エピソード17 『流血のバレンタイン』



「ってな訳で。微妙に二人の人格が混ざってるんだよね」
海央学園・園芸部部室。
僕は恒例となったお茶のみ部活にいそしんでいた。

結局僕がどうしたのか。

2人に落ち着いて説明する暇もなかったし。
丁度良いタイミング。
2人?勿論、和也と涼の2人だ。

井上君にも感謝してる。
彼には別情報で御礼をしようと思ってる。
全部ありのままに話すには・・・うーん、勇気もいるし。

「ってな訳って・・・お前なぁ・・・」
呆れた様子の涼に。
「ラスボス逃げた挙句に、強制EDって。反則じゃない?思いっきり」
眉を顰めて僕をみる和也。達と一緒にね。

「そうかな?でも選んでいいって言われたし。僕なりに選んだつもりだけど」
本日のお茶菓子。
和也が大量にゲットしてきたバレンタインのチョコ。

摘んで僕は口へ放り込んだ。
義理だけは皆で美味しく頂くと和也は女の子に断ってたし。
これくらい食べたって恨まれないよ。
和也のマンションまで本命チョコ運ぶの手伝ったしさ。
一仕事終わった後の休憩タイム。

「問題の『破壊と滅びの衝動』はどうなったんだよ?」
甘いチョコの匂いにダウン寸前。
涼は窓を開けてから僕へ問いかけてくる。

色々訊いてくるのは心配だから。

責任も感じてるんだろうね、僕らの事を覚えてなくて。
僕一人がラスボス戦(実際は戦ってないけどさ)しちゃったし。

「僕の魔力を使って中和できないか思考中。
アンジェリカさんも協会の偉い人達も魔法を探してくれてる。すっごい昔にはそういう中和魔法があったんだって。あんまり使わないから消えたみたい。
僕みたいに『魔法使いになりたくない』なんて考える人間が少なかったせいでね」
窓から入る2月の冷たい風。
寒いけどチョコの香りが程よく飛んで息はしやすい。
僕は机の上に投げおいたマフラーを首に巻いた。
「別に未唯ちゃんを人間にしたいわけじゃないんだね」
不思議そうな顔で和也が僕に尋ねてくる。
別にこのままでいいやとか思ってるけど。
なんか真剣だな、今日の和也。
「人間に拘る必要ないって。
異星人と結婚した人なんかと同じじゃん。地球人とはそれなりに寿命が違うんだから。
そう考えてるから今は気にしない。将来は気になるかもしれないけど・・・考えすぎだよ」
和也と涼は本当に驚いた顔で黙り込んだ。

あれ?変なこと言ったかな?僕。
首を傾げつつも僕は紅茶を口に含んだ。
冷め過ぎても美味しくないしね、この紅茶。

「冷めるよ?紅茶」
動きの止まった二人へ僕は声をかけた。

結論。

僕は選ばなかった。

結果、未唯は僕のところへ戻ってきた。
相変わらず宮殿は存在してて。
そこには沢山の想いを抱えたミィーディー達が居て。
僕と小さなアンジェリカさんは時々ミィーディー達を訪ねて行ったりしている。

相互理解は大切だから。

未唯から教わった人生の教訓。

話し合って理解しあえるなんて思ってない。
ただ、色々なミィーディーが何を考えてるのか。

僕が『知りたい』だけなんだ。

本来のミィーディーは未唯の中で眠ってる。
僕の魔力をゆりかごにして。半分封印された状態になってるけど。
前の封印よりずっとユルイ封印だって。
封印してくれたアンジェリカさんが教えてくれた。

「でも彩が選んでくれてよかった。あのままだったら僕達って友達同士じゃなくなってたんでしょ?」
こっち側に戻ってきた和也が僕に確認する。なんか嬉しそう。
「そうなってたみたいだね。不思議な感じだったよ?和也が仕事で早退するのとか見たりして、仕事なんだ〜って思って。でも和也は僕のこと知らないじゃん」
何個目かのチョコを口へ入れて僕は当時を思い出す。
年明け前にはこんな日常がまた来るなんて想像もしなかったよ。
人生ってどんな風に転ぶか分からないよね〜、本当。
「涼もさ。夜のみなとみらいを歩いてるって噂になってて。
やっぱ、涼も仕事がらみなんだろうな〜、なんて僕は思うけど。涼は学園来て寝てたし。涼も僕の事知らないからね。声かけるのも、変だよなぁ。ってゆー感じだったよ」
口にチョコを入れたまま僕は喋った。
「二人と逆の感覚味わえて、少し楽しかったかな」
未唯が消えた期間を振り返って僕は正直に感想を告げる。
「彩ってさ。なんかスゲーよな」
ため息とともに涼が呟く。
「うん。普通を貫いちゃうところとかね」
笑顔で応じて和也が涼へ答える。

仕方ないよ、これが僕のペースだし。
無理して大人にならなくてもいっか。
なーんて考えてます。
恥ずかしいから言えないけど。

「家族にも秘密があるみたいなんだけどさ、結局はぐらかされた。
母さんって父さんと職場結婚だったんだって。その職場って調査会社らしくてさ。結構有名みたい。
だからあんなに調べ物が得意なんだ、うちの一家」

父さんが調査会社に勤めてるのは聞いた覚えがあった。
でも母さんまでもが同じ職場だったなんて。考えもしなかったよ。
裏を返せば同僚とか居た筈だし。
その人に頼めば色々調べられるよね。

護兄にしても。父さん経由みたいな情報網を持ってたみたい。
将来の為、とか言ってるけど何に使うのやら。
将来護兄が就きたい職業に関係してるっていうから。きっとそうなんだろう。
深追いして巻き込まれるのはごめんだ。

僕は無関心でいることに決めてある。

「僕には関係ないけどね」
肩を竦める僕。
「彩はそのまんま、フツーでいて欲しいよ」
さり気に褒めてるのか貶してるのか分からない和也のコメント。
ま、ここは好意的に受け取っときますよ。
「調査員とか似合わねーよな、彩は」
想像したのか苦笑いする涼。いちいち真に受けなくていいからさ。
親の家業を継ぐなんて和也と涼くらいだよ、きっと。
「二人とは友達でいたいと思いました。僕が選んだのってコレくらいだよ、後は」
無意識に僕は笑って部室の扉へ顔を向けた。

「さーいーvvvv」

バタバタバタ・・・。

廊下を駆け足で移動する音。
勢い良く開く扉。
姿を見せたのは海央の制服を着た未唯。
この冬から海央へ通いだしている。

なんでかって?

そりゃー、狭い世界に居るよりは。色々な人と出会ったほうが楽しいでしょ?
本来のミィーディーを抑えるために殆どの魔力を使ってるから、今の未唯は普通の女の子に近いし。
魔法だって簡単には使えなくなった。
周りは僕等を心配するけど、元々魔法をそんなに使ってなかったから。
日常生活に問題ないんだ。

父さんと母さんの『コネ』を最大限に利用させてもらいました。
子供の特権だよ、無茶なワガママ言えるの。
なーんてせーちゃんに入れ知恵されてね。

「バレンタインオメデトー」
未唯はちょっと違う言葉を告げる。
オメデトーって・・・誰に教わったんだろう?
朝出かける時には言ってなかったから、井上君かアンジェリカさんかな?
楽しそうに紙袋からラッピングしたチョコレートを取り出す未唯。
涼と和也にそれぞれ一個ずつを手渡した。
「お礼は倍返しでね♪」
譲兄か母さんの入れ知恵だね、この言葉。
未唯の楽しそうな顔につられて笑顔になる僕と、複雑な顔して受け取ったチョコを見つめる涼と和也。
こんな風に普通の顔する涼と和也の近くに居るポジションってのも。
悪くないよね。
「彩は本命チョコv」
でん。
未唯は効果音を口で言ってから、一番大きい包みを僕へ手渡す。
「ありがとう」
僕は素直に未唯からチョコを受け取った。
「ん〜、彩からのお礼は『身体』でいいやv」
笑顔で爆弾投下する未唯。
涼は顔を少し赤くして固まり、和也はため息をつく。
僕は普通に笑顔で答えた。

「デートだけでいいなら身体で返すよ?」ってね。

最近になってやっと未唯との距離も分かってきた。
未唯とはずっとこんな感じで居られたらな、って思う。
結婚とか将来とか。色々考えなきゃいけないんだろうけど。

未唯と一緒に探したい。
僕独りよがりになるんじゃなくて二人で考えて迷って。
一番良いと思える選択を、その時々で出来たらいいな。

人生そんなに甘くないだろうけどね。出来る限りは?かな。

「上手く収まったよね、君達」
本当は『バカップル』なんて言いたいのかな。
少しうんざりした顔の和也は手を左右に振る。

和也の初恋が見事に散ったのを最近知った僕としては少し申し訳ない反面。
王子にも苦い過去があるんだ〜、なんてさ。
驚いたりもしてる。

 羨ましいだろ〜。

和也の報復が怖いから面と向かって言えないけど。

「暑いぞ、無駄に」
涼は口をへの字に曲げた。

自分の仕事に手一杯な涼は恋愛どころじゃないらしい。
好みの女の子がいるとか、いないとかそんなレベルより前に。
周りのファンの騒がしさに押されて完全に引いちゃってる。
大和撫子タイプが好みらしい。涼って。

ハーフっぽい外見に似合わずとことん和風好みなんだ。

二人の『らしい』反応に僕と未唯は顔を見合わせて笑う。

「アンジェリカさんの見送り、どうする?」
このままだと二人に嫌味を連発されるし。僕は話題を変えた。
「僕は行けると思うよ。仕事の予定は入ってないし」
携帯のスケジュール画面で確認しながら和也が答える。
答えながら早速未唯のチョコを食べ始めていた。
自称甘党だけはある。素早い。
「俺は・・・どーかな?知り合いがこっちに来るみてーなんだよな」
涼は予定が未定らしくはっきり答えない。

アンジェリカさんは『見届け役』を降りることになった。

このまま未唯の見届け役を続けても問題ないらしい。
でもアンジェリカさん自身が『修行したい』って。
今回の事で『魔法使いのあり方』みたいなのを考えさせられた、って言ってた。
視野を広く持つために初心に帰って1から勉強するんだってさ。
エルエルが『気にする事はない』って言ってくれたけど。

「結局フッたも同然だもん。良心は咎めるよね?」
未唯のチョコを食べてたら、製作者本人が僕に意地悪な質問を投げかける。
・・・半分ミィーディーの意識も入ってるせいか、未唯は結構こういう意地悪を言う。
愛情の裏返しだって譲兄と護兄は言うけどさ。

かわすの大変なんだよ?

「大切な仲間だよ。お互いに」
未唯の頬を軽く抓って僕は首を左右に振った。

小さなアンジェリカさんが僕に親しみを持っていた事と。
大きなアンジェリカさんが僕に絡んできたのは。
好意的に僕を見ていてくれたから。

んでもって、こういう結果になったのは僕が鈍いせいです。
未練もある。
アンジェリカさんって美人だしね。
僕だって勿体無いとか思ってるけどさ。

未唯と一緒に居る生活だけで手一杯なんだよ。今は。

「ふぅーん?」
僕の手を外し未唯は上半身へ体重をかけ椅子に座った僕に寄りかかった。
拗ねた口調で返事をして僕の首に腕を回して甘える。
案外嫉妬深いんだよね・・・元がって、今でも『使い魔』なのには変わりないから。
素が出てきたって言えばそーなんだけど。
「本当だよ」
未唯の背中をポンポン叩いてあやす。

そんな僕等を呆れた顔で見るのが涼と和也。
抱きつく癖のある未唯。
最初はすっごく恥ずかしかったけど二ヶ月近くもしてれば慣れる。
人間の適応力ってのはすごいね。
「なら許す」
偉そうな口調で未唯が僕の耳元で囁いた。
「感謝します」
僕が答えた瞬間。未唯は動きを止める。

どうしたのかな?
涼と和也が僕の後ろを指差して何かジェスチャーしてる。

え?ナニ?ナニ?

「・・・彩の浮気モノ〜!!!!」

がっ。

僕の身体が宙を舞う。

文字通り宙を舞う。

背中に激しい衝撃を感じて一瞬息が詰まった。

ぐはっ・・・い、息が出来ない。
しかも額に何か当たったみたいで、ジワジワ痛くなってきた。

「お母さんにいいつけてやるっ!」
小さく鼻を鳴らして未唯は去っていった・・・。

だからナニが!?

僕は部室の壁に背中を叩きつけられて放心状態。

未唯、今魔力使って僕を投げ飛ばしたでしょ。
とかって考えてる場合じゃなくて。
「???」
ナニが浮気モノなのさ?
本命チョコは未唯以外から受け取ってないんだけど。

義理チョコなら涼と和也関連でお情け程度に貰ったけどさ・・・なんなんだよ―――!!!

咳き込みながら呆然とする僕。気の毒そうに僕を見て、和也が背中を擦ってくれた。

「あ―・・・多分。コレを勘違いしたんじゃねぇの?」
涼はハンカチを取り出して僕の額に当てながら、顎先で紙袋を示す。
「へ?兄さん達あての・・・チョコ・・・」

去年の僕なら嫌だった。

逃げてたかもしれない。

今年、少しばかり大人になった僕としては。

憧れる相手がアノ『京極院ツインズ』であったとしても。
(二人の本性を知らないってのはある意味幸せだ)
一生懸命になって僕に渡してくれと。
頼むクラスメイト達・他大勢からのチョコを断れるわけがない。
渡すだけなら渡す条件付で預かったんだ。

ちょっとまて。
紙袋には『兄さん達用』って書いておいたのに?何故?

「上の位置から見ると、紙袋の横に書いた文字って見えねーよな?多分抱きついてたから上から見たんだろ、あの紙袋を」
ははははは・・・。そうなのかな?
「嫉妬心丸出しだったし。多分、涼の考えが正しいと思うよ」
放心した僕に追い討ちをかける和也。
母さんに言いつけられたら。僕家に入れないじゃないか。
そもそも家にたどり着けるかな、無事に。
メールで兄さん達にチクられたら帰宅妨害されるの確実!
「思わないところからも災難が出るもんだね〜」
まったく思ってないのバレバレな口調で和也が僕へ言った。

はいはい。

こういうバカップル騒ぎは他所でやれって言いたいんだろ。分かってます。

「それより、彩。大丈夫か?」
涼はハンカチで僕の額を抑えたまま顔を近づける。なにが?大丈夫?
「額、思いっきり切れてるぞ」
和也からハンカチを受け取って、涼は自分のハンカチを僕に見せる。
紺色のハンカチにベッタリついた血。

・・・嘘!?

切った?

本当にデコ切った?


ふ―――。



実感したとたんに激しく痛み出す額。
ジンジンする。駄目だ・・・。
目の前が暗くなってきた。
二人の顔がぼやけて見える。
「・・・い!!・・・・彩!?」
なんだか和也の声が遠くに感じる。
涼の声もだ。
意識が遠のいてく感じ。

これって。

去年の4月に味わったような??

「しっかりしろって!!」
涼は懸命に僕へ声をかけ。
「これぞまさに最後の災難。なーんてね」
綺麗にオチを纏めてくれる和也の姿。

二人が協力して僕を家へ送り返してくれて、チョコの疑惑を晴らしてくれた。(僕はまだ気絶中だったから)

家族には微笑ましいちょっとした事件みたいに思われて。
僕としてはトホホな感じ。
兄さん達にはきちんと釘を刺しておいた。
『来年からは弟に渡してもチョコを受け取らない』と言っとくように。

まったく。

そして未唯といえば。
恥ずかしそうにモジモジしながら額の手当てをしてくれたけど。
背中に出来た痣は二週間消えなかった。


恐るべし、使い魔の嫉妬?


近所に異星人が住んでいようが、いまいが。

僕を中心に巻き起こるファンタジーもどきの騒動は・・・今日も今日とて。
僕の周りでそれなりに。
巻き起こっていた。


オチはこんな感じなんです(土下座)最初からこうって決めてましたので変更なしで。後はエピローグの部分だけをアップして終わりです。読んでくださった皆様お疲れ様でしたvブラウザバックプリーズ