ直しつつ短く言った。
「だけどあんまり騒いだら、双方に迷惑じゃない? 星鏡君は礼儀のなってない人には容赦ないから。
井上君だって毎回危ない目にあってる」
星鏡君だって普通にしてるだけ。

家とかお金持ちみたいだけど、それだけで評価されるのは嫌だよね。
僕も兄さん達の評価の下にさらに評価されてきたから。なんとなく分かる。
個人を見て『ステキ』って思うのと。
その個人の家柄とか兄弟とか見て『ステキ』って思うのじゃ天と地ほどの差がある。

良くも悪くも好奇心旺盛な井上君。
地雷踏みまくってるのは日常茶飯事。
取材と称して色々な事件(学園で起きる騒動だから事件というほど大袈裟じゃない)へ首を突っ込んでいる。王子特集とかいってこの間も星鏡君と話し込んでいた。
星鏡君から釘を刺されたみたいだけど無茶したみたいで、頬についたバンドエイドが四日は取れなかった。

「王子の忠告にはきちんと従ってるさ。俺だって命は惜しいよ」
あながち冗談にもならない台詞を口にして、井上君は肩を竦める。
「常にニュースソースを探して歩くのが俺流。足で稼げってね」
楽しそうに笑って井上君は脚を手で叩いた。
この32世紀に脚でニュースを探して歩くなんてチャレンジャーだよ。逆に。
情報が多すぎるから自分の目で確かめるって事なのかな? だとしたら凄い。

「ふーん……。思ったんだけどさ、井上君って将来は新聞記者とかジャーナリストとかになるの?」
似合ってそう。
僕は未唯ばかりに考えがいっちゃって、将来のしょの字も頭に無い。
その点、星鏡君は家業を継ぐみたいだし井上君は頭脳労働に向いてそうだ。
なんとなく考えて僕は訊いてみた。
「いーや」
意外にあっさり井上君は否定してくれた。
「将来、どんなことに興味が湧くかなんて分からないさ。今やりたいことが『新聞部記者』ってだけ。だいたい中一で人生決めるほど人間できてねーよ、俺」
「堅実だね、井上君」
少し温くなった紅茶を飲んでから僕は井上君のノンフレーム眼鏡を見た。
「カリスマのお陰かな」
意味深に井上君が小声で言った。

その後は当たり障りない部活動が(要はお茶飲みだ)続いて僕は星鏡君と別れ。
校舎から駅方向の門へ向かって歩いていた。
まさに、その時。

「そこの貴方!」
金色の髪をなびかせて。逆光(アオリ効果?)の立ち位置。
輝く青い瞳。気の強そうなでも、西洋人形のような不思議な女の子。
海央の制服を着ていた。
「やっと見つけたわ」
挑発的な言い方で僕を睨む。……初対面なんだけど?
「はぁ」
僕が間抜けな相槌を打てば、女の子は小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「そうやって冴えないフリして誤魔化そうとしても。そうはいかないわ。貴方がこれから行おうとしている数々の非道! 見過ごすわけにはいかない!!」



どんな非道ですか? 一人悦に浸ってる女の子。

訳の分からない僕。

「魔使い史上最悪最強の使い魔『ミィーディー』を復活させてナニを企んでいるの?
あの子は封印され続けなければならないのよ!
も、もしかして貴方! 世界征服でも企んでいるの? それとも……宇宙征服!?」

もしもーし? 話が壮大なんですけど。

「別に何も企んでいないけど……」
僕は思わず小声で反論。

「何も言わないで。貴方が今世紀最大の脅威だって言うのは分かってるわ。そう、わたしは貴方を正しき道へ導くためにやってきた使者。天使(てんつか)いの『アンジェリカ』よ」
聞いちゃいないよ。

ビシイィィィ!

効果音をつけたくなるよな。ならないような。
女の子は指を僕へむけ、片手は腰の位置。
自己紹介してくれて助かるけど天使いって……なに?

「あのー」
僕は正直に挙手。興奮気味の女の子はやっと僕の言動に耳を傾けてくれる。
「天使いってなに?」
真剣に僕は尋ねたのに逆にアンジェリカと名乗った女の子は固まった。

信じられないものを見た。そんな顔つきで僕をまじまじ見る。
分からないから聞いてるんだろ?失礼だな、突然突っかかってきたくせに。

「……いいわ」
コホン。咳払いしてアンジェリカ? は僕へ近づく。

「魔使いと同じ『正義の魔法使い協会』に所属する天使を使うグループ。それが天使いよ。
人の為・世の為。日々努力するの。わたしの先祖はあの使い魔の封印に携わった天使い。
そしてわたしは現世に具現化したあの使い魔を再封印する為に来日したの」
アジェンリカ? は口でなにかを呟いた。

ボフン。

ファンシーな感じの煙が立ち昇り、彼女の手には杖が。その杖を僕へ差し向ける。

「さあ、狙いはナニ? 彼女を使って何を企んでいるの?」
「いえ、別に」
正直に僕は答えた。

僕の意思とは関係なく具現化した未唯を使って、なにかしなきゃいけないのか?

逆に僕が尋ねたいくらいだ。

「そう。大方世界征服か、世界の覇者狙いってトコロね」
それって映画の観すぎ! またはゲームやりすぎ!

僕の言葉をどう解釈したのか、落胆した顔でアンジェリカ? は肩を落とす。
今までのやり取りってもしかして彼女なりの『説得』だったの? 僕は驚愕した。

「あの、アンジェリカ?」
「気安く呼び捨てしないで! 『アンジェリカ様』か『アンジェリカさん』と呼びなさい!」
鬼気迫る表情で怒られて条件反射的に、僕は「はい」と返事を返していた。
女王様タイプだ……アンジェリカさん。

「アンジェリカさん。悪いけど僕は普通に生活したいだけだから。多分アンジェリカさんが望むような世界の危機は訪れないと思うよ」
もう一度僕は言葉を選んで彼女へ伝えた。
僕を無理矢理悪役にしたいみたいだけど、僕の柄じゃないしな〜。
世界征服? 譲兄あたりなら悪ノリしそうだ。
「あくまでも白を切るつもりね! ならば、い出よ天使エルエル」
杖を空へ向けて決めポーズ? アンジェリカさんが声高に叫ぶ。

本当にゲームでも見てるみたいに空に渦巻く雲が出現して。
渦の中心からアンジェリカさんに光が伸びる。
うわ。
大抵の非現実には適応できたつもりだけど、この演出には僕も驚いた。
口をポカーンと開けて空を見上げた。

「光臨!!」
光を浴びたアンジェリカさんが杖を地面へ突きたてた。
光は一段と輝きを放ち、そこから現れたのは真っ白な羽を持った天使だった。(アンジェリカさん自身が天使って呼んでたからそうなんだろうと)

「お呼びですか? アンジェリカ?」
外見は二十代後半から三十代前後位。
外国映画に出てきそうな整った顔立ち。
モデル顔なのかな? アンジェリカさんと同じ金髪。薄い青い瞳で。
白のシャツに薄いブルーのジーンズ姿。突然召還されても浮かない格好をしていた。

低すぎない心地よい声がアンジェリカさんの名を呼ぶ。

「ついに見つけたのよ、エルエル。彼に間違いないわね?」
アンジェリカさんが僕を指差して(失礼だな、何度も)エルエルという天使へ言った。
「ええ、間違いありません」
重々しく答えてうなずく天使エルエル。
「申し訳ないけど、言って分からないなら戦うまで。勝負!」
「あのー……?」
一人で世界作ってますよ、アンジェリカさん?
言って分からないってさ、僕の事!?
だから僕は普通に暮らしたいって言ったじゃん!
なんで話の方向捻じ曲げるんだあぁぁ!

「攻撃!!」
アンジェリカさんがエルエルへ命令を下した。
エルエルが指先を僕へ向ける。
これって非常に見覚えがあるんですけど。
未唯もこんな感じで指先から光線出して塀を壊したな〜。まさか? まさか……ね?

蛇に睨まれた蛙。僕は急に訪れた人生の危機に対処できず固まった。

「ダメ―――!!」
僕が両腕で顔を覆って覚悟を決めた時。

聞き覚えのある声が僕の耳に届いた。
未唯が僕の前に立ちはだかりエルエルの放った光線を防いでいる。
主の危機を察すれば未唯はどこにでも姿を見せる。

前に学校で貧血起こして倒れたときも保健室まで飛んできた。

文字通り、飛んで、だ。

「おのれっ」
舌打ちして悔しがるアンジェリカさん。
「未唯、大丈夫?」
僕は手のひらを赤くした未唯へ近寄る。
「うん。平気。彩はヘイキ?」
不安そうに。凄く心配そうに。未唯は僕へ尋ねてくる。
「僕は平気だよ、ありがとう、未唯」
「よかった……またあの時みたいに彩も居なくなっちゃうのかと思った」
答えた僕に安堵して胸を押さえる未唯。あの時?
「アタシね、前のご主人様の友達に封印されちゃったの。力はあるけどアタシはダメな子だから要らないんだって。そう言われたの。アタシ、彩に迷惑ばっかりかけてるから、だから」
最後のほうは上手く聞き取れなかった。
その代わり、僕の脳裏に再現されるミィーディー封印の時。





真っ白な羽を持った天使を従えた青年が、ミィーディーに封印を施す。
その隣でミィーディーの主らしき女性が無表情で封印の儀式を見守っていた。
泣き叫ぶミィーディー。
懸命に結界から抜け出そうともがいている。

そうして。

『お前は要らない子なの。お前を召還したのは失敗だったわ』
無常に告げられた主からの言葉。
目を見開いて驚くミィーディー。
見る見るうちに小さくなってクリスタルの小瓶の中へ吸い込まれる。





「……」
僕が昔。

京極院の子供じゃなくて。
拾われてきた子供なんじゃないかと疑った時期がある。
家族の中でもダントツで平凡。
地味で目立たない。何をやらせてもパッとしなかった自分。
本当にこの家の子供なのか?あの優秀な二人の兄の弟なのか。
悩んだ事がある。今でも悩み続けている。

戸籍上。
勿論きちんと母さんのお腹から生まれてきたのは。今では納得しているけど。

僕と未唯の姿が。気持ちが重なる気がした。

「要らなくないよ、僕にとっては」
本当はもっと分かりやすい言葉で。
きちんと未唯へ伝えたかった。だけど言葉も経験も頭も足りない僕に。
これが精一杯の言葉。
「うん……ありがとう、彩」
涙目で未唯が僕に囁いた。
こんな状況でしんみりしていた僕等。

呑気にホームドラマを展開している場合じゃなくて。
相手にしたくないけど目の前にいるし。
僕はアンジェリカさんへ顔を向けた。

「こうなったら、貴方の魔力を封印するわ。そうすればこの子は具現化できない。エルエル!」
僕等の会話のやり取りをどう解釈したのか?結論を下すアンジェリカさん。
アンジェリカさんが傍らに控えるエルエルの名を呼んだ。
「御意」
エルエルは純白の羽を広げ、宙を舞う。
羽ばたいた反動で白い羽が周囲へ飛び散る。一種幻想的な風景。綺麗だな〜。

非常識ながら僕は見とれた。

「さあ、彼の魔力を封じて」
杖を振りかざしアンジェリカさんが命令。
「覚悟!」
エルエルが天の光を撒き散らして僕等に迫る。

逃げちゃ駄目だ! 逃げちゃ駄目だ! 逃げちゃ駄目だ! でも逃げなきゃ!!!

危ないじゃないか―――――!!!!

僕は反撃体制をとっていた未唯の手首を掴み、猛然とダッシュ。
走って、走って。逃げた。
後ろを振り返らずに。

「待ちなさい! 逃げるなんて卑怯よ」
アンジェリカさんが怒鳴っていたけど……。

卑怯って言われても我が身は大切です。


「彩? いいの?」
今世紀最大の脅威呼ばわりされて?最低人間だと言われて?
未唯の瞳が僕に問いかける。
「好きに呼んだらいいんだよ」
僕は素っ気無く答えた。

天使いの『アンジェリカ』
先祖がミィーディーの封印に携わった、由緒正しき天使いの家系の女の子。
彼女の来日理由を否定するつもりはないけど。

「世界征服なんていつの話だよ。それに世界の覇者って言われても」
興味ないし。出来ると思わないし。
躊躇い無く誰かを排除できるほど僕は図太くない。
小市民に世界の覇権を狙えといわれても無理だ。
ほどほどに平和なこの世界で育った僕に戦争を始めろといっているようなもの。

「人を選別するのはイヤだな」
僕が自分と、それから一緒に走る未唯へ呟く。

いつも兄さん達と比べられて。『彩君は素直な良い子ね』としか。
コメントできないような僕。頭がいいわけじゃない。運動神経がいいわけじゃない。
ありきたりな子供への褒め言葉。
大人からすれば苦し紛れに出した言葉かもしれないけど。
子供心に結構傷ついてたりもした。

「見た目とか。主観とか。そいういうので人を選んじゃいけないよ」
「うん」
僕の言葉に未唯は大人しく首を縦に振った。
芋蔓式に増える僕の周りの賑やかな人々。
誤解を解きたいしそれに僕自身未唯の扱いを決めかねている。

全部中途半端にしていた事に気がついた五月始め。




交換留学生。月コロニーからの正義の使者アンジェリカ。
僕を悪と断言して回る彼女は見事僕等のクラスの女子生徒となったわけで。

「賑やかだね」
のほほんとお茶する星鏡君と。

「京極院も隅に置けないじゃないか!」
やたらウキウキした井上君と。

「どーにでもしてって感じだ」
自棄になって呟く僕。
三者三様に部室でお茶を飲む放課後が続く。

近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心にファンタジーもどきの騒動は今日も巻き起こっていた。


暴走魔法使いアンジェリカ登場〜。彼女の立場からすれば彩は『悪』です(笑)価値観によって人の見方も変わりますよね?っていう意味を込め。ブラウザバックプリーズ