エピソード10 『真夜中の決闘』



恨んでやる。

僕はジト目で和也と涼を睨んだ。
そーいえばこの二人。
夏休みにプールへ行った時面白がってたよね〜。僕の不幸を。

「面白がってるんじゃないよ。一度どっちが強いか決めておかないと。多分、正義の魔法使い殿が困るんだと思う」
僕が睨んだところで痛くも痒くもないだろう。
笑顔のまま和也が僕の腕を掴む。

そう、掴んで無理矢理引っ張っていく。

あう。イヤだ! 絶対にイヤだ。

僕みたいな素人が。
なにが悲しくて『決闘』なんてしなきゃいけないんだ。

「頑張れよ〜! 彩!」
はっ!?

この聞き覚えのある声は……まさか!?

僕が慌てて声のした方に顔を向けると、デジカメ片手に手を振る譲兄の姿が。
もしかしなくても企んだ?
「母さんが『勝負は勝負だから、負けるな』ってさ。怪我には気をつけろよ?」
その譲兄の隣で爽やかに僕を応援する護兄の姿も。
僕は体から血の気が引いていく感触を味わった。

ハメられた――――!! マジ一生恨むかもしれない。

兄さん達を。

「俺だってどーかと思うけど、彩の家族が了承してるからなぁ」
面白がっている兄さん達へ目線を向け、それから僕へ顔を向け。
ちょっぴり申し訳なさそうに涼が説明。

はははは……なんかオカシイとは思ってたけど? こーゆう訳。

「人の気も知らないで勝手にお膳立てすんなぁ!」
二階から校庭を見下ろしている兄さん達を指で指し示し、僕は声の限り叫ぶ。
「男なら度胸で勝負だ!」
譲兄が意味不明に親指立てて励ます。
んな励ましいらないよっ!いつか訴えてやる。
僕は固く心に誓った。
「女性相手に心苦しいのはわかる。だけど時には性別を越えて相手と合間見えるときがあるんだ。正々堂々だぞ?」
……どこのゲームの話?
もしくはどこのドラマ?

優等生タイプの護兄らしい発言に、僕は脱力しつつ乾いた笑みを返す。

駄目だ。

この人達本当に僕の知っている二人かなぁ。

人生ってなんだろう。

兄弟ってなんだろう。

家族愛ってなんだろう。

「愛されてるのか、玩具にされてるのか結構ビミョーだな。彩も苦労してのかぁ」
涼は兄さん達のある意味強烈な個性に気圧される。
しみじみした感じで僕に深く同情。

てか! 同情するなら決闘なんてセッティングしないでよ!
僕の人生を勝手に軌道修正するなぁ〜!!

「僕はああいう経験がないから羨ましいな。弟想いだね、京極院ツインズの二人」
アレがどうやら羨ましいらしい。和也ははにかむように笑う。
「ならあげるけど?」
げんなりして質問した僕に、「え〜? いらないv」速攻で和也が答えた。
羨ましいは羨ましいけど、あそこまではいらない。そんな感じか。

渋々中等部校庭真ん中まで歩く僕。
特殊な塗料で土へ描いた不思議な図形。
えと……魔方陣だっけ? そんな感じのヤツ。
中央に立つのは決闘を行う魔法使いだけ。

即ち、僕とアンジェリカさんだけ。

決着がつけば魔法陣は消える。
つかなければ閉じ込められたままってわけ。

「グッドラック!」
王子のあだ名に相応しい笑みを湛えて僕の背中を押す和也に。
「ほどほどにな」
段々僕が気の毒に思えてきたような涼の言葉。
「……恨んでやる」
僕はもう一度ジト目で二人を睨み、それから正面に立つアンジェリカさんを見据えた。

神秘的に浮かぶ満月。

昔の横浜なら。排気ガスやら何やらで空は澄んでいなかった。
科学技術の革新的進歩により星空は戻り、オゾンホールも年々減少傾向を辿っている。←教科書で習った。
雲ひとつない空。9月って月が綺麗に見えるんだっけ?
あれ? それって10月?

二学期早々なんで僕が『決闘』の場に引きずり出され、それに僕を応援(?)する人達に囲まれて逃げられないのかというと。





楽しい時間ほどあっという間に過ぎるのはお約束。
調べ物をした割に進展しない謎解きを抱えたまま僕は9月を迎えていた。

「夏休みの宿題を無事に提出できただけでも、ラッキーって思わなきゃね」
部活も休みになった金曜日。僕は早々に帰宅して資料と向き合う。
隣では未唯も真剣に己のプロフィールが書かれた文章を読んでいる。
部屋でやると外野(兄さん達だ)が五月蝿くて、最近は居間のテーブルを借りて二人で調べ物に励んでた。
「これは知ってる」
未唯は独り言を言い、たどたどしく人差し指だけでPC端末を操作する。

僕自身もまったく気がついていなかったけど、未唯の持つ自身の記憶はすごくいい加減で。
夏休みをかけて調べた未唯に関する事件や騒動。
全てをリストにして未唯に事情を聞こうと思ったのに……未唯が『知る』事情は案外少なく。

大事件だった『魔法使い世界に勃発した魔力崩壊事件第一次〜第五次』の発端。
理由は未唯の暴走らしいんだけど、未唯はどうして暴走したかを知らない。

多くの使い魔や天使が死んでいる。
だけど未唯は誰と戦ったか覚えていない。

名門魔法使いの家系五家が滅びた事実も勿論未唯は認識していない。

「二人ともお疲れ様」
夕食少し前。母さんが紅茶とお菓子を持って居間へ来る。
未唯はお菓子の匂いに目を輝かせた。

本当、甘いものが好きだよね。

「うわぁ〜vv プリン〜♪」
十番館のプリンに目を輝かせる未唯。

実はこのお菓子情報、和也が持ってきてくれるんだ。
和也はアレで凄く甘党。ケーキとかパフェとか一人で間食できる。
僕は普通で、涼は完全に駄目。
井上君は僕と同じくらいかな?

この間、無理矢理連れて行かれたケーキバイキングで発覚した新事実。
僕と井上君だけで行けば確実に浮くケーキバイキングも。
和也と涼が一緒なら浮かないから不思議だ。

今度は家族で一緒に行こう。未唯はケーキも好きだしね。

口の周りにクリームをつけ、頬いっぱいにプリンを詰め込む未唯を見て僕は知らないうちに微笑んでいた。
母さんはそんな僕に気がついて口元を緩ませる。

「なんだか彩も『男』になっちゃうのね〜。母さん、嬉しいような寂しいような気分」
僕と未唯を頬杖ついて眺め、母さんが少し寂しそうに喋る。
僕は口に含んだ紅茶を噴き出した。

「あら、大丈夫?」
母さんはタオルを取りに行き僕へ手渡す。
僕は凄く複雑な顔で母さんを見上げた。
「あんまり心臓に悪い発言しないで」
紅茶に砂糖を入れていなかったのは幸い。
僕は口の周りやテーブルを拭き母さんへ懇願した。

ちょっと天然な母さんはたまーに。
こんな風に微妙にどう受け取っていいか分からない発言をする。
反応に困るよね。

「またまた〜。本当は嬉しいでしょう?」
そりゃー『男らしくなっていく』って意味の発言は嬉しいよ。
だけど男になっちゃう、てのはどうかと。あからさますぎ、母さんの言葉。
「ははは……」
困った時は笑って誤魔化す。
これ日本人の基本でしょう。
僕は引き攣った笑みを浮かべつつ笑って誤魔化した。
「母さんもね、二人に協力したくて色々調べたのよ!」
母さんは手を叩いた。今思い出したって感じて僕を見る。
へぇ……母さんも母さんなりに色々考えてくれてるんだ。
こういう時って家族っていいなぁ。なんて思える。

この瞬間まではそう思ってた。

「正義の魔法使い協会。ここから来た女の子と揉めてるんでしょう? でも母さんとしてはその子とも仲良くして欲しいの。それで色々調べたのよ〜」
兄さん達経由で聞いたんだろう。
アンジェリカさんとの『揉め事?』を気にした様子の母さんは自分のPC端末を取り出した。
「じゃーん! ズバリ解決方法よ。これさえ行えばその女の子とも、お互いしこりを残さずに決着付けられるの。一回済んじゃえば二度目はないから。安心でしょう?」
身を乗り出して母さんの端末を覗き込む僕は、そのまま脱力してPC画面へ顔面を激突させた。

痛い……。

「危ないじゃない。画面が壊れたらどうするの」

ぐい。

僕を無理矢理押しのけて、母さんは自分の端末画面を大事そうに撫でる。
母さん仮にも息子に対してそれはないんじゃ……んな場合じゃなくて!!

「『決闘』ってナニ?」
僕は棒読み口調で母さんに質問した。
「え? 知らないの?決闘というのはね〜」
「いや、言葉の意味じゃなくて」
説明を始めようとした母さんの言葉を僕は止める。
「大丈夫よ。死んだりする魔法使いは少ないって書いてあったから」
「……」
ってことは? 死んだりする魔法使いも『少し』は居るんだよね?
僕は青ざめて母さんの笑顔をまじまじ見る。
「母さんは彩の事信じてるわv自慢の息子ですもの♪」
自慢に思ってくれるのはウレシイヨ。
でもその根拠のない理由を付け加えるのは止めて欲しい。
切実に思った僕の隣で。
「んーっと」
プリンを食べ終わった未唯が再び作業に没頭しているのだった。

一度母さんが言い出したらそれは『既に決定事項』とかいうパターンが多い。
あれよあれよという間に決まる決闘。
僕が申し込んだわけでもないのに、申込者が僕になっていて。

母さんの母性愛(だという事にしておきたい)から始まった『決闘』。
僕は申し込んでもいないのに、今宵。
アンジェリカさんと『魔法使い同士』の『決闘』を行う羽目になったのだ。





アンジェリカさんは真剣な顔で僕を見る。
「後悔しないわね? 手加減はしないわ、真剣勝負だから」
正義の魔法使い協会の正装。
制服の上から着込む真っ黒のローブ。
手にした杖。

アンジェリカさんの声が静まり返った校庭に響く。

「後悔はしてるけど、僕も真剣だよ」
片や僕は普通にジーンズとTシャツ姿。
アンジェリカさんと共通するのは手にした杖くらいかな。

こうなったらやるだけやってみるさ。
魔力だけならアンジェリカさんより上だ。
でも魔法を使いこなす能力は遥かに下。
まともに相手にならないだろう。

どうか死んじゃったりしませんように。

こうなったら天に運を任せ……って駄目じゃん!
僕は運がない人間なんだからっ!!
ここまできてもマイナス思考の僕自身にいっそ嫌気がさしてくる。

やれるだけは、やってみよう。

アンジェリカさんがゆっくりと手にした杖を空へ掲げる。
僕もアンジェリカさんに倣い自分の杖を空へ掲げる。

「「出でよ!!」」
僕とアンジェリカさんは互いのパートナーを頭に思い描く。

二つの杖はそれぞれに輝き空から光が降り注ぐ。
僕とアンジェリカさんに降り注ぐ円柱型の光。
光に包まれた僕とアンジェリカさんはほぼ同時に杖を地面へ突きたてた。

「エルエル!」
「ミィーディー!!」
お互いにお互いのパートナーの名前を呼ぶ。

アンジェリカさんは慣れたもので堂々としている。
だけど僕としてはすっごく恥ずかしい。
子供向けの特撮じゃあるまいし。

はううう、滅茶苦茶恥ずかしい。

けど叫ばないことには、未唯がこの魔法陣の中へ入って来れないのだ。
仕方ないさ。

「エルエル! 光の槍」
真っ白な翼を広げアンジェリカさんの隣に降り立つエルエル。
すかさずエルエルへ指示を出すアンジェリカさん。
本当、慣れてるよね〜。
エルエルの手に出現する金色に光る槍。

僕はぼんやりその槍を見た。

「どうしよっか?」
同じ様に僕の隣に降り立った未唯。
のんびりした口調で僕に問いかける。
「う〜ん」
僕は思わず腕組みして考え込む。魔法たってね・・・使ったことないし。
しかも僕のないに等しい魔法の知識でまともに戦えるとは思えないよ。マジで。
「ライトランスシャワー発動!」
アンジェリカさんが杖を真横に振り払う。

僕は横目で未唯を見る。
未唯は首を縦に振った。

次の瞬間にはエルエルが手にした光の槍を月へ掲げ振り下ろす。
すると空から同じ様な大量の光の槍が僕と未唯目掛けて降り注ぐ。
未唯は両手を空へ伸ばし強固なシールドを作る。
色々面倒ごとに巻き込まれたせいで、シールドだけはうまく作れるんだよね。

あんま自慢にならないけどさ。

ガキガキッ。

まるでガラスを金属で引っかいたような不快音。
光の槍がシールドに当たって地面へ落ちる。
僕は顔を顰めつつ地面に落ちた槍を見つめた。

槍か……そしてこっちは盾だよねぇ。これぞまさに『矛盾?』なんちゃってね〜。

「甘いわよ」
アンジェリカさんの声がして、地面から蔓が延びる。僕が身構える暇もなく蔓に拘束されて。
身動き一つ取れない。
「彩!」
未唯が慌てた声で僕の名前を呼ぶ。

首に絡みつき僕の呼吸を奪う蔓。
僕は荒い呼吸を繰り返しつつも未唯へ顔を向ける。強くイメージ。
魔法は使えない。戦略なんか頭にもない。
だけど僕にもこれなら出来る。少し反則かもしれないけどね。

「行くよ……未……唯」
「らじゃー!」
僕が頭に描くのはある一場面。

二年前から大流行しているRPGゲームシリーズ最新作の魔法発動場面。
未唯も僕が好きだというゲームに興味があって、偶に一緒に遊んでたりする。
未唯が図書館で本を読んで『物語』に興味を持ったお蔭でもあった。
戦闘関係の知識というより未唯はRPGの話に興味を持っている。
プラスして派手なグラフィックがウリの魔法とか必殺技発動シーンとかにね。

「ライトニング!!」
未唯が指先を空へ放つ。
黄色い光が月へ向かって吸い込まれ轟音と共に姿を見せる巨大空中浮遊物。
丸い球体で空気中へ放電。
「いっけええぇぇぇぇ!」
上げた指先を未唯はエルエルへ向けた。
球体は空中で静止した状態でエルエルだけに放電を開始。
察したエルエルは宙へ浮き上がり素早く放電を避ける。
アンジェリカさんは魔法を発動させてシールドを展開。
この隙に僕は未唯に手伝ってもらい蔓を外した。
「はぁ……苦しかった」
喉を押さえて呟く僕。窒息死は免れた。
なんてホッともできない。

相手の動きさえ止めれば楽だよね……動き? そうだ動きだよ!

「未唯!」
僕は夏休み図書館で遭遇した『和也の師匠さんのお使い』を頭にイメージ。

僕の考えを読み取って未唯は背中の羽を羽ばたかせる。
9月にしてはかなり冷たい風。
むしろ雪山で味わえるような凍る風。
未唯が羽を動かすたびに発生する。
未唯の背後に回り僕は杖を固く握り締め思い描いた。

「エルエル、聖なる炎」
アンジェリカさんだって馬鹿じゃない。
僕の考えを察して炎をエルエルとアンジェリカさんの周りに張り巡らせる。
いつの間にか放電する球体はエルエルに撃退されたのか姿を消していた。

僕の側からは氷の風。

アンジェリカさんの側からは炎の風。

互いにぶつかり合い一歩も譲らない。
一種の膠着状態ってやつだ。

むむむ。今だけはぜーったい負けられない。
僕の今後がかかってるし。
アンジェリカさんと普通に話せれば知りたかったことも訊ける。
何も知らないでこれ以上巻き込まれているだけは。

「嫌なんだ〜!!」
僕の人生普通に戻して!
思いの丈を込めて絶叫する僕と、叫ぶ僕の感情につられて高まる未唯の力。
あっという間にアンジェリカさんの放つ炎を消し去り、二人を氷漬けにした。

し、しまった!! 殺しちゃうよ!

「和也、涼! 早く! 早く!」
魔法陣が消えて僕達を閉じ込めていた檻が消える。
僕は大急ぎで二人を呼んだ。

力のコントロールなんて高等技術を持たない僕が作った氷。
巨大なソレは和也が閉じ込められたのとは比べられないくらい大きい。
内部に居る筈の二人がここから見えない……しね。

「涼は氷をある程度斬って。んで和也は未唯と協力して氷を溶かして」
勝利の余韻? そんなもんないよ。
僕は三人へ指示を出しそれから兄さん達が居る筈の校舎2階を見上げたんだけど……。

い、居ない!? なんでこう肝心な時に居ないんだよ!!
二人には氷運び手伝ってもらおうと思ったのに〜!!

「彩、早く氷運べよ」
どっかから取り出した刀で氷を斬り分けつつ涼が僕の背中に怒鳴る。

はう。

僕は貧乏くじ引くように出来てるんだね。

たそがれる暇もなく汗だくになって氷を運ぶ僕。
途中からは涼と一緒に。

和也は未唯と協力して氷を溶かしてくれた。
アンジェリカさんとエルエルは間一髪のところを救助され、念のために病院へ行く事となった。
何か言いたそうなアンジェリカさんだったけど、体の検査が先。
和也に窘められていた。

「なかなか面白いな、魔法使いの決闘って」
刀を鞘に仕舞う合間に涼が言う。

他人の決闘なら見ていて楽しいでしょ。
当事者じゃないし。
それとも剣士としての血が騒ぐ? そんな馬鹿な。

「ま、メデタシ、メデタシなんじゃない?」
和也がのほほんと笑い締めくくる。
納得できないものを感じるんだけど、まあいっか。

勝利は勝利だ。

素直に喜んでおこう。

近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心に巻き起こるファンタジーもどきの騒動は、今日で収束?を迎えるのかもしれなかった。


ライトファンタジーなのでさくさくっと。決闘です(笑)所詮中学生レベルなのでコレくらいの戦闘ですよ。大人になればもっとあれこれ戦うでしょうが。ブラウザバックプリーズ