エピソード15 『大晦日の攻防』



迎えた一年の終わり大晦日。

日本人にとって大晦日は大事な行事。

京極院家にとっても除夜の鐘とか。
初詣とか。
新年の挨拶とか。
色々行事はあるわけだ。

「家族との行事、全部キャンセルしてきたの?」
アンジェリカさんは夜中抜け出してきた僕に目を丸くする。
除夜の鐘突きに出かける家族連れも多いし、アンジェリカさんと一緒に歩いても目立たない筈だ。
「閃いたんだ。急に。それに夜中にしか行けない場所だから、今晩が一番良いって思って。迷惑かけてるのは十分理解してます」
僕は両手を合わせてアンジェリカさんを拝む。
「仕方ない。行きましょう」
テーブルの上に置いたコートを無造作に掴んで、アンジェリカさんは立ち上がった。





経緯ってほどオーバーなものじゃないけど。きっかけは自力で掴んだ12月半ば。
相も変わらず究極に近い部分がある『二択』を迫られてる僕。

んな簡単に決められるほど人間できてません。

な、中1な訳で。使命を背負って生まれてきたわけでもなし。
特別な生活環境で育ったわけでもなし。
そこらへんにいるフツーの子供。

それが僕。

「はぁ・・・悩むよね」
PC端末には我が兄、護兄の残したメール。

その名もズバリ『ヒント』正直コレだけには頼りたくない。

護兄の親切を受けたくないんじゃなくて。
誰かの意見に流されたくないだけ。
僕って自分の考えとかあんまりないからさ。
きっと護兄の意見に従っちゃうよ。
このメールを読んだら。

今まで文句を言いながらも。和也や涼の意見に従ってきたみたいに。

僕はグダグダ悩んだ末に今、新聞部の部室前。
扉の前でどうしようか迷ってる。
この扉の向こうには頼りになる人物が。

頼りになるけど・・・僕なんかの頼み、聞いてもらえるのかな?

前は和也のオマケみたいな感じで構ってった感じもするし。
情けないけど『今』の僕じゃ存在感薄すぎて。


駄目だ・・・。

訪ねる前に落ち込んできた。なんて一人で自分ツッコミしてる場合じゃなくて!

「失礼しまーす」
こーなったら『なるようにしかならない』って。
僕は勢い良く扉を開いた。
勢いが良かったせいで反動が起き扉を閉めてしまう。

「・・・」

あああああああ!

こんな大事な時になにボケてんのさ、自分。
許されるなら廊下に両腕着いて打ちひしがれたい気分。
気を取り直して僕は扉をもう一度開いた。

「くっ・・・」
PCやらデーター保存用のロムなんかが散らばってる部室。
部室の片隅で僕の行動を目撃した井上君が腹を抱えて大爆笑してた。

・・・好きなだけ笑って。
今は初対面も同然だし、僕だって今の行動は十分に笑えるよ。
自分のことながら。

「新聞部の井上君だよね?宰相のあだ名を持つ」
初対面。
井上君と僕は初対面。
自然に。自然に。
勘の鋭い井上君に怪しまれないように。
心の中でおまじないみたいに呟いてから、僕は井上君に声をかけた。
「そんなに有名?俺って」
少し警戒した感じの顔で井上君は自分を指差す。
コレくらいは想像通り。
井上君は鋭いからね。僕だって馬鹿じゃない。
言い訳は用意してきたよ。
「僕は京極院 彩。似てないけど、京極院ツインズの弟なんだ」
こんな時に兄さん達の知名度が役に立つなんて。
複雑。
もっと別の部分で僕の役に立って欲しいけど。無理だろうな。

しかも、自分からアノ二人の『弟』だって名乗ったの、初めてかもしれない。
初めてだ。
でも不思議と嫌な感じがしない。
弟なのは事実だし。
悪名高いツインズじゃなくて。
兄さん達は海央名物なだけだし。

僕は僕で地味でいいや。
和也や涼を見ていても思うよ。目立つのって良し悪しだよね。

僕が名前を名乗れば、井上君は好奇心に瞳を輝かせて入り口まで移動。
相変わらず興味の対象への対応は素早いね〜。
僕は変なところで感動した。

「へぇ〜、君がアノ『弟君』ね」

僕をジロジロ眺め観察しながら井上君が口を開く。

「立ち話もなんだし、とりあえず中へ入れよ」

井上君が僕を手招きする。

第一段階は突破。
僕はホッとしながら部室の中へ足を踏み入れた。
デリケートなPCが並ぶ部室には空調が入ってる。
空気清浄機だよね?ホコリ対策用の。
静かなモーター音が僕の耳に聞こえた。


井上君は両手をブレザーのポケットに入れたまま、僕の周りを一周。
グルッと回ってから椅子を僕へ勧めた。
井上君は原稿を書きかけの机の上に座る。
丁度僕の座る椅子と向かい合う形だ。


「で、わざわざ俺をご指名の理由は?」

おどけた様に両腕を広げる井上君。
未唯が消えても変わらないオーバーなリアクション。
懐かしく感じて僕は思わず小さく噴き出した。
「?」
初対面で笑うのって不思議に思うよね。
普通なら呆気にとられるのが正しい反応だし。
「噂で聞いたとおりだから、少し驚いた」
必死に笑いを堪えて僕は井上君に説明した。
言葉が足りなくても井上君なら理解してくれる。
これは前に井上君と園芸部でダベってた経験上得た知識。
「兄さん達から海央の話は良く聞いてたんだ。井上君は小等部からの持ち上がり組だったよね?」
半分は本当。
井上君の噂は入学前に兄さん達に聞いた事あるし。
井上君に僕は説明する。

僕も真顔で嘘つくの上手くなった・・・。和也の近くにいたからさ。
和也の場合は、嘘ってゆーか本音を言わないってのが正しい表現なんだけど。
見方によっちゃ嘘だよな。
アレも。
僕のこの説明も半分は本当だから、完全に嘘じゃない。
「ああ、成る程な」
井上君は妙にあっさり納得した。
もしかしたら井上君は兄さん達と顔見知りかもしれない。
聞いてみたい気もする。
だけどそれは全部が終わってからにしよう。
1回になんでも調べるなんて器用な真似、僕には出来ないしさ。
「俺を指名した謎は解けたな。じゃ、用件はなにかな?」
顎に手を当てて井上君は僕の反応を待つみたいに、余裕の態度。
僕は小さく息を吐き出して緊張する身体を落ち着かせる。
無意識に握り締めてた手のひらに汗かいてた。

やっぱり相手が井上君だと緊張する!

「護兄のことなんだけどさ。10月半ばから11月頭。どこかを中心にナニかを調べてたはずなんだ。行動範囲を知りたい」
心臓がバクバク音を立てる。
きっと僕の顔は緊張してるから赤い。
意識しながら僕は思い切って井上君に尋ねた。
「ふーん?実の兄さんの素行調査?」
顎に当てていた手を外して、井上君は腕組みする。

不思議に思われてるよね・・・やっぱ。

未唯が消えた以上、護兄がこの期間に未唯の何を調べていたか。
本人に訊く事が出来ない。
現在の世界からは未唯の存在が消えてるから。
未唯に関する全てが消えてる。
これはアンジェリカさんにも指摘された。

僕が考えたのは、護兄がどう行動していたか?
ソレ位は調べられるはずだって、そう思ったんだ。

我ながらナイスアイディア!未唯の全ては消えてるけど。
護兄の全ては消えてない。
どう行動してたか。その行動と場所に『ヒント』がある。

ミィーディーの居場所を掴むため。
これくらいの努力は僕だってやらなきゃ。

男が廃るってモンでしょ。でも・・・廃るってどういう意味だろ。

「直接訊いても多分答えてもらえないからね」
『答えてもらえない』とゆーよりかは、『答えられない』んだろうけどね。
多くを喋るとドジりそうな僕が居るから、余計な事は喋らない。
僕は井上君に返事をした。
「個人の都合にまでは立ち入らないさ。オーケー?俺が知ってる範囲全ては教えてやるよ。相手は弟君だしな。ただし」
「世の中ギブ&テイクでしょ?」
井上君に全てを言わせずに僕はツッコミを入れた。
これって井上君の口癖みたいなモンなんだよね。
園芸部部室でよく聞いた台詞。
「・・・弟君といえども、侮れねーのな。恐るべし京極院家」
大袈裟に天井を仰いで組んだ両腕を宙へ掲げる井上君。

恐るべしなのって井上君でしょ。
僕だって知らない護兄の行動を把握してる。

少しだけその格好でポーズを決めた井上君は、視線を僕へ戻した。
井上君の情報を得る為の交換条件。

勿論これしかないでしょ。

「今年の冬休み。兄さん達がどこへ旅行に行くのか教えるよ」
僕は兄さん達の情報を売る事に決めていた。

僕自身の情報なんか僕だっていらない。
今の僕には手札が少ない。
こーゆー場合は身内を売るしかないっしょ。

たとえ和也や涼と友達で居続けていたとしても。
二人は売るつもりないけど。

報復が怖いからね。

「護兄は長野。長野にある火星大図書館に手伝いに行くって言ってた。
譲兄は例年通りスノボ。今年は山形だね。譲兄の好みを考えればスキー場なんて限られてくるよ」
僕は真っ直ぐ井上君を見詰めたまま言い切った。

これは過去に井上君自身が言っていた言葉にならって。
『目は口ほどにモノを言う』らしいから。
嘘はついてない。

多少、兄さん達には悪いなぁって。思うだけで。

井上君はニヤリと笑う。
「悪くないな」契約成立を意味する井上君の返事。
僕は心の中で兄さん達に手を合わせて謝った。
弟の人生最大の災難回避の協力感謝。

兄さん達はああ見えても図太いから、井上君くらい軽くかわせるでしょ。
信用してます、兄さん達。

「じゃ、弟君の疑問にお答えしましょう」
井上君は机から降りて、ブレザーに忍ばせたPC端末を取り出す。
僕も自分のPC端末を取り出した。
「これから弟君のPCへデータを落とすから。これが俺の知ってる範囲だよ」
机の上に転がってたケーブルを掴み、僕のPC端末へ接続しながら井上君が説明する。
僕は黙ってうなずいた。井上君は自分のPC端末を操作して、僕のPC端末へデータを送る。
僕のPC端末画面に護ファイルなる項目が増えた。
「じゃ、健闘を祈る」
深く考えて言った言葉じゃない。
でも井上君のこの言葉は僕に元気を分けてくれる。
「こちらこそ、ありがとう。じゃーね」
僕もにっこり笑って新聞部部室を出て行った。





ほーんと。井上君は将来新聞記者かジャーナリストになるべきだよ。


僕は護ファイルの情報の細かさに驚きながら、杖片手にアンジェリカさんと港南台を歩き回っている。
「その情報って確かなの?」

最初、この情報を見せた時アンジェリカさんは少し疑ってた。
僕は井上君の信条を信じるさ。
クラスが違うからすごく仲良かったわけじゃない。
でも井上君は嘘はつかない。
こっちが嘘をついてなければね。

「確かだよ。彼の情報量は半端じゃない。宰相ってあだ名がつているのも伊達じゃないってこと」
ダウンジングの要領で杖先を遊ばせて、反応する方角を探す。

僕はミィーディーを具現化させた主だ。
だから僕の魔力にミィーディーは反応する。

冬休み前ギリギリに井上君と会えてよかった。

学園が冬休みに入った今、井上君の家へ直接訪ねてくのも無理があるからな〜。
報酬である情報の価値が無くなるしね。

「範囲が広いのは仕方ない。護兄さんはバイク持ってるし。多分僕みたいに歩きじゃなくてバイクで動いてたんだよ」
護ファイルに入ってるマップ。

港南台の一体を示す地図。

あの時期護兄がバイクで色々調べまわっていた地域。
地元だったのが僕には意外だった。

「仕方ないわね。空を飛べば広範囲に調べられるけど、的を絞れないし」
アンジェリカさんが僕の杖先の反応を見て、マップに×印を入力する。
僕はまだ決めてない部分もあったんだけど、未唯を探し始める事にした。
いや。
違う。
ミィーディーを探す事にした。
本当の彼女に会ってみたいと思った。

未だ一度も会った事のない彼女に。

「今日も結構歩いたね」
腕時計の時刻を確かめる。
現在午後5時30分。
ミィーディー捜索開始から今日で9日目。
20日の終業式から捜し始めたから、現在28日。

あと3日で大晦日かぁ。

「来年春まで時間はあるわ。けれどミィーディーに会っておきたいなら、早目に捜した方が賢明ね」
僕につられて腕時計の時間を確かめるアンジェリカさん。
少し疲れた顔で僕へ忠告する。
「うん。頑張るよ」
日が暮れて寒くなる風。
首に巻いたマフラーを巻きなおして僕は白い息を吐き出した。
「それと有難う。冬休み殆ど使わせちゃって。アンジェリカさんだって、クリスマスとか家族と過ごしたかったでしょ?」
寒さに鼻の頭を赤くしてたアンジェリカさんの顔が赤くなる。

結構こっちにいるけど、アンジェリカさんって月コロニーの学校から『交換留学』って名目で海央に来たんだ。
当然こっちじゃ一人暮し。
一人暮らしってもエルエルが守ってくれてるから不自由はないだろう。
家族に頼れない心細さを除けば。

「本音を言えば、ね。でもわたしには見届ける権利があるの。貴方の選択を」
悪戯っぽい笑顔。

最近良く見るようになったアンジェリカさんの普通の笑顔。
クラスメイト感覚で普通に喋れる仲間。
アンジェリカさんってやっぱり涼みたいだ。
困ってる人間を見捨てて置けないんだな〜。
先祖がミィーディー封印を助けたからって、子孫までが責任感持つ事ないのに。
真面目だ。

「半分わたし達の都合で貴方を巻き込んだんだもん。少しくらいの協力ならするわ」
ポンポン。僕を慰めるように肩を叩くアンジェリカさんの手袋の感触。
未唯を知るのはアンジェリカさんと僕だけだけど。
一人じゃないのは心強い。
「サンキュ。でも今日は遅いし、エルエルがいるからって無理は禁物。アンジェリカさん疲れた顔してるしさ。明日もあるし今日はここまで」
灰色から完全な黒になる空。
空に浮かぶエアバスの標識が輝きだす。
冬の陽は短い。
無理してアンジェリカさんに風邪でも引かれたらそれこそ大変だ。
「本当、嫌になるくらい鈍感よね」
寒さに赤くなる頬を自分の手で押さえ、アンジェリカさんが意地悪く言う。
「なにが?」
夏休みのプールでも同じコト言ってた。

僕にはさっぱり。
和也と涼は分かってたみたい。
僕はアンジェリカさんに質問した。
分からないものは分からないよ・・・やっぱ。

「内緒」
目を細めたアンジェリカさんは笑う。
そのまま方向転換して駅の方へ歩き出した。
数歩歩いて、それからアンジェリカさんは僕を振り返る。

「まさか女の子を一人で返すつもり?」
女の子だけど、普通の女の子より強いじゃん。
天使いなんだから、やばい時にはエルエルに助けてもらえるし。
面と向かって言えない分心の中で僕はぼやく。
「送っていくよ、駅まで」
肩を竦めて答える僕に「分かればいいのよ」なーんてさ。
すっごく楽しそうに笑いながらアンジェリカさんが応じる。
未唯とは正反対のタイプだけど、僕はドキドキしてしまった。

アンジェリカさんの笑顔に。





地味に護兄の足跡を辿る事ついに12日目。

大晦日もクライマックス午後11時。
僕はアンジェリカさんと一緒に港南台にある小学校へ向かっていた。
「小学校?」
歩きながら僕はアンジェリカさんへ閃きの内容を喋っていた。
「そう。僕が通っていたね。本当。自分の記憶力の低さにうんざりするよ、僕自身が。未唯が封印されていた小瓶の破片がそこにあるんだ」
海央で割れた小瓶。

破片をそのままにしておくのは問題かな〜。

考えた僕は和也と一緒に破片を見つけられた分だけ拾い集めてた。
家に持って帰るのも気が引けた時だったし、手っ取り早く土のある場所。
ついこの間まで通っていた小学校の片隅に埋めたんだった。

「・・・最後の最後まで貴方らしいわね」
一通り説明した僕に対するアンジェリカさんのコメント。

うっ。

じ、自覚はあるんだからトドメ刺さないで。
僕は乾いた笑みを浮かべる。
僕の家からすぐ近くにある小学校。
真夜中近くだけあって妙に迫力あるね。

「あ、ここだ」
僕の手にした杖がグイグイ引っ張られる。
ある一点から強い力を感じる。杖が引き込まれそうだ。

「出でよ!」
アンジェリカさんは自分の杖を出して、エルエルを呼ぶ。
エルエルは僕とアンジェリカさんの顔を交互に見て。アンジェリカさんに向かって一礼した。

「『今』のわたしが案内できるのはここまで。
確かにミィーディーはこの破片に宿って、宮殿を作り上げてるわ。貴方を罠に落とすための宮殿を。
案内してあげたいけど、『今』のわたしには無理なの。だからエルエルと一緒に行って」
「でも・・・?」
魔使いが天使と一緒に?僕は驚いてアンジェリカさんとエルエルの顔を見る。
「平気よ。貴方ならね」
地面から黒いナニかが伸びる。
エルエルは咄嗟に僕とアンジェリカさんの腕を掴んで空高く飛翔した。
「向こうも気がついたのね・・・ここは任せて。わたしが防ぐわ。だから貴方は彼女に会いに行って来て。決めたんでしょう?」
校庭の端に植えられた木。
太い木の枝に着地した僕ら。
アンジェリカさんは枝に座り、真正面を向いたまま僕へ告げる。
「うん」
僕も黒いナニかがうねってる場所を見つめたまま答えた。
「なら行って。わたしは由緒正しき正義の魔法使いの家系の出よ?エルエルだけをパートナーにしてるわけじゃないんだから」
杖を構えたアンジェリカさんの横顔。

すごく綺麗だった。

こんな時に不謹慎だね。

「頼むよ、エルエル」
僕はエルエルに頭を下げる。

エルエルは黙ってうなずく。

杖を構えるアンジェリカさんは呪文を唱え始めていた。

「ホーリーライトッ!」
アンジェリカさんの杖が眩しい光を放つ。
光を浴びて黒いナニかは動きを止めた。
その隙を狙って僕はエルエルと共にソコへ飛び込んだのだった。


ラスボス?ラスボス?なんてノリな彩の災難もいよいよ次回クライマックス(笑)ブラウザバックプリーズ