エピソード13 『放浪』



未唯が、『ミィーディー』という存在が消えて10間が経った。

僕といえば普通に学園に行って授業を受けて、部活して家へ帰る。

そんな『当たり前』の毎日を送っていた。

3日経った時に待ちきれなくなったアンジェリカさんへ呼び止められたんだけど。
僕自身がどうしたいか。
答えは出ていなかったし・・・どうすればいいのかなんて。
そんなの分かるわけないじゃないか。

僕が送るべき日常が戻ってきた。

そして非日常の象徴だった未唯が消えた。

僕にどちらかを選ぶ権利があるらしい。でも・・・どっちを選べばいい?

「お帰りなさい」
大分日も短くなってくる。開きも駆け足で通り過ぎてもう直ぐ冬だ。
制服も夏服から春に来ていた冬服へ戻り。

迫る12月。

誰も彼もが「忙しい」とぼやく季節だ。
僕なんかは学生だからピンとこないけど、なんとなく周囲の忙しいオーラにのせられて『忙しい』感じがする。
毎年それだけが不思議なんだよね。
「ただいま」
未唯の居ない空間。
母さん一人の空間。

僕は返事をして2階へ登った。

ほとんど意識もしないで奥の部屋。
未唯が居るはずだった部屋を空ける。
「そんな簡単にいかないか」
見えないプレッシャーに追い詰められ、僕にとってはいっぱいいっぱいの毎日が続いてた。
行動の一つも起こせない僕は自分の情けなさを。
ただ毎日嘆いて。
勇気の無さに自分自身を責めて。
グルグルグルグル悩んでた。
何一つ解決しないまま。





思ってたような学園生活が目の前にある。
僕は頬杖ついて窓から空を眺めてた。

今日で未唯が消えて10日目。
相変わらず僕は行動を起こすことなく、ごく『当たり前』の生活を送り続けてた。

「はぁ・・・」
無意識に出るため息。
幸せ逃げるかも、なんて一人で寂しく突っ込んでみる。

気がつけばそこかしこに未唯の痕跡を探してる僕。
探しては未唯がとぼけた顔で出てくるんじゃないかって期待して。
僕が『選択』しなくても全てが丸く収まった。
なんて調子の良い事考えてる。

朝食の席。
今日こそは母さんと未唯が朝食を作ってるかもしれない。
期待して台所へ顔を出したり。

学園に着いては和也と涼が記憶を取り戻してるかもしれない。
期待して和也に朝の挨拶をしたり。

家に帰れば未唯が母さんとおやつを食べてるかもしれない。
想像して駆け足で駅から家へ帰ったりして・・・。

逆にまったく同じ様に安心してたりして。

朝食の席。

未唯が居なくていつも通りの家族五人で朝食。
相変わらず僕で遊ぼうとする譲兄と、そんな譲兄を窘める護兄。

学園じゃ、和也とはただのクラスメイト。
女子生徒の刺す様な視線も浴びないし。
男子生徒からも注目されない地味生徒。

せいぜい、京極院ツインズ弟っていう認識くらいしかされてないだろう。

あの名物ツインズの弟の割に、冴えないとか。
そーゆー評判くらいが関の山だ。

存在感薄く部活をこなして家へ帰って。

夕飯を作る母さんに「ただいま」と告げて。
バイトをしてる兄さん達とは、会ったり会わなかったりの夕食で。

僕が想像していた通りの、『兄さん達の人生を彩ってる、彩』の位置に収まった自身。

「星鏡、家族から連絡だよ」
休み時間。
ぼんやり考える僕の耳に飛び込む、和也を呼び出す担任の先生の姿。
和也はうなずいてPC端末を操作した。
和風二枚目顔の和也。
PCに表示された文字を追うその表情が引き締まる。

仕事かな?僕は頭の片隅を使って考えた。

「先生、すみません」
和也が席から立ち上がって先生になにか喋ってる。
先生は何度かちいさくうなずいて、首を縦に振る。
周囲の女子生徒は興味津々って顔で和也を見てた。
「なんだよ、早退か?」
クラスメイトの男子(小等部からの持ち上がり組だ)が和也に話しかける。
「うん。家から呼び出し」
困った顔で和也が笑う。
「ふーん。仕方ないよな、お前の家って資産家で大企業だし。手伝いとかだろ?」
大して興味も無い様子で男子は和也へ尋ねた。
背後に居る他クラスの女子にでも頼まれたんだろう。
和也が帰るか聞いて欲しいって。
やっぱすごいよね〜、海央の王子人気は。

表向きは資産家の息子。や、実際に資産家の息子だけどさ。
パーティーとか、企画とか家族同士での懇談とか。
勝手に理由をこじつけて和也はたまーに早退する。二ヶ月に一度くらいかな?
「そんなところ。じゃーね」
曖昧に笑う和也は手早く荷物を纏めて教室を去る。

入り口近くに居た女子生徒に笑顔で「さよなら」なんて挨拶残して。
和也が『仕事』に向かったって知ってるのは僕と涼位かな?

他にも居るかもしれないけど、僕にはあまり関係も無いしね。

前と逆の立場。

僕は和也の仕事を知ってる。
和也から見れば僕はただのクラスメートだ。
不思議な感じ。
変な感じがするなぁ。

同じ様な感じは二日前にも味わったっけ。

金曜日の夜。僕は噂が気になって夕暮れ時のみなとみらいに居た。
噂っても涼に関すること。

近頃夜の街を歩いていて、品行方正な海央のイメージが損なわれてる・・・みたいな内容。
PTAの役員をしてる親が居る生徒の誰かが言い出したらしい噂。
良くも悪くも目立つからね、涼って。
竹を割ったみたいな(護兄がそう言ってた)感じの喋り方が反感を生むし、共感も生むみたいな。
そーゆー微妙バランス。

「冷えてきた」
海の近くだから結構冷える。
夜になれば風は冷たく肌に寒い。
僕は独り言を呟いて桜木町駅前の駅ビル前広場に立っていた。

かなり場違いに。

ストリートミュージシャンとか、大学生かな?あとはサラリーマンとかOLの人とか。
色んな人が駅前を通り過ぎる。
これだけ人が多いと涼だけ見つけるのは難しいようにも思えたけど。

「・・・マジで!?」
大観覧車の上に立つ涼を見たときは、僕でも大口を開けて固まった。

どうやって観覧車の時計表示板の上に立ってるかなんて。
ま、世の中にはそういう不思議があってもおかしくないさ。
前までの僕だったら混乱するけど、今の僕には『さもありなん』そういうこともあるよね。

異星人の観光客が偶に観覧車のてっぺんで夜景見物をするから、危険なんて話もテレビでやってたし。

目が悪い僕だけど、魔力があると判明してからはなんだか改善されてるようだ。
見たい部分にだけピントを合わせれば、そこだけ良く見える。
役に立ちそうであまり関係ない感じの能力。
涼を見つけるのには役に立ったけどね。

刀を手にした涼は夜風に身を任せ、ある一点を睨んでる。

顔つきで僕はすぐに理解した。

涼も仕事なんだ。

最近すごく眠そうに授業を受けて、休み時間なんか全部寝てすごしてるもんね。
「頑張れ」
僕がこの場所に居て心配するなんて、余計なお世話だ。
涼はしっかりしてるし変な噂を気にするタイプじゃないから。
放っておいても問題ない。

僕は小さなエールを涼へ送り大人しく家路へついた。

今日も和也が早退した事にも興味なしで、涼はずーっと眠ってる。
あの仕事が片付いてないのかな。
学園と仕事と。
いくら器用な二人でもまだ子供だし(僕の方が断然ガキっぽいけどさ)無理してないかな〜。

向こうは知らないけど、僕は知ってる。

1学期始め頃だったらきっと二人が僕に対して感じてた気持ち。
こうして立場が逆転すると僕の考えの無さが目立ってしょうがない。

二人は責任問題も含めて考えて僕に近づいて。
それで説明して僕の協力者となった。
何も知らない素人の僕に関わってきたんだ。
その行動力は凄いと思う。

そうこうしてるうちに授業開始を知らせるチャイムが鳴る。

「・・・このままじゃ駄目だ」
何度も自分に言い聞かせてきた言葉。
今日もコレしか考えられない僕って。

やっぱり駄目だよね〜。

はぁ。

無意識にため息をつきながら僕は教壇へ上がる国語の先生の動作を目線で追う。
後はいつもどおり、普通に学園生活を過ごして。
それで放課後なんかに中等部の女子生徒達から『京極院ツインズへの差し入れ&ラブレター』なんかを押し付けられ。

本人に直接手渡しが良いよ。

とは言えるようになった。
1学期は和也と涼と一緒だったからあんまり被害が無かったんだけど。
未唯が消えてからは激増。
意外にも兄さん達ってガードが固いらしい。
人当たりは良いのにね。

気の弱そうな弟に想いを託すのは、まぁ仕方ないか。
今の僕になら少しは分かる。
大学生のキャンパスに顔を出すのって勇気いるよね。
僕なんかアンジェリカさんに招待状渡すだけで、その日の気力を使い果たしたし。

お陰で紙袋は常に常備するようになった僕。
今日も今日とて紙袋一杯に荷物を詰め込み、家路へ急いだ。





なんとかの犬。

僕は習慣となった儀式を実行にうつす。
なんて大袈裟にしてるだけで、本当は未唯の居るはずだった部屋を見るだけ。
それだけの行為。
ひょっとしたら未唯が戻ってきてるんじゃないかって、調子の良い期待を胸に抱えて。

そんな訳あるはず無いのに。

今も僕は物置部屋に半分引きこもって。
答えの出せない宿題を抱えたまま、グルグルグルグル・・・普段使わない脳みそをフル回転させていた。
それでも答えが出せない自分自身に嫌気を覚えながら。
「はぁ・・・」
僕って案外早くに老けそうな気がする。
制服姿のまま僕は物置部屋でボケーッとしたまま部屋をなんとなく眺めていた。
半分開いた鞄から見えるPC端末。
青色のランプが点滅を繰り返してる。

うわ。

今気がついたよ。

僕は鞄からPC端末を取り出した。

メールがきてる・・・って?兄さん達からだ。
日付は12日前。
僕は慌ててメールを開いた。

《彩へ。
 これを読んでいる時にはきっと大変な事が起きている。かもしれない、そうじゃないかもしれない。ただ、俺達が助けてやれないトラブルに彩が巻き込まれるのは確かだ。どちらを選んでも後悔するな。どっちを選んでも俺達は彩の味方だぞ。頑張れ。
                                 護・譲》


連名のメール。

こんな時にあけなきゃよかった・・・。
物置部屋で僕は扉にもたれかかったまま、その場に座り込んだ。

どっちを選んでも後悔するな、か。

いかにも兄さん達らしい言葉だね。
二択を迫られてもどっちかを選べる『度胸』のある人間が言える言葉。
どっちも選べない僕はどうしたらいいんだろう。

どうすればいいんだろう?

違う。本当は僕はどうしたいんだろう。

ピロピロ〜。

前にこのPC端末に機種変更した時、譲兄が面白がって変更した間抜けな着信音。
このメールを開けば自動的に送信される設定になってる。
譲兄からだ。

《追伸:逃げてもいいんだぞ?》

僕は眼鏡を外してぼやける視界のまま部屋を眺めた。
物置部屋。未唯がいる筈だった部屋。
どっちかを選ぶのは僕。
和也とこのままクラスメイトで終わるのか。
それとも前みたいに一緒に遊んだり。
調べ物をしたり。
同じ部活をしてたり。

遠巻きに王子を眺めて『僕とは違う世界の人だな』って思うのと。

近くで一緒に居て『やっぱり王子なんだな〜』って劣等感に浸るのと。

どっちが幸せなんだろう?
そもそもどっちも幸せじゃない気がする。
涼との付き合いにしても同じだし。

「逃げてもいい・・・かぁ」
いつも背中ばかり追いかけてきた。
今も誰かの背中ばかり追いかけてる。
同じに並んでるつもりでも追いつけてる感じがしない。
僕自身が子供だからなのか、それとも本当にそうなのかは分からない。

ピロピロ〜。

更に追加のメールが届く。
一体どれだけ入れたんだ?メールを。
画面を見れば今度は護兄だった。
タイトルをチェックする。
タイトルは短く『ヒント』
多分几帳面な護兄が解決法を僕へ伝えようとしてるんだろう。
どっちを選んでもいいように。
「僕が選ぶ」
呟いてみる。

柄じゃないなぁ〜、マジでさ。

どっかのお話の主人公じゃないんだから。
簡単に人生選べるほど生きてないよ、僕は。
世の中1達はそんなに簡単に選べるモンなのかな?
自分の人生を左右する二択のどっちかを。
「選ぶ、ね」
選ばれてきた側の僕としてはなんとも。
選ばれたっても、兄さん達の付属品みたいな感じで扱われてきただけでさ。
僕自身はなんとなく毎日過ごしてなんとなく今まで育った気がする。
海央に行ったのも母さんの脅しがあったからだし。

自由って難しい。

誰かが偉そうに言ってたり、歌にもなってたりするけど。
自由って難しいよ。和也だって涼だって兄さん達だって。
悩んで苦労して選んでるんだろう。
そんな風に見えないのは皆努力してるから。
少しだけ分かるような、やっぱり僕には荷が重いと逃げ出したくなるような。
複雑だ・・・。


つまるところ、2つの道が僕の目の前にある訳で。


本来の僕のポジション。彩り人生の僕。

流されるままに作り上げた僕が築き上げたポジション。
騒動の中心に居る僕。

どっちを選んでも痛みを伴う。中1で人生選べるほど人間できてない。
いつか井上君が言ってたよね。
僕が井上君に将来の話をした時。
確か僕は、井上君が『新聞記者』になりたいんだろうなぁ〜なんて考えて尋ねたんだ。
似合ってそうだったし。

井上君は確か・・・。

「いーや」そう言って否定した。
次に、「将来、どんなことに興味が湧くかなんて分からないさ。今やりたいことが『新聞部記者』ってだけ。だいたい中一で人生決めるほど人間できてねーよ、俺」とかなんとか。
僕は井上君の考え方が堅実だと思った。

でも実際は違う。

井上君は選ぶ事の重さをきっと知ってる。
だから今の自分には選ぶ事が出来ないから。
だからとりあえず色々試してみる。
みたいな方法を考え出したんだ。

それもすごいや。僕には出来ない。

出来ないけど。このままは困るかな。
なんだかんだ言っても良心は咎めるし。
理由も無しに未唯が消えるなんてありえないよね。
それにアンジェリカさんは何かを知ってるし。
僕が尋ねに来るのを待ってる。

待ってる?あのアンジェリカさんが?

そういえばすっごく不思議かもよ?

確かに決闘で負けたとはいえ、アンジェリカさんの家系は『由緒正しき正義の魔法使い』
んでもって過去に『最強の使い魔ミィーディー』の封印に携わった家系の。
僕の魔力を封印できる実力の持ち主で?
断片的に未唯の記憶を見たことがあったけど、あそこにはエルエルも居た。
多分、ミィーディーの主らしき女の人も居た。
アンジェリカさんは別としてもエルエルは確実に何か知ってるじゃん!!

付け加えれば、せーちゃんのアノ言葉。
冷静になって考えれば今のこの状況も含めた言葉だったかもしれない。
気がつくかそうじゃないかは僕次第。
せーちゃんの性格を考えれば十二分に有り得る。
兄さん達が残したお節介なメールにしても。

出来すぎてる。

「子供だね、僕って」
自分を戒める?の意味を含めて声に出してみた。
「子供だよ、僕は。
和也みたいに頑張れないし。
涼みたいに真っ直ぐじゃないし。
井上君みたいに頭も良くないし。
護兄みたいに将来を考える力も無いし。
譲兄みたいに社交性も無いし。
アンジェリカさんみたいに一生懸命でもない。だけどさ・・・」

一息つく。

「皆に心配されて。妙に伏線張ってもらって・・・ドラマじゃあるまいし。皆がストーリー考えてくれるのはそれなりの愛情の裏返しなんだろうな〜。とは思う。
けれどね、僕は僕だ。僕の考えで動けばいいんだ。・・・なんかこんな時にまで誰かの意見を待ってる自分が馬鹿みたいだ。
どうしたいかなんて・・・とっくに決まってたのに。第三者の意見を聞かないと動けないんだから、ホント駄目駄目だよ」

そう。

僕は末っ子で誰かに面倒見てもらって。
それでなんとか動きだして、問題を解決して。
それが今までの僕のポジション。たまには。

「僕が動いてもバチは当たらないよね」
PC画面のメール。
タイトルは『ヒント』僕はそのメールを開かずに画面を終了。
PC端末の電源を落とす。

「彩〜?夕飯の準備手伝って〜」
1階から母さんが僕を呼ぶ声がする。
ま、この場合は大人しく。母さんの手伝いをしながら夕飯を食べて。
それからぐっすり寝よう。
明日からは少し忙しくなるかも。

12月に相応しく『師走』気分を味わうことになりそうだしね。

「はーい、着替えたら行くよ」
この歳で正直母親の手伝いなんて、恥ずかしい以外の何者でもなかったんだけどさ。
母さんに逆らうと後が怖い。
家族の食事を握ってるのは母さんだからね。
罰としてどんな怪しい料理を差し出されるか。
考えるだけで恐ろしい・・・。

過去に一度だけ経験したからね。(兄さん達の時はもっと酷かったって。譲兄が言ってた)

廊下に出て、僕は物置部屋を1回振り返ってみる。


勿論未唯は居ない。


「・・・」
自分に気合を入れて僕は着替えをするために自分の部屋へ戻った。


近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心に巻き起こるファンタジーもどきの騒動は、きっとこれからが本格的?になるんだろう。


・・・僕はイヤなんだけど。


やさぐれ中?でもこれが普通の反応かな?って思います(笑)振り回される彩はちょっとずつ、すごーく悩んで答えを出します。だってこれが彩のペースですから。ブラウザバックプリーズ