エピソード11 『アンジェリカさんと一緒』



『それ』はやっぱり鶴の一声から始まった。

「ねえ。母さん会いたいな〜って思う人が居るんだけど」
夕飯時の我が家。皆で食卓を囲んでいる時に母さんは僕へ言った。
「誰?」
僕は呑気に応じてマグロの刺身を口に運ぶ。

母さんの事だ。
この間の『決闘映像』とか見て和也か涼に興味でも持ったんだろ。
どこのアングルから撮ったのか謎なんだけど、アンジェリカさんとエルエルを救出する場面もしっかり映像に収まっていて。

んな暇あったら手伝いに来いっての!氷を運ぶの大変だったんだよ!!

妙なところで凄腕を発揮する譲兄のカメラマン振りに僕は怒っていいのか。
呆れていいのか。
果ては素晴らしき兄の才能に感動するべきか?
弟としてはビミョーなトコ。

本人達は楽しかったみたいで。
僕からすれば「あー、よかったね」ってな感じだ。

「ええ、アンジェリカさんを招いて欲しいの」
笑顔で僕に告げる母さん。
ああそう、なんて言いかけて僕は完全に固まった。
醤油注しを手に持ったまま。
「へえ?まだ娘が欲しいの?」
譲兄が興味津々の顔つきで母さんを見る。
「響子さんがあの子に興味を持つなんて、意外かも」
護兄は少し驚いた顔つきで目を丸くした。
「ふふふふ。だって彩と違って正真正銘本物の魔法使いさんよ?興味あるじゃない?」
あっけらかんとした笑い声。
母さんの笑う声を遠くに聞きながら、僕は体中の血が下へ下へ下がっていくのを感じた。
「未唯ちゃんは嫌?」
僕を無視して母さんは刺身と格闘中の未唯へ話を振る。

未唯は和食に縁がなかった(当たり前だ。2千年前の西洋で封印されたみたいだし)ようで箸は少し苦手。
懸命にマグロを摘もうと必死だ。

「へ?」
間抜けた声をあげ、やっと摘んだ箸からマグロを取り落とし。
未唯は顔を母さんへ向ける。
母さんは優しく微笑んでもう一度言った。
「未唯ちゃんは、アンジェリカさんをこの家に招くのは嫌?」
未唯はキョトンとした顔で母さんの顔を穴が開きそうな勢いで見つめる。
そんな未唯の視線を母さんは平然と受け止める。
さすが我が京極院家最強を誇る母さんだけはあるな。僕は変な部分で感動した。

未唯は困った顔で僕へ目線を送る。

「未唯が不快に思うなら断っても平気だよ」
極力普通に聞こえるように僕は努力して発声。
僕だって母さんの爆弾発言に十二分に驚いてる。
未唯じゃないけど『なんで和也や涼じゃなくてアンジェリカさん!?』って声を大にして問い返したい。
相手が母さんじゃなかったら。
「イヤじゃないけど・・・」
何故か困った顔の未唯はもう一度僕を見る。どうしたんだろう?
「皆の前で話せる?それとも母さんと二人きりで話す?」
僕は未唯へ助け舟を出す。
未唯に視線が集中していたので僕が兄さん達と父さんを睨んだ。
兄さん達は同じ顔で苦笑して謝り、父さんは困惑しつつも明後日の方角へ顔を背ける。
「けど?」
やんわりと。に見えて確実に疑問口調で母さんは未唯から目線を外さない。
未唯は唇の先を尖らせて数秒間茶碗のご飯を睨んだ。
「必要なら呼んだ方がいいんだと思う」
「そう。じゃあご招待しましょう」
『必要なら?』未唯は何を知ってるんだろう?
それよりも母さんも何か知ってるみたいだし。
僕を無視して二人で意味ありげに視線を交わさないでよ。
どうせ僕には面倒ごとしか回ってこないんだから!
「という訳でよろしくね?彩」
よろしく。そう言っておきながら口調は命令形。
母さんはいつもの笑顔と一緒に僕へ一通の招待状を手渡したのだった。





決闘前まで下駄箱とかで僕は待ち伏せされていた。

よりによって立場が逆転する日が来るなんてね。

人生ってなにが起きるか分からない。謎だらけ。

小心者な僕が正面きってアンジェリカさんに招待状を渡せるわけもなく。
鞄に詰めた母さんからの招待状は放課後になるまで鞄の中。

僕はタイミングを見計らって・・・って、嘘だな。

多分度胸がないんだ。

クラスメイトの皆の前で彼女に声をかける。
前まではどこでもアンジェリカさんに呼び止められてた僕。
その時は気づかなかったけど、結構勇気が居る行動だよね。
異性で、しかも人種が違うクラスメイトを呼び止めるのって。

アンジェリカさんはいつでも堂々としてるから。僕と違って実行力もあるし。
気にならなかったのかな。尋ねる機会があったらぜひ尋ねてみたい。

はっ!?下駄箱で虚しく感傷に浸ってる場合じゃなくって!!

「怪しいね〜」
ボソリ。緊張して硬くなった僕の背後で囁かれる声。
「!!!???」
髪を逆立てる勢いで僕は驚いた。

バクバク鳴る心臓と瞬間的に赤くなる顔。
タイミングが悪い。
こんな時にかぎって僕をみつけなくたっていいじゃないかぁ〜!!

「いっ、井上君」
自然に。って思えば余計意識しちゃって駄目駄目。
裏返った声。
僕はどっから見ても怪しいとしか言いようのない笑顔をきっと浮かべてる。
変な顔の井上君を見ればそれくらい予想はつくさ。
「想像以上に驚いてくれて感謝」
片腕を折り優雅にお辞儀。
井上君は人懐こい笑みを浮かべて僕へ挨拶した。

お、大袈裟だよ。しかも注目集める〜!!
は、恥ずかしいからやめて・・・マジで。

その証拠に靴を履き替えてる生徒達の動きが止まってた。
視線の先には僕と井上君。

「京極院、どうしたんだよ?本当のところは」
僕の肩に手を乗せ、更に体重をかけて。
井上君は僕に顔を近づけた。

逆光?になってて眼鏡の奥の井上君の瞳が見えない。

こ、怖いよ。

「ちょっと・・・ね」
あはははは。
乾いた笑い声と精一杯の愛想笑いを浮かべ僕は井上君に答えた。
「ちょっと?この間の『貸し』もあるし、俺と京極院の仲じゃないか〜、教えろよ」
フッ。と含み笑いを漏らす井上君は宰相とあだ名されるだけある。

僕のバレバレ誤魔化しなんか見抜いてるよね。

それでもって正直に白状しろって圧力かけてくる〜!!
この間は助言とか貰って助かったけどさ。
興味があるからって僕に絡むのはやめろおぉぉぉ!

叫べればどれだけいいか。

どんな状況でも今まで通りのいくじなしな僕。凹む。

「僕だって教えたいけど知らないんだ」
ため息混じりに僕が言えば「はぁ?」だって。

井上君は僕の意表をつく言葉に不思議そうに声を張り上げた。
母さんが僕に渡した『招待状』は封がしてあって開封したら絶対にバレるヤツ。
映画とかで出てくる・・・蝋燭だっけ?
みたいなのを垂らして印鑑みたいなのを押すヤツだ。

母さんらしいというか。物好きって言うか。
ああいう古いの好きだよね。
普通にメールすれば終わる招待状の送付だって、わざわざ紙に書いてるし。

「頼まれたんだよ、母さんに」
言いながら僕は招待状を井上君に見せた。
「???」
想像通り井上君は『訳が分からない』って顔つきで招待状を見る。
察しが良い井上君だって咄嗟に理解できないよね。
僕だって昨日の夜からまだ混乱してんだから。
「ラブレター?」
「違う」
何度か瞬きをした井上君が疑るような口ぶりで呟いた言葉。
僕は即行で否定する。
「こんな怪しい真似してラブレターなんて渡さないよ。てゆーか、普通に告白すればいいだけじゃん。しかもなんで僕の母親が僕ぐらいの歳の子供にラブレターなんだよ」
呆れて僕が続けて言えば井上君は苦笑した。
「悪い。ちょっとした冗談だ、からかって悪かったな。ほら、お目当ての彼女が来たぜ?おーい、アンジェリカさーん」
後半部分。
井上君は靴を履き替えるアンジェリカさんへ大声を出して呼び止める。
周囲で成り行きを見守るギャラリーの目線が井上君からアンジェリカさんへ移行。

な、なんかさぁ?人目引きすぎてない?
でもなんでこれがアンジェリカさん宛てだってバレたんだ?

「新聞部員。なにか用?」
井上君は顔が広い。

というか、和也達とは違った意味で知名度が高い。
海央の新聞部って結構しっかり紙面とか造ってるから。
外部でも有名なんだって。
アンジェリカさんも井上君は知ってるみたいで、不思議そうな顔をしつつもこっちへ来た。

「俺じゃなくて、用はこっち。コレを受け取ってやってくれ」
ニヤリ。眼鏡の位置を直す振りして意味ありげに僕へ指先を向ける井上君。
お、お、面白がってるだろっ!!
このことネタにしてみろ?

和也に頼んでバンドエイド数日は取れないの刑にしてやるっ。ネタの鬼め。

アンジェリカさんは怪訝そうな顔だったけど、無言で僕の手にあった手紙をひったくる。
それから乱暴に封を解き中の紙を取り出す。
文字を目だけで読んでいたアンジェリカさんの顔が少しだけ引き締まる。

「分かったわ。貴方のお母さんのご招待、受けましょう」
「なにが書いてあるの?」
僕は中身を知らない。
未唯に頼んでも、未唯に拒否されて(おやつが減らされるから嫌なんだってさ)中身を読んでないんだ。
「わたしにとっては大事な事ね」
僕の疑問には答えず、アンジェリカさんは不敵に笑った。





そんなこんなで、次の週の日曜日。
アンジェリカさんはやって来た。

母さんは楽しそうにアンジェリカさんを居間へ通し質問攻め。

それに笑顔で応じるアンジェリカさん。

僕と未唯はぼんやりそんな二人を眺めるだけ。

することないし、ツッコミ入れようにも魔法使いの知識がないからな〜。
下手にツッコンで揉めるのも嫌だし。

「・・・なるほどね。中世の時代に魔女と呼ばれていたのは、双方に確執があったのと、周囲の目を誤魔化すためだったのね」
十二分に予習していたらしい母さんは、アンジェリカさんの説明に相槌を打つ。
「ええ。わたし達の使命が彼らに知られてしまうと問題が多かったのです。現代は異星人も存在するので、わたし達自体が異端視されることもありませんが」
アンジェリカさんは真面目な顔だ。
魔法使いとしての教育を受けているだけあって、魔法使いの歴史には詳しい。
「現代の法律の整備もわたし達にとっては有難いものでした。これは他の協会の方々にも共通していると思います」
「そうね。能力は個々異なるのが当然だもの。頭で分かっていても実行は難しいわ。それを補うのが法だものね」
妙に意気投合した母さんとアンジェリカさん。

難しい話なんかもして、とても楽しそうに喋っていた。
どうして女の子や女の人ってあんなに喋るんだろう?
次から次へと話題を持ってきてさ・・・よく飽きないね。

「いけない。もうこんな時間ね」
母さんがふと見上げた時計の針。
もう結構な時間が経過している。
僕と未唯は半分うとうとしていて後半の二人の会話を聞いていなかった。
「お茶にしましょう」
言って母さんが立ち上がる。

アンジェリカさんが手土産で持ってきたケーキ。
未唯の甘い物好きを知っているのか、または母さんに気を遣ったってトコかな。
母さんは台所へ行ってとっておきの紅茶を淹れ、ケーキを皿に載せて居間のテーブルに運んできた。

そろそろ母さんの質問攻めも終わりだろう。
最後に皆でお菓子を食べて(今回はアンジェリカさんの手土産だけど)和やかにってのが京極院流。
夕方遅くにアンジェリカさん一人を返すのもマズイからね。

あれ?

こういう場合僕が駅まで見送るのかな?それともエルエルがいるから平気かな?

どっちなんだろ。

「さ、折角頂いたんだし。美味しいうちに食べましょう〜」
母さんは椅子に腰掛けやや気まずい僕達へ告げた。
「いただきます」
母さんの目線を受けて僕は日本風に食事前の挨拶。
ケーキ前に言う言葉でもないかな?
一応は我が家の習慣だし、僕が行動を起こせば二人も続きやすいでしょう。

結構成長したかな〜?僕って。自画自賛?

「イタダキマス」
ぎこちなく日本語で言葉にするアンジェリカさん。
「いっただっきま〜すvvvv」
対照的に、未唯は好物ケーキを目の前に語尾にハートマークを散らす勢いで挨拶する。
ケーキの乗った皿に同じく乗ったフォーク。
未唯はフォークへ指先を伸ばし、しっかりと掴んだ。

グシャ。

効果音が出せるならそんな感じの音かな。
未唯の手にしたフォークがグニャグニャに曲がる。
紙を丸めてクシャクシャにしたみたいに。

「ケーキ・・・」
手に持ったフォークを皿に乗ったケーキを交互に見つめ、悲しそうに未唯が呟く。
「ほら、僕のを使っていいから」
僕がまだ使っていない自分のフォークを渡したんだけど・・・。

グシャ。やっぱりフォークはグニャグニャに曲がった。

「じゃ、割り箸で試してみましょう」
母さんは席を立って台所へ姿を消す。
「京極院?ミィーディーは最近あんな風なの?」
眉を潜めたアンジェリカさんが僕へ喋りかける。
しかも小声で。
ビックリして僕は思わず数ミリ飛び上がった。
「へ?あ、うん。僕の魔力の影響なのかな?HPとかで捜してみたんだけど、それらしい記事とかないし・・・困ってるんだ」
最近の未唯はちょっと力が有り余ってる感じ。

僕の魔力がいけないのか、体力もすっごくついてきてる。
この間あの譲兄をゲーセンのダンスゲームでダウンさせた。
しかも、体力使い果たしてヘロヘロの譲兄を担いで戻ってきたんだ。
驚かずにはいられない。
最近益々パワフルになった未唯。
僕としては早く原因究明といきたかったんだけど。

誰に聞けば解決するのさ〜!!

なんて根本的な所で躓いていた。

「そう・・・」
アンジェリカさんは、悲しそうにケーキを見下ろす未唯を真剣な顔つきで見つめる。
ケーキに集中してる未唯はまったく気がつかない。
「金属だけ?相性が悪くなっているのは」
顎に手を当てて考え考えアンジェリカさんが僕に尋ねる。
「うん。ドアノブとか窓枠とかね。傑作だったのはファスナーかな?お蔭でお気に入りのワンピース駄目にしちゃって落ち込んでたっけ」
そこで母さんが戻ってきて未唯へ割り箸を渡す。
未唯は慎重に割り箸を二つに割って、ぎこちない手つきでケーキを食べ始めた。
無作法だけどフォークを持てないんだから仕方ないよね。
「まだ金属だけなら良い方よ。きっとどんどん酷くなるわ・・・多分、次はガラスね。それから木。紙や水」
アンジェリカさんは断言した。
まるでこれからナニが起こるのか。
分かってるみたいに。
「僕の魔力と関係ある?」
母さんの手前大声では聞けない。
僕も声を小さくして逆にアンジェリカさんに訊いた。
「半分はね。だけどもっと根本的な問題なの・・・これを防ぐ為にわたしは地球へ来たのよ。
決闘の結果はあの通りだから、今更京極院の魔力を封印だなんて言わないわ。
だけど予想していたより遥かに速いスピードで進行してる」
下唇を少し噛み締め、アンジェリカさんは悔しそうに呟く。
「だから嫌だったのに。でも決めるのは貴方だから・・・わたしじゃなくて」
伏せたアンジェリカさんの顔。

なんだか僕は言葉のかけようがなくて。
思わず沈黙してしまう。理由を訊きたい。
だけど訊いてしまったら取り返しがつかないことが起こるかもしれない。
漠然とした不安が僕を襲う。

「そう。これは京極院の問題。わたしじゃ駄目だから」
アンジェリカさんは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
ココまでは日本語で独り言を呟いていたアンジェリカさん。

不思議そうな未唯と心配そうな母さんの視線に気がつき、言葉を変えた。
月コロニーで使う『英語』正しく分ければ『英語』とは少し違う。
でも分類的には『英語』だからいっか。

おまじない?祈りの言葉みたいな呟きを最後に、アンジェリカさんはいつものアンジェリカさんへ戻る。
ちょっと強気ででも礼儀正しくて。
月コロニーの生活とか、魔法使い協会に関する話を母さんと交わしていた。
和やかに、普通に。

そんなアンジェリカさんの雰囲気が本当に。
パッと見じゃ分からないくらい。

ピリピリしてた。

これから来るナニカに怯えたように。

「さーいー!!はい、あ〜んv」
意識をアンジェリカさんへ向けてるのが不満なのか。
美味しいケーキを食べる感動を僕と分かち合いたいのか。
未唯がお箸で掬ったケーキを僕へ突き出す。
「はい」
僕は返事をして口を開ける。
今度は違った意味でアンジェリカさんが固まっていた。
「あらあら。相変わらず仲良しさんね〜」
呆然とするアンジェリカさんの横でニコニコ笑う母さん。

僕だって恥ずかしいけど、これを拒否すると未唯が拗ねて大変なんだ。
誰が慰めても部屋に閉じこもるし。
結局僕が悪者にされんだから、最初から恥ずかしくても未唯に従っておいた方が利口なんだよ。



帰り際。港南台駅まで見送りに行った僕と未唯へ。

「貴方を敵だと思っていたわたしが恥ずかしいわ」
とっても疲れた声でアンジェリカさんが言った。


近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心に巻き起こるファンタジーもどきの騒動は、収まりつつあるように思えた。


伏線話。こういうのって正直書くのが苦手。あんまり面白く書けないんですよ。伏線引いてるのバレバレだし。ブラウザバックプリーズ