エピソード16 『ぺるそな』



目に映るのは一面の。

「ガラス・・・?」
透明のガラスみたいな壁や柱。
僕は疑問系で呟きそれらをコンコン叩いてみた。
「クリスタルです」
律儀に僕の後ろでツッコンでくれるのはエルエル。
あ、やっぱ?ガラスって感じしなかったもんね・・・。

あはははは、なんて僕が笑えばエルエルに苦笑された。

「そういえばエルエルはココに居て平気なの?魔力とかは?」
そうそう。
エルエルはへーぜんと立ってるけどさ。
大丈夫なわけ?僕は肝心な事を思い出して口を開く。
「魔力はこの空間に満ちています。それから、この場に居るのはわたしだけではありませんよ。ほら」
エルエルが優しい目をして、僕らが立っている広間の入り口を指差す。
そこにはウサギのヌイグルミを抱えた小さな女の子が立っていた。
「え・・・あれって?」
女の子は眠たそうに目を擦ってる。
でも、僕とエルエルに気がついてこっちへ走ってきた。
満面の笑顔を浮かべて。
「えるえる、めがねのおにいちゃん」
「あ、ああああ、アンジェリカさん!?」
金色の髪が寝癖で乱れてたけど、顔を見間違えはしない。

同じ顔の人間が3人は世界に存在する・・・って!
僕が現実逃避してどうなるよ!?

女の子は紛れもないアンジェリカさん本人。
って、どーなってるのさ!?
さっぱり分かんないよ〜!!

「彼女は強い能力を持っています。幼い頃はこうして心だけを飛ばす事が出来たのです。夢を見ている間だけ」
小さなアンジェリカさんを抱き上げて、エルエルが静かな口調で説明してくれた。
「残念ながらこの能力は歳を重ねるごとに薄れていきます。
貴方が知る『現在のアンジェリカ』には心を飛ばす事が出来ません。ですが『過去のアンジェリカ』になら出来るのです」
アンジェリカさんの乱れた髪を指先で整えながら、説明を続けるエルエル。
理屈は分かったしアンジェリカさんが『今のわたし』には案内できないって言ったのも。
分かったよ。
でもさ・・・。
「幼い方が良くも悪くも心が透明なんです。人間は。
透明だから邪気がなく、透明だから残酷な事も平気で出来るのです。
大きくなれば多少の常識が身につきます。
その時点で心を飛ばす術を失う。色づいた心は自由に空を飛ぶ事が出来ない・・・」
間抜けな顔をしてエルエルを見上げる僕。
エルエルは嫌な顔一つしないで説明を続けてくれた。

難しいっていうか、表現がなんか理解しにくいんだけど。なんとなく分かった。

「魔力で作り上げられたこの宮殿に時間の流れは存在しません。強い魔力に惹きつけられた小さなアンジェリカがやって来ても、不思議ではないのですよ」
僕が目線をアンジェリカさんへ向ける。
はにかみ屋さんなのか、アンジェリカさんは照れたように顔を赤くした。

うわ。
小さい頃のアンジェリカさんって素直だな〜。
こんな妹なら僕だって欲しかったかもしれない。
「そっか・・・アンジェリカさんにとって僕は。ずっと小さい頃に出会った『眼鏡のお兄ちゃん』なんだ・・・」
照れてエルエルの肩に顔を押し付けるアンジェリカさんを僕は微笑ましく思った。
「ええ。彩殿は今日初めて幼い彼女と出会いましたね?ですが彼女はもう何度か彩殿と会っている『アンジェリカ』なのです」
僕のことを『眼鏡のお兄ちゃん』と慣れた感じで呼んでたっけ。
それから夏休みにすごく怒らせちゃったっけ。

僕からすれば馴染みがない女の子。
でもアンジェリカさんは小さい頃に僕と出会っていたんだ。

「ふ、複雑だ。じゃあ僕は小さいアンジェリカさんとは初対面だけど、アンジェリカさんはそうじゃないんだ。宮殿の外で僕らを待っているアンジェリカさんも」
きっとアンジェリカさんが僕のところに来たのは。
僕を知ってるからだ。
他にもきっと優秀な魔法使いはいたんだろう。けれどアンジェリカさんは僕を覚えていてくれて。
この留学を受け入れてくれたんだ。
「彩殿は幼い頃から教育を受けた魔法使いではありません。だからこそ、アンジェリカをアンジェリカとして見ることが出来るのです。星鏡殿や霜月殿を普通の中学生と認識できるように」
僕の顔に出た感情を読んだのか、エルエルが珍しいくらいによく喋る。
こんなにエルエルが喋ったの初めてだよ。
「アンジェリカにとっては嬉しい事だったんですよ」
アンジェリカさんを床へ降ろし、エルエルはアンジェリカさんへ何かを促す。
アンジェリカさんは僕を気にしてもじもじしていた。
「あのね・・・?」
上目遣いにアンジェリカさんが僕を見る。
僕はアンジェリカさんの負担にならないよう、しゃがんで目線を合わせた。
「あんじぇりか、ここのきゅうでんのおねーさんをさがせるの。おにいちゃん、おねーさんをさがしにいくんでしょう?」
小さく首を傾げるアンジェリカさん。
「うん。手伝ってもらえるかな?」
僕は自然に自分の右手をアンジェリカさんへ差し出す。

幼いけど彼女は魔法使い。
僕は素人だ。

助けてもらえるならこういう風に頼むべきだよね。
これ、半分実体験に基づいてんだけどさ。
ほら僕は末っ子だから兄さん達にいいようにパシられてきてたし。

こんな感じで頼んで欲しかったよ。と。しみじみ思いながら。

「しかたないから、てつだってあげる」
ウサギのヌイグルミ片手に胸を張るアンジェリカさん。
その姿が笑える半面、すごく頼もしく見えた。
「では参りましょう。わたしも微力ながら協力します」
エルエルが背中にたたんでいた羽を広げる。
真っ白い羽から飛び散る光。
透明な宮殿の広間を光で満たす。
クリスタルは光を反射して、どこか不思議な色合いに変化し続ける。
「眩しいな・・・」
視力の低い僕の目には痛い。何度か瞬きをして僕は呟いた。
「こっちだよ」
アンジェリカさんが一人歩き出す。
僕は慌ててアンジェリカさんの後を追い、その手を掴んだ。

ここはミィーディーが作り上げた宮殿。
罠もあるって、言ってたし。
あったら困るけど小さいアンジェリカさんを危ない目には合わせられないよ。
防げる限りは僕が防がないと!!

中世のお城みたいな造りの『宮殿』僕らが居たのは入り口入ってすぐの大広間みたいな場所。
クリスタルと光の乱反射でいまいち正しい場所を認識できない。
アンジェリカさんが感じるミィーディーの気配。
付け加えて僕の杖先の反応。
二つを組み合わせて僕らは部屋を抜け、隠し通路を通り。
見えない階段を上る。を繰り返し。

某テーマーパーク?みたいなノリなんだよね・・・。迷路探検みたいでさ。

「罠があるって聞いてたけど、普通だよね?」
正しい道を歩いているんだろうけど不安になる。僕は背後を歩くエルエルに声をかけた。
「ええ、罠ならすでにいくつか解除してますよ」
羽を光らせたままのエルエルが涼しい顔で答える。
「アンジェリカの鋭い感知能力と場に満ちる魔力。わたしのシールドで出来る限り罠は防いでいます。ご心配なく」
どうも・・・。僕は小さく口の中で呟き頭を軽く下げた。
「すごいでしょ?あんじぇりか、えらいでしょう?」
並んで歩くアンジェリカさんは僕とつないだ手を勢い良く前後に振り、上機嫌。
「ありがとう」
未来のアンジェリカさんへも伝わるように。
僕は想いを込めてお礼を言う。

はにかみ屋の小さいアンジェリカさんは、照れてウサギのヌイグルミを片腕でギュッと抱きしめた。
時間さえも存在しない宮殿をテクテク歩く。
いくら普通感覚の僕でも『これでいいのかな〜?』なんて疑問を持つ。
こんなノンキな道のりでいいの?
相手は一応『最強最悪の使い魔』で『使い魔の世界の核』でもあるんでしょ?

「彩殿の魔力が作り上げた世界ですから、こんなに穏やかなんですよ」
大分歩いてちょっと疲れてきた時に僕が思った疑問。
またもや顔に出てたみたいで、丁寧にエルエルが説明してくれる。
僕の魔力が元になって出来た『宮殿』ね。
「それに本当の罠はミィーディー自身なのです。気をつけてください」
小さなアンジェリカが歩みを止める。

いつの間にか細長い通路の手前に、ミィーディーが立っていた。
すごく頭のいい感じ。
僕の知ってる未唯じゃない。
ミィーディーは僕らの姿に気がつくとこっちへ歩いてきた。
アンジェリカさんは不安なのか、僕の手を強く握る。
「初めまして?京極院 彩。わたしは二代前のミィーディーよ」
頭が良さそうなミィーディーは計算された笑顔で僕を見た。
こんな笑顔ってよく和也がしてるよね。
「ここから先は部外者お断り。道案内ご苦労様」
悪戯っぽく笑い、ミィーディーはエルエルとアンジェリカさんを手で追い払う仕草。
外見は未唯なのに行動は全然違う。
「彩殿・・・」
ミィーディーを警戒しながらエルエルは僕の名前を呼ぶ。
「ここからは自分で行くよ。エルエル、アンジェリカさん。ありがとう。それから図々しいけど・・・アンジェリカさんを無事に家へ帰してね」
僕はアンジェリカさんと繋いだ手を離す。
それからエルエルへ向き直って、小さなアンジェリカさんをエルエルへ託した。

大丈夫。

答えは僕の中で出ているから。

「凄い自信ね?」
去っていくエルエルと小さなアンジェリカさん。
ミィーディーは横目で僕を見て嫌味を言った。
「反対だよ。自信がないから帰ってもらったんだ」
僕は苦笑してミィーディーへ答える。
「ふぅん?まぁいいわ。わたしには関係ないもの。ミィーディーが未唯と一緒に君を待ってるの。ついて来て」
ミィーディーは僕にまるで興味なし。
ミィーディーは通路の壁をさっさと通り抜けて消える。

うわ。自己中?

僕は慌ててミィーディーの後を追って通路の壁を通り抜けた。
壁に向かっていくのは怖いけど、宮殿の仕組みなんだから仕方ない。

「うわっ・・・」
通路の壁向こう。
沢山のミィーディーがそれぞれに好き勝手してる。

鏡に向かって肌の手入れに夢中なミィーディーや。
怪しげな薬を作ってるミィーディー。
カードゲームで遊んでいるミィーディーも居れば。
隅っこのほうでうずくまってるミィーディーも居たりして。

それぞれが歴代の彼女の主が『イメージ』したミィーディーなんだ。

口を大きく開けて僕は彼女たちを少しの間眺める。

「グズグズしないで?早く歩いてね」
冷静な二代前のミィーディーが容赦なく僕の背中を押した。
痛いよ・・・。
つーか少しの遠慮があってもよくない?
「冗談じゃないわ。君はわたしの主じゃないもの」
ジト目で僕がミィーディーを睨めば、こう切り替えされた。
確かに、君の主じゃないよ。
僕は。
少し痛む背中を気にしながら僕はミィーディーにつれられて、沢山のミィーディーの間を歩く。
皆僕には無関心。
自分がしたいことに熱中してる。
「さあ、入って」
ミィーディーが見えない何かを開く。

扉だ。

向こうには暗闇が広がるだけ。
うう、こういうのって柄じゃないな〜。
本当に。
躊躇ってたら今度も背中を強く押される。
乱暴だよ、君!振り返って文句を言いたかったけど、そこに二代前のミィーディーはいない。
扉みたいなモノもなかった。



「ようこそ」
目の前には二人のミィーディー。
正しくは『ミィーディー』と『未唯』が立っていた。
ミィーディーが僕に会釈する。
儚い感じのする女の子。

ミィーディー。

隣に立つ『未唯』は不思議な光に包まれ眠っているようだった。

「初めまして、我が主よ」
彼女が本来のミィーディー。

魔物の中の魔物である、ミィーディーかぁ。
にしても、怖い感じとかしないんですけど?
なんか、こう、ゲームのラスボス戦にしちゃー優雅だよね。
ここまでの展開とかさ。
考えて、僕は耳で落ち着いたミィーディーの声を拾う。

「本当、初めてかもしれないわ。こんなに静かな対面は」
今更驚くことじゃない。
ミィーディーは心を感じ取ることが出来たっけ。
口元に手を当てて穏やかに笑うミィーディー。
やっぱ聞いた話とのギャップが大きい。
「この宮殿は主を拒まない。主の魔力によって作られた迷宮なので。ただ主の心に迷いがある分だけ、主は宮殿を迷うことになりますけどね」
すっ。ミィーディーが手を振り上げれば、暗闇の中にランプと二つの椅子が現れる。
ミィーディーは自分側の椅子に座って、目線で僕に椅子に座るよう伝えた。
小さくうなずいて僕は椅子に座る。
「程よく疲れるくらいには迷ってたってコトか」
背もたれに寄りかかって僕はぼやく。
そんな僕を見て可笑しそうにミィーディーはクスクス笑う。
うーん。笑うトコ?
「本題に入りましょう。彼の子孫が主に全てを伝えたはずです。2つに1つ。主として貴方は選ばなくてはなりません。どちらを選ぶのですか?」
真剣な光を湛えたミィーディーの瞳が僕を見つめた。

選べるのは2つ。
どっちかしか選べないとしてもね。
僕にも権利ってものがある。

数秒間。
もっと長かったかもしれない。
僕はミィーディーの赤い瞳を眺めながら。
ただ黙り込んでいた。ミィーディーも僕を急かすつもりはないみたいで黙ってる。

沈黙。

「選ばないよ」
僕は静かに答えた。
ミィーディーは呆気に取られた顔で僕を見る。

「ここにいるのは全員本物で未唯なんだよね?だったら選択なんて必要ないじゃん」
沢山の未唯の気配を感じる。僕は目を閉じた。
「全てを受け入れるというの?」
ミィーディーはすこし疑ってるような口調で僕に尋ねた。
「違うよ。僕の知ってる未唯と一緒に帰るだけさ。君と争う理由はないし、再封印して皆から消える必要もない」
目を開くと回りは暗闇から一変。
最初に入ってきたクリスタルの床と床下に見える地球。
すっご。
まさにラスボス戦みたいな空気だ。
「でも、あの子は・・・」
口ごもって未唯を見るミィーディー。
「僕が望んだ女の子。でも君でもある女の子。そして君じゃないミィーディー」
「分かっているなら!?」
ミィーディーが椅子から身を乗り出す。
「未唯が僕にとって唯一知りえたミィーディーなんだ。
でも君だって未だただ唯(ひとつ)とない君なんだ。
気長に待てばいいじゃないか、ありのままの君を受け入れてくれる魔使いを」
「・・・」
僕の言葉って衝撃的かなぁ?ミィーディーが絶句した。
「僕は未唯と一緒に現実で地味に努力してみるよ。
再封印して逃げるのは、僕自身が嫌なんだ。
派手にラスボス戦とか、涙して君と戦うとかって柄じゃないし。
君が破壊の衝動を抑えられないなら僕の魔力を使うといい。
こんな風に空間を作れるなら、模型みたいに色々造って。それを壊せばいい。
僕に精神攻撃って効かないんだよね?
身近な人に怪我があったら困るけど、外に出たいなら未唯の身体を借りればいい。
本物を壊したいなら・・・壊していいものを壊そう。一緒に探すから。
駄目・・・かな?」
ミィーディーの反応がない。

なんか・・・自信なくなってきた。
僕なんか魔使いとして働く気とか。
そういうのってないから。
僕の魔力をミィーディーがストレス溜めないように使えばいいじゃん。って。
単純に考えただけだったんだけど。
んな簡単なモンじゃないのかな。

「変な人」
ミィーディーは泣きそうに顔を歪めながら、笑った。
「自覚はあるよ」
僕はミィーディーに手を差し伸べながらウインクを試みる。
あははは。
やっぱり和也みたいに上手く出来ないや。
両目つぶちゃったよ。
「選ぶのは、君だよ」
僕は選んだ。
反則技だけどさ。

今度は『君』自身が選ぶ番だ・・・なーんちゃって。
カッコつけすぎだよね。
ミィーディーは黙って口元に笑みを湛えた。


「わたし、本当は       」
そしてミィーディーも選択したのだった。彼女自身の意思で。



そして伝説へ(間違い)後もう少しで終わりますのでお付き合い下さいませ。彩成長しましたね〜、ホロリ。ブラウザバックプリーズ