エピソード14 『パンドラの箱の底』



アンジェリカさんは呆れたような。
驚いたような。
そんな感じの顔で僕をまじまじと見た後ため息をついた。

「世界の危機的状況を前に呑気ね・・・。でも貴方らしいというか」
叫んでしまいそうなアンジェリカさんは、なんとか自分を抑えてって感じの小声で話す。
僕はいたたまれない気持ち半分・これから聞ける話しへの興味半分。
顔に感情が出ると困るから俯く。

それに目立ちたくないんだよ〜!!アンジェリカさんって声が大きい。

井上君辺りが嗅ぎ付けたらどうするつもりさっ!

未唯が消えてから14日目。

ようやく動き出した僕は、一番事情を知りこの事態を正しく把握してるアンジェリカさんと向き合っている。
海央学園自慢の図書室。
2階構成になっていて、2階部分の奥の談話室。
アンジェリカさんと二人机を挟んで対面中。

「素人に世界の危機を説いてもしかたないでしょ」
僕は正面きってアンジェリカさんにぼやいて見せた。
調べても出てこない事実をどう調べればよかったのさ〜!!
素人なりに努力はしたんだぞ、努力は。

「ミィーディーについて調べたのなら危機感は持つはずよ。貴方のお母さんは詳しかったのに」
意気投合?
アンジェリカさんと喋り倒していた母さん。
事前に調べたんだろうけど、アンジェリカさんの話についていってた。
よく考えれば母さんは色々訊いてたっけ?
まさかとは思うけど今の事態を見越してじゃないよね。
預言者じゃあるまいし。
でも怪しい気もする。
なんたって母さんだしなぁ。
アンジェリカさんを招きたいって言ってたの。

父さんの仕事と関係があるのかな?護兄さんも『ツテがあってね?』なんて言ってた。
京極院家の裏の顔!?(そんな大層なものだとは思いたくない)
実は秘密があったりするのかな・・・僕の家族に。

う〜ん、考えたくない。

「その遺伝子が僕には何故か受け継がれて無くってね」
乾いた笑いを浮かべ僕は自虐台詞を一言。
自分で言うのもなんだけどさ。
本当、どーして僕には京極院家の人間にあるはずの頭脳ってモンが無いんだろ。

「そうみたいね」
アッサリ納得するアンジェリカさん。
僕が自分で言ったけど?
でもなーんでそんなに簡単に納得するかな?凹む。

「まあいいわ。貴方なりには調べてたみたいだし。初歩的な話から入るけどいいかしら?まずはミィーディーの話。貴方はきちんとミィーディーを理解してる?」
気を取り直した様子のアンジェリカさんは横道に逸れた話を元に戻した。
「多分ミィーディー自身が具現化した時に自己紹介してたと思うんだけど。ミィーディーは使い魔であって使い魔じゃないの。魔物の中の魔物。そう言っていたでしょう?」
アンジェリカさん超能力者!?って先祖がミィーディーを封印したんだっけ。
知識としてミィーディーのプロフィール知ってても不思議じゃないよね。
驚いてから僕は納得した。
「ミィーディーは普通の使い魔じゃない。
魔物の中の魔物。
平たく言えば魔王みたいなものでもあり、使い魔達が暮す世界の象徴。
世界を構成する核みたいな存在。だから彼女は使い魔であってそうじゃない。これは理解できる?」
「う・・・ん」
自信ないけど。
僕がオズオズ返事をすればアンジェリカさんは困った顔で笑う。
「つまり。貴方は『使い魔達の世界を構成する核』の象徴。ミィーディーを具現化させるほどの『魔力』を持ったある意味貴重な人間となるわけ」
た、確かに・・・。
ミィーディーって凄いんだ。
使い魔達の世界を構成する核。
つまりは使い魔達の世界そのもの?あれ?

「でも世界が具現化して意識を持つわけ?矛盾してない?」
僕は頭が混乱する。
なんか矛盾してない?
世界が意識を持つの?
しかも封印されてて。
使い魔達の世界ってどうなっちゃったのかな?

「象徴みたいなものだと説明したでしょう?ミィーディー自身が使い魔でもあるのよ。それに世界が『意識』を持っていても、封印されていても世界で生活は出来るの。
だって世界・・・つまり大地や空なんかは意識に対しては身体に相当するんだから。
意識が具現化したら世界になるかっていうとそうじゃないの。
巨大すぎるしそれに・・・これは今の説明から外れるし、後できちんと説明するわ」

うわ。

アンジェリカさんって涼に近い?

僕の質問って結構子供じみてる感じもするし、間抜けな質問してるよね。
嫌な顔一つしないで教えてくれてる。
・・・アンジェリカさんって実は良い人?
この場合は僕が悪者だったから僕が改心した、とか?

人は見かけによらない。
この場合は『第一印象が確かだとは限らない』て感じかな?
僕は変な部分で奇妙に感動していた。
それから不謹慎にもこの状況を楽しんでる。
未唯のいざこざがなかったらアンジェリカさんとも仲良くなれたかもね、もっと早くに。

「第一段階。まずは具現化ね」
アンジェリカさんが指を一本立てた。1を示してる。

「大切なのは具現化に伴うミィーディーの適応能力よ。
ミィーディーや他の使い魔は主の持つ一般的な知識を共有する事が出来るの。
具現化の際に一般知識を吸収する。これだけなら他の天使も使い魔もやってのけてるわ」

情けなくも気絶してた僕。
その間に和也が未唯から聞きだしてくれてたっけ。
和也ってやっぱりどんな時でもちゃっかりしてるよ。
あのバイタリティーは見習いたい。

僕は4月初めの最初の災難を思い出して無意識に表情を緩ませた。

「ただミィーディーは違うの。一般知識を共有する他に、相手の『望み』を読み取る事が出来る。
例えば。
貴方が『女の子は甘いものが好きな筈』と思うじゃない?
そうしたらミィーディーは貴方の『望み』を読み取って『甘いものが好きな使い魔』になるの」
アンジェリカさんの説明に僕は何度か瞬きをした。
「それって僕が『女の子はこうだよね』って思ってる通りに未唯が振舞ってた。そう言いたい訳?」
「微妙に違うわ」
即座にアンジェリカさんが否定する。
「無意識なの。相手の望む『性格』になるのは。これにも理由があるのよ、ちゃんと。
貴方を騙したくてしてる訳じゃないの。誤解しないで。
でも貴方の考えを読んでミィーディーという存在を受け入れさせる風にしてたと思う。
最初にミィーディーを見かけたとき、彼女はなんて貴方に言ったの?」
アンジェリカさんは興味深そうに僕を見る。

じっと見られるのって慣れてないから、少し焦る。
僕は一番最初。
幽霊みたいな身体をしてた未唯を思い起こして。
「え?えーっと・・・助けて、かな」小さな声で答えた。

「助けて、ね。きっと貴方の気持ちを一番的確に表現してたのよ。心当たりは?」
アンジェリカさんはクスリと笑う。

大有りです。
入学式初日。
名物兄弟京極院ツインズ弟。
なんて肩書きで入学した僕は気が滅入ってたよ。
これからの学園生活を考えて、助けて〜。
ええ、思ってましたよ。僕は。

「あるよ」
僕は少し投げやりに呟く。

「ごめんなさい。変に貴方を不快にさせるつもりはなかったの。でも貴方らしいわね」
クスクス笑いながらアンジェリカさんが僕に謝った。

不思議だな。
いつもとは立場が逆の僕達の会話。
でもお互い普通に話せてる。

「第二段階。次にミィーディーは魔力を蓄えるの。相手に魔力を使わせる状況を作り上げて、その魔力を蓄えていくの。
誤解しないで。未唯はきっと無意識に貴方を振り回していたんだから。主の願いを叶えるべく」
アンジェリカさんが指を2本に増やした。

願いってね。
僕は壁を壊してくれとも。
ゲームソフトを盗んでくれとも。
抱きついて欲しいとか。ちゅーして欲しいとか。
闇討ちしたいとか。

全部望んでたわけじゃ・・・ないと思いたい。

無意識に。

僕が彩りだけの人生じゃ嫌だ。って思っていた部分を未唯が形にしてたのかな。
だったら悪い事しちゃったかもしれない、未唯に。
半分は僕のせいでもある。
未唯は僕の『望み』を『無意識』に叶えていただけなんだから。

「付随して金属や世界にある魔力物質との相性も悪くなる。この前貴方の家にお邪魔した時にわたしが言ってた順でね?通常なら」
アンジェリカさんが補足説明。

なんかさ・・・?でも魔力を蓄えるって、パワーチャージみたいじゃん。
なんか腹立つなぁ〜。そして蓄えた魔力を何に使うわけ?
予想はつくけど。

「その魔力は『よからぬこと』に使うわけ?」
気になったから僕は深く考えずにアンジェリカさんへ尋ねる。
「それは貴方次第。次に説明する内容にも重なるから、保留」
アンジェリカさんは意味深に答えてくれた。

「第三段階。ミィーディーの中で起きる精神衝突。本来のミィーディーと、主の為に存在するミィーディーが互いに衝突するの。矛盾を起こして」
3本目の指を示してから、アンジェリカさんはいったん手をテーブルへ下げる。
それから拳骨を作ったアンジェリカさんは左の拳骨と、右の拳骨を付き合わせた。

「本来のミィーディーは使い魔の核。滅びと破壊の心を持つわ。主の為に存在するミィーディーは主に危害が加わるのを恐れる。相反する二つの心。そんな精神の衝撃が主を襲うの」
いったんここで言葉を区切ってアンジェリカさんは息を吐き出す。

「本来のミィーディーは穏やかで優しいと聞いてるわ。
だけど使い魔ゆえ・・・使い魔の世界の核だから。どの使い魔よりも『滅びと破壊』の本能が色濃く現れる使い魔なの。
愛しているから壊さずにはいられない。破壊せずにはいられないんですって。正直、わたし達にはまだ理解できない感情よね」
目を丸くした僕にアンジェリカさんは少しだけ、寂しそうに笑った。

アンジェリカさんだって万能じゃないんだな。
笑顔が和也や涼の笑顔と重なる。
自分に出来ることと出来ないこと。
特殊能力を持つから理解できる己の限界。
その限界を知っている顔だ。
本当、僕って相手の本質を見抜けない男だな・・・情けない。

「つまり主はミィーディーの精神衝突の余波を受けて、己の精神に異常を起こすの。だから大抵の主は『魔王化』して暴走したのよ」

なんか、アンジェリカさんはアッサリ言葉にしてるよね?
暴走って。

まだ力の一部しか見てないけど、あれだけの力がある未唯の主がだよ?
暴走なんてした日には世界が滅んじゃうんじゃないの!?やばくない??

「だから『魔法使い世界に勃発した魔力崩壊事件第一次〜第五次』が起きたのよ。
あれはミィーディーの暴走じゃないの。ミィーディーの精神衝突の余波を受けた主が異常を起こして暴走した。この表現が正しいわね」

ややこし―――。

でも理屈的には分かってきた。
こーいった理由があるからアンジェリカさんは初対面の僕にやたらと難癖つけてたんだ。
僕がミィーディーの精神衝突の余波を受けて。
暴走してるんじゃないかって確かめたかったんだな。
だから世界征服とか、覇王とか。諸悪の根源みたいに文句を言ったんだ・・・ナルホド。
感心してる場合じゃないけど、納得。

「稀にミィーディーの精神衝突。
それと使い魔達の精神攻撃系魔法が通用しない人間がいるの。
なおかつ魔力を持った人間。
滅多に現れるわけじゃないけど、ゼロだったわけでもないの・・・それが貴方よ」

ほう。

僕って結構凄かったんだ?
でもその能力って役に立つのか立たないのか微妙な能力じゃない?
僕は考えた。

「通常ならミィーディーの精神衝突で主は『壊れて』しまう。
ミィーディーは愛する主を壊せて『幸せ』なのよ。本能的な部分ではね。
稀に貴方みたいな魔使いが現れた場合、彼女は『罠』を張るの」

主を壊して『幸せ』ねぇ。
ディープな愛だな。
確かに僕とアンジェリカさんには理解できない世界かも。
ドラマとかじゃよくあるパターンだけどさ。

「実は2千年前にミィーディーを封印した、ミィーディーの前の主も貴方と同じだったのよ。
精神攻撃が一切効かない人だったの。
前の主はミィーディーの願いを叶えるべく、わたしの先祖と協力してミィーディーを封印したわ」

僕の脳内に蘇るアノ光景。
未唯が封印されそうになってた時の映像。
アンジェリカさんと初めて会った時に見たやつだ。

「僕、その風景なら見た事ある。女の人と、それからエルエルを従えた男の人。
ミィーディーの主らしき女の人が無表情で封印の儀式みたいなのを見守ってて。
泣き叫ぶミィーディーは懸命に結界から抜け出そうともがいてた。
でも『お前は要らない。お前を召還したのは失敗だった』みたいな事を女の人が言って。
それでミィーディーは封印されちゃうんだ」
口元に手を当てて僕は小さな声で答えた。
「前半部分は正解よ。後半部分は、貴方の劣等感を察した未唯が作り上げた偽り。貴方と同じ『必要ない使い魔』を演じたのよ。貴方が『望む通り』にね」
「ご丁寧な解説感謝」
真実は耳に痛い?だっけ。

アンジェリカさんは裏表のギャップがない分どうしても、キツイ言葉を平気で言うよね〜。
なんか僕の駄目さ加減を再認識。
してる感じだ。

「もう!だからごめんなさいって。誰にだって劣等感はあるわよ。わたしだって、星鏡だって霜月だって皆持ってる。ただ説明するには、ああいう風に言うしかないでしょう」
困った顔でアンジェリカさんは早口で言う。

わ、悪かったね。僻み根性ありすぎで。
僕は咄嗟に笑って誤魔化した。

「封印の話に戻すわね。
これはミィーディー自身の『望み』でもあるの。
自分が容易に召還できないよう封印してもらう。そうすれば誰かを傷つけなくて済むから。
その『望み』に応じて前の主はミィーディーと戦い、彼女を封印する事に成功した」

壮大だ。
RPGだ。
僕にはとことん縁が無い話だ。

「だとしたら矛盾じゃん?ミィーディーを容易に召還できる人間なんていないんだよね?だったら封印の必要が無い」
僕はずり落ちそうになる眼鏡をかけ直してから、アンジェリカさんの次の言葉を待つ。
「一人が召還する、ならね。
大勢の魔法使いが集まって大量の魔力を送ればミィーディーは召還可能なの。
でも直ぐに精神衝突の余波を受けて、召還に関わった全員が『暴走』してしまったわ」

それってさ〜。そうまでして未唯の力が必要だったってコト?
僕は生まれながらに魔法使いじゃないけどさ。
なんか。複雑。

「そうね。魔法使いにも悪い魔法使いが沢山いたってだけの話。昔の話。大切なのは今でしょう?実際にミィーディーは消え、彼女が罠を作り上げてる。貴方が行くのを待っている」
僕は無意識に唾を飲み込んだ。

「選択肢は2つ。
今ある世界の住人となる事。未唯が具現化しなかった世界にね。
そうすれば来年、未唯は『再封印』される。本当は再封印の予定だったから問題ないわ。
それで貴方は自由の身。

もう一つは、罠に飛び込む。
ミィーディーと戦って未唯を取り戻すの。
これは今までに誰も成功した事が無いわ。どちらを選ぶかは貴方の自由よ」

やっぱ二択なんだ。
再封印は聞いてたから驚かないよ。
無視しておけないのは。

「ミィーディーと戦って未唯を取り戻す?」
未唯を取り戻すために未唯と戦えってね。
無茶苦茶じゃない?
アンジェリカさんのシリアス顔をまじまじと僕は見つめた。
「本来のミィーディーが未唯の部分を押さえ込んでいる。こう考えてくれれば分かり易いかしら?
ミィーディーは『未唯』を餌に貴方が罠にかかるのを待っているの。
だって貴方はミィーディーにとって警戒すべき人間でもあるから」
「精神衝突の影響を受けないから?」
今までの話を僕なりに整理して疑問を口にした。
アンジェリカさんはどことなく満足そうに微笑む。
「そう。矛盾してるけどミィーディーの願いを叶えられる人物でもあるから。封印してもらえるし、このままミィーディーを具現化し続けることも出来る。
両方が彼女の『願い』だから矛盾してても成立してしまう感情。・・・理解できる?」
アンジェリカさんは顔を少し近づけて、戸惑う僕の顔を覗き込む。
分かったような。
分かりたくないような。やっぱ、複雑。
「罠を作れば『貴方を壊せる』かもしれない。とも考えてる。
前の失敗。
前の主に封印された失敗を生かして今回は、前よりも巧妙な罠を仕掛けてるはず。
第一弾が姿を消すってところね」

・・・はぁ?前の失敗を生かして・・・???それって、それって!?

未唯を助けるなら。

前の主さんの時より僕は難易度の高いダンジョンに挑むってコトか!?

いーやーだーっ!

結局は僕が貧乏くじ引いてるんじゃないか――――――っ!!!

「・・・」
「よく考えてね」
他人事。そりゃ・・・他人事だけどさ。

アンジェリカさんは最後にこう言って席を立った。


神話であったよね、パンドラの箱。

あれには希望が残ってたけど、僕にはトラブル?しか残ってない。

蓋を開けてみればビックリだ。
寿命が縮まったよ。



近所に異星人が住んでいようが、いまいが。
僕を中心に巻き起こるファンタジーもどきの騒動は・・・急展開。
どーすればいいんだあぁぁぁぁっ!!


いよいよクライマックス。ここまで来ても普通の男の子らしい反応で居てくれる彩はある意味大物です(笑)ブラウザバックプリーズ