エピソード12  『それは皆から消えていった』



最近の僕の周囲は本当に静かだ。

9月の決闘騒ぎでアンジェリカさんとは決着ついたし。

10月に家に招いた時にも未唯を敵視しなかった。

僕はといえば相変わらずで、学園生活に追われながら一応は『未唯の秘密』を探るべく自主努力の最中。
護兄はナニか掴んだみたいだけど、それらしい事は何一つ喋ってくれない。
あれで優しいような厳しいような。

答えは自分で掴め。なーんて感じだね、護兄が言いたいのは。

迎えた11月の半ば。

未唯の金属との相性の悪さは少しずつ悪化していたけど、アンジェリカさんが言うような症状はなかった。
悪い予感がしながらも、変わらない日常が続いていることに僕は安心しきっていた。

朝。
「ふぁー・・・ねむっ」
ベットから起き上がる。

最近は目覚まし時計二分前に目が覚めるんだ。
学園生活にも慣れてきたし、通学ってのにも慣れてきて。
身体が時間になったら起きれるようになってきたんだよね。
うん、進歩だ。
いつも通りにパジャマのまま1階へ降りて洗面台で顔を洗って歯を磨いて。
それから居間へ顔を出す。

最近は未唯と母さんが合作で朝食を作っていて、二人が台所で賑やかに喋りながらご飯を作ってるはず。
「おはよ・・・」
言いかけて僕は首を捻る。

エプロン姿の母さんは『1人』で台所に立って、鼻歌交じりに朝食を作っていた。
いつもなら未唯が隣に居るのに。
今日はどうしたんだろう?

「あら、お早う。彩」
僕に気づいて母さんが振り返る。
「母さん、未唯は?」
寝坊かな?風邪?・・・使い魔って風邪なんか引くのかな?
そもそもそっからして疑問だよね。
なんて考えて僕は軽い気持ちで母さんへ尋ねた。

「未唯?」
母さんは心底驚いた顔して僕を凝視する。

『ナニを息子は尋ねているんだろう?』というような顔つきで。

逆に尋ねた僕が驚くくらいに。

「やだな・・・母さん。エイプリールフールにはまだ早いよ?」
「それはこっちの台詞よ、彩」
眉を顰めた母さんの顔は大真面目。どういう・・・こと?未唯を忘れてる?
「ちょっとごめん」
僕は身を翻し、大慌てで2階へ駆け上がった。

兄さん達の部屋の前を通り過ぎ、最奥。

物置部屋を作り直して未唯の部屋にした場所。
扉をノック無しに開いた。

「嘘だろ・・・」
3月までは当たり前だった風景。
兄さん達が使っていたスポーツ用品や、僕の玩具。母さんの服とか、父さんの本とか。
家族が部屋に入らない物が沢山詰まった物置部屋。

未唯が住んでいた痕跡一つなく『元通り』になっていた。

「そんな・・・嘘だろ・・・」
力なく呟いて僕はその場に座り込む。

昨日の夜『お休みなさい』と僕へ笑って手を振った未唯の姿がこんなにも鮮やかに思い出せるのに。

未唯が居ない!?

「なにやってんだよ、朝っぱらから」
眠そうに欠伸を漏らし譲兄が足先で僕の背中を突いた。
・・・人がパニックに陥ってる時に失礼だぞ、譲兄。
「未唯を知らない?」
恐る恐る僕は譲兄へ尋ねた。
返ってくる答えが怖くて振り返れない。
もし・・・知らないなんて言われたらどうしよう。
「あの子だろ?」
「!?」
思わせぶりな譲兄の言葉に僕は勢いよく立ち上がる。
それから振り返って譲兄を見上げた。
譲兄は僕の行動を見てニヤニヤ笑う。
「お前の彼女の〜」
「なにカマかけてんだよ、譲」
僕を見下ろして楽しそうな譲兄の背後。
呆れた声で護兄がツッコンでた。

カマって・・・どういうこと?譲兄は本当に未唯を知らない?なら、護兄は?

「ねぇ、護兄。未唯を知らない?」
必死の顔つきで護兄を見上げれば、どこか困った顔で護兄は笑った。
「不思議な夢でも見たのか?彩?未唯って誰だ?」
目を見開く僕の頭をポンポン叩く護兄。

嘘だ・・・二人が。

母さんが未唯を知らないなんて嘘だ。

「だから彼女だぜ、きっと。夢で見てまだ寝ぼけてんだよ」
譲兄がニヤニヤしながら護兄へ喋っている。
冗談にしては手が込んですぎ。

僕は叫びだしてしまいそうになりながら、でも我慢した。
ここで叫んで二人に訴えても駄目のような気がする。
朝食の時まで様子を見て。
それでも駄目だったら学園に行って二人に相談しよう。
和也と涼なら協力してくれる。

「ごめん。寝ぼけてたかも・・・」
僕は自分でも驚くくらい小さな声で兄さん達に謝った。
不思議そうな顔で互いに顔を見合わせる兄さん達。
これで演技してるんだったら・・・本当、僕でも許さないけどね。

朝食の席はやっぱり3月と同じ。
食器もなにもかも。
この家に未唯が居たなんて跡形はなく。
中学校に上がる前と同じ。
普通の・・・僕が喉から手が出るほど欲しがっていた。

懐かしいと思っていた風景が展開されていた。

元気のない僕は、いつもより早めに学園へ向かう。
足取りは重い。
正直、今まで性質の悪い幻でも見ていたんじゃないかって。
そんな風にも思えてしまう。
どこまでいっても小心者だよね・・・僕って。

海央学園。中等部校門前。
僕はお目当ての人物その一を見つけ、内心ホッとしていた。
「お早う」
関内駅からは逆方向側。
山下公園方向から歩いてくる和也。
同じく登校する女子生徒の視線を朝から一身に浴びている。
いつ見ても凄い。
僕は和也に声をかけた。

「お早う、京極院君」

『王子スマイル』を浮かべ、クラスメイトにするみたいに僕へ挨拶する和也。
その和也の後ろを通り過ぎるのは・・・涼だ。
挨拶も、顔をあわせることもなく黙って。

なんなんだよっ!なんなんだよっ!

呆然とする僕の目の前を、和也は通り過ぎる。
本当に挨拶のためだけに立ち止まった、みたいな感じで。
僕は目の前が真っ暗になるのを感じた。
どう表現?表現なんかできるもんか。

僕の逞しい想像力が僕の記憶を曲げたっていうのか?
それとも皆で僕を驚かすつもりなのか?

後者の確立は限りなく低い・・・でも縋りたかった。この考えに。

チャイムが鳴り響くまで、僕は校門の前でぼんやり立ち尽くしていた。
いけない。朝のHRが始まる。
もたつく足に苛立ちながら僕は慌てて教室へ向かう。

「お早う〜」
見知ったクラスメイトの挨拶。
「お早う」
僕は挨拶を返して席へつく。和也を盗み見れば、女子生徒に囲まれて談笑中。
涼は机に突っ伏して爆睡中。
4月の初めみたいな風景。
僕が本格的に二人と仲良くなる前に見かけた光景。

「京極院」
肩を叩かれて僕は飛び上がるほど驚く。
慌てて顔を上げると険しい顔つきのアンジェリカさんが僕に紙切れを手渡した。
アンジェリカさんが居るって事は。
少なくても未唯って存在は僕が作り上げた幻じゃないよね。
「ア・・・」
「いいから黙って。話はソレを読んでからよ」
有無を言わせない迫力。
アンジェリカさんは何事もなかった顔をし、自分の席へつく。
僕は担任の先生まだ来てないのを確かめて貰った紙をそっと開いた。

《魔力の乱れをエルエルが感知。恐らくはこの世界から『ミィーディー』が消え、その影響で4月から起きるはずだった・・・起きた全ての出来事が『リセット』されている。
多分、星鏡も霜月も。貴方の家族も。誰もかもが『ミィーディー』を忘れている。いいえ、元々存在しなかったという状態にリセットされているわ。言動には気をつけて》

ボッ。僕が紙を読み終えると、熱くない青白い炎を発し紙は燃え尽きた。
「・・・リセット」
一人心地に呟く。

そんな漫画みたいに簡単に起きるか!?って思う反面。

ただのクラスメイトに戻った和也や涼。

地味で目立たない存在へ戻った僕。

心の奥底で安心してしまう自分がいる。

やっぱり。
僕が突然お話の主人公みたいに・・・波乱万丈な毎日を送るなんて柄じゃなかったんだよね。
とか。
和也や涼と友達でいて楽しかったけど。負い目もあったし。
僕なんかが友達でいいのかな、とか。
未唯のパートナーで良かったのかな、とか。

周りに流されてて考える暇もなかったけど。
僕自身で選んだのは現状を受け入れるってだけ。

結局未唯と暮らしてたのも、未唯が具現化したのが『現実』だったから。

和也と涼と友達になったのも『未唯の具現化に二人が関わっていて、でも友達として自分に関わってくれた現実』があったから。

それだけで。
その『現実』が無くなってしまったら?

蓋をしてきた僕自身の劣等感に悩む。

ぼんやりしながら僕は一日を過ごした。
観察すればするほど、アンジェリカさんが僕へ伝えた『リセット』は確実なもので。
和也と涼との接点は完全に消えていた。
二人の目に映る僕は『クラスメイトの一人』

混乱する僕の気持ちを優先してくれたのか、アンジェリカさんは「もしその気があるなら連絡を」って。
言って放課後帰っていった。
その気ってどんな気だろ?未唯を捜す?
皆の記憶を元に戻す?
僕自身の魔力を封印する?

訳分かんないよ。なにがどうなって、僕にどうしろっていうのさ。

僕は途方にくれた。

「呆気ないもんなんだね」
僕は放課後、部室の外にある花壇で水遣りをしてる。
この『現実』では和也は井上君と同じく新聞部。
涼は剣道部に所属してた。

「花、か」
ずーっと。
何年も前の思い出みたいに蘇る、ある日の未唯との会話。





「元気がないね」
萎れかけそうな庭の花。
未唯はしゃがみ込んで花を見つめる。
母さんがガーデニング好きだから、庭には名前も分からない(僕が、だ)
花が季節季節に咲き誇っていた。
「もうすぐ枯れちゃうんじゃないかな」
僕は大して気にせず未唯へ教える。
数秒考え込んでから未唯は指先を花へ向けた。
ビデオの巻き戻しでも見るみたいに蘇る花。
花びらに色が戻る。
「これでよし!」
未唯が満足げに何度もうなずく。

僕としては嬉しい気持ちもある。
花を心配する気持ちを持ってくれた事。
でも駄目だよね、これってさ。

「未唯、花を心配してくれてありがとう」
未唯の隣にしゃがんでまずは未唯へ気持ちを伝える。
未唯は頬を赤くして嬉しそうに笑った。
「でもさ、寿命って分かる?」
僕は未唯の大きな赤い瞳を覗き込む。

最初は見慣れない色で戸惑ったけど、この頃は見慣れてきて結構気に入ってた。
何度か瞬きをして未唯はうなずく。

「この花も『寿命』だったんだよ。でも命はこれで終わりじゃない。花から種ができて、また来年綺麗な花を咲かせるんだ。命は回るんだ、誰かの役に立ちながら」
受け売りだったりして、僕がえばって言える台詞じゃなかったりする。
けど未唯には伝えてみたいと思った。

この言葉を教えてくれたせーちゃん、感謝。

「命・・・寿命。役に立つ」
「うん。ずーっと花が咲いていたら楽しいし、嬉しいかもしれない。だけどそれじゃ、花が頑張って咲いている意味がない。限りあるからこそ大切なんだ。だから頑張れるんだと思う」
これは園芸部の部長の受け売り。

自分の考えが纏められないのは仕方ない。
ただの子供が人生論を口にするなんて無理でしょ。

「素敵だね」
不意に喋って未唯は微笑む。
「彩も皆も。『限り』あるから色々一生懸命なの。未唯は見ていてそう思うの。素敵だなって思うの」
未唯は少し照れてそう僕へ告げる。
瞳と同じく見慣れた愛嬌のあるソバカス。
僕の印象に深く残った。

もう何年も前の話みたいに感じる。

「それから・・・あれって最初の頃だよね」
誰も居ない花壇の前で僕は自嘲的に笑った。





アンジェリカさんが来たての頃。
護兄相手に真剣に相談する未唯の姿があった。
「さーいーvv」
僕が二人の脇を通り過ぎようとすれば、未唯が僕の腕を掴む。嫌な予感。
「彩、丁度良かった・・・」
少し疲れた顔の護兄が嬉しそうに僕へ言う。やっぱり嫌な予感がする。
「ひどいんだよ、護お兄ちゃんって。『ものしり』なのに教えてくれないの」
両頬を膨らませて未唯は拗ねた。隣では護兄が苦笑中。
「いや、『闇討ち』の効果的な方法を教えろって言われてな」
「はぁ!?」
困った顔で護兄が内容を僕へ教える。
僕は素っ頓狂な声を上げて未唯を見た。
どこをどう考えて『闇討ち』なんだ?しかも誰を『闇討ち』?
「あんじぇりか」
僕の考えを読み取った未唯は人物の名を口にする。

瞬間、脳がフリーズ。嫌だ、理解したくない。

絶対理解したくない。

「戦うなら正々堂々と。闇討ちなんてしたら彩が困るんだよ?」
僕が固まっているのを良い事に、護兄は尤もらしく未唯へ説明。
間違ってないけど、僕が困るっていうか。
果たして闇討ちなんて真似して僕が彼女の反撃を喰らわないって保証がどこにもないっていうか。
僕はアンジェリカさんに恨みはないし・・・ああああ、もう!
どーしてそういう発想になるんだよ。

「邪魔するから消すとか、排除する。そんな考えじゃいけないよ?きちんと相手と話し合ってからじゃないとね。未唯ちゃんに考えがあるように、その子にも考えがあるんだから」
剥れた未唯の頭を撫で撫で。
護兄は一般論を未唯へ語る。
ある意味護兄もすごいよね、2千年も眠っていた未唯相手に常識を持って会話するんだから。
「あんじぇりかの考え?」
未唯が首を傾げた。
「そう。その子にだって、彩に意地悪する理由があるんだ。その理由を聞いて、解決できるなら解決すれば良い」
「分かった」
未唯は力強く答え、固まったままの僕へ向き直る。
「彩、お願い」
上目遣いに僕を見上げる未唯。
僕はナニをお願いされるのか内心冷や汗モノで未唯の言葉を待つ。

「これから毎日一緒に寝て。それから行って来ますとただいまのちゅーをして」
「・・・」
その行為の何処が『意地悪を解決する方法』になるんだ!?
僕は思わず脱力して廊下へ倒れこみ。
「なんだ〜。未唯ちゃんって独占欲が強いんだな」
なんて微笑ましく未唯を見た護兄は去っていってしまう。

違う!絶対違う!!見捨てないでよ〜、中途半端なところで!!

「それと『闇討ち』とどう関係あるのさ」
「未唯と彩はラブラブだから、あんじぇりかが邪魔する必要はないの。って教えるの」
とてつもなく真剣に言い切る未唯。
目がマジだよ、マジ。なーんかさぁ?
似たような事を口にしそうな人物一人だけ心当たりがあるんだけど?
「誰に教わった?」
聞くだけ嫌なんだけど仕方ない。僕は諦めて未唯へ尋ねた。
「譲お兄ちゃん」
予想通りの答えに僕は笑うしかない。
面白がるのもいいし、からかうのもいいけど。
「一緒に寝るなんて駄目だよ、子供ならともかく僕は中学生なんだから。それにちゅーって習慣は外国のものだから、無理にしなくても平気」
僕が言えば未唯はつまらなそうにそっぽを向いた。
納得していないのは未唯の顔を見れば分かるし、なんとなく僕に対して不満そうだ。
これって僕が悪いの!?
「意気地がないな〜、彩」
どっから見てたかなんて突っ込むだけ疲れるから、やめとこ。
ニヤニヤ笑う譲兄が物陰から姿を見せる。
それだって一種の『意地悪』だよね。
「女性からの熱烈な誘いを断るなんて!男として駄目じゃないか〜」
言いながら僕にデコピンをかます譲兄。

なに余裕ぶってんのさ。
しかも熱烈な誘いって、ねぇ?譲兄じゃあるまいし。
僕はそーゆーのには縁遠いんだよ。
自分で認めるのもなんか虚しいけどさ〜。

「そうだ、そうだー!!」
意味は半分くらいしか分かってないね、未唯。
譲兄の言葉を後押しするみたいに、未唯は同意の言葉を口にする。
「勝手に二人で遊んでて」
僕はうんざりして二人を他所に部屋へ戻った。
最後まで二人の遣り取りを聞いていれば良かったんだろう・・・本当なら。


翌朝僕のベットで眠る未唯の姿に、家族全員が僕だけを責めたのは言うまでもない。
母さんと父さん、護兄は『道徳』的な考えから。
因みに譲兄だけは『不甲斐ない』とか言われたっけ。
不甲斐ないって、譲兄には言われたくなかったね。


「・・・本当に僕はどうしたいんだろう」
僕の言葉に答えてくれる人は居ない。
一人で抱えるには大きすぎる・・・スケールの大きすぎる問題に僕自身がついていけてない。
花壇の前で僕はジレンマを抱えて立ち尽くしていた。



近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心に巻き起こるファンタジーもどきの騒動は、根本から消え去ってしまった。


予告も無しに。


まったり進んできた割に一応はこれから見せ場です(爆笑)これから一応シリアス〜展開。の筈。ブラウザバックプリーズ