エピソード2  『ご主人様と呼ばないで』

 


兄さん達に妙に慰められて。
ミィーディー連れて(羽や尾尻があるくらいじゃ誰も驚かない。そういう種族もいるからね)関内から根岸線を使って港南台駅へ。
駅から歩いて家へ帰宅。

母さんの第一声は。
「お母さん娘が欲しかったのよ〜vv」
有難いんだか有難くないんだか良く分からないコメントだった。

「うわ〜、可愛いvあ、私は彩の母親で響子(きょうこ)よ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
条件反射のようにお辞儀をするミィーディー。
星鏡君が教えてくれたみたいに、僕と一般知識の共有をしているおかげで礼儀は分かるみたいだ。
お辞儀をするミィーディーに甲高い声で絶叫。
悶える母さん。

「よかったな、彩。母さんがOKしてくれて」
護兄が我が事のように喜んでいる。
嬉しいって言っていいの? 僕は心中複雑で答える事が出来なかった。
マンガじゃあるまいし、普通、見知らぬ女の子連れてきたら心配するんじゃないの?
どーなんだろ。

「お父さんにもメールしておくわね。移民法で登録できるか聞いてみるわ」
母その気。やる気。満々。反比例して凹む僕。
「そうそう。ミィーディーだと長いし、呼びにくいわねぇ。……そうね、未唯(みい)ちゃんてのはどう?」
テーブルにあったチラシの裏側にサインペンで漢字を書く。
僕達兄弟は同時に紙を覗き込んだ。それから同時に母親の顔を見る。

「未だないただ唯一の存在。世界に、いえ、宇宙に『自分』という人間は一人しかいないって意味。二千年も寝てたんですもの。価値観もだいぶ違っているでしょう? 人それぞれだけど貴女は一人だけしか居ないのよ。ってことで、どうかしら?」

名づけマニア。
母さんはひょうきんで面白い人だ。堅実な父さんとは対照的にかっ飛んでいる。
だけど時々こうやって深い意味の話とか持ち出してくるんだ。

説教くさくないから嫌じゃないけど。

「へぇ、流石は響子さんだ♪」
口笛鳴らして譲兄が感嘆の声を漏らす。
兄さん達は母さんを名前で呼ぶ。前に母さんと喧嘩した時『躾』されて。

その恐怖が未だ残ってる……という。←父さん談。

僕は普通に母さんだけど。

つまり京極院家において最強を誇るのは目の前の母さんって事。
母さんが未唯を気に入ったって事は。

「うんうんvお部屋を作りましょうね〜vそれからお洋服でしょv」
母さんはキョトンとしてる未唯を連れて二階へ上がっていってしまった。
同居決定。こんな簡単でいいの?
どうなのさ?
「おいおい分かるさ」
護兄が意味深に僕へ言う。
「そーそー。親父の仕事とも関係あるんだけどな。取りあえずは響子さんに逆らわない方がいいぞ。あの恐怖彩には絶対耐えられねーから」
真顔で僕に忠告する譲兄。頬が引き攣っている。
本当に怖かったんだな、躾。

ごく普通だと思ってた自分の家族が。
『普通じゃない』と分かった日。
次の日から否応無しに始まる未唯との共同生活。
僕は何一つ理解していなかったんだ。

何一つ。





オリエンテーリングも済んで。部活も仮入部が始まる。
僕はオリエンテーリングで決めた部活の部室で星鏡君相手にだらけていた。
「……」
言葉もない。すっかりやつれ果てた僕は机に突っ伏していた。
「大丈夫?」
元気のない僕を心配して星鏡君が僕を覗き込む。
僕は黙って首を横に振った。
「も――!! 大変だよ、毎日。未唯には『ご主人様』って呼ばれて付きまとわれるし。兄さん達は笑ってるだけだし。母さんは楽しんでるだけで、父さんには発言権ないし」

王子水掛事件。

正しくは『ミィーディー具現化事件』以来。

徐々に打ち解けた僕と星鏡君。
幽霊部員の多い園芸部に入部して日がなお茶する毎日。
運動オンチの僕としては有難い天国のような部活だ。

「最初に会った次の日に。隣の家の塀を壊したんだよね? それから空を飛ぼうとして空中標識を壊して、お店のモノを勝手に持ち出して。それからなんだっけ?」
記憶力の良い星鏡君が指折り数える。

そうなのだ。
一般知識の共有はあっても、未唯は自称していた通り『使い魔』
主の妨げになるモノを排除して、また助けになるモノを提供する。
とーぜん、善悪の判断なんかない。
寧ろ『やっちゃいけない事かもしれないけど、ご主人様の為だから』という思考回路があるようにも見える。
僕は毎日振り回されていた。
「……数え切れないほどだよ、星鏡君」
僕は低い声音で実感を込めて答えた。
「んー、でもご両親は賛成してくれてるんだよね? 問題ないんじゃない?」
やつれた僕を心配しつつ、取り成すように星鏡君が尋ねてくる。

所謂。
そういう世界……魔法使いの世界で表現するところの『魔使(まつか)い』それが僕の特殊な肩書き。
っても僕自身が魔力を使えるわけじゃなくて。
無意識にばら撒いている僕の魔力を未唯が吸収して使う。(主である僕の為に)
僕ってご飯? 複雑な心境だ。

とにかく。僕の両親は大らかというか拘らないというか。
きっと『気にしてない』だけなんだろうけど、魔使いになった息子とその使い魔を温かい目(?)で見守ってくれている。
母さんに逆らえないからね。誰も。

「そうだね」
詳細に家庭の縮図を説明するのは恥ずかしい。
僕は相槌を打った。
ああ。脳裏に蘇る初日の朝の悲劇・他、数々の悲劇。





未唯が僕の家にやって来た次の日の朝。
つまりは中学生活第二日目。

「じゃ行ってきまーす」
まだ着慣れない、新しい制服に身を包んだ僕は鞄片手に玄関を出る。
見送りは未唯。
「歩きなの? ご主人様は」
ごくごく普通に尋ねてきたから、僕もついつい。
「そうだよ、歩き。途中で電車とかに乗るけど仕方ないよね。ちょっと面倒かな」
なんて。学園へ通う行為が少々厄介だと。未唯へ漏らしたら。
未唯は考え込んで海央の方角を確かめ、徐に実行した。
「邪魔!」
未唯の指先から光線(?)が放たれる。

隣家の塀はSF映画でも観るみたいに。
砂のように分解されて消え去った。それから未唯は僕へ向き直り極上の笑顔で報告。

「ご主人様を嘆かせる塀を排除完了。このまま海央まで道を作りますvv」
「!!!!!」
僕は驚き。言葉も無く。情けなく腰を抜かして家の前で座り込む。

ちょっと、ちょっと、ちょっと!! マズイ絶対マズイ!!
ええっと人様の家の塀を壊したって器物損壊? とにかく犯罪じゃないか〜!!
……ってゆーか? 海央まで『道』を作る???

脱力してる僕の前で更に指先を海央方向へ向けたまま、力を集めているような未唯の姿。

「ちょっと待て―――!!!」
我に返った僕は呆けている場合じゃない事実に気がつき。
声の限り叫んだ。
母さんと大学生の兄さん達が僕の叫びに気がついて家から出てくるくらい。

「未唯、元に戻せる?」
中学生の僕に払えるんだろうか?父さんの稼ぎで返せる?
そしたら僕は将来働いて返して?最悪の事態を考え賠償金とか色々・・・。
震える声で僕は塀跡を指し示す。
未唯は僕の剣幕に驚きながらも首を縦に振った。
「だったら元に戻して欲しい」
未唯が無言で塀を修復する。元通りになる塀。
家族の見守る中、僕は安堵の余り涙していた。
人間ほっとすると泣けてくるって本当だったんだなぁ、なんて。
実体感してしまった瞬間だった。
「朝っぱらから元気だな〜」
譲兄が茶化してたけど。僕の耳に入ってるわけがない。
僕は護兄の手を借りて立ち上がり未唯へ向き合う。
「未唯。僕はこんな風に君の力を借りたいとは思っていない。邪魔だから消すなんて安直だ。ここにはルールがある。僕がそのルールを守って生活したいと願ってる。分かるかな?」
「はい」

しゅーん。

見るからに落ち込んだ様子の未唯。
悲しそうに表情を曇らせて僕を見た。

う。

子犬に見つめられた気分になる……んだけど……ここは我慢だ。僕の為、未唯の為。

「でもね? なんで壊しちゃいけないの?」

そうきたか。

未唯の質問。
兄さん達は黙って成り行きを見てるし、母さんも傍観。
確かにこれは僕と未唯の問題かもしれないけどさぁ?
黙ってみてるだけなら家に戻ってよ!僕の胃はキリキリ痛んだ。

「駄目だから」
理由を考える時間なんてなかった。
うわ、遅刻だよ。腕時計を見て焦る僕。
中学生の、ごくごく平凡な僕に答えを求められても困る。とも思った。

どうして壊していけないか? それって常識じゃないの? 常識。
ありきたりに禁止令を未唯へだして僕は走り出した。当然学園には遅刻した。


学園の授業がまだ本格的ではないのと。
中学一年生はなにかと施設を覚えなくてはいけなくて。

精神的に疲れた僕はヘロヘロになって帰宅。
家では呑気に未唯と母さんが仲良く料理していた。
ああ、本当に『娘』が欲しかったんだな、母さん。
ぼんやり僕は思った。

「ただいま……」
僕は疲れ切った中年サラリーマンのように、小さな声で玄関を通過。
居間へ入って椅子に座ろうとした時。未唯が僕に抱きついてきた。
「ぐぇ」
見かけは可愛らしい華奢な女の子だけど。
使い魔とあって腕力はある。

つーか、死ぬかも。

僕はみっともなく呻き声をあげた。
そこで僕の気持ちを感じ取った未唯が腕の力を弱める。……助かった……。

「お帰りなさいvご主人様vv」
「ただいま、未唯」
上目遣いに僕を見上げる未唯。
女の子に抱きつかれてる、なーんて感動も感慨も。疲れ切っている僕にはない。
無感動に淡々と返事を返した。
「ご飯にします? お風呂にします? それともアタシ?」
見た目どおりふくよかな……その……胸の辺りを僕へ押し当てるようにして、未唯は僕へ尋ねた。

ドラマ?
ヤラセ?

脳がフリーズしちゃって動かない。
僕は口を開けてぽかんとした顔のままたっぷり十数秒は固まった。

「……」
ええっと。ご飯か、風呂か、未唯ね。未唯?

「はぁ?」
裏返った声で僕は素っ頓狂な奇声を発した。なんで未唯がそこで出てくるの?
「え? 出しちゃ駄目なの?」
不安そうに未唯が僕をウルウル瞳で見上げる。
「駄目じゃないけど、僕にはまだちょっと早いと……」
「へー、彩もいっちょまえだね」
僕がオロオロしながら答えれば、第三者の野次。
僕はまるでロボットみたいに首をカクカク動かして声の主を見た。
譲兄がニヤニヤ笑いつつ居間入り口の壁にもたれて立っていた。

聞いてたんかい!!

「未唯ちゃんただいま〜」
譲兄が両腕を広げ未唯へ。
「お帰りなさい、譲お兄ちゃん」
つられて?僕と共有した一般知識を元にか、譲兄の胸の中へ躊躇い無く飛び込む未唯。
よくあるホームドラマの一場面。
二人は抱擁していた。
ノリが良いのは構わないけど、いちいち大袈裟なんだよね。
譲兄は。

「うんうんv女の子は柔らかくて良いよね〜」
しかも発言セクハラくさいし。僕は白い目で譲兄の幸せそうな顔を見た。
「んだよ、彩。俺だって妹が欲しかったんだよ」
分かったから。
大学生にもなって中学生の弟に拳を振り上げて力説しなくて良いから。
「はいはい」
ご飯食べてお風呂入って寝よう。
僕は決めて自室へ急いだ。





更に酷かったのは、星鏡君が指摘した空中標識破壊事件。
兄さん達は大笑いだったけど笑い事じゃないよ!
犯罪だよ! 犯罪!

最初の一週間を『なんとか』乗り切って、僕が未唯のご近所見物を兼ねて買い物へ出かけようとしていた時の事。

珍しそうにエアバス(空を道を飛ぶ方のバスだ)を見ていたから乗ろうかな? と思った時。

「未唯もご主人様を空へ連れて行けます。どうしますか?」
なんか。
ひどく呑気に未唯が尋ねてきて、僕もささやかな好奇心から『未唯の言うところの空を飛ぶ』がどんなだか。
体感してみたいと思った。
僕の気持ちを汲み取った未唯が翼を広げ僕の手首を掴んで空へ飛び立つ。

「〜!!」
風を切るヒュッて音が。
僕の耳に反響して、それから周りの景色も見えない位に速い!
速すぎる〜!! 僕は呼吸できなくて酸欠状態に陥った。
「あ、ごめんなさい」
慌てて速度を落とす未唯。僕は顔を真っ赤にして咳き込んだ。
「だ…だいひょー……」
舌が縺れて上手く喋れないけど僕は大丈夫と未唯へ伝える。

そんな僕等の脇を。高速で通り抜ける車。あ、ここって高速道路だ。
早く抜け出さないと。

「未唯、ここは……」
「ご主人様を危険な目にあわせるなんて!! 許せない!!」
僕が説明するよりも早く、僕の脇を通り抜けた車へ指先を向ける未唯。

おいおいおい! 危険な目にあわせるきっかけは未唯が作ったんだぞ!

僕は咄嗟に未唯の腕を掴み上へ持ち上げた。

ドン。

音がして僕と未唯の頭上に降り注ぐ何かの残骸。
恐る恐る僕が見上げる。
頭上には壊れた標識の成れの果て。黒く変色した残骸がぶら下がっていた。

「……未唯、あの標識直せる?」
僕は正直泣きそうになりつつも頭上の標識を示す。
未唯はキョトンとした顔をしながらも標識を修復した。

勿論お出かけは中止にした。





別のある日には。

僕が家に帰ると大量のゲームに埋もれた未唯がいた。

「それ昨日僕が言ったから?」
さもありなん。僕が昨日話題の新作ゲームが欲しい、と夕食時に何気なく喋った。
未唯は僕関連の話題は確実に聞いていて。
恐らく実行したんだ。

『ご主人様が所望するゲームなるものを、ご主人様へ届けよう』とかなんとかで。

「だって。ご主人様好きでしょう?」
ゲームの山に埋もれたまま未唯がのほほんとした調子で僕へ問いかける。
「あらあら、未唯ちゃんてば尽くすのね〜」
母さんは頬に手を当てたまま。あんまり驚いてない様子で自分の感想を言っていた。
これって勿論お金払ってない商品だよね。

万引きっていうか……窃盗……。

「好きだけどね? この世界ではお金を払って商品と交換するんだ。駄目だよ、お金を魔力で出したら」
未唯が母さんに見せてもらったことのある500円玉を魔法で出したので、僕は素早く突っ込んだ。
基本的に悪い事を認知していない未唯は、僕に怒られる理由が分からない。
少し不満顔だ。
「未唯の力で贅沢したいわけじゃない。普通に生活できればそれで良いよ」
正義の味方に目覚める。のはドラマ。

生憎僕はごくごく平凡な男の子で、まだ中学生だ。司令官もいないし仲間もいない。
未唯の疑問にさえ満足に答えてあげられなくて。

全部『駄目だから』で禁止して。

はぁ、子育て? これって子育て?
未唯の疑問は素朴で、まるで小さな子供を相手にしているように感じる。

僕としては未唯の相手だけで手一杯。公共の利益なんて考えてる余裕はない。

「それはお店の人に返しに行こう。ゲームは僕が欲しいと思ったら一緒に買いに行こう? なんでもかんでも魔力に頼るのは駄目。自分で努力しなくちゃね」
白々しい感じもしたけど僕は未唯へ言い渡した。
「未唯が悪いわけじゃない。だけど行動を起こす前に僕に確認してもらえる?」
撫で撫で。項垂れる未唯に僕は子供へするみたいに頭を撫で上げた。
「ご主人様だーいすきっ!」
擦り寄ってくる未唯に。
「やっぱりご主人様って呼ばないで」
僕は文句を言う元気も無く未唯へ注文をつけたのだった。





「なんとか無事でよかった。僕でよかったら相談に乗るからね?」
星鏡君が紅茶を飲みつつ僕へ言う。
「はは……無事ね」
僕は乾いた笑みを浮かべた。

近所に異星人が住んでいようが、いまいが。
僕を中心にしたファンタジーもどきの騒動は今日も巻き起こっていた。


ギャグコメになってるのでしょうか?笑いを!!とか思いつつ頑張ってみました。ブラウザバックプリーズ